Faye Webster : Underdressed at the Symphony ‐ Review  気鋭のインディーポップ・アーティストによる注目作

Faye Webster 『Underdressed at the Symphony』 

 


 

Label: Secretly Canadian

Release: 2024/03/01


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アトランタ交響楽団のクラシックのコンサートに行く時、フェイ・ウェブスターは着飾った自分を発見する。いつもと違うおしゃれな自分であったり、いつもと違う着飾った自分であったり。たしかにそれはいつもよりも少し素敵だけれど、それは本当の自分ではないことをアーティストは知っている。それはまた、自分の知らなかった自己を知る瞬間とも言うべきなのだろう。

 

そんなわけで、オーケストラ・コンサートをウェブスターは誰よりも愛しているのだけれど、このアルバムではそれとは対極にある日常的な自己のペルソナを探りながら、それを最終的にオーケストラホールの聴衆であるときの非日常的な自分と重ね合わせようとしている。


ある意味で、自己の中にある二面性に焦点を絞り、ファニーなものを愛する砕けた感じの自己、そして、それとは対極にあるフォーマルな自己を表現する。アートワークはそのベンチマークを暗示し、着飾った自己と着飾らない自己を内在させている。ウェブスターは、この2つの自己像を巧みに使い分け、良作を作り上げた。アーティストにとって、音楽の制作に取り組むことは、本来の自己を深く知ることであるとともに、未だ知らなかった自分との遭遇を意味する。

 

アルバムの音楽はソニック・ランチ・スタジオでバンド形式で録音されたが、まるでホームレコーディングで録音をし、その後にミックスやマスターを行ったかのようなベッドルームポップ色の強いサウンドであることは明らかだ。アメリカーナというよりもハワイアンギターに近いスティールギターの音色、グロッケンシュピール、クレスタのようなオーケストラ楽器は、最新作の重要なポイントを作り、フェブスターの音楽に色彩的なイメージを付け加える。一昔前のフュージョン・ジャズ、チルウェイブのトラックメイク、そして、そういった本格派の音楽性とは対極にある、親しみやすく、可愛らしいボーカルの歌い方、これらはすべて自然に作り上げられたものでありながら、相当な計算を元に緻密に構築されている。しかし、それらの計算高さは、鼻につく感じにはならないのは不思議でならない。いわば、そのファニーな感じを元に音楽をたぐり寄せると、フォルムの印象とは別の上質な素材を見つけることが出来るのだ。

 

アルバムの冒頭で以上のようなことはすべて表されている。「Thinking About You」はちょっと斜に構えたようなラブソングだが、驚くほどシンプルで爽快な感覚に彩られている。リードボーカルを強調するグロッケンシュピールも、それと交差的に導入されるギターラインの音色もすべてがシンプルで裏がない。考えようによっては自分の感情をそのままボーカルに乗せている。それらのメロディーを背後から支えるドラムのプレイも無駄な装飾はなく、着飾らないアーティストが表され、それがちょっと高い場所にいる憧れの自分を慈しみの眼差しで見つめるのだ。曲は日曜の午後の微睡みのように流れていくが、大きなダイナミックスを設けることなく、ローファイやチルウェイブを含めた痛快なインディーポップサウンドが爽やかに駆け抜ける。


続く「But Not Kiss」は同じ系統にあるラブ・ソングに思えるが、アーティストのインディーロッカーとしての性質が垣間見える。


スロウコアやサッドコアの系譜にあるイントロのギターから、ピアノを交えたチェンバーポップへと移行し、スティールギターの音色でメロウなムードが最高潮に達した時、「Gyu Gyu!」という意外性のあるウェブスターのボーカルがそれらのムードの雰囲気を一変させる。


一瞬のブレイクの後、フュージョン・ジャズやロック的な雰囲気のある曲へとその印象が変化する。しかし、いくらかノイジーな展開へと進んだ後、すぐにスロウコアやサッドコア、エリオット・スミスさながらに内省的なオルタナティブフォークに象徴される静かなギターラインへと変遷を辿る。アーティストは曲の展開を決め打ちをすることなく、セクションごとに緻密な構成を組み上げていく。簡素な曲構成ではありながら、その中にはなだらかな感情の起伏が設けられている。これが表面的なファニーな印象とは裏腹に曲そのものに重厚感をもたらしている。

 

「Wanna Quit All The Time」は細野晴臣の「ハネムーン」のようなリゾート的な感覚に充ちている。音楽のジャンル的にはフュージョンジャズをベースにし、それを現代的なチルウェイブへと書き換えている。


