Waxahatchee 『Tigers Blood』
Label: Anti-
Release: 2024/03/22
Review
今週のもうひとつの注目作がAnti-からリリースされたワクサハッチーによる最新作『Tigers Blood』。このアルバムもエイドリアン・レンカーと同じく、アメリカーナやカントリー、フォークを主体としている。ワクサハッチーはジェス・ウィリアムソンとのデュオ、Plainsとして活動しており、このプロジェクトもアメリカーナとロックやポップスを結びつけようとしている。
今回のアルバムはアートワークを見ると分かる通り、カンサス出身のワクサハッチーが米国南部的なルーツを掘り下げようとしたもの。しかし、ワクサハッチー自身はこれまで人生を行きてきた中で、南部的なルーツを隠そうとはしなかったものの、それを明るみには出さなかったという。そしてこのアルバムは、Anti-のスタッフの方が言及する通り、「それが存在する前からそこにあったような気がする」という、普遍的なアメリカン・ロックとなっている。どこまでも純粋なアメリカンロックで、それがかなり親しみやすい形で昇華されている。非常に聞きやすい。
全般的にはそれほどアメリカーナというジャンルを前面に押し出していないように思えるが、それは飽くまで表向きの話。オープニングを飾る「3 Sister」からインディーロックを基調としたソングライティングの中にスティールギターを模したエレクトロニックギターを織り交ぜたり、そして歌唱の中にもボーカルピッチをずらしてう歌うアメリカーナのサングのスタイルが取り入れられている。しかし、ワクサハッチーはそれをあまりひけらかさないように、オブラートに包み込む。おおらかなソングライティングの中で彼女が理想とするポップを体現させようとする。
続く「Evil Spawn」はコラボレーターのジェス・ウィリアムソンのソングライティングに近く、アメリカン・ロックを温和なムードで包み込んでいる。ウィリアムソンの最新作ではいかにもアリゾナにありそうな砂漠や幹線道路を砂埃を上げて走る車のようなイメージが立ち上ってくることがあったが、ワクサハッチーの曲のイメージは、より牧歌的な温和さに縁取られている。その歌声の中には温かさがあり、また雄大な自然のムードが反映されているように思える。
アルバムはその後、70年代のウエストコーストロックや、サザンロックのビンテージなロックへと続いている。「Ice Cold」は、ソロアーティストというよりもバンドスタイルで書かれた曲で、ByrdsやCCRを始めとするUSロックの源流へと迫っている。セッション自体も楽しげであり、聴いているだけで気持ちが沸き立ってくるような気がする。その中で、ワクサハッチーは南部的な風景やムードを上手く反映させている。時折、それはボーカルの節回し、あるいはメロディーの進行と理論的に展開させるというよりも、体感したものを音楽という形で表現していく。
アメリカーナの固有の楽器も取り入れられている。続く「Right Back To It」ではスーパーチャンクの名曲「1000 Pounds」にようなインディーロックとアメリカーナの融合のソングライティングに取り組んでいる。しかし、ワクサハッチーの場合は、ロックソングというよりも普遍的なポップスに焦点が絞られ、映画のワンシーンで流れるような寛いだサウンドトラックを思わせる。それほど聞きこませるというよりも、聞き流せるという音楽として楽しめる。ワクサハッチーの音楽は主要なメインテーマといよりかは、BGMや効果音のような聞きやすいポップスなのである。
ワクサハッチーの音楽は、単なる古い時代の音楽を尋ねるというよりも、どこかの時代にラジオで流れていた70年代や80年代のロックやポップス、それらの記憶を元に、現代的に親しみやすいポップソングに再構築しようというような意図が感じられる。
「Burns Out at Midnight」はスプリングスティーンのようなUSロックの王道を行くが、その中には単なるイミテーションという形ではなく、子供の頃に聴いていたラジオからノイズとともに聞こえ来る音楽を再現しようという狙いが伺える。それは、ノスタルジアなのか、それとも回顧的というべきなのかは分からないが、懐かしさに拠る共感覚のようなものを曲を通じてもたらすのである。続く「Bored」に関してもこれと同様に、映画のサウンドトラックで流れていた曲、そしてその音楽がもたらすムードや雰囲気を曲の中で再現させようとしているように感じられる。
クラシカルな音楽に対する親しみはその後より深い領域に差し掛かる。「Lone Star Lake」、「Crimes Of The Heart」は、ムードたっぷりのバンジョーやスティールギターがやはり南部的な空気感を生み出している。穏やかさと牧歌的な気風が反映されているが、正直なところ、このあたりはなにか二番煎じの感が否めない。穏やかな感覚はどこかで阻害されているという気がし、残念だと思うのは、ルーツまでたどり着いていないこと。それがなんによるものかは定かではないが、本当の音楽がなにかによってせき止められてしまっているような気がする。
難しいけれど、遠慮ともいうべきもので、米国南部的な感性が都会的な感性にからめとられてしまっているからなのかもしれない。純粋なカントリーやフォーク音楽に対して、なにか遠慮が感じられる。奥ゆかしさともいうべきもので、長所たりえるのだけれど、音楽の核心に至る途中で終わっている。ただ、「Crowbar」は閃きがあり、また比較的明るいエネルギーが感じられて素晴らしい。アルバムの中では、ポップに内在するソウルやR&Bに近いアーティストのもう一つのルーツに迫ることが出来る。
「365」はよりポピュラー寄りの音楽に進むが、シンプルなポップスとして楽しんでもらいたい。「The Wolves」は全般的な印象と連動して、少し寂しい感じをおぼえるわ、もう少し、編集的なプロダクションや楽器を増やしても面白かったかもしれない。
ワクサハッチーは個人的にも好きなアーティストではあり、表現すべき世界観や音楽観を持っている良いミュージシャンであるが、ピアノやバイオリンがないのが、結局、レンカーのような遊び心のある作品にならなかった理由なのかもしれない。本作の中盤から終盤にかけて、安らいだ感じを越えて、少し音楽が緩みすぎているところがあるのが難点。ただ、アメリカンロックやポップスにこれから親しんでみようというリスナーには最適なアルバムになるはず。