Whitelands 『Night-bound Eyes Are Blind To The Day』
Label: Sonic Cathedral
Release: 2024/02/23
Review
「黒人のミュージシャンがシューゲイズをやってはいけない」などと考えるのは、Whitelandsの音楽を聴けば、迷妄であり、アナクロニズムや過去への埋没に過ぎないとわかる。ロンドンから登場したホワイトラインズは、ポリティカル・コネクトネスが持つ意味合いとは裏腹に、音楽そのものがもつ未知の可能性を呼び込み、将来のロックバンドの理想像がどうあるべきかを示す。
スペシャルズ、リバティーンズ、ブロック・パーティを筆頭に、ロンドンのロックミュージックは、いつも人種の融和によって新しい表現性が生み出されてきたということを、彼らはありありと思い出させてくれる。上記の偉大なロックバンドが示したのは排他ではなく、融和だった。ホワイトランズもまた無限の可能性に充ちている。
驚くべきことに、ホワイトランズは四人組で活動しているというが、そのうち3人が黒人のミュージシャンだ。彼らの音楽は、実際の音そのものが持つ響き以上に何らかの共鳴を呼び起こし、そして、何らかのメッセージ性を孕み、示唆に富んでいる。もちろん、すでにその予兆は見られる。ニューヨークのLutaloのような優れたソロアーティストの台頭はオルタナティヴロックがすでに白人だけのものではなく、人種的に開かれた音楽になりつつあることを示している。
ヴァネッサはオルタナティブ・ロックに隠されたレイシズムに関して言及する。「白人男性がロマンチックで、繊細で、感情的で、ドリーミーな音楽を作るのはOKなのに、対照的に、若い黒人男性は怒りに満ちた音楽を作るべきという物語が根底にある。私たちは皆、このようなステレオタイプで育ってきたから、ホワイトランドを目にした時、人々は不思議に思うのだと思う」
「私は多くのメディアを消費している」とエティエンヌは幅広い影響について言う。「テレビゲーム、音楽、ニュース、絵画、漫画、アニメ、映画、特に、アニメが私のお気に入り。表現の重みを理解し、感じたい欲求がある。だから、曲は、他の曲、絵、美学、「バイブス」であるべきで、誰かが感じた感情をベースにしている。基本的にあなた自身はあなたが食べたもので出来ているのです」
ヴァネッサは続ける。「私たちは、建前主義、微々たる行動、妬み、憤りを経験してきた。だから私たちは、自分たち自身を証明し続けなければならないと感じています。自分たちが良い影響を与えていることは分かっていますが、ホワイトランズには本当に壁を打ち破ってほしいのです」
オープニングを飾る「Setting Sun」が示すように、ボーカルそのものは失意や哀愁を元にして、JAPANの音楽性を思わせるようなニューロマンティック調の夢想的なメロディーがゆるやかな速度で流れていく。
ボーカルは、理想的な高所に手をのばすかのように歌われ、その合間をシューゲイズ・ギターがぼんやりと彷徨う。しかし、それらの空白や隙間は、ため息をつくほど深く、どれほど手を伸ばそうとも、理想的な領域には近づきがたい。一見すると、出発点の失意や絶望を生み出すように思えるが、必ずしもそうではない。理想的な場所に近づこうとするリスナーの心に、それらの哀愁のあるボーカルが定着して、共鳴的な感覚を呼び起こす。何より頼もしいのは、彼らの音楽が、高い場所から見下ろすのではなしに、自分たちと同じ立場にいる人々に向けて発信されていることである。このことは、モグワイがその才覚を見出したbdrmmと共通している。
繊細かつきらびやかなギターラインと甘美的なボーカルのメロディーの融合は「Prophet &Ⅰ」にも共通している。一曲目と比べると、ポピュラーな印象があり、ジョニー・マーのギターのように抒情的なフレーズが光っている。しかし、それらは必ずしも80年代に埋没することもなく、はたまたアナクロニズムに堕することもなく、比較的モダンな印象に彩られている。それはアンセミックなボーカルのフレーズを配し、そして、リズムに重心を置いているからである。
バンドは、時々、ハウス・ミュージックの要素を取り入れ、バスドラムのシンプルな4つ打ちを織り交ぜ、効果的なビートを生み出す。これはMBVが志向していたギターロックとハウスの融合という、このジャンルの重要な核心を受け継いでいるといえる。ただ、ホワイトランズの場合は、轟音性は少しだけ控え目である。アイルランドのNew Dadのような夢想的な旋律性を擁しながらも、アンダーワールドのようなクラブ・ミュージックを基調としたリズムを取り入れることにより、楽曲そのものに、親しみやすさやわかりやすさを付与している。良いメロディーだけではなく、曲の節々に溜めを作ることで、トラック全体に起伏をもたらそうとしている。
