Owen - The Falls of Sioux : Review  マイク・キンセラのソロプロジェクトによる完成度の高いインディーフォーク音楽

 Owen 『The Falls of Sioux』

 

 

Label: Polyvinyl

Release: 2024年4月26日

 

 

Review

 

マイク・キンセラはアメリカン・フットボールとは異なる音楽性を''Owen''というソロ・プロジェクトを通じて追求してきた。


アメリカンフットボールがインディーロック的なアプローチであるとするなら、Owenではインディーフォーク調の音楽性を追い求めている。2011年のアルバム等が有名だが、他にもレキシントンでのライブ・アルバムも聴き逃せない。観客との距離感を大切にしたこの音源では、イギリスのフットボールに関する微笑ましいやりとりも残されている。ある観客が「好きなフットボールチームはどこ?」と聞いて、キンセラは「フットボール!?」と苦笑いで答えた。いわば、インディーフォークの温かい感情を留めたアルバムだった。
 

最新アルバム『The Falls of Sioux』は、いつもよりドラマティックなサウンドを探求しているように感じられる。旧来のインディーロックやフォークの音楽性に、オーケストラベルを導入したり、アコースティックの録音を再構成として散りばめたりと、かなり作り込まれたプロダクションになっている。そこにマイク・キンセラによる音のストーリーテリングの要素が加えられた。
 
 
オープニング「A Reckoning」ではアコースティックギターの弾き語りを通じて、途中からインディーロックのダイナミックスを意識した迫力のあるサウンドへ変遷を辿る。その中には、編集的なプロダクションで新しいロックを提示したウィルコの最新アルバムに近い何かがある。そこにキンセラのエモーショナルなボーカルが加わり、オーウェンのサウンドが出来上がる。曲の後半では、エレクトリックとアコースティックギターの双方を緻密に重ね合わせて、きらびたかなサウンドへと移行していく。この曲にはエモやインディーフォークの象徴的なシンガーソングライターとして経験を重ねてきたキンセラの次なるステップが垣間見えるような気がする。


続く「Beacoup」はアメリカンフットボールに近い楽曲で、ソロプロジェクトではありながら、バンドアンサンブルの響きを重視している。強調されるベースライン、そして、シンプルではあるがツボを抑えたアコースティックギターとマイク・キンセラのボーカルの兼ね合いは、やはりアメリカンフットボールの音楽性の延長に位置する。しかし、この曲の中盤からはディレイ処理を施したピアノが導入されたりと、実験的なサウンドを織り交ぜている。そこにはこのシンガーソングライターの美的センスがなんとなくうかがえるような気がする。


続く「Hit and Run」は、OWENの代名詞的な曲であり、ソングライターのフォークソングの涼し気なイメージが流れる滝のようにスムーズな質感をもって展開される。アルバムの序盤の2曲のようにエレクトリック/アコースティックギターの多重録音に加え、ピアノの美麗な旋律が曲に優しげな印象を添えている。また、ネイト・キンセラとのデュオの活動で培われたシンセサウンドは飾りのような形でアレンジに取り入れられている。ギターの旋律やコード進行の巧緻さはもちろんのこと、そこにヴァイオリン/フィドルの上品な対旋律を加えながら、気品のあるフォークミュージックが作り上げられる。それらは複数の演奏を入念に行った後で、緻密に最終的なサウンドを構築する過程が記されているのである。始めから出来上がったものを示するのではなしに、一つずつ着実に音の要素を積み上げていく過程は圧巻である。そこにオルタネイトな旋律やアメリカーナのギターが加わることで、癒やしのあるサウンドが作り上げられる。
 
 
 「Cursed ID」はやや遊び心のある曲で、ギターのリズム性を意識したアルペジオを重ねながらイントロからアウトロにかけて起承転結がストーリーのような形をとって構築されていく。やはり、緻密なサウンドであるのは他の曲と同様なのだが、この曲ではピアノのアレンジに、ジャズ的な響きが加わる。そしてオーウェンの他の曲と同じように、だんだんと感情の流れがゆるやかに増幅していくような感じで、曲の構成が次なる段階へ移行していく。この曲には、タイトルの風景が少しずつ移ろい変わっていくようなサウンドスケープがオーウェンらしい形式で作り上げられていく。弦楽器のプロダクションにもこだわりがあり、ドローン風のレガートを散りばめたりと、インディーフォークを起点としながらも実験的なサウンドが繰り広げられる。

 

「Virtue Misspent」ではドラムのリズム性に重点を置いたエモが繰り広げられる。この曲には従来のアメリカンフットボールのファンもカタルシスや共感を覚えてもらえるかもしれない。「Never Meant」を彷彿とさせるギターのフレーズはもちろん、タイトルの部分ではマイク・キンセラ節ともいうべき他のアーティストには見られないような特異な歌唱が繰り広げられる。そこにシンセサイザーやグロッケンシュピールを加え、曲そのものにドラマ性をもたらそうとしている。最終的にはミニマルミュージックのような微細なマテリアルと、スポークンワードを織り交ぜることによって、従来にはなかったオーウェンの曲の形式が作り出されている。

 

 

終盤の3曲は従来のOwenのソングライティングの延長線上にあるナンバーとして楽しめる。しかし、そこはやはりベテランのミュージシャンで、旧来にはなかった新しい音楽性も付け加えられている。#6「Mount Cleverland」ではギターやドラムの演奏の中にジャズ・フュージョンやアフロビートからの影響がわずかにあるように思える。しかし、それらのエキゾチックなイメージはしだいにマイク・キンセラのフォーク・ミュージックの中に吸い込まれていく。この曲の中には音楽そのものにより雄大なアメリカの自然を物語るような感覚があって面白い。曲の中盤ではハードロック的なギターサウンドが展開されるが、やはりそれは、モダンなサウンドプロダクションとして昇華され、コラージュ的なサウンド(ミュージックコンクレート)として中盤のハイライトを形づくっている。しかし、たとえ、前衛的なサウンドの表情を見せることがあっても、その後はやはりマイク・キンセラらしい安心感のあるロックソングへと移行していく。ここにはこのアーティストによる様式美のようなものが体現されているのかもしれない。

 

『スーの滝』はベテラン・ミュージシャンによる飽くなき音楽の探求心が刻印されているように思える。クローズを飾る「With You Without You」では、Cap N' Jazzの時代から存在した中西部のインディーフォークの要素が、華やかなシンセストリングスとドラムのダイナミックなリズムによって美麗なエンディングを作り上げる。バスドラの連打に合わせて歌われるキンセラの歌はエモーショナルの領域を越えて、何かしら晴れやかな感覚に近づく。アウトロの巧みなアコースティックのギター、そのなかに織り交ぜられる繊細なエレクトリック・ギターやストリングスに支えられるようにして、このアルバムは最後に最もドラマティックな瞬間を迎える。

 

 

85/100

 

 

「With You Without You」