Liam Gallagher John Squire - Review  マンチェスターの伝説的な音楽家、リアム・ギャラガー/ジョン・スクワイアの共演  普遍的な響きを持つ良質なロックアルバム

 『Liam Gallagher & John Squire』

 

Label: Warner Music UK

Release: 2024/ 03/ 01



Review  



元オアシスのリアム・ギャラガーと元ストーン・ローゼズのジョン・スクワイアによるコラボレーション・アルバムは、予想以上の良作である。もちろん、このアルバムは両バンドのファンにとって納得の出来と言える。ビートルズ、ザ・フー、ローリング・ストーンズといったUKロックの代表格に加え、ブルース・ロックやウェストコーストロックの影響も感じさせるアルバムだ。


近年、リアム・ギャラガーは90年代のUKロックをベースにしたロックソングをソロ作の重要な根幹に据えていたが、今作はその延長線上にある作品と言える。ジョン・スクワイアはソロ・アルバムの音楽性にブルース・ロックという意外な要素を加えている。しかし、実はこれはストーンローゼズのクラブミュージックとサイケロックの融合という皮相の音楽性に隠されていたものだ。今回、ローゼズのファンはこのバンドの隠れた原石を発見することが出来るかも知れない。


オアシスやそれ以後のソロ作品において、ギャラガーは一般的にスタンダードなロックソングの面白さを追求してきたように感じられる。それはノエル・ギャラガーの良質なポップミュージックを追求するという考えとは対照的である。しかし、両者の考えにはマリアナ海溝のような深い隔たりがあるように思えるが、ロックとポップ、実はこの違いしか存在しないのである。


そして今までオアシスやソロアルバムでは一貫して英国のロックを追求してきたウィリアム・ジョン・ポール・ギャラガーであるが、今回は必ずしもイギリスという括りにこだわっていないように思える。

 

長くも短くもなく、日曜の午後のように快活に過ぎ去っていくアルバムの10曲には、モッズ・ロックや、ビートルズ時代のバロック・ポップ、そして、90年代の宣伝用に作られた架空のジャンルである「ブリット・ポップ」の要素に加えて、アメリカの西海岸のロック、どちらかと言えば、ステッペンウルフのようなワイルドさを擁するロックソングが展開される。その中には、ストーンズのブギーやホンキー・トンクの影響下にあるロックの中核にある渋いリフが演奏されるが、これが表面的なロックソングに鋭いアクセントを与えている。表向きに歌われるメロディー性は、やはりオアシスやソロ・アルバムの系譜にあるが、そこにはロックの歴史の源流を辿るような意味合いが込められている。あらためて両者のミュージシャンは、ロックソングを誰よりもこよなく愛していることがわかるし、この音楽の魅力を誰よりも真摯に掘り下げようとしている。ギャラガーとスクワイアは間違いなく「現代のロックの伝道師」なのである。

 

昨年末、このアルバムの発表を事前にリークした時、リアム・ギャラガーは「リボルバー以来の傑作」とソーシャルで宣伝していた。しかし、このアルバムには、ビートルズの最初期の音楽性を想起させる「I'm So Bored」において、ビートルズの『Revolver』に収録されている「She Said She Said」に象徴されるようなマージービートという古典的なロックのスタイルを図っているのを除けば、明らかにローリングストーンズの影響下にあるアルバムである。次いで、言えば、このアルバムは、オアシスのようなアンセミックなフレーズ、そして清涼感のある音楽性を除けば、「Let It Bleed」のようなブルースの要素を前面に押し出した作品に位置づけられる。

 

今回のコラボレーション・アルバムで、ギャラガーはジョン・スクワイアのギターを徹底してフィーチャーすることを制作の条件にしたという。そのことがユニットという形であるにも関わらず、バンドセッションのような精細感をもたらす瞬間もある。スクワイアのギタープレイは、ブルースロックの要素をもたらしているが、それはジェフ・ベックやクラブトンといった、UKの伝説的なギタリストのラフなプレイの系譜に属している。そして、驚くべきことに、ジョン・スクワイアは、ストーン・ローゼズのエキセントリックな音楽性に隠れていたが、ジェフ・ベックやクラプトンに匹敵するブルース・ギタリストだったという事実が明らかになった。

  

このコラボレーションアルバムは、少なくとも両者の嗜好に根ざした日曜大工のような職人的な音楽の方式を取りながら、リズム、音階、構成、これらの3つの要素をどれひとつも軽視していないことは明確である。それはたしかに全盛期のように先鋭的ではないものの、あえて理想的な音楽の基本的な形に立ち返ったとも考えられる。また、若いミュージシャンを見るに見かねて、ある程度憎まれ役になるのを見越した上で、教則本のようなアルバムをリリースしたとも言える。


