Weekly Music Feature
‐The Telescopes
イギリスのバンド、ザ・テレスコープスは1987年から活動している。バンドのラインナップは常に流動的で、レコーディングに参加するミュージシャンは1人だったり20人だったりする。この宇宙で不変なのは、ノーサンブリア生まれのバンド創設者で作曲家のスティーヴン・ローリーだ。
当初はチェリー・レコードと契約していたが、後にホワット・ゴーズ・オン・レコードに移籍し、インディ・チャートの上位に常連となった。ザ・テレスコープスの音楽には堅苦しい境界線はなく、様々なジャンルを網羅し、常にスティーブン・ローリーのインスピレーションに導かれながら独自の道を歩んでいる。
スティーヴン・ローリーが、13th Floor Elevators、The Velvet Underground、Suicideといったアメリカのアンダーグラウンド・アイコンへの愛情を注ぎ込む手段として1987年に結成して以来、バンドはノイズ、シューゲイザー、ブリットポップ、スペース・ロックの世界に身を置きながら、そのどれにも深入りすることなく活動してきた。むしろローリーは、それらすべてをつなぎ合わせて、完全にユニークなドリームコートのようなものを作り上げることを好んできた。
1992年にクリエイション・レコードからリリースされた彼らの名を冠した2枚目のLPは、その年にパルプやシャーラタンズが発表したレコードよりも、ブリットポップへの強力なサルボである。
10年の歳月をかけて制作された続編『サード・ウェイブ』では、ローリーはジャズとIDMに没頭し、Radioheadの「KID A」の後の世界におけるロック・バンドというフォーマットの無限の可能性を示すにふさわしい作品を作り上げた。
約10年前から、テレスコープスは、Tapete Recordsという新しい国際的なレーベル・パートナーを得ている。2021年にリリースされた前作『Songs Of Love And Revolution』は再びUKインディ・チャートにランクインし、ボーナス・エディションにはアントン・ニューコム、ロイド・コール、サード・アイ・ファウンデーションがリミックスを提供した。楽曲は時の試練に耐え、聴くたびに新しい発見がある。かつてイギリスの新聞は、ザ・テレスコープスを「舗道というより精神の革命」と書いた。この共通項は、30年以上に及ぶ影響力のある作品群を貫いている。ザ・テレスコープスは、世界中の様々なジャンルのアーティストに影響を与えている。
「Growing Eyes Becoming String」は、イギリスのノイズ・ロックのパイオニア、ザ・テレスコープスの16枚目のスタジオ・アルバムである。
元々は2013年に2回のセッションでレコーディングされ、1回目は厳しいベルリンの冬にブライアン・ジョネスタウン・マサカーのスタジオでファビアン・ルセーレと、2回目はリーズでテレスコープス初期のプロデューサー、リチャード・フォームビーと行われた。10年近く前、ハードドライブのクラッシュに見舞われたこのセッションは、失われたものと思われ、すぐに忘れ去られてしまった。デジタル・エーテルから奇跡的に救出され、結成メンバーのスティーヴン・ロウリーがパンデミックの中、自身のスタジオで仕上げたこのアルバムは、2024年2月にFuzz Clubからリリースされることが決定、2013年当時のザ・テレスコープスの別の一面が明らかになった。
当時の彼らのフィジカル・アウトプットのほとんどが実験的なノイズ・インプロヴィゼーションで構成されていた。それらが明らかな構造とはかけ離れたものであったのに対し、『Growing Eyes Becoming String』は、ロンドンの実験的ユニット、ワン・ユニーク・シグナルがバックを務めるザ・テレスコープスが、並行する存在として、より歌に基づいた音楽を実際に生み出したことを示している。アルバムに収録される全7曲には、長年のファンがザ・テレスコープスの音楽から連想するクオリティのトレードマークがすべて詰まっている。ソリッドなボーカル、メロディ、ハーモニー、ノイズ、不協和音、即興、実験、そして自然の視覚の領域を超えた旅。
「この2つのセッションの目的は、ブラインドで臨み、完全にその場にいることだった」とスティーヴン・ローリーは振り返っている。「先入観なんかは一切なくて、すべてが "W "だったのさ」
『Growing Eyes Becoming String』- Fuzz Club
