Pillow Queens 『Name Your Sorrow』
Label: Royal Mountain
Release: 2024/04/23
Review
アイルランドの有望株、ピロー・クイーンズはデビュー当初から"クイアネス"という彼らの持ちうるテーマを通じて、真摯にオルタナティヴロック制作に取り組んできた。
彼らのサウンドにはモダンなオルトロックの文脈から、Queenのようなシアトリカルなサウンド、そしてシューゲイズを思わせる抽象的なギターサウンドと多角的なテクスチャーが作り上げられる。しかし、いかなる素晴らしい容れ物があろうとも、そこに注ぎ込む水が良質なものでなければ、まったく意味がないということになる。その点、ピロー・クイーンズの二人のボーカリストは、バンドサウンドに力強さと華やかさという長所をもたらす。そして、今回、コリン・パストーレのプロデュースによって、『Leave The Light On』よりも高水準のサウンドが構築されたと解釈出来る。そして、もうひとつ注目すべきなのは、バンドの録音の再構成がフィーチャーされ、それらがカットアップ・コラージュのように散りばめられていることだろう。
アルバムの冒頭に収録されている「February 8th」にはバンドの成長及びサウンドの進化が明瞭に現れている。ドラムのリムショットの録音をサンプリングのように散りばめた強固なビートを作り出し、そこにクランチなシューゲイズギターが散りばめられる。サウンドデザインのようなパレットを作り出し、勇ましさすら感じられるボーカルが搭載される。前作よりもボーカリストとして強固な自負心が感じられ、最終的にはそれがクールな印象をもたらす。トラックの背後に配置されるシンセのテクスチャーも、バンドの多角的なサウンドを強調している。いわば前作よりもはるかにヘヴィネスに重点を置いたサウンドが本作の序盤において繰り広げられる。
二曲目でも同様で、「Suffer」では、内的な苦悩を表現し、それらを音楽として吐露するかのような重厚で苛烈なバッキングギター、その上に乗せられるコーコランとコネリーのダブルボーカルがハードロッキングなサウンドに華やかさをもたらす。そこに、シアトリカルなロックの要素が加わり、時々、”オルトロック・オペラ”のようなワイアードなサウンドに接近する瞬間もある。ヘヴィネスという要素は、ベースラインにも適応され、オーバードライブのかかった唸るようなベースが苛烈なシューゲイズサウンドの向こうから出現した時、異様な迫力を呈する。
本作の序盤では外側に向かって強固なエナジーが放たれるが、他方、「Blew Up The World」では内省的なインディーロックサウンドが展開される。しかし、クイーンズは、それをニッチなサウンドにとどめておかない。それらの土台にボーカルやシンセテクスチャーが追加されると、面白いようにトラックの印象が様変わりし、フローレンス・ウェルチが書くようなダイナミックなポピュラー・ソングに変遷を辿る。これらの一曲の中で、雰囲気が徐々に変化していく点は、バンドの作曲の力量、及び、演奏力の成長と捉えることが出来る。反面、それらの曲の展開の中で、作り込みすぎたがゆえに、”鈍重な音の運び”になってしまっているという難点も挙げられる。これは、レコーディングでバンドが今後乗り越えなければならない課題となろう。
しかし、そんな中で、 ピロークイーンズが親しみやすいインディーロックソングを書いている点は注目に値する。「Friend Of Mine」は、boygeniusのインディーロックソングの延長線上にあるサウンドを展開させるが、ボーカリストとしての個性味が曲の印象を様変わりさせている。こぶしのきいたソウルフルなサングについては、従来のピロー・クイーンズにはなかった要素で、これが今後どのように変わっていくのかが楽しみだ。そのなかで、80年代のポピュラー・ソングに依拠したロックサウンドが中盤に立ち現れ、わずかなノスタルジアをもたらす。
続く「The Bar's Closed」ではアイルランドのパブ文化に触れており、閉店間近の真夜中の雰囲気をギターサウンドで表現する。ハードロックなサウンドが目立つ序盤とは対象的に、ピロー・クイーンズのポップセンスや和らいだインディーロックソングが中盤の聞き所。ボーカルの精細なニュアンスは、ナイーブさ、一般的に言われる繊細さという長所に変わり、これらがこの曲にフィル・ライノットの時代から受け継がれるアイルランド的な哀愁と切なさという叙情的な側面をもたらす。これらのエモーショナルな感覚とヒューマニティは、機械的な文化に対するバンドのさりげない反駁ともいえ、ぜひこれからも誰にもゆずってもらいたくないものだ。
ピロー・クイーンズがバンドとしてたゆまぬ努力を重ね、少しずつ成長を続けていることは、「Gone」を聴けば明らかである。ここではノイズロックに近いシューゲイズギターを録音で重ねながら、ボーカルはそれとは対象的にモダンなR&Bに重点が置かれる。一見すると相容れないと思われるこれらのコントラストはむしろ、それが対極に位置するため、強烈なインパクトをもたらす。次いでボーカルに関しては、背後のバンドサウンドに埋もれることはない。これはフロントパーソンとしての強固な自負とプライドがこういった勇敢な印象を形作るのである。
アルバムの後半では、シューゲイズサウンドとインディーポップサウンドが交互に収録され、バンドの両極的な性質が表れる。もうひとつ注目すべきは、ピロー・クイーンズがヴィンテージロックのサウンドの影響を受けている点である。これも以前にはなかった要素で、バンドが新たな境地を切り開きつつある。例えば、「So Kind」は、The Doobie Brothersに象徴されるウェストコースト・サウンドを踏襲し、それらをアイルランドらしいインディーロックソングに置き換えている。カッティング・ギターと抽象的なテクスチャーの組み合わせは、考え方によっては米国的なものと英国的なものを組み合わせ、新しいサウンドを生み出す過程が示唆されている。
