Bonny Light Horseman
Bonny Light Horseman(ボニー・ライト・ホースマン)のニューアルバム『Keep Me On Your Mind / See You Free(キープ・ミー・オン・ユア・マインド/シー・ユー・フリー)』は、人間性の祝福された混乱への頌歌である。
自信に満ち、寛大なこのアルバムは、あらゆる人間の感情や想定される欠点をさらけ出した、ありのままの提供物である。愛と喪失、希望と悲しみ、コミュニティと家族、変化と時間など、テーマは高く積み上げられている。ヒューマニスティックなタッチポイントのすべてにおいて、「Keep Me on Your Mind/See You Free」は、ある種の説明不可能な魔法から生み出されることになった。
2023年に5ヶ月かけて書かれたこのサード・アルバムは、バンドの中核をなすトリオ、アナイス・ミッチェル、エリック・D・ジョンソン、ジョシュ・カウフマンがこよなく敬愛してやまないコラボレーターのJT・ベイツ(ドラムス)、キャメロン・ラルストン(ベース)、レコーディング・エンジニアのベラ・ブラスコとともにアイリッシュ・パブに集まったときに始まった。
アナイス・ミッチェルは、オーナーのジョー・オリアリーとの間でかわされたある会話から、最初のレコーディング場所としてこのパブを提案した。彼女はこの場所について直感し、バンドメンバーの熱意に驚いていた。年季の入ったパブの中に一歩足を踏み入れるやいなや、トリオは何十年もかけて築かれたこの場所の感じられる共同体、家族のような感覚につながりを感じた。
そのパブとは、コーク州の小さな海岸沿いの村、バリーデホブにある100年以上の歴史を持つ水飲み場、リーヴィス・コーナー・ハウスと呼ばれる店で、そのエネルギーがボニー・ライト・ホースマンのクリエイティブ・エンジンの唯一の源ともなった。
パブのスペースの一角にあるアップライトピアノは、バンドの音楽のきしむ音を鎮静するための一種の精神的支点となり、アルバムのすべてのモチーフを体現するひとつの存在となった。この100年以上続く地元フォークの集いの場と、このアメリカン・フォークのトリオとの類似性は否定できない。
カウフマンは言う。「この場所には歴史が感じられるし、狭くて、あちこちにこぼれ落ちそうなものがぎっしり詰まっている。僕らのバンドのパブ版みたいだった。パブの壁に飾られてて、作業中のバンドを見守っていた絵がアルバム・ジャケットになった」
「レコーディングのほとんどの時間、その人と目を合わせていた」とジョンソンはアートワークについて語った。そして、もっと深い関連性があった。バンドがパブでのレコーディングを計画する前から、オーナーの妻はこの絵の女性をボニーと名付けていた。
リーバイス・コーナー・ハウスのような場所には魔法があるが、それを使うには適切な魔法使いが必要だ。ボニー・ライト・ホースマンの中心にあるのは、パワフルで優しい3人のアーティストの特異な組み合わせ。
彼らは最上級の言葉を巧みにかわすが、お互いを強化し、豊かにする方法と、それぞれが1人でいるよりもより良く、勇敢に、傷つきやすくする絆であると認めるのは早計かもしれない。このことは、最も優しい瞬間から最も非情にも思える慟哭に至るまで、お互いを完全に信頼して活動する彼らの声の力以上に確かなものは存在しないからである。結果、聴く者を慰め、揺り動かすだけでなく、動揺させ、打ちのめし、生まれ変わらせることができる力がある。
現実的なレベルでは、『Keep Me on Your Mind/See You Free』の "祝福された混乱 "は、群衆の愉快な騒ぎ声、笑い声、咳払いといったフィールド・レコーディングが、この特別な場所からのすべてを伝えるように、このホームへの忠実さに表れている。
しかし哲学的に言えば、"混乱 "というのはより深い感覚の証拠足りえる。それは、唯一の共同体験から生まれた不完全で魂の糧となる果実なのであり、良き仲間の精神によって参加者を変容させるものでもある。
ミッチェルは "ごちそう "という考え方を提唱し、友人たちとの夕食がどのようにコースや会話、時間を無理なく過ごすのか、肉体的にも精神的にも栄養価の高い食事であることを示す。「私の友人に、食卓から食器を取り出してはいけない、残骸の中に座るべき、と言う人がいます」と彼女は言う。
さらに、アナイス・ミッチェルはアルバムの制作について、「すべてを吐き出すという新しい段階があった」と語っている。
