JPEGMAFIA 『I Lay Down My Life For You』
Label : AWAL
Release: 2024年8月1日
Review
アブストラクト・ヒップホップの帝王の新作
JPEGMAFIAのラップは、いわゆる実験的で抽象的なヒップホップ、つまりアブストラクト・ヒップホップと呼ばれることがあり、リリックや音楽性の先鋭的な側面に焦点が絞られている。同時に、JPEGMAFIAは、ヒップホップというジャンルに必要以上にこだわることはあまりない。Danny Brownとのコラボレーションの時、彼はSlayerのカットソーを着ていた。ダニー・ブラウンもMayhemのシャツを着ていた。二人は揃って、どうやらコアなメタルのファンらしい。
当然のことながら、あるジャンルの音楽をやっているからと言えども、自分の関わる音楽ジャンルだけを聴いているアーティストはほとんどいないのではないか。そして、まったく無関係の音楽からヒントを得ることもあるだろうし、また、ライターズブロックが解消されるとき、想像もしないような方向から解消されるものである。最近のラップアーティストと同じように、JPEGMAFIAのラップも未知なる可能性に満ちていて、なにが次に起こるかわからないから興味深い。
このアルバムは、盟友であるダニー・ブラウンの昨年の最新作『Quaranta』に部分的に触発を受けたような作品である。序盤ではドラムのアコースティックの録音を織り交ぜ、不可解で予測不能なアブストラクトヒップホップが繰り広げられる。「i scream this in the mirror-」では、ノイズやロック、メタルを織り交ぜ、80年代から受け継がれるラップのクロスオーバーも進化し続けていることを感じさせる。メタル風のギターをサンプリングで打ち込んだりしながら、明らかにスラッシュ・メタルのボーカルに触発されたようなハードコアなフロウを披露する。そして、断片的には本当にハードコアパンクのようなボーカルをニュアンスに置き換えていたりする。ここでは彼のラップがなぜ「Dope」であると称されるのか、その一端に触れることができる。
そして、ターンテーブルの音飛びから発生したヒップホップの古典であるブレイクビーツの技法も、JPEGの手にかかるや否や、単なる音飛びという範疇を軽々と越え、サイケデリックな領域に近づく。「SIN MIEDO」は音形に細かな処理を施し、音をぶつ切りにし、聞き手を面食らわせる。ただ、これらは、Yves Tumorが試作しているのと同じく、ブレイクビーツの次にある「ポスト・ブレイクビーツの誕生」と見ても違和感がない。普通のものでは満足しないJPEGMAFIAは、珍しいものや一般的に知られていないもの、刺激的なものを表現すべく試みる。そして、音楽的には80年代のエレクトロなどを参考にし、ラップからフロウに近づき、激しいエナジーを放出させる。これは彼のライブでもお馴染みのラップのスタイルであると思う。
今回、JPEGMAFIAは、ダブ的な技法をブレイクビーツと結びつけている。そして、比較的ポピュラーな曲も制作している。「I'll Be Right Time」では、 背後にはEarth Wind & Fireのようなディスコ・ファンクのサンプリングを織り交ぜ、まったりとしたラップを披露する。そして、ブラウンと同様に、JPEGMAFIAのボーカルのニュアンスの変化は、玄人好みと言えるのではないだろうか。つまり、聴いていて、安心感があり、陶然とさせるものを持ち合わせているのだ。これは実は、70、80年代のモータウンのようなブラックミュージックと共鳴するところがある。
そして続く「it's dark and hell is hot」では、イントロにおいてドゥワップのコーラスをなぞられている。しかし、その後、何が始まるかといえば、ゲームサウンドに重点を置いたようなラップである。そしてそれらのイントロのモチーフに続いて、シュールな感じのヒップホップを展開させる。
ドラムを中心とする細かなリズム/ビートをAphexTwinの最初期のサウンドのようにアシッド・ハウス/アシッド・テクノの観点から解釈し、早回しのリリックさばきをし、彼の持ち味であるドープなフロウへと近づけようとする。フロウは、いきなり発生することはなく、ビートや言葉を辛抱強く続けた先に偶発的に起きるものである。そのことを象徴付けるかのように、ダークなラップを続けながら、JPEGはハイライトとなる瞬間、ハードコア・パンクやメタルのようなボーカルへと変化させる。この一瞬に彼のラップの特異なスペシャリティが発生するのである。
「I'll Be Right Time」
このアルバムの中盤には、いわゆるアブストラクトヒップホップ、そして、ニューヨークドリルの最も前衛的で過激な部分が出現する。ロサンゼルス/コンプトンのラッパー、Vince Staplesをゲストに招いた「New Black History」では、英国のモダンなエレクトロニックと多角的なリズムを織り交ぜたダブステップ以降のヒップホップを制作している。
ここでは、彼自らがブラックミュージックの新しい歴史を作るといわんばかりの覇気を込めて、ミュージックコンクレートやサンプリングを織り交ぜながら、刺激的なヒップホップの雛型を丹念に構築していく。「don't rely on other man」では、JPEGがアクション映画にあこがれているのではないかと伺わせるものがある。そしてブレイクビーツを生かしたビートやラップは、悪役の活躍するハリウッドのアクション映画のワンシーンを聞き手の脳裏に呼び覚ます。この曲では彼のラップが最もシネマティックな表現性に近づいた瞬間を捉えることができるはずだ。
