Dana Gavanski 『Late Slap』
Label: Full Time Hobby
Release: 2024/ 04/05
Review
ロンドンを拠点に活動するシンガーソングライター、ダナ・ガヴァンスキーはセルビア系の移民である。ガヴァンスキーのアルバムの中に移民としてのディアスポラが主題に掲げられることは稀であるが、表向きからは見えづらい形でそれらのテーマが感情的に貫流していたとしても不思議ではない。
2ndアルバム「When It Comes」は単刀直入に言えば、傑作とまではいかないが、いくつか良質なナンバーが収録されていた。例えば、ハイライト「Bend Away And Fall」はチェンバーポップとバロックポップの中間にある音楽のアプローチを図り、 ニュージーランドのAldous Hardingsのようなアーティスティックな性質を漂わせるものがあった。つまり、ガヴァンスキーにとってのボーカルやソングライティングとは、ある種の自己表現の一種なのではと推測されるのである。
三作目のアルバム 『Late Slap』では明確にソングライティングの手法を変化させ、曲そのものの雰囲気も若干であるが変容したような印象を受ける。今まではギターやピアノを中心に曲を書いていたというが、今回はシンセ・ポップやアヴァン・ポップをアーティストなりのユニークな風味で彩って見せる。アルバムの感情的なテーマの中に、悲哀やシニズム、そして絶望等を織り交ぜ、それをそれほど深刻にならない程度のユニークさで縁取って見せる。これは何事もシリアスに考えてしまう傾向があるリスナーにとっては救いのヒントを示すとも言えるのだ。
ダナ・ガヴァンスキーの音楽の中にはシンセ・ポップやアヴァン・ポップの影響に加えて、ポール・サイモンのような古典的なポピュラー・ミュージックの反映がある。今作の場合は、それをスロウなテンポで親しみやすい作風として提示している。オープニングを飾る「How To Feel Comfotable」はアーティストらしいファンシーな性質が漂い、ギターロックやホーンセクションに模したシンセ等、多彩なアレンジが加えられている。それはカラフルなポップとも称すべき印象を与える。そしてこのオープニングで瞭然なように、2ndアルバムに比べると、ギターリフのユニゾンを導入したりと、手法論としてロック的なアプローチが強まったように思える。
二曲目「Let Them Row」はピアノバラードに属する親しみやすいナンバーで、それらをバンドサウンドに置き換えている。温和なボーカルの風味に加えて、男性のコーラスが入ると、夢想的な感覚が漂う。スケールの進行自体は60年代や70年代のバロックポップに属しており、それらがノスタルジックな感覚を漂わせている。続くタイトル曲「Late Slap」に関しても、現代的なシンセポップの手法論を踏まえながら、それらをクラシカルなタイプのポップソングに落とし込む。これらの序盤の2曲は、それほど先鋭的とはいえないものの、ほんわかとした気分に浸れる。
もう一つ、ギター・ポップに近いナンバーもあり、「Ears Were Growing」がその筆頭格である。クラシカルなポップスではあるものの、変拍子を交えるあたりが、このアーティストらしいと言える。それほど音域の広い歌手ではないのだけれども、ボーカルの微細なニュアンスでおどけたようなファニーな印象をもたらす。いわば言葉やスポークンワードの延長線上にあるのがガヴァンスキーのボーカルの特徴と言える。それらがファンクに主軸においたベースライン、そして夢想的なシンセのテクスチャーが重なり、温和な音楽的な空間を作り出していくのだ。
続く「Singular Concidence」はアルバムのハイライトと呼べそうだ。 ベスアンドセバスチャンのようなシンセのフレーズを交えたインディーポップにオルガンの音色を加え、ガヴァンスキーの夢想的なボーカルのメロディ、そしてベースラインを意識したドラムのビートのオンオフを駆使して、バンドアンサンブルの妙味を作り出そうとしている。これらの複合的な要素は、ロシアのKate NVのようなドリーミーな雰囲気を越えたマジカルな雰囲気へと至ることもある。
アルバムの先行シングル「Song For Rachel」は他の主要曲と同じように夢想的な空気感を漂わせながら、軽やかなインディーポップ/シンセポップを展開させる。重さではなく、軽さにポイントが置かれており、これが日曜の午後のような温和な雰囲気が生み出される理由でもあるのだ。そして、これらの「脱力したポップ」ともいうべきユニークなサウンドは、ちょっと炭酸の抜けたソーダのように苦く、さらにアルバムの後半に至ると、その性質を強めていくようなイメージを受けざるをえない。そして奇しくも、同日発売のクルアンビンのようにリゾート志向の安らいだサウンドに直結し、続く「Ribbon」では、スティールパンを模したシンセの音色を導入し、The Beach Boysの「Kokomo」のようなトロピカル・ポップスの系譜を受け継ぐ。まさに国籍不明のサウンドで、ヨーロッパを飛び越え、米国の西海岸へとたどり着くのだ。ただガヴァンスキーの場合はソウルフルというか、それほどメロディーの跳躍を持たず、比較的落ち着いたムーディーなサウンドに重点が置かれている。これもまたクルアンビンと同じだ。
アルバムのプレスリリースでは、負の感情に基づいたソングライティングがなされていると説明されているが、曲全般を観る限り、ほとんど暗さではなく、どちらかと言えば明るさの方に足が向いている。しかし、それは以前にも述べたように暗さを一貫して直視したがゆえの明るさなのであり、ダナ・ガヴァンスキーの場合は、それらをウィットのあるユニークさやファンシーな印象により華麗に彩るのである。アルバムの終盤でも、序盤から中盤の収録曲のイメージが覆されることはほぼない。「Dark Side」だけは少しぎょっとさせるタイトルだが、奇妙なことに心を浮き立たせるものがある。
クローズ「Reiteration」は孤独な感情を温かさと持ち前のユニークさでおおおうとしている。ポール・サイモンの古典的なバラードをシアトリカルなサウンドを介して、ダイナミックなポップスへと昇華しているのは見事だ。「Dark Side」は特に、ソングライターとしての弛まぬ前進を捉えており、着実に成長しつつあることを示している。
Best Track 「Let Them Row」