Weekly Music Feature
-Akira Kosemura(小瀬村晶)
Kosemura Akira |
ニューアルバム『The Two of Us」は国内外で高い評価を受けるピアニスト/作曲家の小瀬村晶が、気鋭のファッション・ブランドTAKAHIROMIYASHITATheSoloist.とコラボレーションした注目作。
小瀬村は最もストリーミングで再生されているクラシック・アーティストの1人で、日本のマックス・リヒターと称するべき。ジャイルズ・ピーターソンや大手メディアから注目を集め、Pitchforkから「飽きることの無い彼の旋律は、果てしなく他の音楽家と一線を画するものだ」と評されています。
自身の作品のみならず、カンヌ国際映画祭正式出品作品『朝が来る』(監督:河瀨直美)や、米国の人気TVドラマ『Love Is』など、国内外で数々の著名な映画、ドラマ、ゲーム、CM作品の音楽を担当するなど国内外で活躍を続ける稀有なアーティストで、その才能はデヴェンドラ・バンハートやジャイルス・ピーターソン、M83といった錚々たるアーティストからも熱烈な支持を集めている。デッカ・レコードからのアルバム『SEASONS』や、映画『ラーゲリより愛をこめて』、『桜色の風が咲く』の音楽などでも話題を呼んだ」
本作は、小瀬村と深い親交を持つデザイナーである宮下貴裕が手掛けるファッションブランド、TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.とのコラボレーション・アルバム。2021年と2023年に行われたコレクション用に小瀬村が書き下ろした8曲+インストゥルメンタル2曲がコンパイルされている。Vogue誌などからのコレクションを含め、絶賛を集めた楽曲の初商品化。一部楽曲ではイギリスの若手シンガー・ソングライターであるClara Mann(クララ・マン)をフィーチャーするなど、新たな試みも見せた注目の内容。アルバムのアートワークについても宮下が担当しています。
『The Two of Us』 Schole/Universal Music
The Two Of Us Front Cover Photo: ©︎TAKAHIROMIYASHITATheSoloist. |
Scholeのレーベルオーナー/ソロミュージシャンとしてポスト・クラシカル/モダン・クラシカル、エレクトロニカの日本国内での普及に多大な貢献を果たしてきた小瀬村晶(Akira Kosemura)の最新作は、彼のカタログの中でも随一の作品で、記念碑的なアルバムが誕生したと言えるでしょう。
今回のアルバム 『The Two of Us』には、イギリスの注目の若手シンガーソングライター、Clara Mann(クララ・マン)、及び、現地のコーラス・グループが参加しており、ソロアーティストのポップネスの範疇にある曲とは異なり、メディエーションに近い形でこのアルバムに貢献を果たしています。アルバムには新曲に加え、2022年のEP「pause」の楽曲が再録されている。全体的に聞いてみても、聴き応えたっぷりのポスト・クラシカル/エレクトロニカ作品になっていることが分かります。そして、これまでプロデューサー、映画、ゲーム音楽と多岐にわたる分野で活躍してきた日本人音楽家にとって、これまでの制作経験を総動員させたことがうかがえます。
従来の活動を通じて、基本的にはピアノを中心としてポストクラシカル/モダンクラシカルを制作してきたアーティストですが、今回の作品ではストリングスの演奏を交え、ドラスティックな転換を図っています。
現在、このジャンルの音楽を見るに、マックス・リヒター、オーラヴル・アルナルズ、ニルス・フラームといったアーティストが中心となっていますが、弦楽の格式高いハーモニーについては比肩するといえるでしょう。そして、Scholeのレーベルのモットーである日々の中にやすらぎをもたらすというコンセプトも、このアルバムにはっきりと読み取ることが出来るはずです。
Ⅰ「The Two Of Us(feat. Clara Mann)」は、イントロでは、協和音と不協和音の合間を揺らめくようにして、複数のストリングの感情的なハーモニーが紡がれます。弦楽器とピアノの合奏という形については、2010年代からアーティストがライブで取り組んでいた形です。ストリングスの抑揚が高まるにつれ、アーティストの最も得意とするピアノの演奏が加わり、そしてミステリアスな響きを持つクララ・マン(Clara Mann)のボーカルが参加すると、一大的なハーモニーが形成される。メディエーションの響きを持つマンのボーカルは意外性がありますが、さらに映画的な音響効果を交え、パーカションを追加し、このトラックはダイナミックな変遷を辿っています。
そのなかに、ピアノ曲とは別のもうひとつのアーティストの代名詞であるエレクトロニカのマテリアルを散りばめることで、曲は深みと奥行きを兼ね備えた音響世界を構築していきます。弦楽器のオーケストレーションは、マックス・リヒターの管弦楽の語法に則し、ミニマル音楽の技法を駆使することにより、美麗で親しみやすい効果を及ぼしている。アーティストの従来の曲の中で最も大胆であり、そしてダイナミックであり、そして美麗なひとときを味わえます。
「The Two Of Us (Feat.Clara Mann)」
Ⅱ「Lasting Memories」は、アーティストがこれまで最も重点を置いてきたミニマル音楽に根ざしたポスト・クラシカル/モダン・クラシカルの範疇にあるピアノ曲です。 しかしながら、このレーベルの最初期作品を知るリスナーにとっては、この曲を聴くにつけ、レーベルオーナーとして、あるいは、ソロアーティストとしての原点回帰のような意味合いを思わせるものがあります。
