New Dad : Madra - Review アイルランドのシューゲイズバンドの新作アルバム

New Dad  『Madra』

 

Label: A Fair Youth

Release: 2024/01/26

 

 

Review 

 

 New Dadはアイルランドのゴールウェイ出身のバンド。ドリーム・ポップとシューゲイズの中間にある音楽性が特徴である。当初はトリオ編成であったというが、ボーカリストのフリー・ドーソンがひとりで演奏するのが嫌という理由でベーシストのショーン・オダウトが加入した。

 

 2022年のEP『Banshee』は、ロックダウンに直面した際の不安や気分の落ち着かなさをテーマに縁取っていた。続く、フルアルバム『Madra』は、ボーカリストの人間関係、あるいは暗鬱的な感情、それにまつわる治癒がフィーチャーされ、内面の表出ともいうべきテーマが暗示されている。 アイルランドのクリエイター、ジョシュア・ゴードンが手掛けたアルバムのアートワークは脆さや、傷つきやすさのメタファーとして機能する。


 Madraは、ニューダッドが、彼らの音楽的ルーツと再びつながり、彼らの形成期を支えたシューゲイザー・サウンド(バンドは、ピクシーズ、ザ・キュアー、スローダイヴを初期に最も影響を受けたバンドとして挙げている)を深く掘り下げている。初期の作品である「Waves EP」(2021年)と「Banshee」(2022年)を彷彿とさせるインディー/ポップのきらめきも加えている。


 今年、バンドがロンドンに移る前に、彼らの故郷であるアイルランドのゴールウェイで書かれた。伝説的なロックフィールド・スタジオ(ブラック・サバス、クイーン)でレコーディングされたこのアルバムは、ニューダッドの長年のコラボレーターであるクリス・W・ライアン(ジャスト・マスタード)がプロデュースし、アラン・モルダー(スマッシング・パンプキンズ、ナイン・インチ・ネイルズ、ウェット・レッグ)がミキシングを行った。

 

 アルバムはJust Masterdにも近い印象のあるアンニュイなギターロックが中心となっているように思われる。しかし、「Banshee」の頃に見いだせた温かな感じが消え、ひんやりとしたドリーム・ポップやシューゲイズサウンドが展開される。バンドはよりバンガー的なフレーズを意識しつつ、従来のサウンドをどのように敷衍させるのか試みているという印象である。それは、3曲目の「Where I Go」に現れ、ディストーションの拡張、ギターサウンドが生み出すアンビエント的な音響の中で、ボーカルのアンニュイさをどう活かすのかに重点が置かれているように思える。確かにポストシューゲイズに位置づけられるように、ほどよい心地よさもある。そして、ノイジーな側面ばかりで押し通すのではなく、その中にあるサイレンスを大切にしているように思える。これがシューゲイズの感覚的なうねりを生み出し、ニューダッドのサウンドの長所となっている。まるで港のさざなみを静かに見つめるような叙情性がギターロックと重なり合う。

 

 そして以前よりもダークなサウンドが色濃くなった印象である。それはアルバムのテーマであり、またアートワークにも象徴される内面の脆さを暗示している。オープニング「Angel」では、内面の苦悩がドーソンのボーカルに乗り移り、それはかつてのサバスのような印象のあるゴシック的な雰囲気を生み出すこともある。しかし、ゴシック・メタルのようになることはなく、すぐさま甘美的なメロディーを持つ展開へと立ち戻り、それはゴシック的なドリーム・ポップともいうべき世界観を作り出す。しかし、そのサウンドの中にはどこまでも悲しみが漂う。

 

 しかし、このアルバムがどこまでも暗鬱で悲観的なのかと言えば、そうではないと思う。例えば、中盤に収録されている「In My Head」はいわゆる暗鬱な状況から低空飛行でありながらも、その感情の中間域にあるフラットな状態に近づくことがあり、それはわずかにバンドアンサンブル全体として、「Banshee」の「Ladybird」に比する温かい感情性を帯びることがある。そして、それはドラムとツインギター、ベースの心強さのあるエネルギーによって押し上げられていく。


 2分17分のツインギターの織りなす絶妙な叙情性についてはアイルランドのバンドの伝統であり、とても素晴らしい。その後にノイジーで迫力のあるサウンドが展開される瞬間、得がたいカタルシスが生み出される。「Nosebleed」では、コクトー・ツインズのようなゴシック的な色合いを受けついだドリーム・ポップの核心を突く。そして、アルバムの表面的な印象とは正反対に、聞き手に癒やしや安心感を与える。ここに、90年代のシューゲイズの前身であるニューロマンティックやスコットランドのギターロックとの共通性を見出すこともさほど難しくはない。実際的には、このジャンルの主要な特徴である甘美的なサウンドが生み出され、そのエモーションが内省的なポップスのアプローチにより強化される。



 

  『Madra』の音楽的なアプローチは、一貫して内省的なギターロックサウンドという形で昇華され、「Let Go」では、前進しきれないことに対するもどかしさのような思いも捉えられる。それは内省的な停滞感が表され、アストラルに属する感覚がどこまでも続いているかのような気分を起こさせる。しかし、その感覚を進んでいくと、暗い感覚を宿したままディストーションギターにより激しいスパークを発生させる。これらの暗澹とした感覚を鋭いサウンドとして発散させ、それらがそのまま癒やしに変化することをニューダッドは示そうとしている。

 

 そしてギターサウンドの上に不安感や恐怖感といったエモーションが夢遊の雰囲気を携えて流れていく。ピクシーズのような鋭利なオルタナティヴサウンドの影響も見えるが、正直、かのバンドのように開けた感覚はなく、どこまでも閉塞感に満ちている。このサウンドをどのように捉えるのかは、リスナー次第といえるかもしれない。

 

 しかし、それらの全般的な暗鬱なサウンドの印象は、本作の終盤で一瞬だけ覆される。「Dream Of Me」では、「Banshee」の頃の温和で心地よいオルトロックが帰ってきたような印象がある。

 

 フルアルバムとして聞くと、この曲を1つの支点として、ダウナーな領域を彷徨う感情の出口が示されているといえる。いわば、それ以前の曲では、暗澹たるもんどり打つ感覚、それ以後は、そこから抜け出す過程が示されている。これが「In My Head」と同じく、何か報われない思いを抱くリスナーに共感をもたらすかもしれない。


 「Nightmare」では、タイトルの印象とは裏腹に、暗い感覚から生み出される仄かな明るさが示され、Girl Rayのようなディスコ・リバイバルのようにファニーな感覚が表れる。アルバムの終盤では、「White Rabbits」において、オルト・フォークとギターポップの中間にある音楽性を示す。


 最後のタイトル曲は、Just Masterdの音楽性を彷彿とさせるポストパンク的なアプローチを見せる。アートワークは、ホラーな感じなので、ちょっとビックリするかもしれない。でも、実はこれこそ以前からのニューダッドの特性でもある。それは人生の甘さに添えるスパイスのようなものなのだ。


 

76/100 

 

 

「In My Head」