【Weekly Music Feature】 Charlotte Day Wilson(シャーロット・デイ・ウィルソン) - Cyan Blue  カナダ出身の実力派シンガーによるネオソウルの注目作

Charlotte Day Wilson-



トロント出身のシンガーソングライター/プロデューサー、シャーロット・デイ・ウィルソン(CDW)が、待望の2ndアルバム『Cyan Blue』を5月3日にリリースする。


『シアン・ブルー』は、ゴスペル・ピアノ、温かみのあるソウルのベースライン、雰囲気のあるエレクトロニクス、そしてR&Bの突き抜けたメロディーなど、ウィルソンが永遠に影響を受け続けてきたシアン・タペストリーを滑らかに織り上げています。そして、この作品には、ウィルソンの新時代の到来を告げるに足るセンスがある。


「シアン・ブルー』の制作について、ウィルソンは次のように語っている。「多くの荷物がなかった頃、多くの人生を生きる前について。でも、若い頃の自分と合わせて現在の自分を見てほしいとも思う。私が今持っている知恵や明晰さの一部を、伝授することができたらいいなと思う」


レオン・トーマス(SZA、アリアナ・グランデ、ポスト・マローン)、ジャック・ロション(H.E.R、ダニエル・シーザー)といったプロデューサーと組んだ『シアン・ブルー』は、ウィルソンの音響的な専門知識を示すと同時に、彼女の時を超えたソングライティングの次なる進化を披露している。


13曲のヒプノティックなトラックを通して、彼女は音楽を人間関係を解きほぐす器として使い続けている。しかしながら、『シアン・ブルー』では、彼女は完璧主義者の傾向を一蹴することに挑戦しています。「それ以前の私は、強固な基礎、芸術的な完全性を備えた音楽を創ることに熱心でした」とウィルソンは振り返る。「でも、それは少し息苦しかった。"時の試練に耐えられるような素晴らしい作品を、プレッシャーなく作らせてほしい "という感じでした。今は、すべてが完璧でなければならないという、凍りついた状態から抜け出せたと思います。それよりも、その瞬間に起こった感情をその瞬間にとらえ、その瞬間に残すことに興味があります」


このアルバムはまだ通算2作目にもかかわらず、ウィルソンの音楽における影響力はメインストリームに大きな影響を及ぼし続けている。

 

ウィルソンは2016年に絶賛されたEP『CDW』でブレイクし、2018年の『Stone Woman』に続き、2021年には絶賛された自主制作盤『Alpha』でスタジオ・デビュー・アルバムを正式なカミング・アウトの瞬間とした。過去10年間、その楽曲は、ドレイク、ジョン・メイヤー、ジェイムス・ブレイクにサンプリングされ、最近では、パティ・スミスがウィルソンの2016年のブレイク・シングル "Work "を賞賛しカバーしている。さらに、ケイト・ラナダ、BADBADNOTGOOD、SGルイスといったアーティストともコラボレーション経験がある。ウィルソンが適応できない音はない。彼女はシアンブルーの魔法を振りかけることができることを示す。

 


『Cyan Blue』‐ Stone Woman Music/ XL Recordings

 

・Background

 

シャーロット・デイ・ウィルソンは、10代の頃にAppleのGaragebandで音楽制作をはじめ、幼初期にクラシックピアノを学んでいる。ハリファックスに引っ越し、大学で音楽を学習する予定だったが、その後、キャリアに専念するために大学を去った。十数年前から音源のリリースを行い、2012年にはEPのセルフリリースを行い、以後の数年間で、スタンドアロンのシングルを三作発表した。また、それらのソロシンガーとしてのキャリアに加え、ファンクバンドでも活動したことがあった。The Wayoではボーカル、キーボード、サックスを演奏していたという。


