【Review】 Bat For Lashes 「Dream Of Delphi」  ブライトンのシンガーによる安らぎのポップソング集

 Bat For Lashes- 『Dream Of Delphi』

 

Label: Mercusy KX

Release: 2024/05/31



Review       ブライトンのシンガーによる安らぎのポップソング集



ブライトンのシンガーソングライター、ナターシャ・カーンは幼少期の頃からピアノに親しみ、学生生活では人種差別に遭いながらも、音楽やソングライティングを通じて、みずからの音楽的な世界を探求してきた。


若い頃にはニルヴァーナに親しみ、そしてブライトン大学を卒業後、保育園で勤務するかたわら、総合的なマルチメディアを制作するように。その中には、映像と音楽を同期させるサウンドインスタレーション作品もある。バット・フォー・ラッシーズことナターシャ・カーンが音楽を総合的なメディアのように考えているのは、最新作『Dream Of Delphi』を聴くと明らかである。

 

このアルバムで、ナターシャ・カーンは、ピアノを中心とする現代的なバラード、エレクトロニックを貴重としたシンセ・ポップ、そして映像的な意味合いを持つポップソングまで多彩な音楽性を提示している。ミニマル・テクノの反復的なビートをもとに、みずからの歌によって展開をつける。それはトラックの最初ではシンセポップだったものが、曲の途中からまったく別の音楽へと変化し、そしてエクスペリメンタルポップ、アヴァンポップの領域へと踏み入れる。それは音楽による内的な探求を意味し、ひとつの音楽を契機として、みずからの内面深くに歌とともに潜っていくかのような趣旨が求められる。当初は簡素な印象を持つ音楽であるが、曲の過程の中で、曲がりくねったり、直線になったりと、シンガーの人生を反映するかのように変遷していく。カーンのスピリットは岩のように固くなったり、それとは逆にそよ風のように柔らかくなったりと、その都度、変化していく。いわばその歌声は形を持つことがない。


このアルバムで、ナターシャ・カーンは「デルフィ」という謎めいた人物を登場させる。それが実在するのか、それとも架空の人物であるのかは定かではない。しかし、まるでカーンは得体の知れない不思議な人物になりきったかのように歌をうたう。つまり、シンガーソングライターというのは、演技の達人なのであり、また、言い換えれば、映画のスクリーンに登場する俳優か女優のようなものでもある。その演じることへの純度が高ければ高いほど、それは独特な音楽性に成り代わる。もちろん、それは実際の人物像と近いかどうかはまったく関係のないことである。なぜなら歌をうたうということは、自分自身になりきりことだけを意味しない。ときには、別の自分や、今まで知らなかったもう一人の自分と遭遇することを意味するのだから。


実際のナターシャ・カーンの人物像がどうであれ、(そんなことは音楽を聴く際に重要ではない)タイトル曲「デルフィの夢」では夢想的で、未来に対する期待をふくらませるようなシンガーの姿がぼんやりと浮かび上がる。


シンセサイザーのリードを通じ、ビートやメロディーがうねりながら、別の音楽的な展開を呼び覚ます。そして、シンセパッドを背後に配置することで、より演出的な音楽をスクリーンを作り出す。最終的には、先鋭的なエレクトロニックのビートを配置することで、ダンサンブルな印象を作り出す。いわば今作の冒頭では、曲の結果ではなく、過程が重要視されていると言える。そして、過程が見えないものよりも、これははるかに聴く際の信用度を高めるのである。

 

アルバムの冒頭で、リスナーは、自らにとってミステリアスな印象を持つ音の世界に足を踏み入れることになるだろう。

 

そして、意外と知られていないが、わからない部分を残しておくこと、つまり、アルバムの冒頭となるオープニングでは手の内を明かさないこともフルレングスのアルバムを制作する上では不可欠な要素となるかもしれない。人間は、いつもわからない部分があると、次の何かを知りたいという欲求を持つものである。どうやら、手探りでアルバムを聞き進めていくと、このアルバムがひとつの音楽によるナラティヴな要素を擁するものであることがつかめるようになる。


続く「#2 Christmas Day」は、彼女が若い頃から親しんできたピアノの落ち着いた演奏をベースにして、柔らかい印象を持つバラードに取り組んでいる。しかし、つぶやくようなウィスパーボイスをもとに構築される音楽は、シンセサイザーの効果によってモダンな印象を持つバラードへと変化している。そして海の中の生物のように、それらのシンセはゆらめき、それに合わせて歌うカーンのボーカルはピアノの複合的なフレーズ、スポークンワードの混合によってダイナミックな印象を持つ楽曲へと変化していく。

 

3曲目の「Letters To Daughter」ではミニマル・テクノをベースにオーガニックな質感を持つボーカルをカーンは披露する。 アヴァン・ポップやエクスペリメンタルポップの範疇にある複雑な構成を持つ曲で、時々、ベースのリズムの強弱の抜き差しによって曲にめりはりをつけている。しかし、こういった複雑な構成の曲は一般的にはライトなリスナーに少し近寄りがたいイメージを与える恐れがあるが、この曲はその限りではない。港町であるブライトンの海岸のリゾート的な感覚を思わせる開放感、なおかつ爽やかな雰囲気が春のそよ風のように吹き抜けていくのだ。その後も、ダイナミックな曲とそれとは正反対にスタティックな曲を代わる代わる登場させる。


「#4 At Your Feet」は、「Christmas Day」と同じようなメディエーションの範疇にある静かで涼やかな印象のピアノバラードである。ピアノはシンセサイザーで演奏されているが、シンプルでミニマルな構成を持つ演奏はヒーリングミュージックのような安らぎを生み出す。これがアルバムの全体を聴く上で、リスナーの心を絆すような効果があることは言うまでもないことである。緊張した感覚も時には必要であるが、そればかり続いていると、精神は疲弊してしてしまう。ときに心の安める場所を作品のどこかのポイントに置くことはとても有益なことなのである。

