Review :  Loma 『How Will I Live Without A Body?』  

 Loma 『How Will I Live Without A Body?』


 

 

Label: Sub Pop

Release: 2024年6月28日



Review   


 

テキサス出身のオルトロックバンド''Loma''は、限られたリソースから創造性溢れる音楽性を作り上げた。


制作時にはAIからの返答を得たりと新たな試みも行われた。レコーディングでは、木管楽器を取り入れたり、ブライアン・イーノからのエレクトロニックの手法を受け継いだりというふうにオルトロックバンドとして多種多様な工夫が凝らされている。このアルバムはそういった制約のある中で、どういった新しいサウンドが生み出せるか、試行錯誤のプロセスが示されている。

 

ひとえにオルト・ロックといっても、シューゲイザー/ドリーム・ポップ、パンク、ポスト・パンクやニューウェイヴの系譜にあるサウンド、さらには、2010年代頃にニューヨーク周辺のベースメントで流行したサーフロックや60年代の古典的なロック、古典的なハードロックをモダンにアレンジしたものまでかなり広汎に及ぶ。その他にも、エモやパンクなどをごった煮にしたサイケデリックなサウンドもある。ただ、リバイバルのような意味を持つオルトロックは、ジャンルの最前線のイギリスのロンドンやアメリカのニューヨークの事例を見ると、2020年代に入り、新しいものが容易に出てこないため、やや停滞化しつつあるのは事実である。


そういった側面から言うと、ロマは硬化しかけたオルトロックシーンに新風を吹き込むような存在である。メンバーはバンドのサウンド、制作している音楽に対して無自覚な場合が見受けられるが、面白い概念や新しい表現は、必ずしも自覚的に生み出されるわけではない。それがライブセッションの結果、もしくは制作過程の試行錯誤の段階で恣意的に発生する場合がある。

 

これまでのロックシーンでは、暗鬱な感情性に浸された音楽というのがいついかなる時代も存在した。本作も同じように、近年、多くのオルトロック・バンドが忌避してきた暗さを徹底的に活かそうとしている。ロマは、内面の奥深くに生じた海の底を覗き込むかのように、内省的な悲しみを吐露する。その憂いは、怒涛のように押し寄せるのではなく、一貫して冷静な感情からもたらされる。波打ち際を寄せては返すさざ波のように静かにひたひたと流れ込んでくる。


ようするに、Lomaの音楽は、夜更けの海岸のような寂しさと人気の無さを感じさせる。しかし、寂しさだけで終わるわけではない。その海岸の向こうに目を凝らすと、街の明かりがぼんやり見えたり、あるいは灯台のテラスサーチライトが暗い海の向こうを走るように、闇の向こうから温かい灯火がうっすら立ち上がる。そして最終的に、その純粋な結晶からなる悲しみは、地上にいる私達をそっと照らし出そうとする。さながら暗闇の中に生じた灯火を遠目にぼうっと見つめるような催眠性と神秘性を兼ね備えたオリジナリティ溢れる音楽と呼べるのである。

 

明晰な意識から作り出される音楽があるのと同様に、ぼんやりとした意識から生み出されるアンニュイなロックというのが存在する。多分、ロマの場合は後者に属している。いわば、抽象的で、夢現とか夢幻、ないしは、半睡とか微睡というような感覚である。彼らは、言葉では言い表しづらい意識状態を的確に捉え、彼らの得意とするオルトロックのフィールドに持ち込む。


ロマの音楽は目の覚めた状態とは対蹠点(アンティポデス)に位置する。しかし、明晰であることが制作者にとって必ずしも良いことだとは限らない。分からないもの、得難いもの、探求しつくせぬもの、跋渉しきれない限界が何処かに存在すること……。これらはバンドやミュージシャン、シンガーソングライター、DJ、プロデューサーにとっての幸福を意味する。それは、このアルバムにおけるロマの制作プロセスやテーマに関しても共通するものがあるかもしれない。

 

オルトロックの中にオーケストラやジャズの楽器を取り入れることは、現在、マンチェスターのCaroline、ロンドンのBC,NR、Goat Girlといったバンドが率先して取り組んでおり、ポストパンクの次世代のロックとしてミュージックシーンの一角を担っている。しかし、一方、これらは未曾有の音楽というわけでもない。例えば、カナダのGod Speed You Black Emperror、オーストラリアのDirty Three、アイスランドのSigur Ros、他にもRadhioheadなどが2000年代以降に取り組んでいたポストロックの原初的なモチーフの継承でもある。 さらに時代を遡ると、90年代頃にはジェフ・パーカーのTortoiseのようなバンドがジャズをロックの領域に引き入れ、前衛的な音楽を構築していた。ロマはこれらのポスト・ロックの第3世代に当たるグループとも言えよう。