ケベック州モントリオールで過ごした後、ウィルソンはトロントに戻り、アーツ&クラフツプロダクションでインターンを行う。


その頃、ダニエル・シーザー、リバーテイバー、BadBadNotGoodなどのコラボに取り組むことになった。2016年には、リリースしたEPの収録曲「Work」が注目を集めはじめ、Socanソングライティング賞にノミネートされ、ポラリス音楽賞のロングリストに残った。また、ウィルソンはプロデューサーとしても高い評価を得ている。2017年のジュノー賞ではプロデューサー・オブ・ザ・イヤーにノミネート。ファンタヴィアス・フリッツ監督が手掛けた「ワーク」のビデオも好評で、2018年度のプリズム賞を受賞している。

 

3作目のEP「Stone Woman」でもウィルソンは注目を集めた。収録曲「Falling Apart」はジェイムス・ブレイクが「I Keep Calling」でサンプリングを行った。2021年頃にはR&Bアーティストとして国内で評価される。2021年のシドをフィーチャリングしたシングル「Take Care Of You」でジュノー賞のトラディショナルR&B/ソウルのレコーディング・オブ・ザ・イヤーを獲得した。

 

着実に実績を重ね、イギリスのXL recordingsと契約し、満を持してリリースされるアルバム『Cyan Blue』はウィルソンの初期のキャリアを決定づける可能性が高い。もしかするとマーキュリー賞にノミネートされても不思議ではない作品である。13曲とヴォリューム感のあるアルバムであることは間違いないが、驚くほどスムーズに曲が展開され、そして作品の中に幾つかの感動的なハイライトが用意されています。本作はプロデューサーとしての蓄積が高水準のネオソウルとして昇華され、加えて、ファルセット、ウィスパーボイス、ミックスボイス、そしてアルトボイス等など、驚くほど多彩なヴォーカリストとしての性質が見事に反映されている。


シャーロット・デイ・ウィルソンのソウル/R&Bは、例えば、SZA、Samphaといった最も注目を集めるシンガーとも無関係とは言えません。しかし、上記の二人とは異なり、基本的には低音域のアルトボイスを中心の歌われる。その歌声は基本的には落ち着いていて、ダウナーともいうべき印象をもたらすが、稀にファルセットや高音域のミックスボイス等が披露されると、曲の印象が一転して、驚くべき華やかさがもたらされる。あらゆるボーカルスタイルを披露しながら、細部に至るまで多角的なサウンドを作り込もうとする。”完璧主義から距離を置いた音楽を選んだ”というシンガーの言葉は捉え方によっては、ボーカルにしてもプロデュースにしても、それ以前の音楽的な蓄積が、少し緩さのある軽妙なネオソウルを作り上げるための布石となった。

 

2ndアルバム”Cyan Blue”はアーバンなソウル、メロウさ、それとは対象的な爽快さを併せ持つ稀有な作品となっています。その中にはファンクバンドとしての経験を織り交ぜたものもある。そしてカナダのミュージック・シーンに何らかの触発を受けてのことか、ローファイなサウンドメイキングが施されている。例えば、ボーカルのオートチューンの使用はダフト・パンクのようなロボット声を越え、ユニークなボーカルの録音という形で表れる。ただ、マニアックなプロディースの形式が選ばれているからとは言え、アルバム全体としてはすごく聞きやすさがある。

 

 

・1「My Way」〜 5「Do U Still」

 

オープナー「My Way」ではギターサウンドをローファイ的に処理し、それにダブステップのような”ダビーなリズム”というようにコアな音楽が展開される。しかし、そのトラックに載せられるウィルソンのボーカルは、メロウな雰囲気を漂わせながらも、驚くほど軽やかである。イギリスのシンガーソングライター、Samphaを思わせるネオソウルは、サビでコーラスが入ると、親しみやすく乗りやすいポピュラー・ソングへと変化する。徹底して無駄や脚色を削ぎ落とした、スタイリッシュかつタイトな質感を持つサウンドが繰り広げられます。さらに、デイ・ウィルソンのR&Bにはモダンでアーバンな空気感が漂う。#2「Money」でも、最初のメロウな雰囲気が引き継がれる。曲そのものはポピュラーなのに、新しい試みもある。デチューンをトラック全体に掛け、サイケな曲の輪郭を作り出し、アウトロにかけて、ラップのサンプリングをクールに導入している。こう言うと、難解なサウンドを思い浮かべるかもしれませんが、全般的にはメロディーの心地よさ、リズムの乗りやすさにポイントが絞られているので聞きやすさがある。もちろん、リズムの心地よさに身を委ねるという楽しみ方もありかもしれない。