 

 その後も、フルアルバム全体を一連のストーリーのように見立てて、ナターシャ・カーンは起伏のある音楽を展開させていく。「#5 The Midwives Have Left」のイントロでは、2曲目と4曲目のようなメディエーションの曲であると思わせておいて、実際は、賛美歌やクワイアのような印象を擁する清涼感のあるポップソングを制作している。ここでもダイナミックと対極にあるスタティックな印象を持つ曲を収録することで、アルバム全体の動きに静止を与えている。たえず流動的なアルバムというのも一つの魅力であるのだが、時々、それはリスナーを背後に置き去りにしてしまう可能性がある。この曲は、聞き手に対して、とどまるという重要な契機をもたらす。音楽に引っ張られるのではなく、音楽の中にとどまらせる力を持っている。音楽としては、アンデルセンの神話「冬の女王」のようなイメージを持った清涼感溢れる曲である。しかし、童話のような印象に現実味を与えるのは、カーンの伸びやかなビブラート、休符を徹底して押し出したシンプルなピアノの伴奏である。この曲を聴くと分かる通り、音を微細に配置しすぎず、適度な間や休符を設けることは、優れたポップソングを制作する際に不可欠な要素だ。なぜなら、音の要素が余りに多いということは、耳の肥えたリスナーにとっても疲労感をもたらし、気忙しいイメージを与えてしまう。これでは休まるところがなくなってしまう。

 

アーティスティックなイメージを前半部では押し出すナターシャ・カーンであるが、それほど音楽通ではないリスナーにも親しみやすい曲を用意している。これはアーティストの配慮や心使いとも呼ぶべきものだ。そしてリスナーはそういった配慮を見つけてしまうと、俄然、良い印象を持つ。つまり、辛口の音楽ファンにも少しだけ気を緩めさせるような効果があるものなのだ。「Home」は、すでに発表済みの曲と思われるが、UKの商業的なポップスを意識した上で、TOTOのようなAOR/ソフト・ロックの要素を付け加えている。この曲でも、他のアルバムの曲と同じように、やはり、炭酸ソーダのようなシュワシュワ感溢れるフレッシュな感覚が重視されていて、アルバムを聞く際、聞きやすさという美点をもたらしていることは事実であろう。続く「Breaking Up」ではAOR/ソフトロック風のアーバンな感覚をサクソフォンの演奏により呼び覚ます。この曲は日本のシティポップに近く、バブリーな感覚を味わうことが出来る。浮かれ騒いでいたバブル期の日本のようなノスタルジックな雰囲気を漂わせる良曲となっている。

 

アルバムの中盤では多彩な音楽性を披露するカーンであるが、サブタイトル曲「Delphi Dancing」ではより楽しげな感覚をもとにして、起伏のあるシンセポップソングを制作している。その中にはアルバムの冒頭のタイトル曲と同じように、エクスペリメンタルポップの影響が含まれているが、ナターシャ・カーンは一貫して、音楽のシンプルさや分かりやすさに重点を置いていることが分かる。例えば、どれほど曲の構成がテクニカルであっても、もしかりに、それが完成度の高いものでなければ水泡に帰してしまう場合がある。そこで、あえてこのアルバムでは、基準点を少し下げることで、良質な音楽に昇華させている。ハードルを高くするのではなく、時には、ハードルを低く設定し、今持つ実力を発揮することの重要性をナターシャ・カーンは教唆してくれる。そして、この曲では、夢想的な感覚を織り交ぜながら、シンセの可愛らしい音色や、ダンサンブルなリズムで中盤のハイライトを作り上げるが、その後、シンプルなピアノのフレーズが出現する。大掛かりなものが作られる手前で、すっと身をかわし、親しみやすいピアノのフレーズーーまた、それは言い換えれば''ミュージシャンとしての原点''ーーに舞い戻るのである。バイエルの演奏のように子供でも弾けるシンプルなピアノ、そして、初歩的なシンセサイザーが清涼感のあるアトモスフィアを作り上げる。もちろん、アートワークのような、夢想的で開放的なサウンドスケープを音楽によって巧みに演出するのである。


「Her First Morning」は、賛美歌やクワイアの影響を基にした、やや幻想的な雰囲気を持つポップソングとして聴き入ることが出来る。それをディズニーのイメージと結びつけるのか、それとも、ケルティック・フォークのような中世ヨーロッパの童話的なイメージと結びつけるのかは聞き手次第である。しかし、少なくとも、そういった別の空間に誘う力、そしてイメージの換気力を持つ音楽であることは明確で、これは優れたシンガーソングライターの特徴でもある。

 

その後、ナターシャ・カーンは、Steve Reich(スティーヴ・ライヒ)やフィリップ・グラスのようなミニマル・ミュージックへの親しみを示している。「Waking Up」ではシンセの演奏をもとにライヒの影響下にあるポピュラー音楽を書いている。この曲では「Music For 18 Musician」のマリンバの同音反復という作曲技法を踏襲し、ポピュラーミュージックの形に置き換えている。しかし、カーンは、ライヒのような優れたVariation(変奏)の技法を持たぬため、ミニマリズムをあっけなく放棄する。アルバムの最後には、神妙なピアノの演奏によって静寂の瞬間が訪れる。つまり、アルバムの制作を通じて、アーティストはみずからの人生の原点に立ち返るのだ。

 

 


80/100




Best Track - 「Christmas Day」




アルバムのストリーミングはこちらから。