F.S Blumm- Torre : Review   ベルリンのギタリストが提供する大人のための癒やしのひととき

 F.S Blumm 『Torre』

 


Label: Leiter

Release: 2024/04/26

 


ベルリンのギタリスト、F.Sブラームが提供する大人のための癒やしの時間



F.Sブラームはベルリンのミュージシャンであり、同地の数少ないダブプロデューサーでもある。彼はアコースティックギタリストとしても活動し、ジャズとコンテンポラリークラシックの中間にある音楽も制作しています。さらにベルリンの鍵盤奏者/エレクトロニックプロデューサー、ニルス・フラームと音楽的な盟友の関係にあり、共同活動も行っています。両者のコラボレーションは、2021年のアルバム「2×1=4」に発見することが出来ます。 最新作「Torre」はフラームが手掛けるレーベル、Leiterからのリリースで、大人のための癒やしの時間を提供します。


このアルバムは、ミュージシャンによるアコースティックギターの柔らかな演奏に加え、ミヒャエル・ティーネによるクラリネット、アンネ・ミュラーによるチェロのトリオの編成にささやかなクワイア(声楽)が加わり、緩やかで落ち着いたジャズ/コンテンポラリークラシックが繰り広げられる。ブラームは、2022年のシングル「クリストファー・ロビン」でリゾート地のためのギターアルバムを制作していますが、その続編のような意味を持つ作品と言えるかも知れませんね。実際、ブラームは、このアルバムの制作前にイタリアのリベエラで数カ月間を過ごしたのだそうで、そのリゾート地の空気感をコンポジションやトリオ編成の録音の中にもたらそうとしています。

 

これまでブラームはダブやエレクトロニック、ほかにもヒーリングミュージックにも似た音楽を制作していますが、最新作では、モダンジャズからの影響を基にし、喧騒から解き放たれるための音楽を制作しています。解釈の仕方によっては、リベエラに滞在した数カ月間のバカンスの思い出を音楽で表現したかのようでもあり、ミヒャエルのクラリネットの響きとブラームのアコースティックギターの間の取れた繊細なアルペジオを中心とする演奏は、忙しない現代人の心に余白を与えてくれるのです。特に、作曲の側面での新しい試みもいくつか見出すことが出来、それは室内楽やジャズトリオの形で、まるで目の前にいる演奏者、ミヒャエル、アンネとアイコンタクトを送りながら、ノート(音符)を丹念に紡いでいくのが特徴です。今作のオープニングを飾る「Da Ste」では、トリオ編成の演奏の絶妙なタイミングの取り方によって、ジャズともクラシックとも付かない潤沢な時間がリスナーに提供されるというわけなのです。

 

また、ドイツのジャズシーンにはそれほど詳しくないですが、F.Sブラームの音楽はどちらかと言えば、ノルウェージャズからの影響が強いように感じられます。例えば、Jagga Jaggistのクラリネット奏者であるLars Horntvethが「Pooka」で提示したようなクラリネットとギターの演奏を通じて繰り広げられるエレクトロニカに近い印象もある。ただ、ブラームの場合は、この作品で一貫してアコースティックの演奏にこだわっており、生楽器が作り出す休符やハーモニーの妙に焦点が絞られています。このことがよく分かるのが続く#2「Aufsetzer」となるでしょうか。

 

アルバムは基本的に、ギター、チェロ、クラリネットによるトリオ編成でレコーディングされていますが、収録曲毎にメインプレイヤーが入れ替わるような印象もある。#4「Di Lei」でのアンネ・ミュラーによる演奏は、バッハの無伴奏チェロ組曲のような気品に満ち溢れ、ミュラーのチェロの演奏は凛とした雰囲気のレガートから始まり、その後、ギター、クラリネットの音色が加わると、色彩的なハーモニーが生み出されます。トリオのそれぞれの個性が合致を果たし、ジャズともクラシカルともつかないアンビバレントな作風が作り出されるのです。

 

