Label: Luckey Number / EMI
Release: 2024/02/16
Review
『Faith Crisis Pt.1』はオーストラリアのオルタナティヴロックバンド、ミドル・キッズの3作目のアルバムで、先週末紹介したRoyel Otisと同じく、イギリスで録音された作品である。トリオが録音場所に選んだのはイーストボーン。プロデューサーにジョナサン・ギルモアを迎えて制作されました。
ミドル・キッズはすでにオーストラリア国内では著名なバンドとしての地位を獲得している。ARIAミュージックアルバムでベストロックアルバムを獲得したほか、ARIAチャートで5位を獲得している。このアルバムは2022年6月から録音が始まり、バンドとしてはシンセとオルガンを初めてフィーチャーすることになった。日常生活を題材に置いていた旧作とは異なり、日常生活を起点として別の空間を生み出すという点に主眼が置かれている。それは実際の音源にも反映され、エンターテイメント性を重視した非現実的な音楽空間、リミナルスペースが生み出されたのである。
もうひとつ、音楽的なテーマを紐解く上で、「信仰の危機」というタイトルが重要なファクターを形成している。パンデミックの時代の感覚が暗示され、希望を奪われた社会における信念の役割を探求している。ミドル・キッズのボーカリストのハンナ・ジョイは、このテーマが一部の人に否定される可能性があることを認めた上で、「続編の”Pt.2”が次に書かれるだろうという期待を抱かせる」と説明している。これらの含みをもたせたアルバムのテーマは、単体作品のみで完結するのではなく、続き物としての期待感をもたせる。そして続編への序章のような形で聴くことも出来る。
実際のサウンドはどうなのでしょうか? ロックバンドとはいえども、ポップミュージックを基調としたメロディアスなボーカル、そしてポスト・パンク的な脈絡の中にあるシンセサイザー、また90年代や00年代のポップスを意識した旋律と聴きどころ満載のアルバム。
もちろん、現在のロンドンで最も注目を集め、ブリット賞やBBCの2024年の注目の新人に選出されたThe Last Dinner Partyのアンセミックなロックとの共通点も求められますが、ミドル・キッズはロンドンのバンドのようにロック・オペラやシアトリカルなサウンドを選ぶことはない。Dirty Hitに所属するマンチェスターのポップ・パンクバンド、Pale Wavesのサードアルバムのようなパンチの聴いたスタンダードなロックソングを書き、そしてライブでの観客との一体感を意識したソングライティングを行う。
このアルバムのハイライト「The Blessings」は、彼らの今後のライブのレパートリーとなっても違和感がない。ロックソングとして、エバーグリーンな雰囲気を漂わせている。次曲のインタリュードは、その余韻を最大限に引き上げる役割を果たす。''And I wish (then) I will waiting for you/ And I wish (then) I could been you''というフレーズの対比はアンセミックな響きを持つ。アウトロは琴線にふれるようなセンチメンタルでエモーショナルな感覚に満ちている。
また、ポスト・パンクシーンに触発された曲もあり、どちらかと言えば、シンセポップを基調とするニューウェイブ的なサウンドとして昇華される。オープニングを飾る「Petition」はアトランタのParamoreのような曲の掴みやすさとポストパンク的なうねるようなドラムとベースが混在し、このポピュラーソング全体にパンチとスパイスをもたらしている。
ただ、ミドル・キッズは、勢いのみでゴリゴリと突っ走るわけではなく、緩急とメリハリのある曲展開を駆使しながら絶妙なバランスを保ちつつ、アンセミックなフレーズを効果的に織り交ぜている。静と動を巧みに織り交ぜた曲の展開は、オリヴィア・ロドリゴの『GUTS』にも見いだせる要素だったが、彼らはそれらをよりスタイリッシュにアウトプットしている。ここにニュージーランド/クライストチャーチのインディーポップバンド、Yumi Zouma(ユミ・ゾウマ)の音楽やボーカルスタイルの影響も見出せる。ロドリゴが披露したスポークンワードとボーカルの中間にある歌唱法は、「Dramamine」においてわかりやすく反映されている。そこにドリーミーな要素を加え、ラジオ・オンエアにふさわしい記憶に残りやすい曲が生み出された。
このアルバムは、「自宅で皿洗いをしたあと、外出中にスタジオを訪問し、ボーカルを録音した」とハンナは説明しているが、これらは日常生活とスタジオのサウンドチェックの異空間を一つにつなげるような働きをしている。アルバムのテーマとしては明確に日常生活から離れたとはいえども、「Highlands」、「Go To Sleep on Me」と、明らかに日常的な雰囲気に彩られた曲も収録されている。しかし、それは日常生活にどっぷりと浸かるというわけではなく、スタジオのサウンドチェックの時間、そこで短いスニペットを書く時間、そういった非現実的な時間が複雑に混在し、きわめてアンビバレントな音楽性を生み出す。これらはシュールともドリーミーとも付かない幻想的なインディーポップサウンドという形で繰り広げられる。それは現実の中にいるリスナーを幻想的な世界へと導くような力強さを持ち合わせていることがわかる。
ミドル・キッズは、これらの幻想と現実の合間にある抽象的な領域にあるソングライティングを行いながら、「Terrible News」で現実世界に舞い戻り、束の間の夢を打ち破るかのようなノイジーなロックミュージックが展開される。それはボーカルや歌詞を通じて、理想的な世界とは縁遠いことばかりが起こることを嘆いているように思える。しかし、ニューウェイブを彷彿とさせるキーボードの演奏がハンナ・ジョイのボーカルと鋭いコントラストを描き、現実社会にある悲しさに対するアンチテーゼーーかすかな希望ーーを作り出す。
これらのニューウェイブの範疇にあるスペーシーなシンセはアルバムの終盤において、パンク寄りのアプローチに変化する。「Philosophy」は苛烈なノイズの中に塗れるようにし、苛烈なシンセとディストーションギターの向こう側に浮かび上がるメロディアスでクリアな感覚のあるボーカルは、カナダのパンクバンド、Alvvaysの音楽性を彷彿とさせる。そして「Blue Rev」のようなフックとキャッチーさを兼ね備えたモダンなオルタナティヴロックの王道を勇猛果敢に突き進んでゆく。
アルバムのクライマックスでは演出的な音の仕掛けも施されている。連曲という形で収録される「Yourside, forever」、「Yourside, Interlude」の2曲では、バンドが奥深い音楽を希求するような気配がある。前者は、掴みやすいミドルテンポのインディーポップソング、次いで、後者は、アメリカーナと実験的なサウンドを織り交ぜたインストゥルメンタルの形で展開される。
上記の両曲を通じて、効果的に幻想的な雰囲気を生み出した後、セリーヌ・ディオン、マライア、ジョニ・ミッチェルのような往年の名シンガーによるクラシカルなムードを漂わせるポピュラー・バラードでリスナーの感情性に訴えかける。これこそ、ミドル・キッズが新しい音楽にチャレンジを挑んでいることを証し立てているのです。
Best Track- 「The Blessings」