【Review】 Passepartout Duo and Inoyama Land  『Radio Yugawara』

Passepartout Duo and Inoyama Land  『Radio Yugawara』

 


Label: Tonal Union

Release: 2024年7月26日

 

 

制作背景:


パスパルトゥー・デュオはニコレッタ・ファヴァリ(イタリア)とクリストファー・サルヴィト(イタリア/アメリカ) によって結成され、2015 年以来世界を旅して「スローミュージック」と呼ぶ創造的な楽曲を発表している。 

 

著名なアーティスト・レジデンスのゲストや文化スペースでのライブ・パフォーマンスなど彼らはカテゴラ イズされる事なく活動して来ました。定住地を持たない彼らの音楽的巡礼の旅は最初 2019 年に日本を訪問。

 

この時に環境音楽と深く結び付いた事でサウンドに没頭し、2023 年に日本を再び訪れた彼らは 井上誠と山下康によるイノヤマランドの音楽に再会します。イノヤマランドは、細野晴臣がプロデュースしたアルバム「Danzindan-Pojidon」(1983 年)やグラミー賞にノミネートされたコンピレーション・アルバム 「KANKYO ONGAKU」(Light in The Attic Records)のリイシューも含めて世界的に高い評価を得ているデュオ。ニコレッタは、イノヤマランドに連絡を取ることに成功し、彼らの熱意が受け止められて今作の即 興セッションを行う事になったのです。


「デュオであることの意味、そして音楽を通じて人々がつながることの意味を深く考えている」


今作『Radio Yugawara- レディオ・ユガワラ』は 、ロンドンのTonal Unionから来週発売予定です。2023 年に井上誠の故郷である湯河原でレコーディングされました。彼の実家は幼稚園を運営しており敷地内のホールで行われたのです。

 

パスパルトゥー・デュオが到着すると、ホールには 4 つのテーブルの輪が用意されていました。テーブルには、ハンドベル、グロッケンシュピー ル、木琴、リコーダー、メロディカ、ハーモニカなど子供用の楽器が丁寧に並べられていたのです。テー ブルの周りには様々なベルやウィンドチャイムが吊るされた棚があり、この環境の中でそれぞれの演 奏者は自分の電子楽器をセットアップしました。

 

(1)「電子楽器のみ」、「アコースティックのみ」、「両方の ミックス」、

(2)「お互いのデュオ」のメンバーを交代して演奏する「4 通りのデュエット」、

(3)「制約なしに 自由に演奏」の 3 つのセッションに時間が分けられ、3 時間以上の音源を制作している。

 

期待感の高まるオープ ニング”Strange Clouds”ではシンセサイザーのベッドとクロマプレーン(パスパルトゥー・デュオが設計し たタッチレス・インターフェイスと無限のオーガニック・サウンドを特徴とする手製のアナログ楽器)を使って作られた緑豊かな風景を描くサウンドで、アルバム 11 曲の下地となっています。”Abstract Pets” ではパーカッシブなパルス音が作品の心臓となりアーシーなサウンドがきらめくグロッケンシュピール やウィンドチャイムを迎え入れています。


レビュー:

 

アルバムの音楽は奥深い鎮守の森を探索するかのような神妙な雰囲気に縁取られています。パスパルトゥー・デュオとイノヤマランドは、スモールシンセサイザーを駆使し、精妙な感覚と空気感を作り上げる。全曲はインストゥルメンタルで構成されています。鉄琴、メロディカなどユニークで一風変わった楽器を用い、エレクトロニカやトイトロニカのような作風を序盤に見出すことができる。そして、デュオは湯河原の風景を象ったサウンドスケープを描きだしています。

 

