RIDE 『Interplay』
Label: Withica Recordings Ltd.
Release: 2024/03/29
Review
オックスフォードの四人組、RIDEは1990年代にマンチェスターの音楽ムーブメントの後に登場し、オアシスやブラーの前後の時代のUKロックの重要な中核を担う存在であった。もちろん、アンディ・ベルはオアシスから枝分かれしたビーディー・アイとしても活躍した。RIDEの音楽は、1990年代の全盛期において、ストーン・ローゼズとシューゲイザーサウンドの中間にあるものであった。
バンドの中心人物でギタリストのアンディ・ベルはUKロックの象徴的な人物とみても違和感がない。彼は先日、Rough Trade Eastを訪れ、レコードをチョイスする姿が同レーベルの特集記事と合わせて公開されていた。そしてその佇まいのクールさは、今作の音楽にも反映されている。
今作の音楽はスコットランドのギター・ポップを元に、シンセ・ポップや1990年代のUKロックを反映させている。その中には、シューゲイザーの元祖であるJesus And Mary Chainや同地のロックシーンへのリスペクトが示されている。しかし、80年代から90年代のUKロック、スコットランドのギター・ポップが音楽の重要な背景として示されようとも、RIDEの音楽は、決して古びてはない。いや、むしろ彼らのギターロックの音楽の持つ魅力、そしてメロディーの良さ、アンディ・ベルのギター、ボーカルに関しても、その醍醐味はいや増しつつある。これは、実際的に、RIDEが現在進行系のロックバンドでありつづけることを示唆している。もちろん、これからギター・ポップやシューゲイズに親しむリスナーの心をがっちり捉えるだろう。
面白いことに、昨年に最新作をリリースしたボストンのシューゲイザーバンド、Drop Nineteensとの音楽性の共通点もある。
オープニングを飾る「Peace Sign」はギターロックのアプローチとボーカルが絶妙にマッチした一曲として楽しめる。音楽の中には回顧的な意味合いが含まれつつも、ギターロックの未来を示そうというバンドの覇気が込められている。曲そのものはすごく簡素であるものの、アンディ・ベルのギターはサウンド・デザインのように空間を自在に揺れ動く。いわば90年代のような紋切り型のシューゲイズサウンドは、なりを潜めたが、その中にはUKロックの核心とそのスタイリッシュさが示されている。二曲目の「Last Fontier」では改めてシューゲイズやネオ・アコースティックの元祖であるスコットランドの音楽への親和性を示す。そして彼らはこれまでの音楽的な蓄積を通し、改めてかっこいいUKロックとは何か、その理想形を示そうとする。
シューゲイズサウンドやギターポップの魅力の中には、抽象的なサウンドが含まれている。アンビエントとまではいかないものの、ギターサウンドを通じてエレクトロニックに近い音楽性を示す場合がある。RIDEの場合は、三曲目の「Light In a Quiet Room」にそのことが反映され、 それをビーディー・アイのようなクールなロックとして展開させる。アンディ・ベルのボーカルの中に多少、リアム・ギャラガーのようなボーカルのニュアンスがあるのはリスペクト代わりなのかもしれない。少なくとも、この曲において、近年その意義が失われつつあったUKロックのオリジナリティーとその魅力を捉えられる。それは曲から醸し出される空気感とも呼ぶべきもので、感覚的なものなのだけれど、他の都市のロックには見出しづらいものなのである。
「Monaco」ではよりエレクトロニックに接近していく。ただ、この曲でのエレクトロとはUnderworldを始めとする 80年代から90年代にかけてのクラブ・ミュージックが反映されている。もちろん、92年からRIDEは、それらをどのようにしてロックと結びつけるのか、ストーンローゼズと同じように追求していた。そして、多少、80年代のディスコサウンドからの影響も垣間見え、ベースラインやリズムにおけるグルーブ感を重視したバンドアンサンブルを通じて、アンディ・ベルのしなやかで爽やか、そしてクールなボーカルが搭載される。少なくとも、曲には回顧的な音楽以上の何かが示されている。これは、現在も音楽のチョイスはもちろん、ファッションにかけても人後に落ちないアンディ・ベルらしいセンスの良さがにじみ出ている。それが結局、踊りのためのロックという形で示されれば、これは踊るしかなくなるのだ。
