【Weekly Music Feature】 Hiatus Kaiyote - Love Heart Cheat Code フューチャーソウルの先にある革新性

 Hiatus Kaiyote



オーストラリア/メルボルンを拠点に活動するフューチャーソウルグループ、Hiatus Kaiyote(ハイエイタス・カイヨーテ)はナオミ・ネイパーム・ザールフェルト(ボーカル、ギター)、ポール・ベンダー(ベース)、サイモン・マーヴィン(キーボード)とペリン・モス(ドラム、パーカッション)の4人からなる。


本日、 Brainfeeder(Ninja Tune)から発表された『Love Heart Cheat Code』は、4人のミュージシャンが極限で一緒に踊っている瞬間を収めたスナップショットであり、11曲の遊び心にあふれた高揚感のあるトラックが個性的な印象を放つ。しかし、音楽そのものの複雑さで名を馳せ、さらには最大主義を受け入れて目利きの批評家の称賛を浴び、グラミー賞に何度もノミネートされたバンドにとって、『Love Heart Cheat Code』で制作において最も大切なことは、音楽そのものの簡素化にあったという。


「私は最大主義者なんです。何でも複雑にしてしまう」とナオミは説明している。「それでも、人生でさまざまなことを経験すればするほど、リラックスして奔放になる。時には、深みがあり、人々の心に届き、そして何を伝えたいか? このアルバムは私達がそれを明確にした結果と感じている。曲が複雑さを必要としないのであれば、あえて複雑さを表現する必要はなかった」

今度のアルバム制作では、バンドの方向性は必ずしも直接的に達成されず、熟慮と漂流を経る必要があった。深夜から早朝まで続く念入りなジャム・セッションの中、4人は食卓のテーブルを共にし、機材や互いをいじくり回す過程において作り出されました。


このアルバムには、テイラー・"チップ"・クロフォード、ギタリストのトム・マーティン、フルート奏者のニコディモスなど、メルボルンを拠点に活動する秀逸なミュージシャンも参加している。マリオ・カルダートに関しては、ビースティ・ボーイズやセウ・ジョルジとの仕事はもはや伝説的です。


ハイエイタス・カイヨーテは、いつも自分たちが制作するアルバムを小宇宙、完全な生態系と見なしてきたという。『Love Heart Cheat Code』では、バンドは音楽と連動した強い視覚的世界を構想し、スリランカ出身でトロントを拠点に活動するマルチメディア・アーティストのラジニ・ペレラ(Rajni Perera)とコラボし、彼女の絵画をアルバムのアートワークとして使用した。


そして、イラストレーターのクロエ・ビオッカとグレイ・ゴーストがバンドとコラボレートし、ラジニの絵と対になるビジュアル・シンボルと関連する工芸品をプロジェクトの各トラックに制作した。


それらの工芸品は、Bauhausのように実際の製品、カスタム・ジュエリー、食用品へと姿を変え、インスピレーションに溢れていたり、幽霊が出そうなものまでさまざま。やがてこのことが、バンドが空想上の場所、''ラブハート・チートコード・スーパーマーケット''を構想するきっかけとなりました。


バンドは、これらの商品を作り、販売し、棚を積み上げ、通路を掃除する従業員である。現代社会のため、芸術媒体を「プロダクト」に作り変えるという非常に平凡な作業のプロセスの中で、バンドは、超越的で燦然と輝く音の魔法が凝縮されたアイテムや曲のひとつひとつに慰めを見出した。アルバムを通して、ハイエイタス・カイヨーテは、「知る」ことよりも「感じる」ことを強調している。彼らはDIYのクラフトの製造者であり、音楽に関してもそれは同様なのです。
 
 
 
 
『Love Heart Cheat Code』- Brainfeeder  フューチャーソウルの先にある革新性


オーストラリアのハイエイタス・カイヨーテは、ロンドンのNinja Tuneの傘下のBrainfeeder(フライング・ロータスのレーベル)に所属し、今作はリミックスや日本盤を除いて、4作目のオリジナルアルバムとなる。
 
 
 
2013年からリリースを重ねてきたハイエイタスは、デビューから十年以上が経過しているが、意外と寡作なグループとして知られている。現時点では、年間およそ100本以上のハードなライブスケジュールをこなす中、ライブバンドとして誰も到達しえない完璧主義や超越性を追求しようと試みる。
 