近年、リゾートのための理想的な音楽とはどのようなものであるのかを探求してきたギタリストによる端的な答えが、アルバムの中盤から終盤の移行部に収録される「Wo du Wir」に示されています。この曲では、クラリネットの演奏は控え目、むしろミュラーによるチェロのレガートの美しさ、ボサノヴァのような変則的なリズムを重視したF.Sブラームの演奏の素晴らしさが際立っています。実際、リスナーをリゾートに誘うようなイメージの換気力に満ち溢れている。この曲の補佐的な役割を果たすのが続く「Frag」で、ブラームの演奏はハワイアンギターのような乾いたナイロンのギターの音響をもとに贅沢なリスニングの時間を作り出しています。


序盤のいくつかの収録曲と合わせて、アイスランドやノルウェーを中心とする北欧のエレクトロニックジャズに触発された音楽も発見できます。例えば、ミヒャエルのクラリネットの巧緻なスタッカートの前衛的な響きが強調される「kurz vor weiter Ferne」/「Hollergrund」は、ブラームトリオの音楽のユニークな印象を掴むのに最適となるかもしれません。ここでは、リゾート地に吹く涼やかな風を思わせる心地よさが音楽という形で表現されているようにも思えます。

 

アルバムはトリオのソロ、アンサンブルを通じて、リゾート地の風景やその土地で暮らす感覚をもとにしたコンセプト・アルバムのように収録曲が続いていき、これらのスムーズな流れが阻害されることはほとんどありません。それはブラームが演奏者ないしは作曲家としてムードやその場所の空気感を重んじているからであり、トリオの演奏は、さながらイタリアの避暑地を背景にしたバックグランドミュージックのような形でアルバムの終盤まで続いているのです。

 

もう一つ、このアルバムでブラームの作曲家としての新しい試みが示されたことに気づく方もいるかもしれません。例えば、アルバムの終盤に収録されている「Daum」においてはジャズギタリストのドミニク・ミラーのような作風に取り組んでおり、F.Sブラームがモダンジャズの領域へと新しい挑戦を挑んだ瞬間を捉えることが出来ます。

 

その後、幻想的な物語のような印象を持つエレクトロニックのフレーズがトリオ編成とは思えないようなダイナミックなスケールを持つ音楽世界を少しずつ構築していきます。また、チェロの演奏をフィーチャーし、アンサンブルの形を通じて、マクロコスモスを作り出す「Shh」もブラームの作曲家としての非凡なセンスが光り、それらが、Lars Horntvethのアルバム「Kaleidscope」で描き出された電子音楽の交響曲のようなスケールを持つ音響空間を作り出していく。


アルバムの音楽は静けさから激しさへと移り変わり、最終的に始まりのサイレンスへと帰っていく。さながらイタリアのリゾート地の港町の海際の波がおもむろに寄せては返すかのように、抑揚や微細なテンションの変化を通じて音楽が繰り広げられ、巧みなサウンドスケープを描いていき、アルバムの序盤ではわかりづらかったことが明らかになる。今作『Torre』が、ブラームトリオのアンサンブルによるリゾートをモチーフにしたオーケストラの交響曲のような形式で作曲されており、それが制作者、ひいてはトリオのメッセージ代わりとなっていることを……。


クラシック音楽において作者が言い残したことを付け加えるコーダの役割を持つ「Da Ste」は、クラリネットの微弱なブレスを活かし、現代音楽のようなモダニズムの音響性を構築した上で、ブラームはアコースティックギターをオーケストレーションの観点から演奏しています。スタッカートを強調したギターの演奏は先鋭的な作風を重じているとも言えますが、他方、聞きやすさもあるようです。今作の重要なテーマ”大人のための癒やし”という概念は、それが異なる形で実際の音楽に表れるということを加味しても、全13曲を通じて一貫しています。アルバムをぼんやり聞き終えた後、リゾートでのバカンスを終えたような安らかな余韻に浸れるはずです。 


 

86/100