【Weekly Music Feature】 Demian Dorelli(デミアン・ドレリ)  ”A Romance of So Many Dimensions” 英ピアニストのモダンクラシックの決定盤 

 Weekly Music Feature ‐ Demian Dorelli 

 


ロンドン出身で、ケンブリッジ大学出身のDemian Dorelliは、音楽と足並みを揃えて人生を歩んできた。


主にクラシックで音楽の素地を形成したデミアン・ドレリは、その後もジャズ・ミュージックやエレクトロニック・ミュージックへのアプローチを止めることなく、その制作経験を豊富にしていった。


彼はこれまでに、パシフィコ(2019年のアルバム『Bastasse il Cielo』から引用された曲「Canzone Fragile」)において、アラン・クラーク(Dire Straits)、シモーネ・パチェ(Blonde Redhead)といった名だたるアーティストとコラボレーションしている。


デミアン・ドレリはまた、ポンデローザ・ミュージック&アートから『Nick Drake's PINK MOON, a Journey on Piano』を発表している。このアルバムは、ピーター・ガブリエルのリアルワールド・スタジオでティム・オリバーと共にレコーディングされ、ドレリがピアノを弾きながら故ニック・ドレイクに敬意を表し、過去と現在の間で彼との対話を行う11曲で構成されている。


前作『My Window』はドレリのサイン入り2枚目のアルバムで、ポンデローザ・ミュージック・レコードからリリースされた。彼の長年の友人であるアルベルト・ファブリス(ルドヴィコ・エイナウディの長年の音楽協力者・プロデューサー、ドレッリの「ニックス・ドレイク ピンクムーン」というデビュー作品の時にすでにコントロール・ルームにいた)がプロデュースを手掛けた。


イタリアのレーベルのパンデローサは、このアルバムについて、「イタリア人ファッション写真家とイギリス人バレエダンサーの間に生まれたもう一人のドレッリ(わが国のクルーナー、ジョニーの人気と肩を並べることを望んでいる)は、非常に高いオリジナリティを持つピアノソロアルバムを作るという難題に成功している」と説明する。


デミアン・ドレリのピアノ音楽は、現在のポスト・クラシカルシーンの音楽とも共通点があるが、ピアノの演奏や作品から醸し出される気品については、Ludovico Einaudi、Max Richter,Hans Gunter Otte、John Adamsの作品を彷彿とさせる。デミアン・ドレリの紡ぎ出す旋律は、軽やかさと清々しさが混在する。まるで未知の扉を開き、開放的な世界へリスナーを導くかのようだ。


現代音楽のミニマリズムのコンポーザーとしての表情を持ちながらも、その範疇に収まらないのびのびとした創造性は、軽やかなタッチのピアノの演奏と、みずみずしい旋律の凛とした連なり、そして、それを支える低音部の迫力を通じて、聞き手にわかりやすい形で伝わってくる。


本日(4月19日)、ピアノ(デミアン・ドレリ)、チェロ(キャロライン・デール)、フレンチ・ホルン(エリサ・ジョヴァングランディ)のための長編作品を収録した、これまでの作風とは異なる3枚目のレコードが発売される。「A Romance of Many Dimensions(多次元のロマンス)」は、エドウィン・A・アボットによる1884年の小説「Flatland(平地)」の要素を刺激として取り入れつつ、タペストリー空間を自在に旅する7部のパートのエモーショナルな作品に仕上がっている。

 


 

『A Romance of So Many Dimensions』‐ Ponderosa Music Recordings Sri


 

 

英国のピアニスト/作曲家であるデミアン・ドレリは『My Window』において内的な世界と外的な世界をピアノの流麗な演奏を介し表現した。前作はモダンクラシックやミニマルミュージックの系譜に属する作品であったが、三作目のアルバムは必ずしも反復的なエクリチュールにとどまらず、モチーフを変奏させながら、発展性のあるコンポジションの技法が取り入れられている。

 

今回、ロンドンを拠点に活動するデミアン・ドレリは、デイヴィッド・ギルモア、ピーター・ガブリエル、オアシス、U2の作品にも参加している英国人チェリスト、キャロライン・デール、そして、イタリア人のフレンチ・ホルン演奏家で、カイロ・シンフォニー・オーケストラとの共演を行っているエリサ・ジョヴァングランディが参加し、壮大な世界観を持つ室内楽を提供する。

 

 

 