 
最新作では、2021年のアルバム『Mood Valiant』から引き継がれるハイエイタス・カイヨーテの唯一無二のアウトプットーーフューチャー・ソウル、フューチャー・ベース、チル・ステップーーというR&Bの次世代の音楽をとりまきながら、最大主義の刺激的なダンスミュージックを展開させる。
 
 
このアルバムを聴いていてつくづく思うのは、彼らは音楽的な表現において、縮こまったり、萎縮したり、置きに行くということがないということ。それはまた''既存の枠組みの中に収まり切らない無限性が含まれている''という意味でもある。だから、音楽がすごく生き生きとしていて、躍動感に満ち溢れている。バンドアンサンブルによってもたらされるエナジーは内側にふつふつ煮えたぎり、最終的に痛烈な熱量として外側に放出される。エナジーの最後の通過点にいるのが、ボーカル/ギターのナオミ・ザールフェルトだ。一切の遠慮会釈がないサウンドと言えるが、それはバランスの取れた録音技術の助力を得て、ハイクオリティに達し、かつてのプログレ・バンドやジョージ・クリントンのFankadelicのような傑出した水準の演奏技術に到達している。
 
 
本作のサウンドは、録音出力の配置(Panの振り方)に工夫が凝らされ、ライブステージの演奏位置、ボーカル、ドラムが音の位相の中心にあり、左右側にシンセやギター/ベースが置かれるという徹底ぶりに驚かされる。特にドラムのトラックの音質が素晴らしく、重低音を強調していないのに、スネア/タムの連打が怒涛の嵐のように吹き荒れ、微細なビートを刻むリムショットがバンドの演奏にタイトな印象をもたらす。例えるなら、ライブステージでハチャメチャなサウンドを展開させるバンドの背後で、卓越したドラムが、無尽蔵に溢れてくるサウンドを司令塔のように一つに取りまとめている。どれだけボーカルやギターが無謀にも思える実験的な試みをしようとも、全体的なサウンドが支離滅裂にならないのは、ビート/リズムを司るペリン・モスの安定感のあるドラムプレイが、一糸乱れぬアンサンブルの基礎を担っているからなのです。
 
 
ただ、もちろん、そういった音楽の革新性に重点を置いたサウンドだけを取りざたにするのはフェアではないかもしれません。前作『Mood Valiant』から受け継がれる音楽性の範疇にある、まったりとしてメロウなフューチャーソウル/フューチャーベースに、ブレイクビーツの手法を交え、カニエ・ウェストの最初期のようなブレイクビーツのサイケ・ソウル風のテイストを漂わせることもある。そういった面では、少し性質が異なるにせよ、北欧のLittle Dragon(リトル・ドラゴン)のようなカラフルで多彩なR&Bのテイストを込めたダンスチューンの系譜に属するかもしれません。


アルバムの序盤は、このレーベルらしい立ち上がりとなっていますが、中盤からだんだん凄みを増していき、クライマックスで圧巻のエンディングを迎える。バンドの演奏は超絶技巧の領域に達し、高水準の録音技術によって誰も到達しえぬ場所へとリスナーを導く。少なくとも、後半部の卓越性を見るかぎり、ハイエイタスの最高傑作が誕生したとも見ても違和感がなく、”フューチャーソウルは次なる音楽に近づいた”とも考えられる。一貫してエキセントリックな表現を経た後、最終的にコンセプチュアルなエンディングを迎える。そう、ハイエイタスは、異次元の地点、線、空間を飛び回り、想像しがたい着地点を見出す。

 
 
本作の冒頭を飾る「#1 Dream Boat」は、ピアノ、ハープ(グリッサンド)、ストリング等の演奏を織り交ぜ、ビョークの『Debut』の音楽性の系譜にあるミュージカルとしてのポピュラーミュージックを演出する。ナオミ・ザールフェルトのボーカルは、本作の冒頭にマジカルなイメージを添える。本作では、唯一、古典的なR&Bバラードを踏襲し、次の展開への期待感を盛り上げる。”この後、何が起こるのか?”と聞き手にワクワクさせるという、レコードプロダクションの基本が重視されている。


もちろん、演出的な効果は、ブラフや予定調和に終始することはありません。ナオミ・ザールフェルトの伸びやかなビブラートとホーンセクションを模したサイモン・マーヴィンのシンセの掛け合いにより、ドラマティックなイメージを呼び覚ます。


