【Review】 Samm Henshaw  「for someone, somewhere, who isn't us」 EP

 Samm Henshaw    「for someone, somewhere, who isn't us」EP

 

Label: AWAL(Dorm Seven)

Release: 2024年8月2日

 

Review

 

実を言うと、UKソウルの重要な担い手、ブラックミュージックの本物の継承者は、ロンドンに登場している。サム・ヘンショーは、2022年の1stアルバム『Untidy Soul』において、古典的なソウルミュージックの魅力を探訪していたが、続くEPでも彼の音楽的なテーマにもそれほど大きな変更はない。

 

現在のソウルミュージックは、数知れない形式に枝分かれしている。ジェシー・ウェアのように、ミラーボール華やかりし時代のバブリーな雰囲気を持つディスコソウルの刺激性を追い求める一派、ロイシン・マーフィーのように、エレクトロニックやベースメントのクラブミュージックを反映させたソウルに取り組む一派、その他にも、ファビアーナ・パラディーノのように、80年代のアーバン・コンテンポラリー的な手法を交えた編集的なサウンドをもたらす一派、ガール・レイのように、バンドアンサンブルを通じてディスコ・ソウルを追求する一派、さらに、ターンテーブル/DJの手法交えてソウルの醍醐味をもたらすJUNGLEのような一派、その他にも、ヒップホップとソウルの融合を主題に据えるサンファ......。事例を挙げるときりがない。モダン・ソウルの手法は無数に分岐していて、アーティストの数だけ答えが用意されている。

 

ヘンショーのソウルミュージックは素直で聴きやすい。彼の掲げる現代的なR&B運動とは、70年代のファンクソウルを、それ以前の古典的なソウルと結びつけ、トランペット等の演奏を交え、陽気なジャズのテイストを添えるということだ。軽やかでエネルギッシュな感じは、アフロソウルの重要な継承者であるエズラ・コレクティヴにも似ている。ただ、ヘンショーのソウルはマイルドで、聴きやすく、親しみやすい。ノーザン/サザンからの影響を問わず、ブラックミュージックのメロウさを追求している。要は万人受けするような音楽性であるとも指摘できる。

 

極論を言えば、モータウン・レコードの特徴的なソウルをジャズのアレンジを交えて復刻させたような感じ。こういったソウルに大きな抵抗を覚える人は少ないと思われる。彼のテーマは、ブラック・ミュージックが人類の普遍的な愛を呼び覚ますという、重要な考えを継承するというもの。いかなる時代もソウルミュージックは、人類全体に無償の愛を伝えるために存在して来た。 

 

 

「Troubled Ones」- Best Track

 

 

 

サム・ヘンショーのボーカルにヒップホップ的な話の技法が含まれていないのかと言えば、偽りとなるだろうか。 ヘンショーのボーカルは、稀にラップのニュアンスに近づくことがある。しかし、それは苛烈な感じには至らず、往年の名ソウルシンガーのように、マイルドな表現やリリックにポイントが置かれていて、オーティス・レディングやサム・クックのように、古典的な系譜に属する歌手としてのオーラを感じさせる。ビブラートが伸ばされた時、音程がわずかに揺らめき、メロウな陶酔をもたらす。偉大なソウルシンガーはどのような時代も、社会的な制約がある中で、ひどい目に合うことがあっても、また表現に何らかの制限が加えられたり、ラジオでのオンエアが禁止されたとしても、高らかな感覚を守り続けていた。彼も同様である。

 

ヘンショーは、前作「Untidy Soul」において、軽やかで明るい印象を持つソウルミュージックを制作したが、続くEPでより深いディープなソウルの世界へと踏み入れている。「Troubled Ones」では、背景にゴスペルのコーラスを配し、堂々たる雰囲気でソロシンガーとしての歌を紡ぐ。前作では、オルタネイトな表現も見受けられた気がしたが、今回のEPにおいて、彼は往年の名シンガーに引けを取らぬ素晴らしい歌唱力を披露している。その歌声には惚れ惚れとさせる何かがあり、ソウルミュージックの不可欠な要素であるメロウな感覚に充ちている。


彼は、現代的なソウルシンガーとしての立ち位置を取りながらも、黒人霊歌へのリスペクトを欠かさない。自分の前に無数のソウルシンガーがいて、その後に自分が続いていることを知っている。時々、ターンテーブルのビートやブレイクビーツの手法も披露されるが、それは楽曲の枠組みに収まっている。そして、ピアノやコーラス、ギターの演奏を交えて、音楽の楽園を作り上げる。楽曲の制作が、いきなり高い場所にたどり着くことはなく、礎石となる音楽の要素をひとつずつ丹念に積み上げていくことにより、ゆっくりと出来上がって行くことが分かる。

 

