Loscil - 『Umbel』EP
Label: Self Release
Release; 2024/05/31
Review
Indirect Sound -バンクーバーのアンビエントの重鎮による重厚なドローン-
2001年頃、実質的なデビュー・アルバム『Triple Point』をリリースした当初、ロスシルはミニマル・テクノ/アシッド・ハウス風の電子音楽を制作していた。翌年、『Sbumer』をリリースした頃には抽象的なサウンド・デザインを描くようになり、アンビエントの果てなき世界を探求していた。
ロスシルのサウンドはそれ以降、より抽象的になり、ドローンアンビエントと呼ばれるこのジャンルの最も先鋭的な性質を象徴付けるエレクトロニック・プロデューサーとなった。ロスシルは、アンビエントで自然風景を表現したり、サウンドデザインのような意義を擁するダウンテンポ、はては、音楽そのものを建築学や図面のように解釈したものまで、そのアウトプットのスタイルは多岐にわたる。そして一括りにアンビエントといっても様々な表現法があることが分かる。その中には2000年代にドイツで盛んになったグリッチ(ラップのドリル)の性質が強固な作品もある。 多作なプロデューサーであるけれど、ロスシルの作品は毎回のように密度が濃い。
ただ、ロスシルの作品を定義付けるのなら、これまで特定のカラーを持った作品というのは、それほど多くはなかったという印象もある。コンセプチュアルな試みがないというと偽りになってしまうけれど、エレクトロニックの全般的な制作に関しては、ある程度自由なイメージを持って作品をリリースしてきた印象がある。要するに、彼の作品の中にはエレクトロニックによる抽象的なメチエが含まれることはあっても、一貫してダークな印象を持つアルバムというのはそれほど多くはなかった。
しかしながら、今回の最新EP『Umbel』は、従来のアンビエント/ダウンテンポの作品とは明らかに意を異にしている。最新作では、全体的”にダーク・アンビエント”とも称するべきドゥーム・サウンドに焦点が絞られており、暗鬱さと重厚感を併せ持つ特異な作風が生み出されることになった。これは同じくカナダのプロデューサー、Krankyからリリースを行うTim Heckerが昨年リリースした『No High』に触発されたような意義深い作品である。作品単位における差異は、Lawrence Englishとのコラボレーション・アルバム『Colours of Air』と比べると一目瞭然ではないだろうか?
オープニングを飾る「Shadow Marple」では、ティム・ヘッカーが昨年のアルバムで披露した録音の波形を、シュトックハウゼンやルイジ・ノーノのようなトーンクラスターの範疇にあるミュージック・コンクレートとして処理した上で、エレクトロニックによるミニマルミュージックに落とし込むという形式が、イントロに見いだせる。
しかし、ミニマリズムの範疇にあるフレーズが呆れるほど繰り返されると、これが通奏低音を活かしたドローン・ミュージックのような音響性へ変化する。つまり、ミニマルなフレーズを幾つも辛抱強く積み重ねながら、マキシマムな構成を持つ音響構造を形成するのである。つまり、モチーフは、ミクロの視点で構成されるが、その反面、リスナーはマクロの極大の音像を捉える。
これらの二面性を見るかぎり、『Umbel』は従来のロスシルのサウンドの中で最もコンセプチュアルな意味を持ち、同時に、”反骨精神に溢れる作風”として位置付けられるかもしれない。そして、もうひとつの主要な特徴が、これらの表面的なイメージを形作るアンビエントの中に、メタ構造とも呼ぶべき趣旨が見いだせることだろう。彼は、従来のアブストラクトなアンビエントやダウンテンポの手法を用いながら、ミルフィーユ構造のような構成をもたらし、その内側に教会のパイプオルガンのような音響性を作り出す。もちろん、聞けば分かる通り、録音にはアコースティックのチャーチオルガンは使用されていない。しかし、遠くの方でオルガンが響くような奇妙なイメージをもたらす。これらの二重性を込めたアンビエントサウンドは、かなり先鋭的な印象を形作る。それらの堅牢な楽曲構造を作り出した上で、ロスシルはベテランプロデューサーらしく、巧みなサウンド・デザインの手法を施し、音形や音波を自在に操り、極大の音像と極小の音像を代わる代わる登場させ、最終的に、イントロで立ち消えたと思われたパイプオルガンの荘厳な音響性を曲のクライマックスになって再登場させ、意外な印象をもたらす。
『Umbel』では、サブウーファーを持つ特別なスピーカーでしか捉えることの難しい重低音がミックス/マスタリングで強調されている。それはこのアーティストの潜在的な重厚な人物像や作曲性を浮かび上がらせる。これはまた、従来のロスシルの作風から考えると、かなり特異な点であるかと思う。
それらは暗鬱さ、及び、地の底から響くような重厚さ、それとは対極に位置する荘厳な音の印象という2つの対蹠地(Antipodes)に存在する音の間を往来し、現実と幻想の狭間を漂うような奇妙なサウンドスケープを巧みに描き出している。タイトル曲「Umbel」では、最近、ニューヨークのアンビエントプロデューサー、ラファエル・イリサーリがセルビアの現代音楽家と率先して取り組んでいるダークアンビエントのような作風を思わせるが、ロスシルの場合は、メタリックなノイズ性とは対極にあるジョン・ケージのような静謐さにポイントが絞られている。(ケージは生前、サイレンスの概念やイデアについてよくモーツアルトの楽曲を比較対象に出していた)