その後、フューチャーベースのリズムを活かした「#2 Telescope」が続いている。リズムとしてはダブステップにも近く、音楽のビートは複雑であるものの、一貫してシンプルな旋律とボーカルのフレーズが重視され、聞きにくくなることはほとんどなく、ビートやリズムが織りなすグルーヴを邪魔せぬように、ザールフェルトは軽快で小気味よいボーカルを披露している。「Telescope」を中心としたリリックを組み上げ、無駄な言葉が削ぎ落とされている。実際、アンセミックな展開を呼び起こし、シンガロングを誘発する。これらはハイエイタスが、リリックー言葉を「音楽の一貫」として解釈しているがゆえなのでしょう。
 
 
 
 
 「Telescope」
 
 
 
 
序盤は聞きやすく、メロウなネオソウルが多く、安らいだ雰囲気を楽しめる。それほどコアではない初心者のR&Bのリスナーにも聞きやすさがあると思われる。「# 3 Make Friends」は、アーバンなソウルとしても楽しめますが、注目しておきたいのは、70年代の変拍子を交えたクラシックなファンクソウルからのフィードバックです。


基本的には、今流行りのループ・サウンドをベースにしていますが、ゼクエンス進行(楽節の移調)に変奏を交えたカラフルな和音を持つ構造性を込め、シンプルな構成を擁する曲に変化とバリエーションをもたらす。


これが曲を聴いていて心地よいだけでなく、全然飽きが来ない理由なのでしょう。それと同様に、「#4 BMO Is Beatutiful」でも、ハイエイタスはクラシックなファンク・ソウルに回帰し、ファンカデリックやパーラメントの系譜にあるディープなブラックソウルに現代的なエレクトロニックの要素を付け加えている。カーティス・メイフィールド、ジェームス・ブラウンの系譜にあるファンクバンドのプレイはもちろん、ボーカルにも遊び心が込められているようです。
 
 
序盤の2曲は、難しく考えずに、シンプルにメロディを楽しんだり、ビートに身を委ねることができるはず。同じくファンクソウルの系譜にある「#5 Everything Is Beautiful」は、古典的なR&Bの系譜を踏襲していますが、イントロのスポークンワードからラフに演奏が始まり、裏拍を強調するスラップ奏法のベース、しなやかなドラムとフェーザーを掛けたカッティングギターが軽妙なグルーブを生み出す。ボーカルも比較的古典的なソウルシンガーの影響下にある深みのある泥臭い歌唱を披露し、グループとしては珍しくブルースのテイストを引き出す。さらにフルートの導入を見ると、アフロソウルからの影響もあり、心なしかエキゾチックな雰囲気が漂う。

 
アルバムの序盤で、R&Bの入門者の心をがっしりと掴んだ後、中盤にかけてディープなソウルを楽しむことができます。そして、しだいに音楽そのものが深みを増していくような印象は、劇的なクライマックスの伏線ともなっている。ツーステップの系譜にあるダブステップ風のリズムで始まる「#6 Dimitri」は、アフロビートの原始的なリズムと合わさり、フューチャー・ビートの範疇にあるエレクトロニックと結び付けられる。強拍が次の小節に引き伸ばされるシンコペーションを多用した曲の構造は、ボーカルのハネの部分に影響を及ぼし、旋律的には上昇も下降もない均衡の取れたザールフェルトの声にスタイリッシュでカラフルな印象を及ぼす。アコースティック・ドラムの演奏を録音後、ミックスやマスターの過程でエレクトロニックとして処理するという点も、Warp/Ninja Tuneが最近頻繁に活用している制作方法。ここにも、ロンドンの最前線のポップ/ダンスミュージックのフィードバックが反映されていると言えそうです。 
 
 
 
その後、ハイエイタス・カイヨーテのエレクトロニックポップバンドとしての性質を色濃く反映させた「#7 Longcat」において終盤の最初のハイライトを迎える。心地よいエレクトリックピアノ、ループサウンドとしてのシンセサイザー、多重録音を含めたボーカルアートの範疇にある声といった複数の要素が織り混ぜられ、それらがギターのミュージック・コンクレートと掛け合わされると、最初期のSquarepusher(スクエアプッシャー)のような未来志向の電子音楽ーーSFの雰囲気を擁するエレクトロニックの原型が作り出げられる。マニアックな要素にポピュラリティを付与するのが、フューチャーソウルの系譜にあるボーカル。90年代のWarpのテクノへのオマージュもあるにせよ、何よりそれらが聞きやすいR&Bとして昇華されているのが秀逸です。
 