 

ウィルソンのファンクバンドとしての演奏経験は続く#3「Dovetail」に表れている。Pファンクの代表格である”Bootsy Collins”のようなしなやかなファンクサウンドを基調としているが、デイ・ウィルソンのソウルは、チルウェイブの影響を取り入れることで、モダンな雰囲気と聞きやすさを併せ持つトラックに昇華される。アルトボイス中心の落ち着いたボーカルに色彩的な和音が加わり、スマイルの最新作やジェイムス・ブレイクなどのレコーディングでお馴染みのボーカルのエフェクト効果がリズムや旋律と混ざり合い、大人の感覚を持つR&Bが構築される。


その後の#4「Forever」でもボーカルのオートチューンや複雑な対旋律的なコーラスの導入は顕著な形で表れる。この曲にはエレクトロニックの影響があり、サンプリング的に処理されたピアノとソフトシンセの実験的なエフェクト処理が施されたマテリアルが多角的なネオソウルを作り上げる。ウィルソンのボーカルについても、「しっとりとしたソウル」とよく言われるように、落ち着いたアルトボイスを基本に構成される。けれども、それらのボーカルのニュアンスはジェイムス・ブレイクが以前話していた”ビンテージソウルの温かみ”がある。最新鋭のレコーディングシステムや多数のプラグインを使用しようとも、ボーカルやトラックには深いエモーションが漂い、それがそのままアルバムの導入部の魅力ともなっている。さらに曲の後半では、ミックスボイスに近い伸びやかな鼻声のボーカルが華やかさを最大限に引き上げていきます。続く#5「Do U Still」でも中音域のボーカルを中心にして、しっとりとした曲が作り上げられる。この曲では、旋律よりもリズムが強調され、それはスキッターな打ち込みのドラムが、ボーカリストがさらりと歌い上げるメロディーや複合的な和音のメロウさを引き立てている。

 


 「My Way」




・6「New Day」~ 9「Over The Rainbow」


アルトボイスとミックスボイスを中心に構成されていたアルバムの導入部。しかしながら、アーティストは驚くべきことに、手の内を全部見せたわけではなかった。ボーカリストとしての歌唱法の選択肢の多さは、中盤部において感動的な瞬間を呼び起こす箇所がある。中盤の収録されている#6「New Day」を聴けば、ウィルソンのボーカリストとして卓越した技巧がどれほど凄いのかを体感していただけるに違いない。イントロではゴスペルを下地にした霊妙なハミング/ウィスパーボイスとジェイムス・ブレイクの作風を思わせるピアノ、それに続いて優しく語りかけるようなデイ・ウィルソンのボーカルが続く。背後には、XL Recordingsが得意とするボーカル・ディレイが複合的に重ねられ、トリップホップを思わせる霊妙な音楽へとつながる。そして曲の中盤から、それまで力を溜め込んでいたかのように、華やかで伸びやかなビブラートでボーカリストがこの曲を巧みにリードしていく。これこそソロシンガーとしての凄さ。

 

歌にとどまらず、音楽のバラエティー性にも目を瞠るものがある。#7「Last Call」ではサンファを彷彿とさせる落ち着きと爽快感を兼ね備えるネオソウルを披露したかと思えば、#8「Canopy」では、アルバムの一曲目と同様に、ローファイなギター、エレクトロニカ風のエフェクトという現行のネオソウルやヒップホップの影響があるが、それらをブレイクビーツとして処理している。もちろん上記の2曲でも依然として、メロウさやモダンな感覚が維持される。

 

