HOMESHAKE 『HORSIE』: Review

 HOMESHAKE 『HORSIE』

 


 Label: SHHOAMKEE

Release: 2024年6月28日


Review

 

2024年始め、ローファイ/スラッカーロックの良作『CD Wallet』を発表したカナダのソロミュージシャン、ピーター・サガーは今期二作目のフルアルバム『Horsie』をリリースした。サガーはマック・デマルコのバックバンドで活躍していた。そういう経緯もあってか、カナダのミュージシャンであるものの、アメリカのミュージックシーンをよく知っており、それらのどの部分を自らのソングライティングに活かすかを知り尽くしている。

 

つまり、ピーター・サガーのローファイのアウトプットは、西海岸のローファイ/チルアウトをデマルコ風のユニークなベッドルームレコーディングや荒削りなオルトロックで包み込むという感じ。よりシンプルに言えば、Ariel Pinkを彷彿とさせるトリッピーでサイケなスラッカーロックとデマルコのオルタナティヴ性を継承し、それをHOMESHAKEの作風としているのである。


トリップ感のないものをローファイと呼ぶことはむつかしい。その点では、サガーのギターロックは奇妙な浮遊感を伴う。ただ、前作アルバムは、ティーンネイジャーの多感な時代の記憶を元に制作された。解釈次第では、青春の鬱屈とした苛立ち、内省的で憂鬱な感覚をときに激しいディストーションギターに乗せて歌っていた。一見して穏やかに見えるが、その中に激しいエナジーを持ち合わせていたのだ。一般的に言われるように、ボーカルはたしかにマック・デマルコのようにまったりしていてメロウなのだが、それとは対象的なスロウコア/サッドコアの影響下にある苛烈なオルタナティヴのスピリットが前作『CD Wallet』には貫流していたのである。


 

『HORSIE』は前作と同じくローファイやスラッカーロックの延長線上にある。が、実際の作風は驚くほど対照的。いわばシリアスに傾きすぎた音楽性にユニークな風味を添えたという感じだ。先行シングルのミュージックビデオではアーティスト自ら宇宙人に扮して、カルフォルニアの荒野を歩き回るという、かなり興味深い内容を見ても、それは瞭然と言えるのではないか。

 

このアルバムは、前作の真面目なインディーロッカーとは対象的に、きわめて親しみやすいミュージシャンとしての姿が浮かび上がる。そして、ギターとローファイなビートを織り交ぜて制作された前作に比べると、シンセの演奏を交えたり、リル・ヨッティのようなヒップホップ寄りのビートを配置したり、テーム・インパラのようなサイケ性をコラージュのように散りばめ、2020年代のミクスチャーロックの形を探求している。そのことを象徴づけるのがオープナーの「Ravioli」。ファイナルファンタジーのオープニング曲を想起させるシンセのアルペジオから入り、彼自身のチルウェイブに根ざしたヴォーカル、ボーカル・サンプリングをサイケ風にアレンジしたりと、前作より遊び心のあるオルトロック・サウンドが築き上げられていることがわかる。しかし、HOMESHAKEの音楽性の中核を担うアンニュイなスロウコア/サッドコアの系譜にあるオルタナティヴ性は、今作のリスニングの際に引き続き重要なポイントとなるだろう。

 

例えば、続くタイトル曲は『CD Wallet』の延長線上にあるトラックと言えよう。ダウナーな感覚を放つギターの録音を基底にして、ローファイビートを背後に配置し、抽象的なメロディラインのボーカルを紡いでいく。そして、その後、断片的なピアノの録音を散りばめ、暗鬱なエモーションを作り上げる。内省的な感覚に縁取られているのは事実なのだが、他方では、この曲には90年代のエモのような奇妙な安らぎがある。そして、アルバムでは70年代,、80年代風のハードロックのギター・ソロも登場する。いわば新旧の音楽がカオスに入り混じっている。

 

前作に比べると、シューゲイザー・サウンドのようなフィードバックギターが出現することは稀で、チルウェイブの範疇にあるスロウなロックソングがアルバムの序盤の印象を形成している。「Dinner Plate」は、ドラムとベースの演奏を中心とし、ジャジーな雰囲気を持つトラック。ただ、全般的なローファイの録音性とサガーのゆったりしたボーカルが入ると、R&Bのようなメロウなエモーションを生み出す。彼の音楽やボーカルは、シンセの穏やかな海の上を漂うかのように揺らめき、曲の後半では、バックバンドの演奏者としての経験が生かされ、ブルージーなギターソロがそつなく入る。最近、ギターソロをカットしたり、曲の構成の一部分に組み込んだりする場合が多いのは、ソロプレイを嫌悪するリスナーが多いからだという。それでも、音楽に浸るという側面で、演奏者のソロは曲の重要な構成要素であり、次の流れを呼び込むためにも必要不可欠だ。合理主義的な音楽が目立つ中、無駄を恐れない音楽ほど素晴らしいものはない。合理主義や省略主義が行き過ぎると、音楽をつまらなくする要因となってしまう。