このアルバムは、先鋭的な創造性という側面では、中盤に少しだけ陰りが見られるが、全体的なアルバムとしては、いくつか傾聴すべきポイントが含まれている。また、本作は、古き良き時代を回想することだとか、古い時代への逃避を意味していない。前の時代の基本的な事例を示しながら、音楽とは何かを表そうとしているのである。この音楽を古びたものとか、そういうふうに考える事自体がナンセンスなのであり、もし、そんなことを考えるとすれば、それは音楽を堕落させる不逞の輩なのであり、考えられる限りにおいて最も愚鈍としか言いようがない。

 

アルバムには二人のミュージシャンの音楽的な語法を元に、ある意味では二人が理想とするスタイルが貫かれている。「Raise Your Hands」は、ギャラガーの生命力のある歌唱や、スクワイアの経験豊富なギターの組み合わせにより、理想的なロックミュージックの型を作り出す。この曲は、聞き手の心を鼓舞させ、音楽が人を消沈させたり悩ませたりするものではないことを表している。ギャラガーの音楽性は、お世辞にも新しいものとは言えまいが、それでも、この音楽の中には融和があり、愛がある。そして何より、音楽とは、人を怖がらせる化け物でもなく、また人を脅すものでもなく、聞き手にそっと寄り添うものであるということを示唆している。 

 

 

 「Mars To Liverpool」

 

 

 

理想的な音楽の形を示しながらも、リアムとジョンは、人間的な感覚をいまだに大切にしている。「Mars To Liverpool」は、彼らの住む場所を与えられたこと、ひいては生きていることへの感謝である。かつて若い頃は、「そういったことがわからず、家に閉じこもってばかりいた」と話すギャラガーは、彼が日課とする「愛犬との公園での散歩」という日常的なテーマに基づいて、最も良いメロディーを書こうとしている。


そこにスパイスを与えるのがスクワイアだ。二人の演奏の息はぴったり合っていて、根源的な融和という考えを導こうとしている。人種や政治、現代的な社会情勢を引き合いに出さずとも、こういった高らかな音楽を作ることは可能なのである。「過去へのララバイ」とも称せる「One Day At A Time」はノスタルジックなイントロを起点に驚くほど爽快なロックソングへと移行する。オアシスやソロ・アルバムで使い古された手法ではあるものの、こういったスタンダーなロックソングは複雑化しすぎ、怪奇的な気風すら漂う現代的な音楽の避暑地ともなりえる。


「I'm A Wheel」では、ジョン・スクワイアのブルースギタリストの才質が光る。ジョン・リー・フッカー、バディ・ガイのような硬派なブルースのリフを通じて、そこから飛び上がるように、お馴染みのリアム・ギャラガーが得意とするサビへと移行していく。シンプルでわかりやすい構成を通じて、BBCの「Top Of The Pops」の時代の親しみやすい音楽へと変遷を辿る。アウトロは、キース・リチャーズの得意とするような、渋みのあるリフでフェードアウトしていく。この音楽には、他にも英国のパブ・カルチャーへの親しみが込められているように思える。曲を聴けば自ずと、地下にある暗い空間、その先にある歓楽的な歓声が浮かび上がってくる。

 

年明けにリリースされた先行シングル「Just Another Rainbow」(MV)は、UKシングルチャートで見事一位を獲得した。


ストーン・ローゼズの「Waterfall」を思い起こさせる曲で、ギターラインはフェーザーのトーンのゆらぎを強調し、ニューウェイブの範疇にある手の込んだ音作りとなっている。そこにギャラガーは、ザ・スミスを彷彿とさせる瞑想的なフレーズをみずからの歌により紡いでいく。この曲は、ジョン・スクワイアのセルフカバーとも言えるが、「Waterfall」に対するオマージュは、ベースのスケールの進行にも見出せる。これらのストーン・ローゼズのカバーのような志向性は、しかし、やはりギャラガーの手にかかると、オリジナルのものに変わる。

 

アルバムの序盤では、驚くほどビートルズの要素は薄いが、「Love You Forever」 ではわずかにフォロワー的な音楽性が顕現する。ブルース・ロックをベースとし、シンコペーションを多用したロックソングが展開される。特に、楽節の延長を形作るのが、スクワイアのギターソロである。ここでは、ジャズのコール・アンド・レスポンスのように、ギャラガーのボーカル、スクワイアのギターによる音楽的な対話を重ねている。ギャラガーのボーカルが主役になったかと思えば、スクワイアのギターが主役になる、という面白い構成だ。音楽的な語法は、古典的なブルース・ロックやジョージ・ハリソンが好むような渋いロックソングとなっているが、その中に現代的な音楽の要素、主役を決めずに、語り手となる登場人物が切り替わる、演劇のようなスタイルが取り入れられている。この曲はまさに新旧のイギリスの音楽を咀嚼した内容である。