アルバムの冒頭の二曲では、ソロアーティストの性質が強いものの、3曲目ではバンドセッションの要素が強い。曲は途中フェードアウトで中断するが、その後、無音のセクションを設けた後、再びフェードインにより、寛いだ感じのライブセッションに舞い戻る。限界まで音楽の情報を雪崩のように詰め込むのではなく、情報量の少なさを元にし、リラックスしたチルウェイブを制作している。これは現代的な情報の過剰さへの反駁、無数に流れる情報からの逃避や、そこから距離を置くことを重んじているとも取れる。

 

西海岸の象徴的なアーティスト、リル・ヨッティの参加も見逃せない。ヨッティはウェブスターの学生時代からの親友であるという。先行シングル「Lego Ring」は、アルバムの中で最もロック的なナンバー。オーバードライブをかけたパンキッシュなベースラインとクランチなギターの融合は、サッカーマミーを彷彿とさせるオルトロック性をもたらすが、ロックの文脈に固執することなく、その後すぐベッドルームポップへと移行する。リル・ヨッティのオートチューンは、必ずしもアーティストがスノビズムにかぶれているわけではないことの表明代わりである。


同じように、ファニーさを徹底して押し出したボーカルにはちょっとした毒気があり、うっかりそこに手を出そうものなら、フェイ・ウェブスターに「がぶり」と噛みつかれることは必須といえる。少なくとも、ボーカルの人間的なものと機械的なものの混在は、現代のポピュラー・ミュージックに対する一石を投じるような意味合いが込められている。


「Feeling Good Today」では、オートチューンをもとにしたモダンなポップソングを聴くことが出来る。オートチューンによりボーカルの単旋律は分裂し、心地よくも奇妙なハーモニーを生み出す。背後のアコースティックギターは、ジャズ的な文脈を元にアップストロークを中心とするプレイが繰り広げられる。アルバムでの一貫したトロピカルな感覚とくつろぎは、この曲でも続き、ときどき、ピアノのフレーズを交えながら、スタイリッシュなポップソングへと昇華している。曲の終盤にかけてのピアノの演奏はアーバン・ジャズ的な雰囲気を生み出す。

 

アルバムの中で先鋭的なリズムを取りいれたナンバー、「Lifetime」はダブステップのリズムを徹底してBPMを落とし、 横乗りのチルウェイブを生み出している。ヨット・ロックや、Poolsideのようにハウスとバレアリックの要素もなくはないが、ウェブスターは一貫してノイズ性を削ぎ落とし、このジャンルの主な特徴であるトロピカルな感じとリゾート的な安らぎを強調する。


音楽的な選択に加え、実際的なサウンドスケープを呼び覚まし、西海岸のビーチで夕焼けとパラソルの群れ、海の向こうに太陽がゆっくり沈んでいくような音像を作り出す。ゆったりとしたリズム、ウェブスターの声、さらにはベース、ドラム、ギター、バンドの緻密なアンサンブルは、波の流れやその先端が夕焼けに染め上げられるサウンドスケープをものの見事に呼び起こす。

 

このアルバムの序盤から中盤にかけては、2020年代らしいモダンなポピュラーサウンドが構築されるが、続く「He Loves Me Yeah!」はビンテージなウェストコーストロックに焦点を絞っている。The Doobie Brothersのようなアクの強いリズムは、しかし、ウェブスターのソングライティング、及び、バンドの手にかかったとたん、爽快感のあるサウンドに変化する。ファニーなボーカルと、ドライブ感のあるシンセが合わさることにより力強いエナジーを放つ。

 

アルバムの終盤になってもフェイ・ウェブスターの音楽的な方向性は一貫しており、1つの線を引いたように繋がっている。「eBay Purchase History」はヒップホップのハナシの系譜にあるソングだが、フェイ・ウェブスターはポップネスという観点から、それを打ち明け話のような形で紡ぐ。

 

アルバムの最後までリラックスした感覚が続く。アメリカーナを通過したバロック・ポップ「Undredded at The Symphony」、Laufeyのソングライティングの同系統にあるジャズ・ポップの影響を反映したクローズ「Tttttime」で終了する。終盤では、少しマンネリに陥りがちなのが難点であるものの、少なくともモダンなポップネスの形骸化に一石を投ずるようなアルバムである。

 

フェイ・ウェブスターのオルタネイトなポピュラーサウンドは、多くのファンを密かに魅了しつづけている。肩ひじをはらずに聞ける軽やかなポップスは、多くの現代の音楽ファンに求められるものでもある。もちろん、NYTを始めとする、ニューヨークのメディアがフェイ・フェブスターを注目のアーティストとして特集で取り上げたのには、それなりの理由があるわけなのだ。

 

 

 

 

82/100

 

 

 

Best Track 「But Not Kiss」