Homeshake
カナダ/トロントを拠点に活動するミュージシャン、ピーター・サガーによる長年のソロ・プロジェクト、HOMESHAKEが思い出を綴ったローファイアルバム『Wallet』をリリースする。
2023年の大半をトロントにあるピーターの自宅スタジオで作曲、レコーディングされた『CD WALLET』は、彼の故郷エドモントンを舞台にしたアルバム。成長期の思い出や、そこから数年後に戻ってきた時の感覚に触れている。
ピーターは、このアルバムが「若い頃の自分を印象づけるために、ヘヴィでストレートなインディーロック・スタイルで制作された」と説明する。ノスタルジアの感情や、過去を振り返るときに自分自身を見出す罠に取り組んでいる。
『CD WALLET』はまた、ピーターの初期のギター音楽への憧れを強調しているという。「目を覚ましてよ、おばあちゃん......、どうして、ちょっとお化粧しないの?」、そう家族に呼びかけた後、ピーターはシステム・オブ・ア・ダウンの「Chop Suey! 」を聴いて、口をポカンと開けたまま、『ギター・ワールド』誌の "Chop Suey!"のタブ譜を開いてみた。虫眼鏡で細かい字を読んでから、完全に唖然として仰向けになり、ギターは思ったより低いチューニングができることを知った。ドロップC。彼が今日まで使っているチューニングだ。これがアーティストとアルバムの誕生の始まりだ。
『CD WALLET』はHOMESHAKEの6枚目のフルアルバムで、ジョシュ・ボナティがマスタリングを担当した。2019年の『Helium』の "Early "は、2020年にHBOの『How To with John Wilson』の第5エピソードで取り上げられた。
2021年の『Under The Weather』に続き、HOMESHAKEは北米、ヨーロッパ、アジアで大規模なツアーを行った。
2022年、全6巻、126トラックのインストゥルメンタル・ミックステープ『Pareidolia Catalog』をリリースし、ブレイン・デッドとのコラボレーション・カセット・ボックスセットとTシャツを付属した。
同年、HOMESHAKEは、2017年のJoey Bada$$との "Love Is Only a Feeling "以来のコラボレーションのひとつであるEyedressの "Spaghetti "を共作、フィーチャリングしている。2024年にはさらなる新曲のリリースが予定されているほか、ライブバンドのメンバーであるグレッグ・ネイピア、マーク・ゲッツ、ブラッド・ルーグヘッドとの北米ヘッドラインツアーも発表される予定だ。
Homeshake 『CD Wallet』
マック・デマルコのバンドメイトとして活動していたピーター・サガーによるプロジェクトは、90年代のスロウコアバンド、CodeineとRed House Painterの再来と言って良い。上記バンドはオーバーグラウンドに押し上げられたグランジへの対抗勢力として台頭し、USインディーに大きな意義を与え続けている。
内省的なサウンドとコントラストを描く激情性の兼ね合いがスロウコアの醍醐味であったが、サガーは、90年代のスロウコアの憂愁と黄昏のすべてを受け継いでいる。また奇しくも、ロックの文脈としては、カレッジ・ロックの系譜にあるアルバムである。そこにデマルコのローファイとユニークなシンセのマテリアルを散りばめ、オリジナリティー溢れる作品へと仕上げた。
Homeshakeのサウンドはホームレコーディングに近いアナログな方式が採用され、そこにはカセットテープの音楽への親しみがあるように感じられる。そこに唯一無二のオリジナリティーを付け加えるのが、「ドロップC」のギターのチューニングである。例えば、ジミー・イート・ワールドの代表曲「Middle」で知られているようにドロップDのチューニングが90年代以降のロックシーンを風靡し、開放弦を作り、ギターサウンドに核心とヘヴィネスをもたらした。
ホーム・シェイクのプロジェクト名を冠して活動を行うピーター・サガーの場合は、システム・オブ・ア・ダウンに触発され、六弦のDをさらに一音下げにし、相対的に他のキーも下げる。弦はきつくチューニングすると高い音が出、ゆるくすると低い音になるが、彼のギターサウンドはゆるくなった弦のトーンの不安定さにその魅力が込められている。Homeshakeのギターサウンドは基本的にはマック・デマルコの最初期のローファイ性、それから近年のこのジャンルの象徴的なアーティスト群、コナン・モカシン、マイルド・ハイ・クラブ、アリエル・ピンク、そしてオスカーラングのデビュー当時のサイケ性を網羅している。しかし、上記の複数のアーティストのほとんどがR&Bを吸収しているのに対して、ピーター・サガーにはR&B色はほとんどない。純粋なオルトロック、カレッジロックのシフトが敷かれている。そして彼はクロスオーバーが起きる以前のオルタナティブロックへと照準を絞っている。ただ、その中には、同年代に発生したヒップホップのサンプリング的な編集方法があるのを見るかぎりでは、Dr.Dreに象徴されるオールドスクールのヒップホップの気風も反映されている。この点では、リーズのFar Caspianのようなローファイサウンドが全面的に敷き詰められているということが出来る。