レコーディングからリリースへの進化において、これは2枚組LP-18曲を2枚のディスクにまとめることを意味した。それはまた、正確には異なるレコードではないにせよ、2つのタイトルを意味する。『Keep Me On Your Mind / See You Free』は、広大で心地よく、グループの魅惑的かつ芸術的なレイヤーを包括している。伝統的なフォークミュージックのサウンドと叙情的な精神がルーツであり、実験的で感情的に生々しいバンドのバージョンにより分岐している。
グループは曲の約半分をリーバイスのメインルームで録音した。彼らは2日間を単独で作業に費やした。3日目の夜には、オリアリーは何人かの熱心な住民を参加させた。このアルバムが完全なライヴアルバムというわけではない。その代わり、アイルランドのセッションの3日目は、観客が暗黙のうちにこの課題を理解していたため、エネルギーのセレンディピティ的な融合を表していた。観客は、バンドがアレンジについて話し、複数のヴァージョンの曲をレコーディングしたりするのに十分な猶予を与えた。「彼らのスポットのど真ん中でやっているのに、彼らは直感的に自分たちに求められていることを理解していた。それはまさにマジックでもあったんだ」
その後、バンドは精神的な故郷であるニューヨーク北部のドリームランド・レコーディング・スタジオ(ここでバンドは最初の2枚のアルバムを完成させた)に戻り、着手した作業を終えた。コラボレーターであるマイク・ルイスがベースとテナーサックスで参加した。アニー・ネロもアップライト・ベースを弾き、午後のひとときのハーモニーを歌うために立ち寄った。その日々は狂想曲的であると共に、癒しや安らぎに満ちていて、彼らは涙を流すように歌を歌った。
「I Know You Know(アイ・ノウ・ユー・ノウ)」の中心にある切ない迷いは、ほんの数分で明らかになった。制作における素早さは、すでに『Keep Me On Your Mind / See You Free』の大半を完成させており、創造性の「肩の上に立つ」ことができたからとトリオは言う。この曲は感情の荒廃を特異なポップ・センスと結びつけるバンドの能力を示しており、それはアルバム全体を通して一貫性がある。マンドリンに彩られた気持ちの良いアレンジとアンセミックなコーラスは、リフレインという要素がいかにリスナーの心を捉えるのかを裏付けている。「君を愛すれば愚か者、君を手放せば愚か者」とジョンソンは歌い、ミッチェルの歌声が彼とともに高鳴る。
解き放たれた人間関係をフォーク・ロックで描いた「Tumblin Down」もそのメロディーの複雑性においてよく似ている。イングマール・ベルイマンの『ある結婚の情景』の精神を歌にしたようなもので、表面は軽いが、内側には実存的な危機が織り込まれている。その一方、「When I Was Younger」は、原始的な叫びであり、母性、成熟、そして、折り目正しき社会が口に出して言わないことすべてをオープンに受け止めている点で革新的である。この曲では、ミッチェルとジョンソンの蜜のような声が出会い、溜め込んだ感情から形成された双頭の獣へと変貌する。
「Old Dutch(オールド・ダッチ)」は、カウフマンの故郷にある同名の歴史的な教会で録音されたボイスメモから生まれた。タイムスタンプが "Old Dutch "で、完璧すぎる。その合唱のリフレインは、それらの起源を反映している。また、このバンドが語る移り変わる愛の物語は、心が必然的に導かれる魅惑的なもの、つまり余韻の残る、しばしば非論理的な感情で締めくくられる。
『Keep Me On Your Mind / See You Free 』で、ボニー・ライト・ホースマンは独特の優美さを感じさせる。そして物事が完璧でないときこそ、人生は生き生きとしたものになるということを思い出させてくれる。長年にわたり、バンドは人生のオドメーターに多くのマイルを積み重ねてきた。それは、栄光と混沌に彩られたモダンなフォークソングに色濃く反映されている。ミッチェルは言う。「簡潔ではない、全然簡潔ではない。雑然としているけど、それでいいのよ」
「Keep Me On Your Mind/ See You Free」- jagujaguwar
今年のアメリカのシンガーソングライターやバンドの主要な作品の多くに見受けられる傾向として、米国人としての原点に立ち返ろうとしているということである。より詳細にいえば、アメリカ合衆国としての文化のルーツを見つめ直すということでもある。