 

HOMESHAKEは、完璧主義を目指すのではなく、それとは対象的に弱点ともいうべき性質を彼自身の作風に織り込んでいる。それはそのままアルバムの親しみやすさへと繋がる。

 

「Blunk Talk」は、イントロのシンセのウェイブを起点として、インディーロックへと繋がるが、ギター/ボーカルにデチューンをかけ、ローファイ/サイケのスペシャリティを探求している。それほど低音は出ないが、POOLSIDE(ジェフリー・パラダイス)の系譜にあるモダンなチルウェイブを独特な世界観へと繋げる。また、ピーター・サガーは映画好きということで、ここには、彼のホラー映画趣味やSF映画趣味が反映されている。他のメディアからの影響は、この曲にオリジナリティを付加している。


続く「On A Roll」でも、ローファイをベースに、トロピカルなテイストを添えている。これはどちらかと言えば、デマルコの系譜にあるリラックスしたトラックとして楽しめるはず。 同じように「Smiling」もまた、デマルコの作風を踏襲し、ゆったりとしたテンポの曲の中で、エレクトリック・ピアノの演奏を交えながら、アンニュイなローファイサウンドの魅力を引き出す。

 

以後、シンセサウンドの重点を置いたチャズ・ベア(Toro Y Moi)を彷彿とさせる西海岸の気風を反映したチルアウトのナンバーが際立つ。先行シングルとして公開された「Nothing 2 See」は、ミュージックビデオも映画のワンカットのように楽しめるし、トラック自体もヒップホップ/チルアウトの良曲だ。今作の重要なテーマと思われる遊びや冒険心を、ボーカルのループやローファイビートを形成するリズムトラックを元にし、HOMESHAKEらしい独特なサイケデリックな世界観を確立させる。大規模のスタジオレコーディングとは対極にあるホームレコーディングの録音技術は、ハンドクラフトのサウンド、DIY、そして荒削りな音の質感を作り出す。シンセサウンドをメインにしているがゆえか、次曲「Simple」は、ジェイムス・ブレイクの最近の音楽性に近い。ポピュラーソングをベースにしているものの、ネオソウル風のテイストが漂う。

 

『HORSIE』のシンプルでストレートなサウンドは、回りくどい印象もあったHOMESHAKEの作風に軽やかさと聞きやすさという利点をもたらしている。この点については、幅広いリスナーに親しまれる可能性があるかもしれない。終盤に至っても、サガーは音楽のムードやテイストという点に重点を置き、ミックステープのように、自作のリミックスサウンドに見立て、アルバムの最終盤を緻密に構築している。さらに、終盤では、ミュージシャンとしての幅広い音楽的な背景、サガーのバックバンドとしての経験や体験が前のアルバムよりも色濃く反映されている。


「Easier Now」は、ジャズ、ヒップホップ、ローファイを結びつけ、それをシンプルなサウンドに昇華させる。ここでは前作の印象とは対比的な音楽の安らぎの瞬間を出現させる。アルバムの終盤を通じて、音楽性はよりメロウでスロウになる。眠りの前の微睡みのひとときを表すかのように。

 

「Believe」ではローファイ・ビートを背景に、ジャズ、R&B,ファンクと多角的な要素を織り交ぜ、軽快なビートを作り出す。「Empty Lot」は、前作の系譜にあるスロウコア/サッドコアのギターロックを、ヒップホップのローファイの観点から組み替える。本作はサガーの秀逸なビートメイカーとしての性質が際立つが、最後のトラック「Ice Tea」だけは別。フィードバックを活用したギターサウンド、ネオソウル風のピッチのよれたボーカルがマイルドで落ち着いたギターサウンドに縁取られ、トリップ感を引き起こす。ティーネイジャーの記憶を反映させたのが『CD Wallet』と仮定づけるなら、本作はHOMESHAKEの二十代の頃の記憶と言えそうだ。

 

 

80/100
 
 
 


HOMESHAKEによるニューアルバムは『HORSIE』は6月28日から発売中。ストリーミング/ご購入はこちら