本作はデミアン・ドレリのピアノ・ソロを中心に組み上げられる。その中に、対旋律やフーガのような意味合いを持つフレンチ・ホルン、チェロのレガート、スタッカート、トレモロが多角的に導入される。表向きには、上記の二つのオーケストラ楽器が紹介されているのみであるが、終盤の収録曲には、ウッドベース(コントラバス)の演奏が入り、ジャズに近いニュアンスをもたらす場合もある。もちろん、ドレリの場合は、クラシックにとどまらず、ジャズやエレクトロニックといった幅広い音楽性に触発を受けていることからもわかるとおり、音楽の多彩性、及び、引き出しの多さが三作目のアルバムの重要なポイントを形成している。そして、このアルバムでは、涼やかな印象を持つピアノのモチーフを元に、アルペジオに近似する速いジャズ風のパッセージのバリエーションを通じて、ルドヴィコ・エイナウディを彷彿とさせるシネマティックな趣向を持つクラシックミュージックを作り上げる。考え方によっては、デミアン・ドレリのピアノソロが建築の礎石を築き、その次に二人の演奏家が建築に装飾を施していく。

 

前作に比べると、明らかに何かが変わったことがわかる。オープニングを飾る「Houses」はイントロの早めのピアノのパッセージの後、ドレリは華麗なモチーフの変奏を繰り返しながら、楽曲をスムーズに展開させていく。

 

ドレリのピアノは、安らかな気風を設けて、癒やしの質感を持つ緻密な楽節を作り上げる。楽曲の構成としては、米国の現代音楽家、アダムズの系譜にあるミニマリズムであるが、必ずしもドレリの場合は、”反復”という作曲技法が最重視されるわけではない。古典音楽の著名な作曲家がそうだったように、細かな変奏を繰り返しながら、休符をはさんで''間''を設け、チェリストの感覚的なレガートの演奏を織り交ぜ、贅沢な音の時の流れをリスナーに提供しようと試みる。これは、ジョン・アダムズが自分自身の音楽性や作風について、「ミニマリズムに飽きたミニマリスト」と表現したように、この音楽の次なるステップが示されているといえるかもしれない。 

 

 

 「Houses」

 

 

 

例えば、マックス・リヒター、ルドヴィコ・エイナウディ、オーラヴル・アルナルズ、アイディス・イーヴェンセン、昨年死去した坂本龍一、(Room 40のローレンス・イングリッシュとコラボレーションしている)小瀬村さんにしても同様であるが、近年の現代音楽家は音楽という表現を内輪向けにするのを良しとせず、クラシック音楽にポピュラリティをもたらそうと考えているらしい。クラシックをコンサートホールだけで演奏される限定的な音楽と捉えず、一般的なポピュラーミュージックの形で開放している。これは例えば、権威的な音楽家から軽薄とみなされる場合もあるにせよ、時代の変遷を考えると、当然の摂理といえ、クラシックに詳しくないリスナーに音の扉を開く意味がある。デミアン・ドレリの音楽についても同様で、彼の音楽はポピュラーやジャズのリスナーに対し、クラシックの扉を開く可能性を秘めているのだ。

 

デミアン・ドレリの音楽には、ドビュッシー以降の色彩的な和音の影響があり、朝の太陽の光のような清々しさがある。音楽に深みを与えているのが、キャロラインのチェロ、そして、エリサのフレンチ・ホルンの情感を生かした巧みな演奏である。特に、二曲目の「Theory Of Three」はマックス・リヒターの楽曲性を思わせ、曲の終わりに、ソロ・ピアノの演奏を止め、チェロとフレンチ・ホルンの演奏をフィーチャーすることで、一瞬の音の閃きを逃すことはない。

 

「Universal Color BB」はマックス・リヒターの系譜に位置する曲で、 ドビュッシーの「La cathédrale engloutie - 沈める寺」の縦構造の和音にジャズの和声法を付加している。これらの重厚かつ色彩的な和音を微妙に変化させながら、安らいだ音楽空間を作りだす。しかし、イントロではミニマリズムに属すると思われた曲風は中盤において、チェロとフレンチホルンの演奏、アラビア音楽のスケールを織り交ぜたジャズピアノのパッセージによって、ストーリー性のある音楽へと変遷を辿ってゆく。


この曲のエキゾチック・ジャズの影響も音楽的な魅力となっているのは明らかだが、特に、ホルンの芳醇な音の響きには目が覚めるような感覚があり、その合間のドレリのピアノは落ち着きと安らぎをもたらし、ルチアーノ・ベリオを思わせる現代音楽の範疇にあるピアノのパッセージ、フレドリック・ショパンやフランツ・リストのような音階の駆け上がりを通じて、現代音楽とロマン派の作風の中間に位置するアンビバレントな領域に差し掛かる。曲の最後では、Ketil Bjornstadが最高傑作『River』で表現したような音の流れーーウェイブを表現する。ここでは、音楽の深層にある異なる領域が立ち上ってくる神秘的な瞬間を捉えられる。

 

 

「Universal Color BB」

 

 

 

