Lightning Bug: No Pradise -Review   ライトニングバグの進化のプロセスを示す

 Lightning Bug 『No Paradise』


 

 

Label: Self Release

Release : 05/03/2024

 

 

Review   ライトニングバグの進化のプロセスを示す

 


通算4作目となるニューヨークのライトニング・バグの新作アルバム『No Paradise』は自主レーベルからのリリースとなる。

 

このアルバムは、旧来のバンドのカタログの中ではアヴァンギャルドな側面を示している。3年前までは、オルタネイトなフォークバンドというイメージもあったライトニングバグであるものの、この作品を聴いて単なる”フォークバンド”というリスナーは少ないかもしれない。つまり、この4作目のアルバムで、バンドは勇猛果敢にアートポップ/アート・ロックバンドへの転身を試みたと解釈出来る。これをバンドの進化と言わずなんと言うべきか。そして難解な謎解きのようなニュアンスもある一方、アルバム単位では最高傑作の一つになるかもしれない。そして、最初からすべてが理解出来るというより、聴くうちに徐々に聴覚に馴染んでくるような不思議な音楽である。

 

バンドの旧作のアルバムは、良い曲を集めたような感覚があり、それが一連の流れを持つことや躍動感を生み出すことは稀だった。それはバンドがフルアルバムという概念に絡め取られていたからなのか。少なくとも、このアルバムでは、オープナーとクローズに対比的な収録曲を配置し、コンセプチュアルな意図を設け、ボーカリストが話すように、「エッジの効いたサウンド」に昇華されている。考え次第によっては、従来はドリームポップやオルタナティヴフォークという、ある一定のジャンルを重視していた印象もあるライトニングバグが、いよいよそれらの通牒をかなぐり捨てて、より広大な世界へと羽ばたいたとも言える。

 

 

アルバムには冒頭の「On Paradise」を中心にカーペンターズの時代から受け継がれるバロック・ポップの要素が表面的なイメージを形作る。しかしながら、2021年までは古典的なポップスにこだわっていた印象もあったが、今回、それがモダンなイメージを擁するアートポップに生まれ変わった。

 

前衛的なサウンドプロダクションを見ると分かる通り、安定感のあるドラム、センス抜群のギター、そして、分厚いグルーブ感のあるベースによる強固なアンサンブルを通して、バンドという形で、エクスペリメンタルポップ/アヴァン・ポップを体現させようとしている。もちろん、ボーカリストを中心とする夢想的なエモーションや、美麗なメロディーが薄れてしまったというわけではない。例えば、「The Withering」を筆頭にして、オルタナティヴフォークとドリームポップという、旧来の活動で培われてきた二つの切り口を通じて、先鋭的な音楽性が示されたと言える。フローレンス・ウェルチやシャロン・ヴァン・エッテンの主要曲に見受けられる、物憂げを通過したゴシック的なエモーションが、エキゾチックな印象を形作り、甘く美しいメロディーのみならず、硬質な印象を持つ聞き応え十分の音楽性が作り上げられたのである。

 

正直、これらのポスト志向の音楽の進展はまだ完全な形になったとは言えない部分もある。しかし、それでも、#5「Opus」から続く数曲の流れは圧巻で、バンドの新たなベンチマークが示されたと言えるのではないでしょうか。特に『No Paradise』では、よりポスト・ロック/アート・ロックに近い実験的な音楽性に進み、緻密なアンサンブルやミックス/マスターを介して精妙かつ刺激的なサウンドが繰り広げられる。

 

「Ops」はニューヨークのオルタナティヴロックバンド、Blonde Redheadの作風を思わせるアヴァンギャルドな展開力を見せることがあり、2007年の『23』を彷彿とさせるアートポップ/アート・ロックの狭間にある異質な音楽性へと直結する瞬間がある。特にボーカルが消え、オーバードライブを掛けたベースとギター、そして、それを手懐けるドラムの巧みなスネア捌きには瞠目すべきものがある。音源という概念に絡め取られることが多かった印象のあるバンドは、リアリティを持つロックソングを制作し、結成10年目の真価を示そうとしている。

 

 

「Opus」

 

 

 

ライトニング・バグは、アルバムの制作を通じて、背後には目もくれず、未来へと少しずつ歩みを進めているように思える。そんななか、アンソロジー的な意味を持ち、一息つけるような安心出来る曲もある。現在、ストリーミング回数を順調に積み上げている「December Song」は、旧来のドリーム・ポップ/オルタナティヴ・フォークの中間域にある一曲として楽しめるはず。 そして、今回は、上品なストリングスが導入され、それがより開けたような響きをもたらしている。最新アルバムの中では、一番聞きやすい部類に入るナンバーとして抑えておきたい。また、アルバムの中盤と終盤をつなげる役割を持つ「Serenade」は、ボーカリストのトリップ・ホップの趣味を反映させた一曲で、これは従来のバンドの音楽性には多くは見られなかったものである。

 

古典的な音楽と最新の録音技術を駆使したアヴァンギャルド性の融合は、アルバムの終盤にかけて一つの重要なハイライトを形成する。ボーカル・ループから始まる「Lullaby For Love」と「Feel」は、連曲となっており、より大掛かりな音楽のアイディアが反映されている。オードリー・カンのボーカルを起点として、スリリングな響きを持つ巧緻なバンドアンサンブルを構築している。イントロでは、アイルランドフォークを思わせるライトニングバグのお馴染みのスタイルを披露し、それをポピュラーなバラードという形に繋げた後、「I Feel...」では、ミニマルミュージック、プログレッシヴロック、ポストロックに近いアヴァンギャルドな曲展開へと移行していく。

 

最終盤になっても、バンドのアイディアが尽きることはなく、それとは正反対に広がりを増していくような感覚がある。彼らは一つのジャンルに絡め取られるのではなくて、その時々の音楽を自由に表現しようとしている。このことは、バンドの将来の有望性を示しているのではないだろうか。メキシコからニューヨークへのバイク旅行の成果は「Morrow Song」に見いだせるかもしれない...。Touch & GoのCalexicoを彷彿とさせるメキシカーナをアートポップの側面から解釈しているが、この曲も従来のバンドの音楽性とは明らかに性質が異なっている。


最近のアメリカの主要なオルタナティヴロックバンドや、ソロアーティストと同じように、本作の終盤では、旧来のバンドのフォーク・ミュージックやポップスの音楽性を踏まえ、アメリカーナへの愛着が示されている気がする。とにかく素晴らしいと思うのは、バンドの音楽はスティールギターを思わせるお約束のギターフレーズが入っても、心なしかエキゾチックな響きを漂わせていることだろう。これは、バック・ミークやワクサハッチーの最近の曲と聴き比べると、違いが分かりやすいのではないだろうか。もっと言えば、ライトニングバグの音楽性には、アイルランドのLankumに代表される北ヨーロッパのフォークミュージックの色合いが込められている気がする。

 

 

 

86/100

 

 

 

 

Best Track-「December Song」

 

 

 

 

・Lightning Bug(オードリー・カン)のQ&Aのインタビューはこちらよりお読み下さい。

 

・Bandcampでのアルバムのご購入はこちらより。