続く「I Came to See The Wreck」でも80年代のマンチェスターサウンドに依拠したサウンドがイントロを占める。「Waterfall」を思わせるギターのサウンドから、エレクトロニック・サウンドへと移行していく瞬間は、UKロックの80年代から90年代にかけてのその音楽の歩みを振り返るかのようである。その中に、さりげなくAOR/ソフト・ロックやシンセロックの要素をまぶす。しかし、異なるサウンドへ移行しようとも、根幹的なRIDEサウンドがブレることはない。
続く「Stay Free」は、従来のRIDEとは異なるポップバラードに挑戦している。アコースティックギターに関しては、フォーク・ミュージック寄りのアプローチが敷かれているが、ギターサウンドのダイナミクスがトラック全体に重厚感を与えている。いわば、円熟味を増したロックソングの形として楽しめる。そしてここにもさりげなく、Alice In Chains,Soundgardenのようなワイルドな90年代のUSロックの影響が見え隠れする。もっといえばそれはグランジやストーナー的なヘヴィネスがポップバラードの中に織り交ぜられているといった感じである。しかし、ベルのボーカルには繊細な艶気のようなものが漂う。中盤でのUSロック風の展開の後、再びイントロと同じようにアイリッシュフォークに近いサウンドへと舞い戻る。
あらためてRIDEは他のベテランのロック・バンドと同じように普遍的なロックサウンドとは何かというのを探求しているような気がする。「Last Night-」は、Whamのクリスマスソングのような親しみやすい音楽性を織り交ぜ、オーケストラベルを用い、スロウバーナーのロックソングを書いている。そして反復的なボーカルフレーズを駆使しながら、トラックの中盤では、ダイナミックかつドラマティックなロックソングへと移行していく。そこには、形こそ違えど、ドリーム・ポップやシューゲイズの主要なテーマである夢想的な感覚、あるいは、陶酔的な感覚をよりポピュラーなものとして示そうという狙いも読み解くことができる。これらのポップネスは、音楽の複雑性とは対極にある簡素性というもうひとつの魅力を体現させている。
アンディ・ベルの音楽的な興味は年を重ねるごとに、むしろよりユニークなものへと向けられていることもわかる。シリアスなサウンドもあるが、「Sunrise Chaser」ではシンセポップをベースに、少年のように無邪気なロックソングを書いている。ここには円熟したものとは対極にある音楽の衝動性のようなものを感じ取ることができる。また、この曲にはバンドがトレンドの音楽もよくチェックしていて、それらを旧知のRIDEのロックサウンドの中に取り入れている。
アルバムの中で、マンチェスターのダンスミュージックのムーブメントやHappy MondaysやInspiral Carpetesのようなストーン・ローゼズが登場する前夜の音楽性が取り入れられてイルかと言えば、間違いなくイエスである。「Midnight Rider」はまさにクラブハシエンダを中心とする通称マッドチェスターの狂乱の夜、そしてダンスフロアの熱狂へとバンドは迫っていこうとする。そして実際、RIDEはそれを現代のリスニングとして楽しませる水準まで引き上げている。これは全般的なプロデュースの秀逸さ、そしてベルの音楽的な指針が合致しているからである。
前にも述べたように、RIDEは、PixiesやPavementのようなバンドと同じように、年齢と経験を重ねるごとに普遍的なロックバンド、より多くの人に親しまれるバンドを目指しているように思える。「Portland Rocks」は、スタジアム・ロック(アリーナ・ロック)の見本のような曲で、エンターテイメントの持つ魅力を音源としてパッケージしている。この曲には何か、何万人収容のスタジアムで、スターのロックバンド、またはギターヒーローのライブを見るかのような楽しさが含まれている。それはとりも直さず、ロック・ミュージックの醍醐味でもある。
アルバムの終わりでは、アンディ・ベルの音楽的な趣味がより強く反映させている。いわば、バンドという枠組みの中で、ソロ作品のような音楽性を読み解ける。最後2曲には、RIDEの別の側面が示されているとも言える。
「Essaouira」はマンチェスターのクラブ・ミュージックの源流を形作るイビサ島のクラブミュージック、あるいは現代的なUKのEDMが反映されたかと思えば、クローズ「Yesterdays Is Just a Song」では男性アーティストとしては珍しい例であるが、エクスペリメンタル・ポップのアプローチを選んでいる。強かな経験を重ねたがゆえのアーティストとしての魅力がこの最後のトラックに滲み出ているのは疑いない。それは哀愁とも呼ぶべきもの、つまり、奇しくも1992年の『Nowhere』の名曲「VapourTrail」と相通じるものがあることに気づく。
84/100
「Peace Sign」