Fabiana Palladino 『Fabiana Palladino』
Label: XL Recordings(Paul Institute)
Release: 2024/ 04/05
Review
ロンドンを拠点に活動するソングライター/プロデューサーによる記念すべきデビュー・アルバム『Fabiana Palladino』は、大胆不敵にもアーティスト名をタイトルに冠している。ファビアーナは、間違いなくジェシー・ウェアのポスト世代に位置づけられるシンガーである。現在、ロンドンではR&Bのリバイバルが盛んで、JUNGLEを始めとする、ディスコソウルをヒップホップ的に解釈するグループ、もしくはGirl Rayのようにディスコサウンドをインディーロック風に再解釈を試みるグループ等、多彩なディスコリバイバルによるシーンが構築されつつあるようだ。
レディオヘッドなどのリリースでおなじみのXL Recordingsは90年代にはロックのリリースも手掛けるようになったが、80年代まではクラブミュージックを得意としていたレーベルであった。つまり、今回のファビアーナ・パラディーノの最新作は、レーベルにとって原点回帰のような意味を持つ。R&Bにとってターニングポイントとなるようなリリースになるかもしれない。
ファビアーナ・パラディーノのサウンドは、やはりリバイバルの気風に彩られている。 アーティストは、80年代のクインシー、ダイアナ・ロス、ジョージ・ベンソンといったブラック・コンテンポラリー/アーバン・コンテンポラリーの象徴的なアーティストの音楽の系譜を受け継ぎ、それらを現代的なクラブミュージックの視点を通し、斑のないモダンなサウンドを見事に構築する。それらのモダンなテイストは、現代のR&Bのスター、ジェシー・ウェア、ロイシン・マーフィーのようなデュープ・ハウスを絡めた重厚なサウンドのプロダクションが特徴である。
しかし、リバイバルや現代の音楽シーンを踏襲しているとはいえ、アーティストの唯一無二のカラーがないかといえばそうではない。ロジャー・プリンスがかつて、ファンクソウルを下地にジャズやロック、ラップ、そしてポップスと、このジャンルの可能性を敷衍してみせたように、ファビアーナもアーバン・コンテンポラリーをベースとして、多彩なサウンドをその中に織り交ぜる。これこそが、このアーティストが”次世代のプリンス”と称される所以なのである。
アルバムのオープニングを飾る「Closer」はディープ・ハウスの気風を残しつつも、そのサウンドの風味は驚くほど軽やかで爽やかである。それはかつてのアーバン・コンテンポラリーに属するアーティストがR&Bとポップスを融合させ、ブラック・ミュージックとしての深みとは対極にある軽やかさという点に焦点を絞っていたのを思い出す。これらのサウンドの最終形態は、チャカ・カーンの1984年の「Feel For You」によって集大成を見ることになった。チャカ・カーン等のニューソウルにまつわるサウンドについては、ブラック・ミュージックの評論の専門家によると、以前のR&Bに比べて、「編集的なサウンド」と称される場合がある。これはソングライターのリアルな歌唱力や、R&Bそのものが持つ渋さとは相異なる新境地を開拓し、その後のマイケル・ジャクスンに象徴されるような、きらびやかなポップスへの流れを形作った経緯がある。これは、現代的なオルタナティヴロックと同じように、録音したものをスティーブ・ライヒのようにミュージック・コンクレートの編集を加え、磨き上げるという手法によく似ている。
しかし、ソロ作品としてのプロデュース的なサウンドが目立つとはいえ、ファビアーナの生み出すサウンドは驚くほど耳に馴染む。編集的なサウンドだからといって、複雑な構成を避けて、ジェシー・ウェアのようなビートに乗りやすく、そして、なめらかな曲の構成が重視されている。そこにロジャー・プリンスのように色彩的な和音やメロディーが加わる。これが現時点のファビアーナの音楽の最大の長所であり、言い換えれば唯一無二のオリジナリティである。
迫力のあるベースラインを強調するロイシンやジェシーとは異なり、明らかにファビアーナのR&Bサウンドは、軽妙なAOR/ソフト・ロックの系譜に属する。いわばその軽やかさは、二曲目の「Can You Look In The Mirror?」で示されるように、クインシー・ジョーンズやマーヴィンの80年代のアプローチに近いものがある。そしてこの点が低音域が強調されるハウスのサウンドとはまったく異なる。ファビアーナのサウンドは、ココ・シャネルのデザインのように足し算ではなく引き算によって生み出される。これがおそらく耳にすんなりと馴染む理由なのだろう。