当初、イギリスのロックバンド、The Telescopes(テレスコープス)の音楽活動は1980年代に席巻したブリット・ポップの前夜の時代のミュージック・シーンに対する反応という形で始まった。フロントパーソンのスティーヴン・ローリーには才能があったが、まだ一般的に認められる時代ではなかった。「10代の頃に起こった悪いことや、80年代のチャートを支配した酷い音楽等に触発された。テレスコープスは、まわりのほとんどのものに対する反応だった」
その当時から、テレスコープスは流動的にメンバーを入れ替えて来た。最初のリリースの前にも、ラインナップ変更があった。しかし、それらは偶然の産物であり、意図的なものではなかった。状況によってメンバーを入れ替えたにすぎないという。80年代から、スティーヴン・ローリーが触発を受けた音楽は、「周りの暗闇を受け入れながら、光の中で創造されたもの」ばかりだった。 ニューヨークのプロトパンク/ローファイの始祖、The Velvet Undergroundは言うに及ばず、サイケデリック・ロックの先駆者、The 13th Elevators、アラン・ヴェガを擁する伝説的なノイズロック・バンド、Suicideなど、スティーヴン・ローリーの頭の中には、いつもカルト的だが、最も魅力的なアンダーグラウンドのバンドの音楽が存在した。
もうひとつ、ローリーに薫陶を与えたのが、イギリス国内のダンスミュージックだった。「私達は、バーミンガムやノッティンガムで遊び始め、当時流行っていたファンジンの文化を通して、言葉が広まっていった。私達の最初のロンドンでのショーは誰もいなかった。ケンティッシュタウンのブル&ゲートでハイプをプレイした時、観客は20人しかいなかった。その当時、カムデンのファルコンでは、多くのノイズバンドが最初のギグを行っていた。”パーフェクトニードル”を発表したときには、ファルコンでのショーはいつも満員となり、凄まじい熱気だった」
正確に言えば、バンドはその後、MBVなどを輩出した''Creation''と契約を結び、リリースを行った。クリエイションのレーベル創設者、アラン・マッギーが彼らのショーを見に来た時、あまりに強烈すぎて、彼はその場を去らなければならなかった。翌日、彼はそれが良いことであると考え、テレスコープスに連絡を取り、マスターテープとライセンスを寄与するように求めた。ローリーはそれに応じ、クリエイションとの契約に署名する。その後、彼は引っ越し、創造的な側面に夢中になり、スタジオに行く時間を増やした。しかし、ショーではバイオレンスがあった。唾を吐きかけられたり、ボトルを投げつけられることに、ローリーは辟易としていた。そんなわけで、インスピレーションに従い、レコードを制作することに彼は専心していた。
セカンド・アルバムをリリースした後、ブリット・ポップの全盛期が訪れた。同時にそれはテレスコープスにほろ苦い思い出を与えるどころか、ミュージックシーンから彼らの姿を駆逐することを意味していた。ローリーは燃え尽き症候群となり、しばらく無期限の活動休止を余儀なくされることになった。それから何年が流れたのか、音楽はどのように変わっていったのか。それを定義づけることは難しい。少なくとも、ローリーはガラスの散らばっているような部屋で暮らし、財政的には恵まれなかったが、少なくとも、音楽的な熟成と作曲の才覚の醸成という幸運を与えた。ローリーは、誰も彼のことを目に止めない時代も曲を書き続けた。長い時を経て、2015年にドイツのレーベル、Tapete Recordsと契約したことがテレスコープスに再浮上の契機を与えたことは疑いがない。『Stone Tape』を皮切りにして、『Songs Of Love and Revolution』とアルバムを立て続けに発表した。この数年間で、テレスコープスはイギリス国内のインディーズチャートにランクインし、文字通り、30年の歳月を経て、復活を遂げたのだ。
もうすでに、『Growing Eyes Becoming String』はレーベルのレコードの予約は発売日を前にソールドアウト、また、日本のコアなオルタナティヴロックファンの間で話題に上っている。それほど大々的な宣伝を行わないにもかかわらず、このアルバムは、それなりに売れているのだ。音楽を聞くと分かる通り、このアルバムは単なるカルト的なロックでもなければ、もちろんスノビズムかぶれでもない。Velvet Undeground、Stoogesの系譜にあるノイズ、サイケ、ブリット・ポップに対するおどろおどろしい情念、そして、Jesus and Mary Chainのような陶酔的な音楽性が痛烈に交差し、想像だにしないレベルのレコードが完成されたということがわかる。