JPEGMAFIAはどうやら、ギターロックやハードロックがかなりお好きなようである。実際的には80年代のギターヒーローの時代のメタリカ、アンスラックス、その周辺のハードロック/メタルからの影響を感じさせることがある。しかし、そうだとしても、やはりこのアルバムでは先鋭的なヒップホップのサウンド加工が施されると、「vulgar display of power」のように前衛的な響きを帯びる。そして近年のハイパーポップやエクスペリメンタルポップをラップという領域に持ち込むと、このような曲になる。ここでは彼のバックグランドにあるフレンドシップの感覚がパワフルなコーラスに乗り移る。そしてそれらのコーラスが熱狂的なエナジーを発生させる。ここまでを『I Lay Down My Life For You』の前半部とすると、続く「Exmilitary」から第二部となり、その音楽性もガラリと変化する。中には、ビンテージなソウルとブレイクビーツを組み合わせたデ・ラ・ソウルの系譜の古典的なヒップホップに傾倒している曲も含まれている。
「Exmilitary」はターンテーブルのスクラッチ音で始まり、古いラジオやレコードの時代の懐かしさへと誘う。その後、レゲエ/ダブのサンプリングを起点に、まったりしたボーカルのニュアンスを披露する。JPEGは東海岸のラッパーだが、西海岸及び南部的なニュアンスを持ち合わせている。これが良い癒やしの瞬間になり、いわばアーバンな雰囲気は南国的なリゾートの気分へと変わる。
曲の展開の仕方も見事である。「Exmilitary」の後半部では、JPEGのラップとしては珍しく、エモーショナルな性質、ややセンチメンタルな曲風へと変遷していく。これは従来のJPEGの作風から見ると、すごく新鮮に聞こえることがある。
もちろん、ラッパーとして、ユニークな表現も忘れてはいない。「Jihad Joe」は、政治に対する揶揄であるものと思われ、この人物がジハードを勃発させたことを暗にジョークで指摘している。ただ、ラップのスタイルがギャングスタ・ラップに影響を受けているとはいえ、表現や歌のニュアンスは、やや救いがある内容となっている。暗い側面を歌うことが現代的なラップのスタイルとなっているが、JPEGは、この画期的な曲の中で、旧来のヒップホップの時計の針を未来へと進め、むしろ暗さという概念の中にユニークな性質が見いだせることを指摘している。
このアルバムは、旧来のJPEGのアルバムの中で最も多彩な音楽性に縁取られていて、彼のカタログの中でもとっつきやすい。そして、ヒップホップがどこまでも純粋で楽しい音楽であることを教えてくれる。「JEPGULTRA!」は、澄んだ音の響きがあり、素晴らしいナンバー。聴いているだけで元気や明るさが漲ってくる一曲である。デンゼル・カリーが参加したこの曲では、アフリカ/カリブといったエキゾチックな民族音楽をヒップホップとつなぎ合わせ、最終的にハード・バップのようなジャズに組み換え、陽気なお祭り気分の楽しい音楽に昇華させている。そう、この曲ではヒップホップという表現を通して世界を結びつける試みが行われている。
このアルバムは、アブストラクトヒップホップとして複雑化した音楽の側面も内包されるが、その一方で、簡潔さという、それとは対極にある要素もある。そして、音楽を聞き進めていく内に、閉鎖的な感覚であったものが徐々に開けてくるような感覚がある。「either on or off the drugs」は古典的なソウル、もしくはネオソウルとして聴いても秀逸なナンバーである。女性ボーカルの録音を元に、ライオネル・リッチーやジャクソン、そしてホイットニー・ヒューストンの時代の愛に満ちあふれていたソウルの魅力を、彼はラップで呼び起こす。ラップのニュアンスも素晴らしく、こまやかなトーンや音程の変化には、ビンテージソウルの温かさが込められている。オーティス・レディングが現代に転生し、ラップしはじめたようにファンタスティック。続く「loop it and leave it」では、ピアノのサンプリングを断片的に配して、ミニマルミュージックをベースにしたヒップホップへと昇華させる。すでにフランク・オーシャンが行った試みだが、この曲では「Flllow me」というフレーズを通してアンセミックなフレーズを強調している。これは必ずしもJPEGの音楽がレコーディング・スタジオにとどまるものではないことを示唆している。つまり、ライブやショーケースでのパフォーマンスで生きるような一曲である。
曲単位で見ると、分散的に過ぎるように思えるこのアルバム。しかし、全体として聴くと、何らかの流れのようなものがある。そして、それは起承転結のような簡素なリテラチャーの形式に近いものである。
そして、アルバムのクライマックスにも聴きどころがしっかり用意されている。「Don't Put Anything on the Bible」では、最近のイギリスのヒップホップやクラブ・ミュージックと連動するように、フォーク音楽やクラシック音楽の領域に近づいている。それはカニエ・ウェストと同じように、クワイア(賛美歌)のような趣旨が込められているが、曲そのものがスムースで、透徹したものがある。表現そのものに夾雑物や濁りのようなものがほとんどない。これが参加したBuzzy Leeの美しいボーカルの持つ魅力を巧みに引き立てているように感じられる。曲の後半では、トリップ・ホップに触発されたようなクールなラップミュージックが展開される。
アルバムの最後でも、JPEGMAFIAは、これまでに経験したことがなかったであろう新たな音楽にチャレンジする。「i recovered from this」では、メディエーションの音楽を元に、これまで芸術と見なされることが少なかったヒップホップのリベラルアーツとしての側面を強調している。このアルバムを聴くと、ラップの固定概念や見方が少し変わる可能性がある。そして、音楽でそれを試みようとしていることに、アーティストの素晴らしい心意気を感じることができる。
90/100
* JPEGのフェイスマスクには日本語で「不安な」と書いてある。アルバム・タイトルはラッパーとして神に殉ずる覚悟のほどが示されている。最近、彼は、ライブのフライヤーに「戦争」や「降伏」という言葉を使ってくれているのを見るかぎり、どうやら日本語に凝ってるらしい。
Best Track - 「vulgar display of power」