Four Tet 『Three』
Release: 2024/ 03 /15
Review
以前、Four Tetはライセンス契約をめぐり、ドミノと係争を行い、ストリーミング関連の契約について裁判を行った。結局、レーベルとの話し合いは成功し、ストリーミングにおける契約が盛り込まれることになった。
ジェイムス・ブレイクにせよ、フォー・テットにせよ、フィジカルが主流だった時代に登場したミュージシャンなので、後発のストリーミング関連については頭を悩ませる種となっているようなのは事実である。しかし、直近の裁判についてはレーベルとの和解を意味しており、関係が悪化したわけではないと推測される。
ともあれ、新しいオリジナル・アルバムがリリースされたことにエレクトロニック/テクノファンとしては胸を撫で下ろしたくなる。アルバム自体も曇り空が晴れたかのような快作であり、からりとした爽快感に満ちている。今回のアルバムはテクスト・レコードからのリリースとなる。
フォー・テットことキーラン・ヘブデンは、エレクトロニック・プロデューサーの道に進む以前、ポスト・ロックバンドに所属していたこともあり、テクノ/ダウンテンポのアプローチを図るアーティストである。
生のドラムの録音の中に、ジャズやグライム、フォーク・ミュージックを織り交ぜる場合がある。Warp Recordsに、”Biblo”というプロデューサーがいるが、それに近い音楽的なアプローチである。また、音楽的な構図の中には、サウンドデザイン的な志向性があり、それらがミニマルテクノやブレイクビーツ、そして、インストのポストロックのような形で展開される。インストのロックとして有名なプロデューサーとしては、まっさきにTychoが思い浮かぶが、それに近いニュアンスが求められる。ヘブデンのテクノはモダン家具のようにスタイリッシュであり、建築学における設計のような興味をどこかに見出すこともそれほど無理難題ではないのである。
今回のアルバム『Three』は現代的なサウンド、あるいは未来志向のサウンドというよりも、90年代のAphex Twin、Clark、Floating Points、Caribouあたりの90年代のテクノに依拠したサウンドが際立っている。レトロで可愛らしい音色のシンセが目立つが、中には、この制作者らしいカラフルなメロディーが満載となっている。それらは、グリッチ/ミニマルテクノのデュオ、I Am Robot And Proudのような親しみやすいテクノという形で昇華される。ただ、Squarepusherほど前衛的ではないものの、(生の録音の)ドラムのビートに重点が置かれる場合があり、オープナー「Loved」に見出すことが出来る。それほど革新的ではないにせよ、言いしれない懐かしさがあり、テクノの90年代の最盛期の立ち帰ったようなデジャブ感がある。そしてアシッド・ハウス風のビートとカラフルなシンセの音色を交え、軽快なテクノへと突き進むのである。
アルバムの序盤は安らいだ感覚というべきか、アンビエントに近い抽象的な音像をダウンテンポやテクノの型に落とし込んでいる。「Glinding Through Everything」はサウンド・デザイン的なサウンドで聞き手を魅了する。Boards Of Canadaに比するアブストラクトなテクノとして楽しんでほしい。ポスト・ロック的なアプローチが続く。「Storm Crystals」は、Tychoのようなインストのロックに近い音楽性が垣間見え、それらは比較的落ち着いたIDM(Intelligence Dance Music)という形で展開される。ダンスフロアではなく、ホームリスニングに向けた落ち着いたテクノであり、ここにも冒頭のオープナーと同様に90年代のテクノへの親しみが表されている。
もちろん、音楽は新しければ良いというものではなく、なぜそれを今やるのかということが、コンポジションの方法論よりも重要になってくる場合がある。ヘブデンはそのことをしっかり心得ていて、無理に先鋭的なものを作らず、シンプルに今アウトプットしたいものを制作したという感じがこのアルバムの序盤から読み解くことが出来る。
続く「Daydream Repeat」では、ビートそのものは、おそらくデトロイトハウスの原点に近いサウンドをアウトプットしているが、ここにもアーティストのサウンド・デザイナー的なセンスが光り、ピアノのカラフルなメロディーが清涼感を持って耳に迫る。苛烈なサウンドではなく、癒やしに充ちたサウンドは、雪解けの後の清流のような輝きと流麗さに充ちている。ここでも叙情的なテクノというアーティストの持つセンスが余すところなく披露されているように思える。
「Skater」もTychoのようなギターロックのインストや、ポストロック的なアプローチが敷かれている。ここでも前曲と同じように清涼感のあるサウンドが味わえる。比較的、スロウなテンポを通じたくつろいだセッションの意味合いがあり、ギター、電子ドラムを中心にスタイリッシュなテクノ/ロックを制作している。ダブやファンクといった本来の電子音楽からはかけ離れた要素も込められている。少なくとも難しく考えず、リラックスして乗れるナンバー。続く「31 Room」はアナログなテクノに回帰し、2000年代の彼自身の作風を思い返させるものがある。2000年前後のグリッチ・サウンドを元にし、Caribouのようなユニークなサウンドを構築している。このあたりに、ベテランプロデューサーとしての手腕が遺憾なく発揮されている。
ヘブデンは同じようにアルバムの後半でも、無理に新しいものや先鋭的なものを制作するのではなく、みずからの経験や知見を元にし、最もシンプルで親しみやすいテクノを提供している。「So Blue」は驚くほどシンプルで、そして出力される部分とは対極にある「間」が強調されている。やはり一貫して、ホームリスニングに適したIDMであるが、しかし、そこには気負いがない。そして、安らいだテックハウスの中に、グライムやダブステップの影響下にある生のドラムを導入し、曲全体に変化をもたらす。レトロな音色は、やはり90年代のAphex Twinの「Film」で見られるテクノを思い起こさせる。一貫して身の丈にあったシンプルなダンスミュージックを提供しようというプロデューサーの考えは、クローズでもほとんど変わることがない。ここでは、ギターのノイズに焦点が置かれ、曲の中盤ではSigur Ros(シガーロス)のような北欧のポスト・ロック/音響派のアプローチへと突き進んでいる。このアルバムは、あらためてプロデューサーが90年代以降のキャリアを総ざらいするような作品になっている。ここにはセンセーショナルな響きはほとんどないものの、電子音楽の普遍的な魅力の一端が示されている。