「Under God」では、カーティス・メイフィールドの系譜にあるジャズとファンクソウルの融合を見出だせる。ファンクのリズムに、ヒップホップからの影響を交えたドラム、いわば、古典と現代のクロスオーバーを図りながら、サム・ヘンショーの時代を超越した歌がそれらの合間に滑り込む。ヘンショーは、現代的なジャズやソウル、ヒップホップの影響を交えながら、サザン・ソウルのようなディープな味わいのあるボーカルラインを丹念に紡いでいく。また、コーラスにも力が入っている。ときおり移調を交えたり、フォーク調のギターを加えたり、ヒップホップや、それに類するポップスの語法を付加しながら、しなやかなソウルを作り上げてゆく。特に、ドラムのビートやベースが盤石な音楽の基礎を作りだしているため、彼は安心して伸びやかな歌を歌えるというわけである。アウトロのコーラスもフェードアウトで終わるという側面ではやはり、60、70年代のビンテージソウルのソングライティングを継承している。  

 

ニューヨーク・タイムズの記者が独自に発掘した素晴らしいソウルシンガー、ニューヨークのマディソン・マクファーリンは、「ソングライティングの基本にリズムがある」と述べていた。そして、ヘンショーの作曲も同様に、リズムやビートが基本となっていて、その後に他のマテリアルを構築する。


ジャズ風のピアノのアルペジオで始まる「Water」も素敵なナンバーである。ヘンショーは、その後、ハミングで入り、その後、ラップに近いボーカルを披露し、曲のリズムを作り出す。つまり、イントロのボーカルの入り方が絶妙なのだ。抜群のリズムのセンスを見せた後、彼の音楽の主要な特徴であるスタイリッシュでアーバンなボーカルを披露する。70年代のファンクソウルの影響下にあるエレクトロニックピアノ(ローズ・ピアノ)が旋律的、あるいは脈動的な側面でも良いウェイブを作る中、彼は心地よさそうにボーカルラインを紡いでいる。この現場のメロウな雰囲気がレコードに乗り移り、渋さとディープなソウルが緻密に築き上げられていく。


イントロでは、中音域を中心とするアルトのボーカルが目立つが、ギターラインに押し上げられるようにして高音部の歌唱が入ると、シンガーの持つ天才的な歌唱力が露わとなる。背後のローズ・ピアノやホーンセクション、メロウなコーラス、ジャズ風のピアノ、すべてが完璧である。そして、アウトロにかけて、ジャズピアノが優勢となり、静かなフェードアウトの曲線を描く。


しかし、古典的な性質を背景にしているとはいえ、サム・ヘンショーのソウル・ミュージックが単なるアナクロニズムに堕することはない。


彼は、現代の歌手としての役割を認識している。現代のロンドンで隆盛であるネオソウル風のポピュラーミュージックが収録されていることは、現代のリスナーにとっての救いで、なおかつまた、このシンガーが同地のミュージック・シーンの重要な担い手であることを裏付けている。


「Bees N Things」では、ヒップホップ、チルアウトのリズムが特徴的であるが、彼はその背後のトラックに対して、大胆にもメロウな歌唱法を披露している。リズムの観点ばかりに目を奪われると、メロディーという側面がないがしろになる場合もあるかもしれないが、彼は二つの音楽的な要素のいずれも軽視することがない。前曲と同じように、ジャズピアノのアレンジを交えて、稀に心を奪うような美しいビブラートを披露する。これが、ソウルミュージックの普遍的な精妙な感覚、そして魅惑的なウェイブをもたらし、聞き手に共鳴をもたらすことは言うまでもない。

 

古典的なR&Bをテーマに選ぶと、シリアスになりすぎることもあるが、少なくともこのEPではその難点から逃れている。KIRBYをゲストに招いた「Fade」は、コーラスグループの時代の旋律性に焦点を絞り、モータウンのビート、そしてメロウなコーラスという王道のスタイルにより表現している。これらが現代のミュージックシーンへ大きなエフェクトを及ぼすとまでは明言出来ないが、少なくとも薄れかけたソウルの醍醐味を蘇らせるものとなっているのは事実だろう。


R&Bがコマーシャリズムに絡め取られたのは80年代のジャクスンの時代で、これらは日本の音楽評論家が各著で指摘している通り、ブラック・ミュージックそのものの意義が商業性の余波を受け、表現そのものが弱くなり、薄められてしまったことに要因がある。少なくとも、ヘンショーの音楽は、ポピュラーに希釈されたソウルではなく、リアルなソウルの核心を捉えている。

 

「メロウなソウル」という常套句は、現代の音楽業界において、R&Bの一種の宣伝材料のようになっている。しかしながら、残念ながら、その多くが単なる売り文句やキャッチフレーズにとどまることを考えると、ヘンショーの音楽を聴いて、ブラックミュージックの持つ本物の魅力、心を震わせるような歌の美しさの一端に触れることは、かなり有意義ではないかと思われる。

 

クローズ「The Cafe」もまた素晴らしい一曲である。ギターの演奏を背景に、彼はソウルとヒップホップを下地にし、理想的なR&Bの究極の形を示している。流れるような美麗なバイオリンのパッセージを背後に、ゴスペルの歌唱の伝統性を用い、音楽を高らかな領域まで引き上げている。

 

 

86/100 

 

 

Best Track 「The Cafe」

 

 

* Samm Henshaw 「for someone, somewhere, who isn't us」EPはAWALより発売。ストリーミングはこちら

 

 

Tracklist:

 

1.Troubled One

2.Under God

3.Water

4.Bees N Things

5.Fade (Feat. KIRBY)

6.The Cafe