曲そのものは、これまでアーティストがソロ作品や映画音楽で取り組んできたドイツ・ロマン派の作風を彷彿とさせる「叙情的なピアノ」の作品の範疇に属しています。しかし、十年前と同じ形式を選んだからと言っても、曲の雰囲気は2010年代のものとは異なっていることが分かる。ピアノのハンマーの音をリバーブ的に活用した音作りに関しては、アイスランドのオーラブル・アルナルズの系譜にありますが、一方、曲の中には以前よりも、瞑想性、内的な静けさ、感情性を内包させています。さらに、アコースティック・ピアノの演奏のサウンド・プロダクションに関しては、リヒターの作品と同様にクラシックの格式高さと気品に満ちあふれているのです。夕べの空をながれていく美しい雲を眺めるかのようなノスタルジックな気風を反映されています。
Ⅲ「Empty Lake(feat. Clara Mann」では再び、イギリスのシンガーをゲストに迎え、モダンクラシカルの作風に舵をとる。ミニマリズム、クラシックという、現代音楽、古典音楽の新旧の要素を兼ね備えた形式は、この曲の土台を形成する水の揺らめきのように潤いあるリズムと旋律の流れを形成しており、マンのボーカルは、オープニングトラックと同様、メディエーション音楽の要素をもたらしています。しかし、マンの複数のボーカルの多重録音は、この曲にクラシカルとは別の米国の人気シンガーソングライター、ラナ・デル・レイ(Lana Del Rey)が最新作「Did You Know~?」でもたらした「映画音楽におけるポップネス」の意義を与え、そしてクラシカルにとどまらず、ポピュラーミュージックのファンやリスナーにも親しめる内容としている。
音楽形式そのものは、マックス・リヒターが志向する音楽性とそれほど乖離しているわけではないけれど、その中にボーカルトラックとしてのポピュラー性を付与していることに注目です。やがて曲は、ストリングスの精妙なハーモニーを交え、クララ・マンと小瀬村晶自身によるピアノと複雑に溶け込むようにし、徐々に構造的なハーモニーを形作っていきます。それはピアノのミニマリズムに属する伴奏を通じ、抑揚が引き上げられていき、祈りにも近いメディエーションの範疇にあるマンのボーカルが、あるポイントで、最も美麗な瞬間を形成する。当初は複数のパートとして分離していたように思えたものが、ワンネスに近づき、そしてその雰囲気を補強するような形で、ストリングのスタッカートの短いパッセージが駆け抜けていきます。
Ⅳ「Luminous」は、イギリスのコーラス・グループが参加した作品と思われ、教会のミサの典礼で歌われるような賛美歌の精妙な空気感が重視されている。宗教音楽やクワイアの形式に根ざした曲は、これまでアーティストがそれほど多くは取り組んできた印象がないので、旧来のファンとしては、新鮮なイメージを覚えるかもしれません。しかし、映画音楽とクラシックの中間にあるこのクワイアの曲は、アンビエント/ドローンに近い実験音楽の要素を上手く散りばめることで、表面的な印象をより強化し、実際に美麗なイメージをもたらしています。曲の後半では、クワイアとストリングスがより高らかな領域へと近づく瞬間を思わせ、時計の針のサンプリングを加えることで、美しい感情性の中にある時の流れを捉えようとしています。
以後、2022年のEP「Pause」に収録されていた4曲が続いています。「ⅵ(almost equal to)ⅸ)はゲーム音楽に近いエレクトロニカ、続く「elbis.rebverri」は、マックス・リヒターの「Blue Notebook』の時代の作風、オーラブル・アルナルズのピアノ曲、アイスランドのアイディス・イーヴェンセン(Eydis Evensen)のミステリアスなポスト・クラシカルの作風に転じています。
Ⅳ「lanrete」では、今はなき坂本龍一の代表的なピアノ曲を彷彿とさせる寂しさ、悲しみ、そして水たまりの上に雨滴が穏やかに降り注ぐかのようなピクチャレスクな瞬間性を捉えた親しみやすいピアノ曲へと転じています。
さらにそれに続く、Ⅴ曲目「ⅵ(almost equal to)ⅸ」)では、原曲のエレクトロニカ風の楽曲から一転して、アンビエントを基調としたポスト・クラシカル/モダン・クラシカルのディレクションのピアノ曲のアレンジへと移行します。上記の楽曲は、任天堂のSwithのゲームに楽曲提供した経験や、映画音楽への楽曲提供、それに加えて、ソロアーティストとしての潤沢な経験が反映されているので、2021年から2023年のアーティストの軌跡を捉えることが出来るはずです。
「ⅵ(almost equal to)ⅸ」)
アルバムのオープニング曲のインスト・バージョンである Ⅸ「The Two of Us」は、一曲目よりもどのように旋律や抑揚が上昇していくのか、そのプロセスをさらに明瞭に捉えることが出来ます。当初のストリングスのハーモニーから、ピアノの演奏がミニマリズム的な構造を綿密に作り上げていき、2つ目のストリングスのレガート、そして、シンセサイザーの演奏を付加することにより、最終的に一大的な美麗な瞬間が形作られていきます。本作の最後を飾るのは、Ⅲ「Empty Lake」のインスト・バージョンであり、この曲もまた、クララ・マンが参加したボーカル曲とは相異なる感覚が漂い、ピアノの重奏曲による形式が原曲よりも明瞭となっています。ピアノ単体の曲として聴いても力強さがあり、叙情的な雰囲気を伴っていることがわかる。
「Empty Lake- Instrumental」
92/100
Akira Kosemura(小瀬村晶)の『The Two Of Us」は、日本国内では、"Schole Inc./Universal Music"より発売です。海外では"Decca"より本日から発売中。公式ストアでのアルバムのご購入はこちらより。
また、以前、Scholeの名盤特集を掲載しています。興味のある方はこちらの記事も合わせてチェックしてみてください。