しかし、ホームシェイクの場合は、フィル・ライノットに象徴されるアイルランド的な哀愁はほとんどない。むしろシアトルのアバディーンの80年代のサウンドを思わせるような他では求めがたいスノビズムがある。アンダーグランドに潜っているが、それは奇妙な反骨精神によって彩られる。表向きにアウトプットされる音楽はそのかぎりではないが、パンクの香りが漂うのである。このアルバムは、現在のアーティストが古き時代の自己を探訪するという意味が込められており、ピーター・サガーは、日記にも書かれず、あるいは写真にも見いだせなかった、もしくは誰の目にも止まらなかったかもしれない若い頃の自分をインディーロックサウンドを介して探し出し、それらのメランコリアの核心へと全9曲を通じて迫っていこうとするのである。
アルバム「CD Wallet」はシンプルに言えば、デジタルな音楽への徹底した対抗でもある。チューニングが狂ったようにしか聞こえないギターラインの執拗な反復と手作りのドラムキットを叩き、それをそのままアナログのラジオカセットに録音したようなローファイなサウンドがオープニング「Frayed」に聞き取れる。サガーは、デマルコを彷彿とさせるドリーミーなボーカルでギターラインを縁取る。アルバムの最初では、スノビズムやワイアードにしか思えないのだが、当初のアナログのデチューンのイメージはその音が何度も反復されると、不快なイメージとは正反対の心地よさが膨らんでいき、奇妙な説得力を持つようになる。その後、多重録音によりヘヴィネスを増したギターロックサウンドへ段階的に変遷を辿っていくと、Codeineのような激情系のノイズサウンドへ移行する。イントロでは驚くほど頼りなさげなサウンドは、一気に強力なヘヴィロックに変身する。かと思えば、そのヘヴィネスは永続せず、すぐさまサイレンスな展開へ踵を返す。アウトロのアップストロークのアルペジオは、Led Zeppelinの「Rain Song」のアウトロのような淡いエモーション、つまり奇妙な切なさの余韻をとどめているのである。
「Frayed」
無機質なマシンビートで始まる二曲目の「Letting Go」も同じように、カレッジロックやナードロックの系譜にある。MTRの4トラックで作ったようなドラムのビートの安っぽさはビンテージな感覚を生み出す。夢遊的なボーカルは、ニルヴァーナのデモのような荒削りさがあり、Robyn Hitchcock(ロビン・ヒッチコック)やCleaners From The Venus(クリーナーズ・フロム・ザ・ヴィーナス)のカセットロックやカルト的なロックを思い起こさせるものがある。これらの要素を含めた曲は、スノビズムの範疇を出ないように思えるのだが、そのボーカルのラインとギター、そして、チープなマシンビートに聴覚を凝らすと、Benefitsのように催眠的な効果を発揮し、奇妙な説得力があるように思えてくる。ボーカルは明らかにマック・デマルコの系譜にあり、まったりとしており、そして彼の2014年のアルバム『Salad Days』の精細感を甦らせるのである。
「Smoke」でもヒップホップのリズムトラックの性質を受け継ぎ、スロウコア/サッドコアの系譜にある刺激的なロックソングを展開させる。他の楽器のパートの音域を相殺させるように中音域を限界まで押し上げたギターサウンドは相当過激であり、表向きのプロダクションとは正反対の印象を形作る。その上で、ホームシェイクは、カセットロックやローファイの真髄を知り尽くしたかのように、心地よいフレーズを丹念に組み上げていく。緻密な音作りに関しては、Far Caspian(ファー・カスピアン)、Connan Mockasin(コナン・モカシン)と同等かそれ以上である。そして、チューニングのずれたギターを積み重ね、同じようにピッチのずれたボーカルを乗せ、独特な音域のズレを発生させ、それらのエラーを次第に増強させていくのである。これらはデジタル主体のレコーディングに対する新しい考えを授けてくれる可能性がある。