これはある意味では、近年、たとえ、裁判等の審判の際に証言台に立つ人物が、神の名を唱えるのだとしても、キリスト教の意義が薄れてきていることの反証でもある。長らく、米国人にとっては、ひとつのドグマが浸透していたのだったが、近年の他宗教や、多民族主義、そして、様々なカルチャーや考えが複雑に混淆していることを考えると、もはや、米国が一宗教のもとに成立している国家とは考えづらいものがある。
また、元首としての存在感が薄れるにつれ、国家の持つ意義そのものが希薄になりつつあるように感じられる。そこで、急進的とはいわないまでも、なんらかの一家言を持つミュージシャンは、旧来の国家主義から距離を置いた考えを主体にせざるをえない。そして、あらためて音楽家たちは、「アメリカとは何か?」ということを音楽や芸術、全般的な表現形態を通じて追い求める。
チャールズ・ロイド、パール・ジャム、アンドリュー・バード、エイドリアン・レンカーの今年のアルバムを見ると分かる通り、ジャズ、ミュージカル、トラディショナルフォークやアメリカーナ、ロック、メタル、ポップ、エレクトロニック、実験音楽等、ミュージシャンの人生観によってそれぞれ探求するものがまったく異なるのだ。
アナイス・ミッチェル、エリック・D・ジョンソン、ジョシュ・カウフマンからなるBonny Light Horseman(ボニー・ライト・ホースマン)も同じく、トラッド・フォークやアメリカーナという彼らのスタイルを通じて、アメリカのルーツに回帰している。バンドは基本的にはツインボーカル(トリプルボーカル?)のスタイルをとり、曲ごとにメインボーカリストが入れ替わる。
もちろん、トラッドなフォークミュージックの範疇にあるボーカルが披露されたかと思えば、ソウルフルなボーカル、ジャジーなボーカルというように、ボーカリストの人柄や性質ごとにその曲の雰囲気も変化する。
また、ブラック・ミュージックのコーラスグループやその後のドゥワップのグループのように、ミッチェル、ジョンソン、カウフマンの三者三様の麗しいハーモニーが生み出される。それはゴスペルに変化することもある。音楽を聴けば分かる通り、メンバーの異なる性質を持ち寄り、その個性を突き合わせ、最終的には淡麗なハーモニーを持つフォーク・ソングとして昇華される。
『Keep Me On Your Mind』
・1−5
『Keep Me On Your Mind/ See You Free』は、一時間以上の尺を持つ(ダブル)アルバムという構成を持つ。基本的にはトラディショナルフォークやアメリカーナを中心に20曲が収録されている。手強い印象を覚える。
しかし、ミッチェルが「簡潔ではないアルバム」と指摘するにしても、意外なほどスムースに耳に馴染んでくるのが驚きである。そのことは、ビリー・ジョエルのバラードソングのように美麗で、ゴスペル、R&B、トラッドフォークを主体とした「#1 Keep On Your Mind」を聴けば、本作の素晴らしさが掴みやすいのではないだろうか。
アナイス・ミッチェルのボーカルを中心に繰り広げられる温和な雰囲気は、ギターによってメロウな雰囲気を帯び、それと対比的に歌われるD・ジョンソンのボーカルがソウルフルな空気感を作り出す。つまり、一曲目で、アルバムの世界に長く浸っていたいと思わせる何かがあることに気がつく。それは、彼らのボーカルや音楽に癒しがあり、そして、包み込むような温かみがあるからなのだ。これが作品そのものの完成度とはなんら関係なく、キャッチーで親しみやすい音楽に聞こえる理由なのである。
その後、このアルバムは、トラッドフォークの果てなき世界へと踏み入れる。次の「#2 Lover Take Easy」 を聴くと、なぜデビューアルバムが英国のインディーズ・チャートで上位にランクインしたかが分かる。
彼らの牧歌的な雰囲気に満ちたフォークソングはアイルランドやセルティック・フォークのように開放的な雰囲気を持ち、渋さを漂わせる。 淡麗なアコースティックギターとドラムを中心とした音楽に、息の取れたボーカルのハーモニー、サックスフォンの演奏を取り入れ、ジャズと結びつけ、それらをゴージャスな音楽性に昇華させる。