例えば、「Strange Cloud」では、夏の変わりやすい天候を巧みに描写するかのように、空に雲が覆いはじめるような情景をシンセ等の楽器を駆使してユニークな音像を作り上げる。そしてパーカッシヴな効果も相まって、涼し気な音響効果を及ぼす。続く「Abstract Pets」では日本の祭ばやしのような音像を作り上げる。その音楽に耳を澄ますと、太鼓や神楽、神輿を担ぐ人々の情景が目に浮かんでくるかのようです。これらはエレクトロニカの範疇において制作されていますが、ニコレッタ・ファヴァリ(イタリア)とクリストファー・サルヴィト(イタリア/アメリカ)のデュオの遊び心のある楽器の選び方や演奏手段によって、ひときわユニークな内容となっている。

 

本作は環境音楽として制作されたと説明されていますが、どちらかと言えば、なんらかの情景を呼び起こすためのサウンドスケープとして序盤の収録曲を楽しめるはずです。一方、抽象的なアンビエントも収録されており、「Tangerine Fields」はシンセパッドを用い、シークエンスを作り上げ、メロディカや鉄琴などの楽器を演奏することで、情景的な感覚はもちろんのこと、エレクトロニカの系譜にあるサウンドが作り上げられる。シンプルな構成で、それほど音の要素も多くないものの、聴いていて安らぎがあり、癒やしのためのアンビエントとして楽しめるでしょう。

 

また、単なる実験音楽の領域にとどまることなく、アルバムの冒頭のように、神社にいったときに感じられるような神秘的な空気感、森の中をそよ風が目の前をやさしく駆けぬけたり、遠くの方で雲が流れていくような情景、そして、木の葉の先から雫が滴り落ちるようなとき、制作者が湯河原で体験したかもしれない情景が素朴なサウンドによって作り上げられています。現代の複雑なアンビエントとは異なり、原初的な電子音楽として聞き入らせるものがあるはずです。


その後、水の情景をモチーフにしたようなサウンドが続き、「Observatory」では、電子音楽における描写音楽にパスパルトゥー・デュオとイノヤマ・ランドは挑戦しています。水の滴るような柔らかい感覚の音をもとにして、マレット(マレットシンセ)などを使用し、それにグリッチサウンドやミニマル・ミュージックの範疇にある手法を交えることで、巧みなサウンドスケープを描き出しています。レイ・ハラカミが生前に志向していたような、サウンドスケープと電子音楽におけるデザインの融合というテーマの範疇にある楽曲として巧みに昇華されている。

 

アルバムの中盤にも注目曲が収録されています。「Mosaic」は抽象的なピアノの断片から始まり、その後にスモールシンセを駆使して精妙な感覚を作り出す。これらはアメリカのCaribouのデビューアルバムのような精妙な空気感を持つグリッチサウンドに近づいたり、ドイツのApparatのようなアコースティックとエレクトロニックを組み合わせた電子音楽へと近づいたりする。そしてシンプルなピアノも演奏の中に穏やかさと温和さ、もしくは稀に高い通奏低音をを組み合わせることで、テープディレイやアナログディレイなどを用いて逆再生のようなフェーズを設け、神秘的な音響性を作り出す瞬間がある。これはアルバムのハイライトの一つとなるかもしれません。日本の建築の神秘的な空間性を電子音楽の観点から切り取ったような曲です。


以降の2曲はアンビエントが収録されており、アルバムの序盤や中盤とは異なる雰囲気に縁取られています。「King In A Nushell」はアナログサウンドを重視しながらドローンのような抽象的な音像を作り上げている。一方、「Xiloteca」ではSFのようなダークなドローンのテクスチャーをイントロに配し、シロフォンのようなアフリカの打楽器の演奏を織り交ぜ、民族音楽とアンビエントの融合に取り組んでいる。これらはエスニックジャズをアンビエントや電子音楽の観点から組み直したという点で、やや革新的な音楽性が含まれているといえるかもしれません。

 

しかし、こういった実験的な試みもありながら、アルバムの終盤では、パスパルトゥー・デュオ、イノヤマランドはやはり序盤の収録曲のように、癒やしと清々しさに充ち、遊び心のある電子音楽に回帰しています。