同じようにホームシェイクは、アナログで発生するノイズを環境音のように解釈して、イントロではかすかにアンプリフィターから発生するノイズを見逃さずに録音に留めている。そのアンビエンスをイントロとして、鈍重かつ暗鬱な印象に彩られるスロウコアのヘヴィネスが展開される。オープナーと同様にシンプルなギターコードの反復の弾き語りのような形でこの曲は続いていき、レトロなシンセ、そしてその合間にヒップホップ的なドラムがしなるように鳴り響き、やがて最初のイントロの静謐な印象はシューゲイザーの轟音性にかき消される。そして過去の憂愁と内省的な感覚を抽象ではありながら鋭く捉え、リリックを紡いでいく。これらは現代的なローファイの先を行き、カニエ・ウェストの最初期のヒップホップと現代のローファイを繋げるような役割を果たしている。また言い換えれば、この曲のアプローチは、ローファイというジャンルが、ヒップホップとロックの中間に位置することを証し立てているのである。
本作の中盤の収録曲は、誰もが持つティーンネイジャーの外交的な活発さの裏側に隠された奇妙なノスタルジアとメランコリアの両方の時代へ舞い戻らせる喚起力がある。「Basement」でも基本的なソングライティングに大きな変更はない。リバーブやディレイを徹底して削ぎ落とした乾いたザラザラとした質感のあるギターを通じて、静謐さと激情の狭間を絶え間なく揺れ動くのである。やはりホームシェイクのボーカルは、十代の自己を癒やすかのように歌われ、それらの奇妙な傷つきやすさと内的な痛み、そして、それらの自己を包み込むようなセンチメンタルなボーカルが、どこまでも無限に続いていく。しかし、やがて、それらの夢想性と無限性は、Dinasour Jr.のJ Mascisのようなトレモロのギターの下降によってあっけなく破られる。
「CD Wallet」
アルバムのタイトル曲「CD Wallet」は、エリオット・スミスやスパークル・ハウスといった象徴的なインディーロックシンガーの死せる魂を現在に甦らせるかのようである。 スロウコアとサッドコアの悲しみと憂鬱を現代に復刻し、それはCodeineのようなエモーショナルな激情性に続いている。そしてディストーションサウンドが立ち上がった時、イントロやメロでの繊細なボーカルやそれとは対象的な力強さを帯びる。イントロでは繊細なインディーロックソングがにわかにハードコアのような苛烈な印象に変わる。これらの極端な抑揚の変化、気分の上昇と下降は、ティーンネイジャーの感受性の豊かさをリアルに捉え、内的な傷つきやすさを刻印している。ピーター・サガーは、平凡なアーティストであれば入り込むことをためらうような精神的な内郭へと一歩ずつ迫っていき、その内郭の最も奥深くにいる自己の魂を救い出すのである。
束の間の激情性を見せるが、その後、暗鬱なインディーロックソングが続き、アーティストは感情の奥処へと降りていく。「Penciled In」は、繊細なアルペジオ・ギターを中心としたポスト・ロック的なアプローチであるが、ピーター・サガーのボーカルには、マンチェスターのCarolineの賛美歌からの影響に近い聖なる感情をつかみ取ることが出来る。世間一般に蔓延する粗雑なエネルギーと対峙するかのように、それらの清廉な感覚を宿したボーカル、ヒップホップに近いドラムビート、どこまでも下降していくように感じられる傷つきやすいギターが多彩なタペストリーを作り出す。その上を舞うかのように、ピッチをずらしたボーカル、サイケデリックなシンセが混沌を作り出す。同じように「Mirror」でも、フィルターをかけたギターのアルペジオを中心とし、カレッジロックやスロウコアの黄昏と憂鬱をアーティストは探求している。
アルバムのクローズを飾る「Listerine」は9分を超えるスロウコア/サッドコアの大作で、ロックの名作でもある。少なくとも、オルタナティヴ・ロックというジャンルの最高傑作の1つであることは疑いがない。内的な痛みを柔しく撫でるかのような繊細さ、対極的なチューブアンプから放たれるギターノイズ、これらは、ジミ・ヘンドリックスやジミー・ペイジ、あるいは、『ホワイト・アルバム』の時代のザ・ビートルズのギターのような調和的な響きを生み出す。
それらの轟音が途絶えたあと、アンビエント風のノイズのシークエンスが立ち現れる時、鳥肌が立つような感覚がある。基本的なロックのアプローチが続いた後、唐突に現れるこれらのノイズのシークエンスは、その後に続く展開の導入部分となり、アルバムの最初と同じように、シド・バレットのようなサイケ・ロックの無限性に繋がっている。しかし、苛烈なノイズロックの中にほの見えるのは、スロウコア、サッドコア、ストーナーにしか見られない、激しい重力と奇妙な癒やしの感覚なのである。アルバムの最後の最後では、最もヘヴィな局面を迎えた後、停止や沈滞、後退、前進、上昇をたえず繰り返しながら、驚くべきエンディングを迎える。ジャンルやアウトプットの方式こそ違えど、ロックとしてはVUの『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド』、ザ・ビートルズの『ホワイト・アルバム』以来の傑作ではないかと推測される。
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「Listerine」