 

ロマの音楽は、ドリーム・ポップからトリップ・ホップ、スロウコア、サッドコア、ジャズやクラシックのテイストを込めたロックまでかなり間口が広い。音楽的な多彩さが完全な形になったとまでは明言出来ない。


しかし、それでも、アルバムのオープニング「Please Come In」は目を瞠るような才気煥発の旋律性が感じられる。トラックにはグランジやトリップ・ホップ、それらの表面上の音楽性を覆うゴシック的なニュアンスが渾然一体となり、バンド特有のオルトロックのスペシャリティが築き上げられる。


そして、サイケデリックに傾く場合もある音の塊は、実験的なサウンドプロダクションを通じて新奇性がもたらされる。ロック・バンドにとって、ジャズやクラシックで使用される楽器を録音に導入することは、2024年では稀有な事例ではなくなったということが分かる。これらはまだ散らかっていて、まとまりのないサウンドの範疇にあるが、バンドの未来の有望性や未知の潜在的な能力がそれらの弱点を補って余りある。

 

90年代のミクスチャーの領域は、今やロックやメタル、パンクに付随するジャンルにとどまらず、従来では考えられなかったような意外なジャンルへと概念を広げようとしている。中盤に収録される「Arrythmia」、「Unbraiding」、「How It Starts」といった楽曲はロマが一般的なロックバンドではなく、つまり''オルトの末裔''であることのエヴィデンスともなっている。上記の三曲はポストクラシカルの範疇にあり、特に「How It Stars」ではガブリエル・フォーレの「Sicilienne- シシリエンヌ」をモチーフにし、それらをゴシック的な雰囲気によって縁取っている。


「Arrythmia」、「Unbraidin」はアイスランドのクラシカルな音楽性の系譜にある。この曲では彼らの暗鬱な音楽性を付け加えている。ジャズのリズムを元に曲を展開させ、最終的にはクラシカルとロックのクロスオーバーを図っている。クラシックロックというと、まったく意味が異なるので、適切な呼称とは言えないが、上記の三曲には少なくとも新鮮な気風が漂っている。

 

ロマはクラシカルの他、ジャズ、実験音楽の要素を実験的に取り入れる場合もある。トータスが90年代にPro Toolsでエレクトロニック・サウンドをトラックに導入し、新しいスタイルを生み出したのと同様に、ロマもオルトロックという領域でジャズをどのように調理できるかを模索している。


「Dark Trio」は、ジャズの文脈とサイケロックを結びつけ、Meat Puppetsのような南米のエキゾチックなテイストを持つ曲に昇華している。 また、ライヒ、グラスの系譜に属するミニマル・ミュージックの要素とエレクトロニック、ロックを結びつけ、「A Steady Mind」という形に昇華している。次いで民族音楽からの影響もある。「I Swallowed Stone」では、ガムランの打楽器をイントロのモチーフにし、ピアノのサンプリングを散りばめながら、トリップ・ホップやネオ・ソウルをオルトロックの領域に持ち込もうとしている。そしてボーカルから引き出される暗鬱な感情性が、それらの前衛的な手法と合わさり、稀にポピュラリティを及ぼす場合がある。

 

中盤は実験的な音楽性が目立ち、先鋭的な印象を受けるが、終盤に至ると、バンドの才覚煥発の瞬間を捉えられる。


「Pink Sky」は、トリップ・ホップ、サイケ、ローファイを結びつけており、ロマの特性である暗鬱な叙情性がボーカルとバンドサウンドによって立ちのぼってくる。様々な試みを通じて制作された本作の中では、オープナー「Please Come In」と合わせて「Affinity」が異彩を放っている。ロマはバロック・ポップ、フレンチ・ポップ(イエイエ)、ボサノヴァといった複数のジャンルを手繰り寄せ、アンセミックな瞬間を作り上げることに成功している。この曲の中で導入された木管楽器は、表向きのイメージとは異なり、スタイリッシュな感じの音楽性を生み出す。

 

クローズは、エリオット・スミスの作風を彷彿とさせ、サッドコアとオルトフォークの融合というテーマが見受けられる。収録曲は、表面的には前衛的な要素が押し出されているようでいて、トリオのオルタナティヴに対する普遍的な愛情が溢れている。それが結果的には派手ではないにせよ、本作を聞き終えた時、温かさを感じさせる理由なのだろう。もしかすると、グランジの次世代の音楽ーーPost-Grungeーーというのは、こういったスタイルになるかもしれない。

 

「Please Come In」、「Affinity」にはテキサスのバンドの才気煥発の瞬間が捉えられる。曲としてもかなり素晴らしい。音楽を一点に集中させると、さらに良質な作品が出来上がるかもしれない。

 

 

 

78/100 

 

 

Best Track-「Please Come In」