80年代のアーバンコンテンポラリーの見過ごせない特徴として、いわばドリーミーな感覚がR&Bサウンドの中に織り込まれていた。それらの特徴は、「I Can't Dream Anymore」に見出すことが可能だ。そして面白いことに、パラディーノの場合はそれらをエクスペリメンタルポップのフィルターを通し、かつてのプリンスが試みたように近未来的なR&Bを構築するのである。もうひとつ、現代的なR&Bのシーンのアーティストとは少し異なるサウンドの特徴が垣間見える。それが80年代以前のブラック・ミュージックの重要なテーマのひとつだったファンクの要素である。これらは、カーティス・メイフィールドのR&Bやマーヴィン・ゲイの曲のベースという形で繋がっていったのだったが、それらの系譜をファビアーナは踏襲した上で、最終的には、やはり軽快で聞きやすいポップスとして落とし込んでいる。ここにもアーティストのシンガーソングライターとは相異なる、敏腕プロデューサーとしての表情を伺い知ることができる。
そして、かならずしもR&Bという枠組みに囚われていないということも痛感し得る。「I Care」では現代的なUKのピューラーミュージックを踏襲し、ボウルの中でかき混ぜ、R&Bやネオソウルのテイストをバニラ・エッセンスのようにまぶす。これがメロウなサウンドから、ほんのりと甘い香りが立ち込めてきそうな理由なのだ。特に、心を惹かれるのは、商業主義のポピュラーサウンドに軸をおいた上で、その中にエクスペリメンタルポップのニュアンスを添えていること。ここにも歌手とは異なるプロデューサーとしての才覚が非常にさりげなく示されている。
R&Bシンガーとしての才覚が遺憾なく発揮された「Stay With Me Through The Night」はこのアルバムのハイライトとなりそうだ。ダイアナ・ロスの80年代の作風をわずかに思い出させる。この時代、ロスは以前の時代の作風から離れ、開放的で明るいサウンドを志向していた。ファビアーナの場合は、それよりも落ち着いたメロウなサウンドを作り出している。この曲には、デビューアルバムということを忘れさせてしまうほど、どっしりとした安定感が込められている。もちろん、その道二十年で活躍するようなベテランのシンガーのような信頼感がある。また他の曲に比べ、ファンクソウルの性質が強く、そしてベースラインも強調されている。これが他の曲よりも深いグルーブ感をもたらしている。ダンスフロア向きのナンバーと言えそうだ。
80年代のジョージ・ベンソンを始めとする、偉大なブラックミュージックの開拓者は、あの時代に何を求めていたのか、そして何を提示しようとしていたのか。おそらくであるが、彼らすべてのブラックミュージックに属する歌手やグループは、どのような苦難の時代にあろうとも明るい未来を見据えていたし、そして心から希望を歌っていた。だからこそ、多くの人を勇気づけてきたのだった。最終的には決して絶望を歌うことはなかったことは、ライオネル・リッチーやマイケル・ジャクスンといった面々が示したことである。ファビアーナの場合も同様で、現代的な悲壮感に基軸を置く場合もあるが、ベンソンのように未来における希望を歌おうとしている。そして、これが音楽そのものにワクワクした感覚や漠然とした期待感をもたらす。
ファビアーナ・パラディーノのアーバンソウル/ネオソウルの次世代を行くサウンドは、その後、さらに明るい印象を以ってクライマックスへと向かう。 「Deeper」では同じように、ジョージ・ベンソンの近未来的なソウルのバトンを受け継ぎ、よりモダンな印象を持つサウンドへと昇華させる。続く「In The Fire」では、低音域の強いディープ・ハウス、アシッド的な香りを持つR&BをEDMのサウンドと結びつける。パラディーノのR&Bの表現は、その後もスムーズに繋がっていく。これらの流動的なR&Bサウンドを経たのち、クローズ「Forever」において、しっとりとしたメロウなソウルでエンディングを迎える。分けてもバラードという側面でシンガーの並々ならぬ才覚が発揮された瞬間だ。今年度のR&Bの中では間違いなく注目作の一つとなる。
90/100
Best Track- 「I Can't Dream Anymore」