サウスロンドンのロイル・カーナーは、多彩な音楽性をラップミュージックに取り入れてきた。ジャズやディープソウルを中心に構成される、カーナーのラップには奇妙な癒やしが存在する。喜びはもちろん、悲しみのような負の感情をもつことも時には大切なことなのではないかと。
ロイル・カーナーは2023年、英国内外の大規模なフェスティバルや会場を飾ったが、中でもロンドンのウェンブリーOVOアリーナでの公演は、そのキャリアの中でも傑出したものだったと言われている。グラストンベリーのウェスト・ホルツ・ステージ、プリマヴェーラ・サウンド、そして最近ではレディング&リーズ・フェスティバルでのヘッドライン・スロットを含む。
マーキュリー賞にノミネートされた最新作『hugo』は10曲からなる。カーナーは個人的なものから政治的なものに至るまで、さまざまなテーマを盛り込んでいる。映画的なスケールと広がりを持つ『hugo』は、炎の中で鍛えられた世代への叫び。混血の黒人として、アーティストとして、父親として、息子として、アルバムの他の部分を牽引する個人的な内的葛藤の研究でもある。
ロイル・カーナーは29歳の誕生日、マーキュリー賞にノミネートされた『ヒューゴ』を記念し、一夜限りのロイヤル・アルバート・ホールに戻った。最初の10分でスタンディング・オベーションが起こったことからも、このショーはファンにとって忘れられないものになった。
午後8時30分、サウス・ロンドン出身の彼がステージに登場する間、観客はその様子を注意深く見守っていた。ヴァイオリン、ハープ、生バッキング・ヴォーカルを含むオーケストラに飾られたカーナー(ベンジャミン・コイル=ラーナー)は観客の注目を集め、ファンがその瞬間に酔いしれる間、携帯電話はポケットにしまったまま。アルバムの中で人気のある曲『Plastic』を演奏した後、カーナーは宣言した。「信じられないほど感謝している。言葉では言い表せないくらい」
カーナーが観客の誰かから青いバースデー・ハットをもらい、ファンから「ハッピー・バースデー!!」の大合唱を受ける、ほほえましい場面もあった。歌詞の鋭い弱さで知られるイギリス系ガイアナ人アーティストは、父性、許し、そして、都心部の凶悪犯罪にトラウマを持つ世代について触れている。通常、ヒップホップ・アーティストが触れることのないトピックから遠ざかることを恐れないカーナーは、すべてのリスナーが学ぶことのできる立派な弱さを示している。
彼は、2020年にハックニー地区で生まれた息子に”Homerton”という曲を捧げ、観客はコラボレーターであるJNR WILLIAMSのソウルフルなボーカルに酔いしれた。「Blood On My Nikes」はカーナーが16歳の時に銃乱射事件を目撃したことに触れている。若者の議員アティアン・アケックをはじめとする少数の優柔不断さのため、これほど貴重なものが失われた事例はない。このような問題に対し英国政府から意味のある行動を引き出すのに苦労している国民の悲しみと絶望……。それはこの瞬間に捉えられ、あるファンは「ファック・ザ・トリーズ!」と叫んでいた。
有害な男らしさについて、ロイル・カーナーは『私は男とは何かという考えがある場所で育った......。有害な男らしさなんてクソ食らえだよ』と言う。彼は、精神的な苦悩について信頼できる誰かに相談するように促していて、息子が自分の感情を率直に表現できることに誇りを示しているという。
今後のプロジェクトからの数曲を披露し、アルバートホールのオーディエンスはジャングル/ブレイクビーツを取り入れた楽曲の一端を垣間見るという幸運にあやかった。Loose Endsのパフォーマンス中、2人の10代の少女が歌詞を一言一句唱和していたが、これはカーナーの感動的で親近感のわく歌詞が、さまざまな背景を持つファンの心を打つことを裏付けているのではないか。
愛、家族、そして、赦しについて歌った「HDU」で誕生日を記念するショーを締めくくったこの曲は、感情的に痛烈でありながら、未来への希望に包まれたパフォーマンスで有終の美を飾った。
ロイヤルアルバートホールでの公演の模様は音源化され、5月24日に発売される。アルバム発売に先駆けて「A Lasting Place」が公開された。再構成された曲には原曲よりもジャジーな落ち着いた雰囲気が漂う。