ただ、新鮮なサウンドが提示されているからとはいえ、前作『Leave The Light On』の頃のバンドのシアトリカルなインディーロックソングが完全に鳴りを潜めたわけではない。例えば、旧来のピロー・クイーンズのファンは「Heavy Pour」を聴いた時、ひそかな優越感や達成感すら覚えるかもしれない。クイーンズを応援していたことへの喜びは、この曲の徐々に感情の抑揚を引き上げていくような、深みのあるヴィネットを聴いた瞬間、おそらく最高潮に達するものと思われる。これは間違いなく、新しいアイルランドのロックのスタンダードが生み出された瞬間だ。
アルバムの終盤は、セント・ヴィンセントや、フローレンス・ウェルチのようなダイナミックな質感を持つシンセポップソングをバンドアンサンブルの形式で探求する。「Notes On Worth」では、ネオソウルとオルタナティヴロックの融合という、本作の音楽性の核心が示されている。アイルランドのロックシーンで注目すべきは、Fountains D.C、The Murder Capitalだけにとどまらない。Pillow Queensがその一角に名乗りを挙げつつあるということを忘れてはならないだろう。
84/100
Best Track- 「Heavy Pour」
Episode of ”Name Your Sorrow”:
どのようなバンドにも、自分たちが地平線上の新しい場所にいることに気づく時が来るはずだ。若さゆえの早熟な唸り声は消え、新人であることの無敵さ--ピロークイーンズは近年最も高く評価されている新人バンドのひとつ-は、今や別のものに取って代わられた。他人がどのように思うかという重荷を下ろした恐れのない感覚。これはバンドのサウンドが軟化したとか、彼らの名を知らしめた音楽を否定したという意味ではなく、むしろ、彼らをシリアスさと脆弱性に開かれた別の領域に基軸を置いている。
バンドの時間軸は、アイルランドの大きな社会的・文化的変化と並行しており、クィアネスとアイルランドの国家的なアイデンティティは常に彼らの楽曲の背景を形成してきた。要するに、彼らのようなバンドはアイルランドにはこれまでいなかったのだ。
2016年の結成後、バンドは一連のシングルをリリースし、技術を磨き、ファースト・アルバム『In Waiting』(2020年)に向けて取り組んだ。その過程で、イギリスとアメリカのプレスから称賛を受け、多くのライブがソールドアウトし、ジェームス・コーデンのアメリカのテレビ番組にも出演した。
カナダのロイヤル・マウンテン・レコードと契約した後、彼らは2022年にフォローアップ・アルバム『Leave the Light On』をリリースし、テキサス/オースティンのSXSWでの公演やグラスゴーでのフィービー・ブリジャーズのサポートなど、イギリス、アメリカ、ヨーロッパを幅広くツアーした。
3年間で3枚のフルアルバムを制作したことは、真剣な仕事ぶりを示しているが、『Name Your Sorrow』(2024年)では、彼らは厳格なスケジュールにとことんこだわった。
キャシー・マクギネスの説明によると、彼らは毎日9時から5時まで、窓のないダブリンの部屋で、ただ演奏したり、楽器を交換したり、実験を繰り返していたという。そこから、彼らはクレア州の田舎の隠れ家に移り住み、さらにアルバムの制作に没頭した。
「私たちは、ただ楽器を手に取るという、言葉を使わない波長のようなものに乗った。それは本能的なもので、私たちがこれまでに経験したことのない共同作業だった」
サウンドとトーンが明らかに変化したのは、boygenius、Lucy Dacus、Illuminati Hottiesをプロデュースしたナッシュビルのコリン・パストーレという新しいプロデューサーと仕事をした結果だろう。
バンドはニューリーにあるアナログ・カタログ・スタジオに3週間滞在し、シーンと人員の変化がレコードに影響を与えていることに気づいた。以前は、レコーディングする前に曲がどう聴こえるかを正確に把握していた。
「コリンの時は、録音して聴き返して "思っていたのと違う "と思ったけど、その方が良かった」とレイチェル・ライアンズは認めた。パストーレが来る前、そして9時5時のプロセスと隠れ家のおかげで、バンドがスタジオに着く頃、曲は完全に練り上げられ、レコーディングの準備が整っていた。
1日がかりのセッションの間、彼らは長いレコーディングを曲に分解し、パーツを組み立て直すという、一種のフランケンシュタインのような作業を行っていた。そして、この怪物性-心の痛み、喪失と痛みの肉体性-は、特にアルバムのサウンドにおいて理にかなっている。パメラ曰く、「最初は静かに始めて、後からラウドさが出てきた」そうで、より内省的な雰囲気を持つ「Blew Up the World」や「Notes on Worth」、荒々しいギターの「Gone」や「One Night」などに顕著に表れている。
新たな実験、心に響く歌詞、静寂とラウドを行き来するサウンドが組み合わさった結果、一種のカタルシスがもたられる。破片の中から希望のかけらを探し出す。これまでバンドは、新曲をライブで試聴し、観客に聴かせ、観客の反応を見て作り直してきた。今回は、すでに曲が完全に出来上がっていると感じられるため、そのようなことはしていない。アイルランドのバンドはまた、曲が「ピロークイーンズの曲」に聴こえるかどうかを疑うプロセスを学び直さなければならなかった。前2作とのリンクは確かにあるが、『Name Your Sorrow』は別の方向への勝利の一歩のように感じられる。
「このアルバムは、自分たちの能力をより確かなものにしたものだと思う。曲にも自分たちにも、ただ忠実でありたかった」とレイチェルは説明する。ヴァンパイア・ウィークエンド、バーバラ・ストライサンド、フランク・オーシャン、ラナ・デル・レイなどからの音楽的な影響を明かしている。