サイレンスとラウドを絶えず往来する微細なトーンシフターの変化、そして低音域を中心に構成されるドローンのシークエンスが混ざりあうと、アクションゲームのサウンドトラックのような印象を持つコンセプチュアルな音のイメージが浮かび上がる。その中で、セリエリズムを基にした不協和音が取り入れられ、不気味でワイアードなイメージを作り出す。これらのドローンのサウンドに、社会風刺のような意味があるのか、もしくはこれまで彼が取り組んでこなかったようなメッセージが込められているのか。そこまでは明言できないにしても、アウトプットされるサウンドには何らかのメッセージが含まれているように思える。もちろん、それをどのように解釈するのかは聞き手の感性による。そして、これらの多角的なサウンドスケープは、カウンターポイントのような複合的なモノフォニー構造を生み出す。しかし、それらの対旋律的な進行は、最終的に一つのシークエンスに焦点が絞られ、無数に散らばったものが合一へ近づき、それらが厳粛な雰囲気を携えつつ、アウトロへと向かう。最終的に通奏低音は、徐々にトーンダウンしていき、ラウドからサイレンスへと繋がっていく。ここには、カナダのプロデューサーとしては珍しく、音響学としての変容の過程が重視されているように見受けられる。
EPの冒頭の2曲は比較的、意外な作風として楽しむことができる。他方、それに続く、3曲目の「kamouraka」はロスシルの従来の作風の延長線上にある内容である。それは大気の粒子を電子音楽の形で捉えたかのようであり、それらのアンビエンスの中にノイズが散りばめられている。音の粒が精細な輝きを放ち、その中にサンプリングを散りばめ、デジタルな感覚とアナログな感覚を織り交ぜる。
サンプリングの中には木々の破片がぶつかりあうような音や大気の中に雨が降りしきるような音が捉えられ、先鋭的なデジタルサウンドと鋭いコントラストを描く。Four Tetのような色彩的なサウンドとまでは言い難いが、少なくともサウンド・デザインのような趣旨を持ったトラックである。ノイズの印象が強いけれど、その中に音楽が持つロマンティックな印象性を呼び覚まそうとする。ここにも、入れ子構造のような二重性のある楽曲の構想を発見出来るかも知れない。
さらに制作者は、パンフルートのようなシンプルな音色のシンセサイザーの音源を用いながら、巧みに音の印象を遠く響く教会の鐘の音、つまり、アルヴォ・ペルトの名曲「Fur Alina」のような現代音楽のディレクションにも見いだせる"INDIRECT SOUND"(間接的なサウンド)を緻密に作り上げている。さらに詳細に言及するなら、それらは近くではなくて、”遠くにぼんやりと鳴り響いている祝祭的な音楽”なのである。これは、例えば、ノルウェーのトランペット奏者であるArve Henriksen(アルヴェ・ヘンリクセン)が2008年に発表したアルバム『Cartography』の収録曲「Sorrow And Its Opposite」、「Recording Angel」等を聴くと、わかりやすいかも知れない。
「Indirect Sound(間接的なサウンド)」は、それ以降も今作の主要な位置づけにある。そして、近年のデジタルの音響機器は、技術者の研鑽によって精細な音の粒を捉えられるようになってきているが、一方で、映像がそうであるように、必ずしも鮮明な音質が良い印象を与えるとは限らないのが面白い。ときに、クリアなサウンドという概念を逆手に取り、それとは反対に解像度の低いローファイな音の質感をあえて押し出すと、鮮明なサウンドよりも強い印象を及ぼすことが可能になるケースもある。ロスシルはそんなことをEPを通じて教唆してくれているという気がする。
続く「Dusk Gale」も同じような音楽形式に位置づけられる。この曲では、ドイツ等のヨーロッパの地方のお祭りに見いだせるような祝祭的な響きが込められており、ロスシルは、モジュラーシンセを駆使しながら遠くで鳴り響く瞑想的なオルゴールのような音響効果を作り出す。しかし、静かなイントロとは裏腹に、その後、稲妻のようなノイズが走り、音のイメージを一変させる。
そして、EPの序盤と同じようにマクロな視点で宇宙的なサウンドをデザインする。それはラファエル・アントン・イリサリと同じように、少し不気味な印象をもたらすこともあるが、最終的に天文学的なアンビエントサウンド、ダークマターやブラックホールを電子音楽の観点から捉え、デザインするのである。そしてこの曲も、ラウドなドローンから徐々にサイレントなドローンにゆっくりと変化していく。さながら、宇宙の本質を表しているかのようであり、ブラックホールに宇宙の物質が飲み込まれていくようなサウンドスケープを描出する。
上記の4曲は、意外にもアンビエントの穏やかさとは対極にある緊迫感を擁するイメージを徹底的に押し出している。その中には、従来のロスシルのイメージを払拭するものもある。しかし、EPのクローズを飾る「Cyme」は、ロスシルらしい作風を選んでいる。いかにも山の高原にある精妙な空気感を電子音楽で表現したような感覚。しかし、ここまで通奏低音やサステインを強調したアンビエントは、彼の作品の中でもそれほど多くはなかったように感じられる。
少なくとも、ロスシルはこのミニアルバムを通じて、彼自身の音楽を形骸化させることなく先鋭的な作風へと転じている。今後どのような音楽が生み出されるのか、ワクワクしながら次の作品を楽しみに待ちたい。
ロスシルのコメントはこちら。
90/100