続く「Stranger from Spaceland」を聴いて、フランツ・リストの『Anees de pelerinage: Premiere anee: Suisse‐ 巡礼の年 スイス』に収録されている「Au Lac de Wallenstadt‐ ワレンシュタットの湖で」を思い浮かべたとしても不思議ではない。ただ、デミアン・ドレリの場合は、それを簡素化し、マックス・リヒターの系譜にあるミニマリズム構造に置き換える。ただ、単なる和音構造のミニマリズムで終わらない点にデミアンの音楽の魅力がある。ジャズピアノの即興的な遊びの要素を取り入れ、構成に水のような流れをもたらし、映画音楽のサントラに象徴される視覚性に富む音楽的な効果を促す。途中、やや激したパッセージに向かう瞬間もあるが、クライマックスでは、ジャズの和声法を交え、基本的なカデンツァを用い、落ち着いた終止形を作り上げる。 

 

「A Vision」はミニマリズムの要素をベースに、ジャズのライブセッションの醍醐味を付け加えている。短いパッセージを元にして、フレンチホルンが前面に登場したり、チェロが現れたりと、現代的なロンドンのロックに近い新しいミニマルミュージックの形を緻密に作りあげていく。反復的な構造を持ちながら、細部にわたって精妙な工芸品のように作り込まれているため、じっと聞き入らせる何かがある。これは例えば、Gondwanaのレーベルオーナーであるマシュー・ハルソールのモダン・ジャズに近い雰囲気がある。上記のジャズとクラシックとポピュラーの融合性は、古典音楽に近寄りがたさを感じるリスナーにとって最上の入り口となりえる。

 

 

 

その他にもこのアルバムではタイトルに象徴されるように多次元的な音楽とロマンスの気風が込められている。「The King’s Eyes」は現代的な葬送曲/レクイエムのような意義を持ち、例えば英国のエリザベス女王の葬送に見受けられる由緒ある葬送のための音楽と仮定づけたとしてもそれほど違和感はない。また、この曲に英国の古典文学の主題が最もわかりやすく反映されているとも考えられる。エリサ・ジョヴァングランディによるフレンチホルンの演奏は、Kid Downesがシンセで古楽のオルガンの音響性を追求したのと同じく、音楽本来の崇高な音響性をどこかに留めている。特に、フレンチホルンの神妙なソロの後に繰り広げられるドレリのピアノとデールのチェロは、さながら二つで一つの楽器の音響性を作るかのように合致している。これらの複数の方向からの音のハーモニクスは、音楽そのものが持つ奥深い領域に繋がっている。

 

前作では簡素なミニマリストのピアノ演奏家としての性質が押し出されていたが、三作目のアルバムは映画音楽さながらにドラマティックな雰囲気のある音楽が繰り広げられる。とくにクローズ「Thoughtland」は神秘主義的な音楽であり、モダンクラシックをジャズやエレクトロニックという複数のジャンルへ開放させる。イントロの和風のピアノのアルペジオの立ち上がりから、ベートーヴェンの後期のピアノソナタ、モダンジャズによく見受けられる単旋律のユニゾンによる強調、そして、ジャズの即興演奏に触発されたアルペジオ……、どこを見ても、どれをとっても''一級品''というよりほかない。その上、本曲は、ミニマリズムの最大の弊害である音楽の発展性を停滞させることはほぼなく、音階の運びが驚くほど伸びやかで、開放的で、創造性を維持している。ソロピアノの緻密な音階の連続は、”次にどの音がやってくるか”を明瞭に予期しているかのように、スムーズに次の楽節に移行してゆく。音楽そのものもまた、平面的になることはほとんどなく、次の楽節に移行する際に、多次元的な構造性を作り上げている。


クローズ「Thoughtland」では、古楽やイタリアン・バロックに加え、ドイツ/オーストリアの古典派やロマン派、以降のフォーレからラヴェル、プーランク、メシアンまで続くフランスの近代和声、作曲家が親しむジャズ、ポピュラー、エレクトロニックという多数のエクリチュールを用い、開放感のある音楽に昇華させる。


デミアンの手腕は真に見事である。もちろん、その中には、今回の録音に参加した、二人の傑出したコラボレーター、キャロライン・デール、それから、エリサ・ジョヴァングランディの多大なる貢献が含まれていることは言うまでもない。特に、抽象的なピアノの音像とジャズのパッセージ、フレンチホルンが生み出すハーモニーの美しさは、現代のモダンクラシックの最高峰に位置づけられる。アルバムのクライマックスで、音楽が物質的な場所を離れ、別次元に切り替わる瞬間がハイライトとなる。"モダンクラシックのニュースタンダード"の登場の予感。

 

 

 

 

100/100(Masterpiece)

 


Demian Dorelli(デミアン・ドレリ)の『Romance of The So Many Dimensions(ロマンス・オブ・ザ・ソーメニー・デメンションズ)』はPonderosa Music Recordingsから本日発売。楽曲のストリーミング/ご視聴、海外のヴァイナル盤の購入はこちらより

 


Best Track-「Thoughtland」