zakè 『Veta』
Label: zakè Drone Recording
Release: 2024年6月24日
Review
zakèは、ザック・フリゼル(Zack Frizzell)のプロジェクトで、「Past Inside the Present」のレーベルオーナーでもある。反復と質感のあるアンビエント・ドローンが彼のオーディオ・アウトプットの真髄。ザック・フリゼルは、Pillarsのオリジナル・ドラマーとして活動し、以前、"dunk!records / A Thousand Arms"から「Cavum」をリリースし、高評価を得た。dunk!recordsからの初のソロ・リリースは、スロー・ダンシング・ソサエティとのコラボ・リミックス・トラックで、ピラーズの「Cavum Reimaged」2xLPに収録されている。ザック・フリゼルはかなりハイペースでリリースを重ね、今年3月に発表された『B⁴+3 』からすでに4作目のリリースとなる。
『B⁴+3 』では古典的なアンビエントサウンドを制作したザック・フリゼルであるが、今作ではシネマティックなドローンサウンドを聴くことができる。ヘンリク・グレツキのメチエを電子音楽として組み上げ、そしてそれを彼特有の清涼感溢れるアンビエントサウンドに昇華させている。今作では、ホーン・セクションをリサンプリングし、それらをオーケストレーションのように解釈している。何より、ザックのアンビエントが素晴らしいのは、録音やミックスにおけるこだわりを見せつつも、心地よさのあるアンビエントを制作していることである。ザックは絶えず、音の大小のダイナミクスを緩やかな丘のように組み上げ、心地よいウェイブを作り出す。彼のアンビエントは音響的ではなく、どちらかと言えば、ウェイブやヴァイブスを意味する。
最近のアンビエントのトレンドは、低音域や重低音を強調したサウンドが多くなってきているが、このアルバムも同様となる。10分以上の長尺の曲が2つ収録されたEP「ミニアルバム)のような構成となっている。そして、フリゼルは最新鋭のデジタルレコーディングの技術を駆使し、シネマティックなサウンドを組み上げる。オープニングの「Veta」は、ほんの些細なミニマルなフレーズを元に壮大な音響空間を構築する。幾つものホーンのサンプリングが海の波のように寄せては返す中、オーケストラ・ストリングスを模したシンセのシークエンスを配する。
雄大さと繊細さを兼ね備えた抽象的なエレクトロニックは、このプロデューサー特有のサウンドといえる。「Bewrayeth Vol.2」は、パン・フルートの音源をストリングに見立て、中音域から低音部を強調したサウンドだ。前の曲と同じように、一小節のフレーズを音の大小、トーンの微細な変化、そして音の抜き差しによってバリエーションを生み出す。この作曲構造に関して、zakèの作風がミニマルテクノの延長線上にあることを暗に示唆している。そしてもう一つの特徴は、音響的なノイズ性を徹底的に引き出しながら、その果てにある奇妙な静寂を作り出す。
この作品では、電子音楽家としての実験的な試作にとどまらず、アイスランドのヨハン・ヨハンソンが生み出したモダン・クラシックの範疇にある「映画音楽としてのアンビエント/ドローン」の作風に近い曲も収録されている。
お馴染みのコラボレーターであるダミアン・デュケ(City Of Dawn)が参加した「Glory」では、木管楽器の演奏を取り入れて、沈鬱でありながら敬虔なドローンの響きを、短いパッセージを積み重ねながら作り出している。
これは今は亡きアイスランドの英雄であるヨハンソンが映画音楽という領域で取り組んでいた作風で、その遺志を継ぐかのようだ。葬礼を思わせる厳粛な音の運びは、ブラームスの交響曲のような重厚な感覚に縁取られる。本楽曲は電子音楽におけるオーケストラの意義に近く、古典派の作曲家がいまも生きていたのなら、こういった曲を制作していたのではと思わせる何かがある。
本作のクローズ曲「Memorial」では、それらの重苦しさは遠ざかり、祝福的なドローンをザックは制作している。オープナーと同じように、ホーン・セクションの録音、リサンプリングにより、トーンの変容を捉えながら、アンビエントの理想的な安らかさを生み出す。ミュージック・コンクレートの範疇にあるエレクトロニック作品で、シンプルな構成から成立しているが、録音としては非常に画期的。エレクトロニックをオーケストレーションのように解釈しているのもかなり斬新であり、現行のエレクトロニックシーンの良い刺激剤となるかもしれない。
82/100