 

「Make It Up As You Go Along」は、キース・リチャーズがゲスト参加したと錯覚させるほどの見事なギターの模倣となっている。ストーンズの曲でもお馴染みのホンキー・トンク風のギターで始まり、TVドラマのエンディングのような雰囲気の曲調へと変遷していく。しかし、その後はビートルズのレノンが得意とする同音反復を強調するボーカルの形式を踏襲している。これらは、すでに存在する型を踏まえたものに過ぎないが、ポップ・ミュージックの理想的な形をどこかに留めている。この曲にある温和さや穏やかさはときに緊張感の欠いたものになる場合もあるが、アルバムを全体的な構成の中では、骨休みのような意味合いが込められている。つまり、崇高性や完璧主義とは別軸の音楽の魅力があり、また、少し気を緩めるような効果がある。


「You're Not The Only One」のイントロでは、New York Dolls、Sladeを思わせるブギーを主体にした呆れるほどシンプルなロックンロールに転じる。「You're Not The Only One」の場合は、少しクールというか気障なスタイルを採っている。この中に流動的なスクワイアのギター、そして、ストーンズのように4(8)拍を強調するピアノ、Led Zeppelinの「Rock N' Roll」の70年代のハードロックの要素が渾然一体となり、Zeppelinのバンドマークの要素を作り出す。これらは最近、ポストロックという形で薄められてしまったロックンロールの魅力を再発見することが出来る。


ロールとは、ダンスミュージックの転がすようなリズムを意味し、そもそもロックは、Little Richards,Chuck Berry、Bo Diddlyの代表的な音楽を聴くとわかる通り、ダンスの一貫として作られた音楽であることをありありと思い起こさせる。最近のロックは踊りの要素が乏しいが、本来はダンスミュージックとして編み出された音楽であるということをこの曲で再確認出来る。

 

「リボルバー以来の傑作」という制作者自身の言葉は、作品全体には当てはまらないかもしれないが、「I'm So Bored」には、お誂え向きのキャッチフレーズだ。イントロでは、ビートルズの初期から中期の音楽へのオマージュを示し、その後、ソロ・アルバムで追求してきた新しいロックの形を通じて、曲の節々に、ビートルズのマージービートのフレーズをたくみに散りばめている。


懐古的なアプローチが目立つ中、この曲は古びた感覚がない。それはスタンダードであり、またロックの核心を突いたものであるがゆえなのだ。ギターの録音のミックスもローファイな感覚が押し出され、モダンな雰囲気がある。その中にはザ・フーのタウンゼントに近いギターフレーズも見いだせる。UKロックのおさらいのような意味を持つのが上記の2曲である。ここには現代的な録音へのチャレンジもあり、ザ・スマイルが最新作『Wall Of Eyes』(リリース情報を読む)で徹底して追求したボーカルのディレイ、リバーブで、音像を拡大させるという手法も披露されている。

 

正直に言うと、コラボアルバムが発表された時、それほど大きな期待をしていなかった。それは単なる過去へのオマージュや回想の域を出ないことが予測されたからである。しかし、実際に聴いてみると、期待以上の出来栄えで、少なくとも、ローリンズ・ストーンズの『Hackney Diamonds』(リリース情報を読む)に匹敵するアルバムである。ここには、ロック・ミュージックの魅力がダイアモンドの原石のように散りばめられていて、商業音楽の理想形が示唆されている。それはやはり、分かりやすいメロディー、リズム、曲の構成という音楽を構成する基本的な要素が礎となっている。

 

最後にいうと、小さい子に聞かせることが出来ないタイプの商業音楽は、最良の選択とは言いがたい。その点、このアルバムは小さい子だって安心して楽しめる。もしかすると、犬でも猫でも楽しむことができるかも知れない。それは言い換えると、最良の音楽である証でもあるのだ。


アルバムのクローズ「Mother Nation's Song」では、他の曲では封印されていたフォークロックの雄大な性質が顕となる。 スクワイアのギターは全盛期のキース・リチャーズに匹敵し、円熟期を越え、マスタークラスの領域に達している。


リアム・ギャラガーは直近のインタビューで、若いミュージシャンが怠惰であることをやんわりと指摘していたが、このアルバムを聴くと分かる通り、どのような分野にも近道はないということが痛感出来る。少なくとも、ギャラガーとスクワイアは、今日までの道のりを一歩ずつ上ってきたのであり、その間、ひとつも近道をしようとしなかったことがわかる。彼らはいつも、正しい道を誰よりも実直に歩んできたのであり、少なくともそれは今後も同じなのだろう。

 


 

90/100 
 




Best Track 『I'm So Bored」