「Solivago」では、逆再生のピアノとアンビエントのシークエンスを組みあわせ、神秘的な雰囲気を持つエレクトロニカを制作しています。その中にはやはりトイトロニカの系譜にある本来であれば子供のおもちゃのような楽器を取り入れ、Lullatoneのようなハンドクラフトのかわいらしい電子音楽の世界を築き上げる。これらは安らぐような印象を重視したアジア的なエレクトロニカとして聞き入ることが出来るはずです。

 

「Berceuse」も水泡のような音像をモジュラーシンセで作り上げています。サウンドデザインのような意図を持ち、夏の暑さをほんのりと和らげるような一曲となっています。本作のクローズ曲「Axioloti Dreams」でも同じような電子音楽の方向性が選ばれ、可愛らしい感じのエレクトロニカとなっている。ただ、曲の最後にはパルス音が用いられ、前衛的な試みが用意されています。

 

 

* 上記はレーベルからご提供いただいた11曲収録のオリジナル・バージョンのアルバムを元にレビューしています。 



 

 


78/100

 

 

 

本作はLP盤の他、日本盤も発売されます。セッションの様子、及び、リリースの詳細は下記よりご覧下さい。  



セッションの様子:









アーティスト : Passepartout Duo and Inoyama Land (パスパルトゥー・デュオ・アンド・イノヤマランド)
タイトル : Radio Yugawara (レディオ・ユガワラ)
レーベル : Tonal Union/p*dis
■国内盤 CD/PDIP-6611/店頭価格 : 2,500 円 + 税
バーコード : 4532813536118
*国内盤CDのみボーナストラック”Paper Theater”収録
■国内流通盤 LP/AMIP-0363LP/店頭価格 : 5,900 円 + 税
バーコード : 4532813343631



アーティスト : Passepartout Duo and Inoyama Land (パスパルトゥー・デュオ・アンド・イノヤマランド)
タイトル : Radio Yugawara (レディオ・ユガワラ)
レーベル : Tonal Union/p*dis
■国内盤 CD/PDIP-6611/店頭価格 : 2,500 円 + 税
バーコード : 4532813536118
*国内盤CDのみボーナストラック”Paper Theater”収録
■国内流通盤 LP/AMIP-0363LP/店頭価格 : 5,900 円 + 税

 


バーコード : 4532813343631


CD : Track list


1. Strange Clouds
2. Abstract Pets
3. Simoom
4. Tangerine Fields
5. Observatory
6. Mosaic
7. King in a Nutshell
8. Xiloteca
9. Solivago
10. Berceuse
11. Axolotl Dreams
12. Paper Theater *CD のみボーナストラック


LP : Track list


A1. Strange Clouds
A2. Abstract Pets
A3. Simoom
A4. Tangerine Fields
A5. Observatory
B1. Mosaic
B2. King in a Nutshell
B3. Xiloteca
B4. Solivago
B5. Berceuse
B6. Axolotl Dreams
B7 > end. (Locked Groove)

 

 


INOYAMALAND(イノヤマランド) バイオグラフィー:


1977年夏、井上誠(key)と山下康(key)は巻上公一プロデュースの前衛劇の音楽制作現場で出会い、メロトロンとシンセサイザー主体の作品を制作する。この音楽ユニットは山下康によってヒカシューと名付けられた。

 

同年秋、ヒカシューはエレクトロニクスと民族楽器の混在する即興演奏グループとして活動を始め、1978 年秋には巻上公一(B,Vo)、海琳正道(G)らが参入、リズムボックスを使ったテクノポップ・バンドとして 1979 年にメジャーデビューする。
1982 年以降、井上と山下はヒカシューの活動と並行して 2 人のシンセサイザー・ユニット、イノヤマランドをスタート、翌 1983 年には YMO の細野晴臣プロデュースにより ALFA/YEN より 1st アルバム『DANZINDAN-POJIDON』がリリースされた。