#1「Vanishing Lines」を聞くと分かる通り、テレスコープスのギターロックを基調とした全体的な音楽の枠組みの中には、70年代のサイケデリックロックや、ザ・ポップ・グループのような前衛主義、なおかつ、ニューヨーク/デトロイトのプロトパンクを形成するヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ストゥージズ、スイサイド、スワンズといった北米のアンダーグランドのマニアックな音が絡み合い、ミニマルによる構成力を通じて、ラフなセッションが展開される。しかし、エクストリームなノイズは、ごくまれにメリー・チェインズのようなシューゲイズ/ドリーム・ポップの幻影を呼び覚まし、スティーヴン・ローリーのモリソンを彷彿とさせる瞑想的なボーカル、同時に、ドリーム・ポップのゴシック性が噛み合った時、独創的なギターサウンドや、ローファイ、ノイズに根ざした独創的なバンドサウンドが産み落とされる。
本作の冒頭の曲の中には、シャーランタンズやパルプのような主流から一歩引いたブリットポップのグループのメロディー性が受け継がれている。そして、スティーブン・ローリーのボーカルは、最終的にシガレット・アフター・セックスのような夢想的で幻惑的なイメージを呼び覚ます。それは1980年代後半や90年代前半に、彼がブリット・ポップ・ムーブメントを遠巻きに見ていたこと、あるいは、商業的に報われなかったということ、そのことが、この時代の象徴的なミュージシャンやバンドよりもブリット・ポップの核心を突いた音楽を生み出す要因ともなったのである。ローリーの瞑想的なギター、そしてボーカルに引きずられるようにして、ローファイかつアヴァンギャルドなロックが、きわめて心地よく耳に鳴り響くのだ。
#2「In The Hidden Fields」には、スティーヴン・ローリーがこよなく愛する東海岸のプロトパンクに対するフリーク的な愛着が凝縮されている。The Stoogesの「1969」、「I wanna be your dog」を思わせる、ガレージ・ロック最初期の衝動性、プロトパンクを形成する粗さ、そういったものが渾然一体となり、数奇なロックソングが生み出されている。しかし、テレスコープスは現代のロサンゼルスで盛んなローファイの要素を打ち込み、それをミニマルな構成によりフィードバックノイズを意図的に発生させ、それらを最終的に、サイケデリックな領域に近づける。時代錯誤にも思えるローファイなロックは、驚嘆すべきことに、カルト的な響きの領域に留まらず、ロンドンのBar Italiaのような現代性、そして奇妙な若々しさすら兼ね備えている。
プロトパンクやサイケロックの要素と併行して、この最新アルバムの中核をなしているのが、Melvins、Swansに代表される、ストーナー・ロックとドゥーム・メタルの中間にあるゴシック的なおどろおどろしさである。俗に言われるドゥーム・メタルのおどろおどろしい感じを最初に生み出したのは、Black Sabbathのオズボーンとアイオミであるが、そのサブジャンルとしてドゥーム、ブラック・メタル、スラッジ・メタル等のサブジャンルが生み出された。
テレスコープスは、そういったメタル的なドゥーム性を受け継ぎ、#3「Dead Head Light」において、彼ららしいスタイルで昇華している。Swansの「Cops」を思わせるヘヴィーロックを構成する重要な要素ーー重苦しさ、閉塞感、内向き、暗鬱さ、鈍重さーーこういった感覚が複雑に絡み合い、考えられるかぎりにおいて、最も鈍重なヘヴィーロックが誕生している。フロントマンのローリーは、暗い曲を書くことについて、「今の世の中は暗いのに、どうして明るい曲を書く必要があるの」と発言しているが、それらの世の中にうごめく、おぞましい情念の煙霧は、ノイズという形でこの曲を取り巻き、聞き手をブラインドな世界へといざなっていく。それらの徹底的に不揃いであり、いかがわしく、どこまでも不調和なこの世の中を鋭く反映させたような音楽を牽引するのが、ロールを巧みに取り入れたラフなドラムのプレイである。