この2曲はダンスフロアのクールダウンのような意図を持つリラックスした箇所として楽しめる。そして、中盤の最大のハイライトがジュディー・ガーランドのカバー「Over The Rainbow」である。''オズの魔法使い''の主題歌でもあったこの曲を、デイ・ウィルソンは、ゴスペルとネオソウルという二つの切り口から解釈している。ここには、カバーの模範的なお手本が示されていると言えるでしょう。つまり、原曲を忠実に準えた上で、新しい現代的な解釈を添えるのである。基本的なメロディーは変わっていませんが、何か深く心を揺さぶられるものがある。これはデイ・ウィルソンが悲劇のポップスターの名曲を心から敬愛し、そして、霊歌や現代のソウルR&Bに至るまで、すべてにリスペクトを示しているからこそなし得ることなのでしょうか? そしてミュージシャンの幼少期の記憶らしきものが、最後の子供の声のサンプリングに体現される。 

 

 

 「Over The Rainbow」

 

 

 

 ・10「Kiss & Tell」〜13「Walk With Me」

 

アルバムの後半では、UKのアンダーグランドのダンスミュージックの影響が親しみやすいポピュラー・ソングの形で繰り広げられる。


#10「Kiss & Tell」では、ベースラインを基にして、トリップ・ホップやダブステップのリズムをミックスして織り交ぜながら、それらを最終的に深みのあるネオソウルに昇華させています。特にこの後の2曲は、アルバムの最高の聞きどころで、またハイライトになるかもしれない。


#11「I Don't Love You」では「Over The Rainbow」と同じく、古いゴスペルを鮮やかなネオソウルに生まれ変わらせる。ピアノとボーカルにはデチューンが施され、入れ子構造やメタ構造のような意図を持つ弾き語りのナンバーとも解釈出来る。落ち着いた感じのイントロ、中盤部のブリッジからサビの部分にかけて緩やかな旋律のジャンプアップを見せる箇所に素晴らしさがある。なおかつタイトルのボーカルの箇所では、シンガーの持つ卓越したポピュラリティーが現れる。しかし、多幸感のある感覚は、アウトロにかけて落ち着いた感覚に代わる。ウッドベースに合わせて歌われるウィルソンの神妙なボーカルは、このアルバムの最大の聞き所となりそう。

 

タイトル曲「Cyan Blue」のイントロでは複雑なエフェクトが施され、サンファの系譜にある艷やかな空気感のあるネオソウルというかたちで昇華させる。しかし、そういった前衛的なサウンド加工を施しながらも、普遍的なポピュラーミュージックの響きが込められている。この曲では古典的なポピュラーソングのスタイルを採用し、ポール・サイモン、ジョニ・ミッチェル、ウェイツのような穏やかで美しいピアノ・バラードがモダンな感覚に縁取られている。この曲でもシャーロット・ウィルソンのソウル/R&Bシンガーとしての歌唱力は素晴らしいものがあり、ビブラートの微細なニュアンスの変化により、この曲に霊妙さと深みをもたらしています。

 

”Cyan Blue”は全体的にブルージーな情感もあり、ほのかなペーソスもあるが、アルバムの最後はわずかに明るい感覚をもってエンディングを迎える。クローズ「Walk With Me」は他の曲と同じように落ち着いていて、メロウな空気感が漂うが、ドラムのリズムはアシッドなグルーヴ感を呼び起こし、それに加えてローファイの要素が心地よさをもたらす。スタイリッシュさやアーバンな雰囲気が堪能出来るのはもちろん、超実力派のシンガーによるR&Bの快作の登場です。

 

 

* プロデュース面での作り込みの凄さに始終圧倒されてしまいました。それ以前にどれほど多くの試行錯誤が重ねられたのかは予想もできないほど……。一度聴いただけで、その全容を把握することは難しいかもしれません。しかし、その一方で、純粋なネオソウルとしても気軽に楽しめるはず。

 

 

 

96/100

 

 

 

 Best Track-「I Don't Love You」