Mannequin Pussy 『I Got Heaven』
Label: Epitaph
Release: 2024/03/01
エピタフから魅惑的なロックバンドが登場。フィラデルフィアのマネキン・プッシーは、ホットなライブアクトとして注目しておきたい四人組。
ライオットガールのロックから、それとは対極にあるセンチメンタルまで幅広い音楽のアウトプットを要している。マネキン・プッシーのサウンドはエモに近いスタンスを取るという点ではSlow Pulpにも近い。ただ、マリセ・ダビスとコリンズ・"ベア"・レジスフォード、二人のボーカルのアンバランスさに面白さがあり、マネキン・プッシーの醍醐味が宿っている。ダブルボーカルだと思われるが、キム・ゴードンやグレン・ステファニーを真っ青にさせるようなライオット・ガールになったかと思えば、とは正反対に、Wednesday、Ratboy、Slow Pulpのようなしっとりとした歌を紡ぐ、しとやかなオルトロックのシンガーのスタイルに変わるときもある。
エピタフが最も洗練された作品と銘打つ『I Got Heaven』は、名プロデューサー、ジョン・コングルトンがプロデュースを手がけた。シンプルに言えばオルタナティヴロックの楽園であり、バンドが理想とするサウンドが体現されている。ライオット・ガールとしての魅力は、オープニング「I Got Heaven」とアルバムの終盤の「Ot Her」「Arching」に集約されている。
マリス・ダビサの脳天をつんざくようなシャウトは目の覚めるような迫力が宿っている。しかし、ボーカルスタイルはスクリームはメロディアスなパンクサウンドを取り入れたバンドサウンドによりポップ・パンクやスクリーモに近い印象を放つ。新しくはないのだが安定感がある。
それとは正反対に二曲目「Loud Bark」は、しっとりとしたオルトロックに転じる。しかも月並みなオルタナティヴではない。そこにはちょっとした可愛らしいガーリーな趣味が見え隠れし、ノイジーなサウンドを主体としつつも、そこには微妙なエモーション、そしてセンチメンタルな感覚がスタンダードなロックソングに凝縮されている。現代的なエモソングとも言える。
3曲目「Nothing Like」は、ループサウンドとBon Iverや現代的な4ADのプロダクション的なマスタリングをかけあわせたナンバーで、シンプルな魅力がある。ときどき、パンクバンドらしいノイジーなサウンドになったかと思えば、センチメンタルなインディーロックに変化するときもある。バンドアンサンブルの中で、その雰囲気を見て、バリエーション豊かな歌い方をする。
4曲目「I Don't Know You」では音楽性の多彩さを見せる。ボサノヴァやワールド・ミュージック、トロピカルやチルウェイブ的な癒やしのあるサウンドはバンドの新たな代名詞的な音楽性と言えるか。バンドアンサンブルとして、シューゲイザーギターの轟音性を織り交ぜるが、これがRentals(マット・シャープのバンド)のようなニッチなポピュラー性を呼び起こすときがある。これらのアプローチはシューゲイザーとドリーム・ポップに位置しており、一曲目と同様に妙な安定感がある。ライブで聴いてみるとよりダイナミックなソングに変身しそうである。
マネキン・プッシーのエモの性質は続く「Sometimes」に見いだせる。フランスのエモコアバンド、Sportの代表曲「Reggie Lewis」を思わせるエバーグリーンな感じのイントロに続いて、オルトロック的な疾走感のあるサウンドに移る。このあたりは、日本のナンバーガールや、Mass of The Fermenting Dregsに似ているが、マネキン・プッシーの場合はよりヘヴィなロックへと移行していく。
この曲でもシューゲイザー的な轟音性とそれとは対象的なセンチメンタルでナイーブなロックサウンドを展開させる。しかし、サビの部分では、頼もしいほどのライオット・ガールスタイルのボーカルへと変化する。
ボーカルを起点として、全体的なバンドサウンドも疾走感とパンチの聴いたサウンドへと変化していく。そして、その中にもエモ的な仕掛けが施されており、昨年のSlow Pulpの「Mud」で見いだせるボーカル・ループ、そして感傷的なボーカルスタイルへと変わる。
マネキンプッシーは続く「OK! OK! OK! OK!」で90年代のRATMのようなミクスチャーロック、そしてそれ以降のEVANESCENCEのニューメタル・サウンドを巧みに吸収し、よりモダンなパンクサウンドに昇華させている。ベースラインは特にRHCPのフリーのスラップ奏法のような「バキバキ」した音が出ており、ここにベーシストのテクニック性の高さがうかがい知ることが出来る。
これらの気分の変調というか、テンションの急激な上昇と下降は、アルバムの終盤でも引き続いている。かと思えば、続く「Softly」はガーリーを越えて、やや乙女チックな領域に入り、リスナーを震え上がらせる。本気でセンチメンタルになっているのかどうかわからないのが面白く、新鮮さがある。しかし、その後も、バンドサウンドがヘヴィ・ロックのスタイルへ進むにつれて、急に人が豹変したようなノイジーなライオット・ガール風のボーカルスタイルに変わる。
「Of Her」では、Pissed Jeansの面々を震え上がらせるほどの苛烈なヴァイオレンスを対外的に示し、軟弱なオルトロックに凄まじいドロップキックをお見舞いするという始末。さらにその後、手がつけられなくなり、続く「Aching」ではストレイトエッジに近いハードコアパンク/ニューメタルで、ファッションパンクスに目潰しを食らわせ、息の根を止めにかかる。かと思えば、最後の曲では柔らかいセンチメンタルなオルトロックに回帰する。恐ろしいほどの二面性、多重人格性がバンドの最大の魅力。一体、どっちが本当のマネキン・プッシーなんだろう??
Best Track 「I Don't Know You」