 

その後、二人は各地の博覧会、博物館、テーマパーク、大規模商業施設等の環境音楽の制作に携わる。1997 年に Crescent より 2nd アルバム『INOYAMALAND』、1998 年には TRANSONIC より 3rd アルバム『Music for Myxomycetes(変形菌のための音楽)』をリリースし、10 数年振りにライブも行った。21 世紀に入り 1st アルバム他、各アイテムが海外の DJ、コレクターの間で高値で取引され、海外レーベルよりライセンスオファーが相次ぐなど、内外の再評価が高まる。

 

2018 年、デュオ結成のきっかけとなった 1977 年の前衛劇のオリジナル・サウンドトラック『COLLECTING NET』、3rd アルバム『Musicfor Myxomycetes [Deluxe Edition]』、1st アルバム『DANZINDAN-POJIDON [New Master Edition]』、2nd アルバム『INOYAMALAND [Remaster Edition]』、ライブアルバム『LIVE ARCHIVES 1978-1984 -SHOWA-』、『LIVE ARCHIVES 2001-2018 -HEISEI-』を連続リリース。 中でも世界的に再評価されている。『DANZINDAN-POJIDON』は、オリジナルマルチトラックテープを最新技術で再ミックスダウン、マスタリング、ジャケットもオリジナルとは別カットのポジを使用し、新たな仕様にした事が評価された。

 

 

近年はアンビエントフェスのヘッドライナーを務めるなど、ライブ活動と共に海外展開も活発化。『DANZINDAN-POJIDON』をスイスの WRWTFWW から、委嘱曲のみのコンピレーションアルバム『Commissions:1977-2000』を米 Empire of Signs からリリース、2019 年には米 Light in The Attic 制作の、80 年代の日本の環境音楽・アンビエントを選曲したコンピレーションアルバム『環境音楽 Kankyō Ongaku』に YMO、細野晴臣、芦川聡、吉村弘、久石譲等と並び選曲され、同アルバムがグラミー賞のヒストリカル部門にノミネートされ、更なる注目が集まる。


2020 年、22 年振りとなる完全新作による 4th アルバム『SWIVA』、翌 2021 年に 5th アルバム『Trans Kunang』をリリース。リリースの前後にはクラブミュージックの世界的ストリーミング番組、BOILERROOM、国際的に芸術文化活動を展開する MUTEK、ほか OFF-TONE、FRUE、FFKT といったフェスティバル、各種音楽イベントへの出演を継続。
最新作は 2023 年 12 月リリースの『Revisited』(Collecting Net/ExT Recordings)。

 


Passepartout Duo(パスパルトゥー・デュオ)バイオグラフィー:

 

ニコレッタ・ファヴァリ(イタリア)とクリストファー・サルヴィト(イタリア/アメリカ)によって結成され、エレクトロ・アコースティックのテクスチャーと変幻自在のリズムから厳選されたパレットを作り上げるデュオ。2015 年から世界を旅して「スローミュージック」と呼ぶ創造的な楽曲を発表している。

 

アナログ電子回路や従来のパーカッションを使って小さなテキスタイル・インスタレーションからファウンド・オブジェまで様々な手作り楽器を駆使して専門的かつ進化するエコシステムを開発し続ける。著名なアーティスト・レジデンスのゲストや文化スペースでのライブ・パフォーマンスなどカテゴライズされる事なく活動。ウォーターミル・センター(米国)、スウォッチ・アート・ピース・ホテル(中国)、ロジャース・アート・ロフト(米国)、外国芸術家大使館(スイス)など世界各地で数多くのアーティスト・レジデンスの機会を得ている。また 2023 年には中之条ビエンナーレに参加し、4 月には”Daisy Holiday! 細野晴臣”に出演。2024 年には”ゆいぽーと”のアーティスト・イン・レジデンスとして来日し東北・北海道を訪れています。