Maggie Rogers: Don’t Forget Me - Review 実力派シンガーによるダイナミックなUSポップアルバム

 Maggie Rogers 『Don’t Forget Me』

 

 

Label:Capital

Release: 2024/04/12

 

Review

 

Apple Musicのプレスリリースの声明を通じて、ニューヨークのマギー・ロジャースは、できるだけ音楽を楽しむようにしたと述べている。その楽しさがリスナーに届けば理想的であるというメッセージなのだろうか? レビューを行うに際し、世界屈指の名門レーベル、ポリドールから発売された本作は、1986年のマドンナの傑作『True Blue』の雰囲気によく似ている。マドンナのアルバムは、クラブチューンとポップスをどこまで融合出来るかにポイントが置かれていたが、マギー・ロジャースのアルバムも同様にダンサンブルなポピュラーテイストが漂う。いわゆる楽しみや商業性を重視した作品ではあるものの、聞き入らせる何かがある。マギー・ロジャースは、シンディー・ローパー、マドンナ、そして現代のセント・ヴィンセントにつながる一連のUSポップの継承者に位置づけられる。歌唱の中にはR&Bからの影響もありそうだ。

 

アルバムのオープナー「It Was Coming All Along」は分厚いシンセのベースラインとグルーヴィーなドラム、そして装飾的に導入されるギターラインという3つの構成にロジャースのボーカルが加わる。この一曲目を聞けば、ロジャースのシンガーとしての実力が余すところなく発揮されていることがわかる。ウィスパーボイスのようなニュアンスから、それとは対極にある伸びやかなビブラート、そして、R&Bに属するソウルフルな歌唱法等、あらゆるサングの手法を用いながら、多角的なメロディーと多次元的な楽曲構成を提供する。ハイクオリティのサウンドも名門レーベル、ポリドールの手によりダイヤモンドのような美しく高級感のある輝くを放つ。そしてアーティスト自身が述べているように、それは華やかで楽しげな空気感を生み出す。


による同じく「Drunk」も、マドンナからのUSポピュラーの系譜を受け継ぎ、それにギターロックの性質を加えている。タイトルと呼応するかのように、酩酊した状態の楽しげな気分と、それとは正反対にあるブルーな気分を織り交ぜ、奥行きのあるポピュラー・ソングを展開する。ニューキャッスルのスター、サム・フェンダーのようなロック的な性質を織り交ぜながら、アンニュイなムードからそれとは対極にある激した瞬間まで、幅広いエモーションを表現している。そして、これらの微細な感情の抑揚は、やはりフェンダーのヒットソング「Seventeen Going Underground」のような共感性を思わせ、スタンダードなポップソングの魅力を擁しているのである。


特に驚いたのが、先行シングルとして公開された「So Sick of Dreaming」だった。ここではスティング要するThe Policeの名曲「Every Breath You Take」の80年代のニューウェイブサウンドを影響を込め、ブライアン・アダムスを彷彿とさせる爽快なロック/ポピュラー・ソングへと昇華させている。もちろん、そこにはアーティストが説明するように、米国の南部的なロマンチシズムが微かに揺曳する。


特に、前作の『Surrender』ではシンセ・ポップという形に拘っていたが、今回の楽曲はその限りではない。繊細なものからダイナミックなニュアンスに至るまでを丹念に表現し、そしてそれらをメロとサビという構成からなるシンプルなポップソングに落とし込んでいる。さらに前作よりもロジャースのボーカルにはソウルフルな渋さと哀愁が漂い、この曲に深みをもたらしている。そしてサブでコーラスが加わった時、この曲は最も華やかな瞬間を迎える。曲の終盤ではニューヨークのスタイルであるスポークンワードのサンプリングを散りばめ、アルバムの伏在的なテーマである20代の思い出を切なく蘇らせる。