その後もアルバムの収録曲は、穏やかで安らかなトラッドフォークを中心に構成されている。「#3I Know Know」は、ディランの「風に吹かれて」を思わせるフォーク・ロックだが、ボニー・ライト・ホースマンの場合は、より古典的な音楽へと沈潜している。カントリーミュージックに依拠したD・ジョンソンの甘ったるい感じのボーカルがソウルフルな渋みを生み出す。アコースティックギターのしなやかなストロークは、エレクトリックギターの演奏と溶け合い、温和な空気感を作り出す。また、アナイス・ミッチェル、D・ジョンソンのダブル・ボーカルはどこまでも澄んだ雰囲気を作り出し、ノスタルジックな気分に浸らせる。
アルバムの冒頭にはサンプリングが導入される。「#4 grinch/funeral」は子供の話し声の短いインタリュード。「#5 Old Dutch」は安らいだピアノのパッセージとシンセのシークエンスが溶け合い、続く曲の展開に期待をもたせた後、ジャズ・ソウルの曲へと移行する。この曲はおそらくノラ・ジョーンズが得意とするようなバラード。そして、ボニー・ライト・ホースマンは、トラッドフォークを主体とした軽やかな曲調に繋げる。その後、ハーモニカの演奏が加わるが、一見、安っぽい感じのフレーズも、バンドの演奏が強固な土台を作り出しているので、むしろそういった音色としてのチープさはユニークな印象をもたらしている。
「Keep Me On Your Mind」
・6−10
大枠で見ると、本作はアメリカの音楽のルーツを総ざらいするような意義が求められるかもしれない。しかし、曲単位では、バンドメンバーの個人的な回想が織り交ぜられる。そしてそういった小さな積み重ねが、大掛かりな作品を構成していることが分かる。「#6 When I Was Younger」では、ビリー・ジョエル風のバラードがジャズの音楽性と結びついている。ミッチェルは、ピアノの演奏を背景に真心を込めて歌を紡ぐ。その後、立ち代わりに、ジョンソンがボーカルを披露する。その後、カウフマンのクランチなギターがワイルドな雰囲気を作り出す。ボーカルとギターの演奏にはやや泥臭さがあるが、背景となるバックバンドの演奏はアーバンな印象を与える。これらの対極にある音楽性が巧みなコーラスワークと相まって、味わい深さを作り出す。アウトロにかけてのギターのノイズ、そして両者のコーラスワークが哀愁を醸し出す。
その後、温和なトラディショナルフォークに立ち返る。「#7 Waiting And Waiting」ではナイロン弦のアコースティックギターが柔らかな印象を作り出す。後から加わるドラム、そしてコーラスも楽しげな空気感を生み出す。立ち代わりに歌われるボーカルがそれらの雰囲気を上手く引き立てる。明るく、希望に充ちた、晴れやかで純粋な音楽の世界を彼らは作り出す。そしてそれは、バンドメンバーの三者三様の個性を尊重した上で、それらの相違が生み出す調和からもたらされる。淡々とした音楽のように思えるが、彼らの作り出すハミングのハーモニーは平らかな気分を呼び起こすのだ。
それらの楽しげな雰囲気は以降も続いている。チャーミングなマンドリン/バンジョーの演奏を取り入れた「#8 Hare and Hound」は、ジョン・デンバーのようなカントリー/ウェスタンの古典の原点に立ち返り、モダンな印象を付け加えている。可愛らしいミッチェルのボーカルとワイルドなジョンソンのボーカルが、コールアンドレスポンスのような形で繰り広げられて、サビではカウフマンもボーカルに加わり、ジャズのビックバンドのような楽しげな音が作り出される。カウント・ベイシーが志した人間の生命力をそのまま音楽によって表現したかのようなとても素晴らしい曲だ。
一転して、「#9 Rock The Cradle」は落ち着いたバラードソングとして楽しめる。同じようにナイロン弦から生み出される繊細なアルペジオのギターをもとに、オルタナティヴなトラッドフォークを制作している。この曲には古典的な音楽を志すバンドのもう一つの表情が伺える。つまり、Superchunk(スーパーチャンク)のようなキャラクターを見いだすことができる。彼らのコーラスは「1,000 Pounds (Duck Kee Style)」のような穏やかさを思い起こさせる。
アウトロでは、パブの歓声のサンプリングが導入され、入れ子構造のような意味を持つことが分かる。また、このレコーディングの手法については、2023年のM. Wardのアルバム『Supernatural Thing』の「Story of An Artist」でも示されていた。続く「#10 Singing to The Mandlin」で、ダブルアルバムの第一部がひとまず終了する。