「Cheer」はよりドリーム・ポップに近いアプローチが敷かれ、その中にニューロマンティックやブリット・ポップ前夜の雰囲気が漂う。どちらかと言えば、ノスタルジックな楽曲となっているが、冒頭の2曲と同じく、Mewのような透き通るようにクリアなボーカルの声質が存在感を放つ。スロウバーナーのタイプの曲であるが、注目すべきは、そこには90年代から00年代のクラブ・ミュージックからのリズム的な引用が精彩な感覚の揺れ動きを反映させていることだろう。
続く「Tell Me About It」は、アルバムのハイライトで、ポストシューゲイザーの名曲である。ハウスを反映したイントロから始まり、4ADの幻のドリーム・ポップバンド、Pale Saintsの「Kinky Love」を彷彿とさせる夢想的な感覚へ続く。ホワイトランズは、この曲でツインボーカルのスタイルを取っているが、これがより抽象的な音像の領域に差し掛かる。それはリスニングの背後にある音楽の源に近づくことであり、それは人種的な超越と性別の超越によって発生している。曲は、Cocteau Twinsのドリーム・ポップの核心に迫るかのようで、RIDEのダンスミュージックの影響も反映されている。混合のボーカルのユニゾンは、声の性質の違いにより、むしろその美しさが強調され、冬の夜空を舞う粉雪を眺めるような美しさが留められている。
「How It Feels」はシューゲイズのメインストリームにある曲で、アルバムの中では、フィードバック・ノイズと、シャリシャリとしたパーカッションの硬質な響きが強調される。ただ、他に比べると、ギターノイズは苛烈なのだが、効果的なサウンド・デザインには至っていない。メロディーや音像は一見するとクリアなようだが、音の流れが相殺されてしまっている。これはもしかすると、作曲よりもミックスやマスタリングソフトの選別に原因があるかもしれない。
しかし、続く「Chosen Light」では、美しいメロディー性とギターサウンドの幻惑が還ってくる。フィードバックノイズをベースにしたギターラインはアイルランド的な哀愁に彩られており、他方、ボーカルのフレーズは、現行のロンドンのポストパンクバンドに比する才気煥発さがある。そして、その中にはバンドやアーティストとしての奇妙に光るセンスも含まれている。しかし、それはまだはっきりした完成形になったとまでは言いがたいものがある。シューゲイズバンドとしての本領発揮とまでは至らず、暗闇の向こうに、かすかにぼんやりと揺らめくに過ぎない。一方で、その弱点を補って余りあるのが、「Tell Me About It」と同じように男女混合のボーカルである。これらは二人のボーカリストの声質も相まって、見事なハーモニーを作り出す。それはもちろん、このジャンルの重要な要素である聞き手を酔わせる情感を擁している。
「Born In Understanding」は、ハルのbdrmmがデビューアルバムで示したようなポストシューゲイズの範疇にある音として楽しめる。これらはモダンなUKロックの一角を捉え、それらをキュアーやライドのような象徴的なバンドのフォロワー的な立場を示そうとしている。夢想的なメロディー、浮遊感のある、ふわりと浮き上がるような感覚には心惹かれる。バンドは、以上のように、シューゲイズ/ドリーム・ポップを主体とする幾つかの手法を示した上で、クローズ曲「Now Here's The Weather」で目の覚めるようなナンバーを書いている。このことは注目に値する。
ミニマルなフィードバックギター、夢想的でアンセミックなボーカル、そして、重力を備えるベースラインという、バンドの中核を担う3つの要素はそのままに、ホワイトランズはこの曲で彼らにしかなしえないキャラクター性を発現させる。現在のポストシューゲイズ・シーンは世界的に見ても飽和状態にあるため、頭一つ抜けるのは相当困難となっている。しかしそれでも、このバンドは、ロンドンやイギリスのシーンにたいして良いエフェクトを及ぼす可能性が高い。それが憎しみや怒りではなく、より融和的な考えであったら、とても理想的なのだが。。。
80/100
Best Track- 「Tell Me About It」