「The Kill」は不穏なワードだが、曲自体はTears For Fearsのヒット曲「Everybody Wants To Rule The World」のシンセポップの形を受け継ぎ、それをモダンな印象で彩る。しかし、MTVが24時間放映されていた音楽業界が最も華やかな時代の80’sのポップスは、ロジャースのソングライティングやボーカルの手腕にかかるやいなや、モダンな印象を持つポップソングへと変化する。ここにもポリドールのプロデュースとマギー・ロジャースの録音の魔法が見え隠れする。ミニマルな構造性を持つ楽曲だが、構成自体が単調さに陥ることはほとんどないのが驚きだ。ギターロックとシンセポップをかけあわせた作風の中で、ロジャースは曲のランタイムごとに自身の微細なボーカルのニュアンスや抑揚の変化を通して、音程やリズム、そして構成自体にもバリエーションをもたらしている。特にアウトロにかけてのギターリフとボーカルの掛け合いについては、ロック的な熱狂を巻き起こしている。単なるポピュラー・ソングだけではなく、オルタネイトな響きを持つロックへと変化する瞬間もあるのがこの曲の面白い点なのである。

 

その後も、アーティストの感覚的なポップサウンドがポリドールらしい重厚なベースを要する迫力のあるプロダクションと交差する。アーティストの最もナイーブな一面を表したのが続く「If Now Was Then」で、ロジャースが20代の頃の自分自身になりきったかのように歌を紡ぐ。そこには純粋な響きがあり、高いトーンを歌ったときに、少しセンチメンタルな気分になる。サビの箇所ではポピュラーシンガーから実力派のソウルシンガーへと歌唱法を変える。これらの歌唱のバリエーションは、楽曲自体にも深い影響を及ぼし、聴き応えという側面をもたらす。普通のトーンからファルセットへの切り替えも完璧で、歌手としての非凡さが体現されている。

 


スタンダードなバラードソングが年々少なくなっているが、ロジャースは普遍的な音楽へと真っ向から勝負を挑んでいる。「I Still Do」は、ビリー・ジョエルを彷彿とさせる良質なバラードソングである。この曲では、一般的なバラードソングとは異なり、音程の駆け上がりや跳躍ではなく、最も鎮静した瞬間に、あっと息を飲むような美しさが表れる。それはやはりロジャースの多角的な歌唱法という点に理由が求められ、微細なビブラートと中音域を揺れ動く繊細なボーカルが背後のピアノと劇的な合致を果たすのである。歌そのものの鮮明さも、ポリドールの録音の醍醐味の一つだ。取り分け、最後に登場する高い音程のビブラートは本当に素晴らしい。

 


「I Still Go」

 

 

 

アルバムは二部構成のような形で構成されており、ほとんど捨て曲であったり、間に合せの収録曲は一つも見当たらない。続く「On & On & On」では2つ目のオープニングトラックのような感じで楽しめる。ここでは冒頭に述べたようにマドンナの作風を踏襲し、それらを現代的なクラブチューンへと変化させている。特にロジャースのダイナミックなボーカルはいわずもがな、ファンクの印象を突き出したしなやかなベースラインがこの曲に華やかさをもたらしている。 続く「Never Going Home」もサム・フェンダーの新しいフォーク・ロックの形を女性ボーカリストとして再現する。そしてこの曲には最もアメリカの南部的なロマンチシズムが漂う。

 

続く「All The Time」では、エンジェル・オルセンやレンカーのような形で、フォークミュージックというフィルターを通じて、質の高いポピュラー・ソングを提供している。ここにもプレスリリースで示された通り、南部的なロマンが漂う。それがアコースティックギターとピアノ、そしてボーカルという3つの要素で、親しみやすく落ち着いたバラードへと昇華されている。


アルバムのクローズでも前の2曲のフォーク・ミュージックの気風を微かに留めながら、ソウルフルなポピュラー・ソングで本作は締めくくられる。このアルバムのタイトルを心から叫ぶようにロジャースが真心を歌う時、本作を聴いたことへの満足感や充実感は最高潮に達する。それはもちろん、ビブラートの精度を始め、歌手による高い水準の歌唱を中心にそれらの切ないような感覚が表現される。2024年のポピュラー音楽のニュースタンダードの登場である。


本作は歌手としての技量は勿論、音楽的なムード、そして20代の頃の回想という複数のテーマが合致し、ポリドールの卓越したプロダクションにより、高水準の作品に仕上がっている。前作『Surrender』に続いて、アーティストはいよいよ世界的な舞台に登場することが期待される。

 


 

95/100 

 

 

Best Track -「So Sick Of Dreaming」