この曲は、もしかすると、ビックシーフやエイドリアン・レンカーの主要曲のような感じで緩く楽しめるかもしれない。トラディショナルな音楽性に重点を置くバンドのモダンなオルタナティヴフォークソングとして。
「Hare and Hound」
『See You Free』
・11-15
第二部はしんみりとしながらも勇壮な雰囲気を持って始まる。D・ジョンソンのボーカルはまるで、大地に向けて歌われるかのようだ。「#11 The Clover」はアメリカーナの原点にあるアイルランド性を呼び覚ます。曲は荒野を駆け抜けていく一頭の馬、そしてそのたてがみさながらに爽快だ。
アコースティックギターをいくつも丹念に組み合わせて、その背後にマンドリン/バンジョーのユニゾンを重ね、ギターの重厚な音圧を生み出す。これらは、ギターが旋律のための楽器にとどまらず、リズム的な楽器でもあることを象徴付けている。背後のドラムは、概して、これらのギターや歌の補佐的な役割を果たすにとどまるが、曲の表向きのイメージを強化している。そして、ミッチェルのコーラスが加わると、この曲はにわかに力強さを帯びはじめ、そして、生き生きとしてくる。音楽そのものが躍動するような感覚が最後まで続く。アウトロではハモンドオルガンがアメリカーナのメロウでアンニュイな雰囲気を生み出す。
トラディショナルフォークと合わせて、ボニー・ライト・ホースマンはゴスペルのルーツに迫ることもある。「#12 Into The O」は、深みのあるゴスペルソングに昇華されている。三者のボーカルが織りなすハーモニーはブルージーで、メロウな雰囲気もある。ゴスペルの要素に加えて、ニール・ヤング&クレイジーホースを彷彿とさせる渋いアコースティックギターが曲全体の性格を決定づける。この曲は、1970年代のアメリカン・フォークの醍醐味を蘇らせている。アナログレコードでしか聴くことが叶わなかったあの懐古的な響きをである。
背後のボウド・ギター(弓のギター)のテクスチャーと大きめのサウンドホールを持つアコースティックギターのアルペジオが緻密に組み合わされて、最終的には、Temptations、Plattersを始めとする古典的なコーラス・グループのように巧みなボーカルのハーモニーが生まれ、熟成されたケンタッキーバーボンのようなソウルフルな苦味を作り出す。トラッドフォークとゴスペルに加えて、アルバムのもう一つの特徴にはソウル・ジャズからの影響が挙げられる。
「#13 Don't Know Why You Move Me」は、Norah Jones(ノラ・ジョーンズ)の系譜にあるメロウなバラードで、彼らはそれをフォークバンドという形で表現しようとしている。この曲では、アナイス・ミッチェルのやや溌剌とした印象を擁する主要なボーカルのスタイルとは異なるメロウでムードたっぷりの歌声を味わえる。バンドはゆったりしたドラムの演奏を背景にして、スライドギターやハーモニクスの技法を交えながら、ソウル・ジャズの醍醐味を探求する。
「#14 Speak to Me Muse」では、アナイス・ミッチェルは鳥のささやきのような柔らかく可愛らしいボーカルを披露し、ジョニ・ミッチェルのシンプルで親しみやすいバラードソングの直系にあるソングライティングを行っている。曲の中で繰り返される「All Right」という一節は何かしら琴線に触れ、サクスフォンの演奏がジャズの性質を強める。バンドによる「All Right」という誰にでも口ずさめる優しげなコーラスはゴスペルの教会音楽としての性質を帯びる。
少なくとも、ボニー・ライト・ホースマン、とくにアナイス・ミッチェルの歌声には、自然や音楽の恵みに捧げられた敬虔なる思いに満ちあふれている。しかし、このアルバムはシリアスになりかけると、すぐにバランスを図るために、彼らの記憶というモチーフの働きを持つ文学や映画のような試みが、サブリミナル効果のように取りいれられる。しかし、モチーフの基軸に最も近づいたとき、距離を置く。そして、それとは異なる安らぎのひとときが訪れる。「#15 Think of The Royalities,Lads」では第一部の冒頭の収録曲「Grinch/ Funeral」と同様に、語りのサンプリングのワンカットが繰り広げられる。そして、曲の中では、パブの和やかな会話が繰り広げられている。
「Speak to Me Muse」
・16-20
