Actress 『Statik』
Label: Smalltown Supersound
Release: 2024/06/07
Review
ロンドンのエレクトロニック・プロデューサー、ダニエル・カニンガムによるプロジェクト、Actressは、摩訶不思議なサウンドテクスチャーを作り上げる。イギリス/ロンドンのベースメントのクラブミュージックを反映させ、ベースラインからダブステップ等、変則的なリズムを配し、ブレイクビーツに基軸を置いたアブストラクトなテイストを持つエレクトロニックを制作する。
カニンガムの作風は、ロサンゼルスのローレル・ヘイローの最初期の作風を想起させ、いわば電子音楽によるミステリアスな世界へとリスナーを誘う。音のモジュレーションの変化により、トーンが徐々に変化していき、その中にリサンプリングの手法を交え、グリッチノイズやダブステップのリズムを配置する。
アルバムの収録曲には、Autechre(オウテカ)のようにノンリズムによる構成も見受けられる。ヒップホップのチョップやブレイクビーツの手法が織り交ぜられ、ミニマルテクノの範疇にある前衛的なリズムが構築されている。ただ、2022年のアルバム『Karma & Desire』を聴くと分かるように、ダニエル・カニンガムの作風は、なかなか一筋縄ではいかないものがある。彼のテクノは、リチャード・ジェイムスの系譜にあるモダンクラシカルとエレクトロニックの中間にあるものから、Four TetやBibloの系譜にあるサウンドデザインのようなものまで実に広汎なのだ。
このアルバムのリリースに関して、カニンガムは現代詩のような謎めいたメッセージを添えていた。それはまるでダンテの『神曲』のような謎めいたリリック。ある意味では、Oneohtrix Point Neverの最新アルバム『Again』のような大作かと身構えさせるが、意外にもコンパクトな作品に纏まっている。『Statik』はヒップホップのミックステープのような感じで楽しめると思う。アルバムのオープナーを飾る「Hell」は、2000年代のローファイでサイケなヒップホップのトラックを思い起こさせる。アシッド・ハウス風のサンプラーによるリズムが織り交ぜられることによって、現代的なデジタルレコーディングとは対極にあるアナログ・サウンドが構築される。続くタイトル曲はドローン風のアンビエントをモジュレーションによって作り出している。
その後、どちらかといえば、IDMとEDMの中間にあるディープなクラブミュージックが展開される。「My Way」は、ダニエル・カニンガムの代名詞的なサウンドで、Boards Of Canada、Four Tetに代表されるカラフルな印象を持つミニマルテクノとして存分に楽しめる。今回、カニンガムはボーカルサンプリングを配して、Aphex Twinの系譜にあるサウンドに取り組んでいるようだ。「Rainlines」はバスドラムを強調したアシッドハウス/ミニマルテクノ風の作風だが、アクトレスの他の作風と同じように言い知れない落ち着きと深みがある。バスドラムの響きが続くと、その中に瞑想的な響きがもたらされ、最終的にはチルウェイブ風の安らぎがもたらされる。
ダニエル・カニンガムは、90年代や00年頃のテクノブームの時代の流行を踏まえ、それらの作風にややモダンな印象を添えている。「Ray」は、例えば、Sam Prekopのような懐古的なサウンドと現代的なサウンドを結びつけている。それほど革新的ではないものの、新鮮な息吹を持つミニマルテクノを制作している。ハイハットをグリッチサウンドのように見立てて、叙情的なモーフィングシンセのシーケンスを配し、水の上に揺られるような心地よいヴァイヴを作り出す。
アルバムのオープナー「Hell」を除けば、プレスリリースの現代詩のようなイメージとは異なるサウンドが展開されている。しかし、後半部に差し掛かると、制作者の志向する異質なエレクトロニックを垣間見ることが出来るはずだ。例えば、「Six」では、ダウンテンポの作風を選び、モーフィングやモジュレーションによってミステリアスな印象を持つシーケンスを作り出す。しかし、カニンガムのサウンドは一貫して落ち着いており、連続的なリズムに聞き手の注意を引き付ける。いわば、軽はずみな多幸感や即効性を避けることによって、曲に集中性をもたらす。
現代的なテクノの依拠した収録曲もある一方で、アクトレスはやはり90年代や00年代初頭や、それよりも古いレトロな電子音楽のサウンドに軸足を置いているらしい。「Cafe De Mars」は、サウンドのパレットをモーフィングのような形で捉え、巧みなトーンの変化を生み出している。「Dolphin Spray」では、モジュレーションによりシンプルなビートを作りだし、それにレトロな感じの旋律を付け加えている。解釈次第では、Silver Applesの時代のアナログテクノの原点にあるビートを踏まえ、ゲーム音楽の系譜にあるチップチューンのエッセンスをさり気なく添えている。ここにカニンガムの制作者としてのユニークな表情をうかがい知ることが出来よう。
その後も意外に聞きやすい曲が続いている。表向きにはディストピア的な考えはほとんど出てこない。ただアルバムの中盤のリスニングの際の面白い点を挙げるとするなら、「System Verse」は、最初期のローレル・ヘイローのような抽象的で摩訶不思議なサウンドに挑んでいる。これらは遊びや思いつきの延長線上にあると思われるが、聴いていて不思議な楽しさがある。
そしてようやくプレスリリースでのコンセプチュアルな試みが「Doves Over Atlantis」で表れる。この曲では、ダニエル・カニンガムのかなり意外な幻想主義が表れ、アトランティス大陸に関するファンタジックなイメージを、彼のアーティスティックな感性と上手い具合に結びつける。
さらにファンタジックな印象が最後の最後で浮かび上がってくる。「Mellow Checx」は、同じく抽象的なサウンドだが、従来のアクトレスとは異なるナラティヴな試みが含まれている。ダニエル・カニンガムは、楽園を描くでもなく、地獄を描くでもなく、中間にある煉獄やそれにまつわる幻想を結びつけ、独特な雰囲気のエレクトロニックを制作している。アルバムを聞くかぎり、現行のエレクトロニックは、他の総合芸術のような意味を持ち始め、その中に絵画的なニュアンス、あるいは文学や映像的なニュアンスを込めるのがトレンドになりつつあるらしい。
近年、モダン・クラシカルの作品であったり、トム・ヨークとのコラボレーションやボーカルトラックに取り組んでいるClarkはいわずもがな、WarpのSlouson Malone 1のような現代的なプロデューサーが示唆するように、エレクトロニックは音の集合体という枠組みを超越し、いよいよ別の総合芸術との融合を図る段階に来ているのだろうか。これは例えば、リチャード・ジェイムスがライブでサウンドインスタレーションのような試みを始めているのを見ると分かりやすい。
78/100