テレスコープスのドリームポップ/シューゲイズの音楽性は、アルバムの中盤の収録曲、#4「We Carry Along」に見いだせる。フィールド録音を取り入れて、バンドは本作のなかで最もシネマティックなサウンドを表現しようとしている。ダウナーなローリーのボーカルと、幻惑的な雰囲気のあるギターロックの兼ね合いは、かつてのヴェルヴェット・アンダーグラウンドのティンパニーを用いたスタイルでリズムが強化され、半音進行の移調により、トーンの微細な揺らめきをもたらす。スティーヴン・ローリーのボーカルは、本作の中で最もグランジ的なポジションを取っているが、それは、Soundgardenのクリス・コーネルのサイケデリックで瞑想的なサウンドに近い。この曲には、オルタナティヴ・メタルの名曲「Black Hole Sun」のような幻惑的な雰囲気が漂う。それらの抽象性は、コーネルが米国南部の砂漠かどこかを車でぼんやりドライブしていたとき、「Black Hole Sun」のサビのフレーズを思いついた、という例の有名なエピソードを甦らせる。「We Carry Along」には、ノイズ・ロックの要素も込められているが、同時にその暗鬱さの中には奇妙な癒やしが存在する。砂漠の蜃気楼の果てに砂上の楼閣が浮かび上がってきそうだ。それはフィールドレコーディングの雷雨の音により、とつぜん遮られる。
アルバムのハイライトとも言える#5「Get Out of Me」は、彼らの主流のスタイルであるミニマルな構成のローファイ・ロックという形で展開される。小規模でのライブセッションをそのまま録音として収録したかに思えるこの曲は、テレスコープスの代名詞であるローリーのシニカルで冷笑的なボーカル、そして、Swansのように重苦しさすら感じられるスローチューンによって繰り広げられる。シンセのサイケデリックなフレーズ、Melvinsのバズ・オズボーンが好む苛烈なファズがギターロックという枠組みの範疇にあるドローン性を形成し、それらの幻惑的なサイケ・ロックの中にダウナーなボーカルが宙を舞う。最後には、地の底から響くようなうめき、悲鳴にもよく似た断末魔のような叫びを、それらのサイケロックの中に押し込めようとする。
「世の中が暗いのに、なぜ明るいものを作る必要があるのか?」というローリーのソングライティングの方向性は、アルバムの終盤になっても普遍的なものであり、それがテレスコープスの魅力ともなっていることは瞭然である。しかし、どこまでも冷笑的で、シニカルなバンドサウンドが必ずしも冷酷かつ非情であるとも言いがたい。「What Your Love」では、すでに誰かがどこかに速書きのデモソングとして捨てたかもしれないMBVのドイツ時代の音楽性や、スコットランドのPrimal Screamのギターポップ、Mary ChainsやChapterhouseのシューゲイズの源流を成すノイズを交えたドリーム・ポップの音楽性を継承し、それらの音楽を現在の地点に呼び覚ます。
アルバムの最後には、意味深長なタイトル曲代わりの「There is no shore(海岸はもうない)」が収録されている。テレスコープスは、本作の前半部と中盤部の収録曲と同じように、70年代の西海岸のサイケデリアとニューヨークのプロトパンクを下地にし、一貫して堂々たる覇気に充ちたヘヴィーロックを披露する。そして、ENVYの最高傑作『A Dead Sinking Story』の『Chains Wandering Deeply』を思わせる、ドゥーム・メタルの雰囲気に満ちたダークでダウナーなイントロから、へヴィーなリフとノイズと重なりあうようにして、亡霊的に歌われる「海岸はもうない、もうない……」というローリーのボーカルが、幻惑的な雰囲気を持って心に迫ってくる。この曲には、Borisのようなバンドの前衛音楽の実験性に近いニュアンスも見いだせるが、テレスコープスのスタイルは、どこまでもドゥーム・メタルのようにずしりと重く、暗い。
最後に、それは幻惑という印象を越えて、秘儀的な領域に辿り着く。米国のプロトパンクやドイツのノイズを吸収しているが、秘儀的な音楽としては、どこまでも英国的なバンドである。表面的なイメージとは裏腹に、テレスコープスこそ、Crass、This Heat、Pink Floyd、Black Sabbath、こういった英国のアンダーグランドの系譜に位置づけられる。それは、サバスの「黒い安息日」の概念が生み出した「メタルの末裔」とも言える。アルバムの音楽から汲み取るべきものがあるとすれば、それは究極的に言えば、現代社会の資本主義のピラミッドから逃れられぬ人々がどれほど多いのかという、冷笑的でありつつも核心を捉えたメッセージなのである。
The Telescopesの新作アルバム『Growing Eyes Becoming String』は、Fuzz Clubから本日発売。インポート盤の予約はこちら。LP/CDのバンドル、テストプレッシング等の販売もあり。
先週のWeekly Music Featureは以下より:
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