「#16 Tumblin Down」はラフで巧みなドラムのタム回しで始まる。ボニー・ライト・ホースマンがライブバンドとしての性質が強いグループであることが分かる。ライブからそのまま音を持ち込んだかのような精細なアンサンブル、D・ジョンソンの歌声はニール・ヤングの系譜にある古典と現代を繋げる役割をなすフォークシンガーの系譜にあるが、彼の場合は甘ったるいようなボーカルのニュアンスを付け加えている。
この曲は、それほど大きな起伏もなければ、スケールやコードの著しい変化もない。しかし、ボーカルの節回しやジェフ・ベックを彷彿とさせるギタープレイ、それからハモンドオルガンのメロウな響きなど、多彩な要素を一つの音楽に中に織り交ぜることにより、上手くバリエーションをつけている。そして、楽節の単調さやリフレインの反復を恐れないことで、シンガロング性の強いボーカルフレーズを作り上げている。単一性と多様性の双方を使い分けることによって、こういった親しみやすい構成が出来上がるものと思われる。ここには、バンドの地道な活動の蓄積が顕著に反映されている。多くの一流のミュージシャンと同じように、彼らは近道をしようとせず、フォークバンドとしての高みに一歩ずつ上り詰めていったように思えてならない。
アルバムの序盤から中盤にかけて、語りのサンプリング等を織り交ぜながら、一般的にはトラディショナルフォークの楽しさや渋さ、メロウな側面というように、ポピュラーな側面に焦点を当ててきたボニー・ライト・ホースマンであるが、アルバムの終盤には瞑想的なトラッド・フォークが収録されている。これは例えば、米国の文化性の源流にある移民性、その象徴的な音楽であるアパラチアフォークにしか求めがたいような"祈りとしての音楽"を彼らは呼び覚ます。
そこには、必ずしもスピリチュアルな要素が重視されているというわけではないが、音楽から感じられるスピリットのようなものが含まれていることも事実である。そして彼らは、それらを最終的にポピュラーミュージックの範疇にある音楽としてアウトプットする。他の曲と同じように聞こえるかもしれないが、ブルースハープやミッチェルのボーカル、それからピアノの演奏が織りなす絶妙なハーモニーが楽曲の持つ枠組みとは対極にある崇高な感覚を呼び起こす。この曲は、アメリカン・ロックの原点に立ち返るような意味があるのかも知れない。
アルバムのクライマックスでは、米国のトラディショナル・フォークにとどまらず、アイルランド/スコットランドの系譜にある広やかな雰囲気のフォークミュージックも披露される。これらのアイルランドやスコットランド発祥のフォークミュージックは、バクパイプ等の演奏を含める舞踏音楽(儀式音楽)としての性質が殊に強いが、これらの特徴をボニー・ライト・ホースマンが上手く受け継いでいることは言うまでもない。
「#18 Over The Pass」は広々とした草原で、フォークバンドの演奏に合わせて円舞するような楽しさだ。つまり、音楽のシリアスな側面とは異なる”楽しさ”に焦点が当てられているのである。開放弦を強調したのびのびと演奏されるアコースティックギターのストローク、三連符を強調する軽快なドラムの演奏は、本曲、ひいてはアルバムの音楽に触れるリスナーに一方ならぬ喜びをもたらす。そして、以後の2曲も、バンドの志す音楽に変化はない。しかし、レビューの冒頭でも述べたように、ボニー・ライト・ホースマンは、やはり米国の文化や国家性の原点へと立ち返ろうとしている。
「#19 Your Arms(All The Time)」はジャズ・ポップスという形で、ミュージカル風の音楽へ向かい、トラディショナルフォークと結びつける。全く同じ調性で続く「#20 See You Free」は、フォークミュージックのコーダのようなもの。クローズ曲ではトラディショナルフォークやスタンダードジャズの要素に加えて、Aretha Franklin(アレサ・フランクリン)のアルバム『Lady Soul』に対するバンドのオマージュが捧げられる。ステレオタイプの曲が続くようでいて、その音楽の印象はそれぞれ違っている。それはボニー・ライト・ホースマンの音楽が、世界中の人々にたいする誰よりも深い理解と受容、そして弛まぬ愛情によって支えられているからなのである。
「See You Free」
86/100
* Bonny Light Horsemanのニューアルバム『Keep Me On Your Mind / See You Free』はjagujaguwarから発売中です。