DIIV 『Frog In Boiled Water』
Label: Fantasy Records
Reelase: 20204/05/24
Review 暗鬱なエモーションが生み出す巧みなオルタナティヴ・ロック
『煮え湯のなかのカエル』は、オルタナティヴロックとしては平均的な作品かもしれないが、どこまでも痛烈な風刺が効いており、ある意味では、そういった資本主義構造に対して不信感を抱く音楽ファンに快哉を叫ばせる何かが含まれている。本作のロックソングには、現代の資本主義社会に生きなければならぬ市民のやるせなさと苦悩、そして煩悶がかなり見えやすい形で表れていることをリスナーは発見することだろう。
DIIVの音楽には、シューゲイズの要素が含まれていることは詳しいリスナーであればご存知のはずである。しかし、彼らの音楽的なアウトプットの中には、ニューロマンティックを始めとするニューウェイブの影響が込められている。これらはゴシック風のダークな音楽性と結びつき、『Oshin』というキャプチャード・トラックスのカタログの代表作となったのである。そして、彼らのニューロマンティックの要素は、Nation of Languageを始めとする一派に引き継がれていったわけで、彼らはどこまでもニューヨークらしいロックバンドといえるのかも知れない。
慣れ親しんだNYのレーベルを離れて、ファンタジー・レコードからリリースされた『煮え湯のなかのゆでガエル』は、彼らのニューウェイブからのダークなイメージがグランジに近いプリミティブな質感を持つオルタナティヴと結びついている。アルバムのオープナー「In Amber」から不穏な不協和音が満載で、ニック・ケイヴを輩出したオーストラリアのBirthday Party、Jesus Lizard、Ministryのように鈍重で、重苦しいギターリフを特徴としている。しかし、一方、バンドサウンドとしては、USオルタナティヴの王道の手法が選ばれており、ボーカルのニュアンスは憂鬱さと甘美さを兼ね備えたアイルランドのMy Bloody Valentineの系譜にある。いわば苛烈なディストーションという煙幕の向こうから、優しげで包み込むようなボーカルが現れる。暗さや憂鬱がバンドの音楽の中核を担うが、不思議とその向こうから癒やされる感覚がぼんやり立ち上ってくる。それは、DIIIVが2010年代頃からニューウェイブやニューロマンティックの音楽を吸収してきたからで、''暗鬱からもたらされる慰め''という奇妙なエモーションを「Brown Paper Mag」において捉えることが出来る。そして音の運びは、いくらか鈍重にも思えるが、明らかに以前とは異なるグランジのニュアンスが良い感じのヴァイヴを生み出している。
旧来のレーベルを離れたバンドではあるが、「Raining On Your Pillow」は聴くと分かるように、キャプチャード・トラックス・サウンドともいうべきナンバーである。表向きにはダークであるが、そこから醸し出されるストリートの雰囲気やスタイリッシュなサウンドはこのレーベルが最も得意とするところである。それらのレシピのようなものをこっそりバンドは持ち出し、それらをReal Estateの最初期に代表されるノスタルジックなオルタナティヴ・ロックに置き換えている。そして、あらためて思うのは、このあたりの清涼感のあるサウンドは今聴いても普遍的な響きがあってかっこいい。そして、2010年頃から演奏技術も格段に上がったので、淡さや渋さという表向きには見えづらい空気感をギターを中心に作り上げている。ベース/ドラムに関してもシンプルな演奏を心がけ、それらのギターサウンドやボーカルのニュアンスを補佐するような役割を果たしている。タイトル曲もアイルランドのギターロックを参考にし、オルタネイトなスケール進行を活かし、暗さと癒やしを兼ね備えたワイアードな音響を作り出している。これはどちらかと言えば、最初期のオアシスのようなUKロックとして楽しむこともできる。
その他、「Everyone Out」では、Explosions In The Skyを彷彿とさせる実験的なポスト・ロックを展開させ、アルバムの中に緩急を作り出している。その後、シューゲイズの王道を行く「Reflected」は一見したところ、ソフトカルトのEPに比べると、地味なサウンドのように思えるかも知れないが、実際はトレモロギターのうねるような迫力は、こちらの方がはるかに凄い。そして比較的、グランジ/ストーナーの系譜にある鈍重でミドルテンポで繰り広げられる音楽は、バンドの経験値の高さというか、これまで積み重ねてきた研鑽のようなものが感じられる。小規模なスペースから、それとは対象的に中規模のライブスペースまで出演を重ねてきたバンドしか作り得ない熱狂がある。これはギターサウンドの一瞬のきらめきのようなニュアンス、そしてボーカルにおいて何を重要視すべきなのかというのが他のバンドよりも明確である。
シューゲイズサウンドというのは、音の印象を薄めるためにあると考えるのは軽薄であり、濃厚にするために作らねばならないわけで、DIIVは長く挑戦を続けてきたこともあり、理想的なサウンドを感覚的に知っているという感じがする。その後、このアルバムはオルタナティヴ・ロックという一つの軛の中で、様々な変遷を繰りひろげる。やや繊細な感覚を吐露した「Somber The Drums」で90年代のグランジを内省的なドリームポップの側面から解釈している。
「Little Birds」では『Oshin』の時代から受け継がれるニューロマンティックの要素を抽象的なギターロックで表現している。そしてとくに注目すべきなのは、盟友ともいえるBeach Fossilsからの影響もあるのか、『Somersault』に象徴されるクラブビートとオルタナティヴ・ロックのクロスオーバーにも取り組んでいる。しかし、ノイズの部分とそれとは対比的なサイレンスの部分がバンドとして意思疎通が取れており、スリリングな展開を見せる瞬間もある。バンドがいう”ポスト・トゥルース”の要素は、どちらかと言えば、SFの前段階にあるサウンドを暗示しているという気もする。そして、それらが今後どのような形で繋がっていくのかと期待させる。今作のクローズ「Fender on The Freeway」は、意外にもインストゥルメンタルで終わっているが、この曲のスタジオセッションからオルタナティヴのニュータイプが出てきそうな感じがある。
『Frog In Boiled Water- 煮え湯の中のカエル』には資本主義への風刺も込められているが、他方、DIIVが従来のシューゲイズから抜け出し、別のロックバンドとして歩みだす瞬間が捉えられている。
Best Track- 「Reflected」
78/100
DIIVによる新作アルバム『Frog In Boiled Water』はFantasy Records/Concordから発売中です。