 
 
 「Longcat」
 
 
 
 
以降、このアルバムは、メロウなアーバンソウル、チルウェイブ(チルステップ)、ローファイをシームレスにクロスオーバーしながら、アルバムのクライマックスへと向かっていきます。即効性のあるバンガー、それとは対極にある深みのある曲を織り交ぜながら、劇的なエンディングへ移行していく。



「#8 How To Meet Yourself」は、ニューヨークのシンガー、Yaya  Bey(ヤヤ・ベイ)の系譜にある真夜中の雰囲気を感じさせるアンニュイなソウルとして楽しめる。Ezra Collective(エズラ・コレクティヴ)のようにアフリカの変則的なリズムとジャズのスケールを巧みに織り交ぜ、アーバンソウルのメロウな空気感を作り出す。ピアノの演奏がコラージュの意図を含めて導入されますが、これらの遊び心のあるアレンジこそ、インプロバイゼーションの醍醐味でもある。この曲では、表向きには知られていなかったハイエイタスの上品な一面を捉えることができるでしょう。
 
 
「Longcat」、この後の「Cinnamon Temple」と合わせて聴き逃がせないのが、続くタイトル曲「Love Heart Cheat Code」となるでしょう。ハイエイタス・カイヨーテの最大の持ち味であるフューチャー・ソウルをサイケデリック風にアレンジし、前衛的なR&Bの領域へと脇目も振らず突き進んでゆく。ボーカルの"Love Heart Cheat Code"というフレーズに呼応する、セクションに入るドラム/サンプラーのサイケデリックなエレクトロニックの対比により、マイルス・デイヴィスの「モード奏法」をフューチャーソウルの形に置き換え、革新的な気風を添える。レビューの冒頭でも述べたように、これは、ハイエイタス・カイヨーテが、ボーカルを言葉ではなく、音楽の構成要素、"器楽的な音響効果"として考えているから成しえることなのかも知れません。
 
 
「#10 Cinnamon Temple」は''ポスト・バトルズ(Post- Battles)''とも称すべき必殺チューン。特に、ドラムのスネア/タムの連打の瞬間、そして、エレクトロニクスを交えたボーカルの多重録音にレーベルの録音技術のプライドが顕著に伺える。ボーカルアートと古典的なソウルの系譜にあるボーカルのスタイルを交えながら、Battles、Jaga Jazzistの系譜にある変拍子を強調したプログレッシヴロックサウンドへと昇華させる。
 
 
ハイレベルな演奏力とテクニカルな曲の構成を擁しながらも、分かりやすさと爽快感があるのは、サウンドのシンプル性を重視しており、エナジーを外側に向けて軽やかに放射しているがゆえなのでしょう。ここにも、ボーカルのアンセミックなフレーズをコラージュのように散りばめるという、ハイエイタスの独自の音楽の解釈が伺える。


そして、コンセプト・アルバムのような形で始まった本作は、クローズ曲「#11 White Rabbit」において、エキセントリックな印象を保ちながら、オーストラリアの民族的なルーツに回帰します。アルバムの冒頭と同じように、ミュージカルを模したシアトリカルな音楽効果を織り交ぜ、インダストリアル・メタルの要素を散りばめて、前衛的なノイズのポップネスーーハイパーポップ/エクスペリメンタルポップーーの最も刺激的なシークエンスを迎えます。
 
 
音の情報量が多いので、『Love Heart Cheat Code』は、ヘヴィーなレコードフリークであっても、簡単には聴き飛ばせず、一度聴いただけでは全容を把握することは難しいかもしれません。しかし、その反面、初見のリスナーでも親しめてしまうという不思議な魅力に溢れている。ある意味、ブラジルのニューメタルバンド、Sepulturaの傑作『Roots』と同じように、本作もまたオーストラリアのバンドにしか存在しない”スペシャリティ”から生み出されたものなのかもしれません。



 
 
 
 
 
 
92/100



 

 Best Track-「Cinnamon Temple」
 



Hiatus Kaiyote(ハイエイタス・カイヨーテ)による新作アルバム『Love Heart Cheat Code』はBrainfeederから本日発売。アルバムのストリーミング/購入はこちらから。(日本のリスナーは、Tower Records、HMV、Disc Unionで入手しよう‼︎)