Fontaines D.C. 『Romance』
Label: XL Recordings
Release: 2024年8月24日
Review
結局、現代のロック・バンドと連動するように、ポスト・パンクバンドとしてダブリンから出発したフォンテインズ・ダブリン・シティは、PartisanからXLに移籍後第一作において、彼らのフレンドであるThe Murder Capitalの最新作に触発されたか、シンセサイザーやメロトロンを駆使したダイナミックなサウンドに移行している。それに加えて、現在はロンドンに活動拠点を移してはいるものの、ダブリンのバンドの伝統性である叙情性や哀愁を追い求めることになった。そして全体的なプロダクションとしてはアークティック・モンキーズのように、起伏のあるサウンドを意識しているように感じられる。これは、彼らがライブ・バンドとしてのみならず、ビートルズのようにレコーディング・バンドとして歩みはじめたことをカタログとして刻印する。
一つの作品ごとに着実にステップアップを図ってきたフォンテインズD.C.。このアルバムは端的に言うと、現時点のバンドの最高傑作に挙げられる。彼らはごつごつとした無骨なポストパンクバンドとして台頭したが、今や力や勢いのみで、フルアルバムを制作することは本格派のロック・バンドとして活躍する上では、遠回りになることを肌身で感じ取ったのだろう。映画のオープニングのような形で始まり、メロトロンのクラシカルな響きのイントロからアークティック・モンキーズの最初期を彷彿とさせるロックバンガーへと変化する「Starbuster」はフォンテインズD.C.のライブでは今後不可欠なアンセムナンバーである。この曲では、オアシスやカサビアンといったダイナミックな展開力を持つUKロック伝統性を継承し、そこに「ゾンビ・ボイス」のコーラスを追加している。都会の若者の暮らしを親しみやすいロックソングとして的確に表現し、酔い潰れた後の酩酊や脱力感が曲の中盤まで支配するが、そこから開放的で清涼感のあるUKロックへと移行する瞬間は本作のハイライトとなりえる。
続く「Here's The Thing」では、彼らのメロディアスなロック・バンドとしての意外な才覚が伺える。現時点で、都会の夜の幻想的な雰囲気や、そこから亡霊がでてきそうな空気感を作り出す。そして最初期から培われたポスト・パンクバンドとしてのパンチ力を付け加えている。叙情性とメロディアス性、そして、ポスト・パンクを巡るように、UKロックの一つの重要なテーマである孤独感や都市に棲まう亡霊に対して語りかけるような音楽、これらが組み合わされ、新しいフォンテインズD.Cの新しい代名詞が生み出されたといえるはずである。
中盤の三曲は、これまでのバンドの音楽性とはカラーが明らかに異なる。シンセ・ポップやAOR、フォーク等、前作よりもバンドの音楽が多彩性を増したことを象徴付けている。瞑想的な響きからラウドなロックソングへと移行する「Desire」は、バンドの新しいスタイルが誕生したことを伺わせる。「In The Modern World」はフォークミュージックを基にして、瞑想性のある音楽を作り上げる。「Bug」はオアシスの代名詞を基に、それらをアイルランドの音楽で縁取ろうとしている。この三曲は、まだオアシスほどの良質なメロディー性には乏しいが、バンドの新しいチャレンジを感じる。全体的に洗練されていないという難点もあるけれども、より磨きを掛けると良い曲がでてきそうだ。
続く2曲はダンスミュージックとオルタナティヴロックの融合を見出すことができる。ボーカルループを用いた「Motorcycle Boy」は、アコースティックギターに続いて、グリアン・チャッテンの哀愁のあるボーカルが良い雰囲気だ。昨年、ソロ・アルバムをリリースしたことは無駄ではなく、ソングライターとしての成長という素晴らしい側面をもたらしたのではないだろうか。オーケストラヒットのようなパーカッシヴなポイントを設け、この曲は、よりダイナミックなロック・バンドとして歩きはじめたフォンテインズD.C.のたくましい背中を捉えることができる。「Sundowner」は「Starbuster」と並んで、このアルバムの重要なポイントとなりえる。90年代のUnderworldのような音楽をベースにして、メロトロンの逆再生等、ビートルズの影響を感じさせながら、ブリット・ポップの抽象的な音楽性に磨きを掛け洗練させる。この曲では、二曲目の「Starbuster」と同じように、ライブステージで映える一曲を書こうというバンドの強い意識を感じる。実際的にライブステージでは幻想的なロックとして、オーディエンスの心を掴みそうだ。
アルバムの節々には「オアシスやアークティック・モンキーズの次世代のバンドとして何をすべきか」というバンドのソングライティングの意図を見出だせる。それは完全な形になったとまでは言えぬものの、まだまだこのバンドが成長曲線を描いている段階にあり、次の作品あたりで何か凄いものを作りそうな予感もある。良質な曲を書こうというバンドの強い意識の表れなのか、聴き応えのある曲が最後まで用意されている。「Horsess In The Whatness」では、より内省的な感覚を表すことを躊躇しなくなったことを示唆し、グリアン・チャッテンがボーカリストとしてまだまだ成長過程にあるのを感じさせる。ストリングスやシンセサイザーというバンドの新しい要素と合わせて、ポスト・オアシスとしてのバンドの意義を示そうと試みる。続く「Death Kick」ではパンチのあるオルタナティヴロックソングで、メリハリをもたらす。
驚いたのは、すでに今年のグラストンベリー・フェスティバルのステージで披露された「Favourite」だろう。イギリス英語のスペルを選んだのも一興であるが、 ここでは彼らのルーツへの回帰が示されている。このロックソングは、スコットランドのギターポップ、ネオアコースティックを下地にして、曲の最後においてアイルランドの伝統性(Thin Lizzy)である美麗なツイン・ギターへと移り変わり、本作の中で最も甘い雰囲気が漂う。曲の最後では彼らの音楽の背後からスピリットが僅かに立ち上ってくる。ミュージック・ビデオにも示されている通り、それは「過去へのロマンス」という形を取り、私達をまだ見ぬ美しい音楽の旅へといざなう。フォンテインズD.C.は、見事にこれらの夢想的な雰囲気を最後の最後で生み出す。最も素晴らしい一曲がアルバムの最後で出てくることは、ファンにとって本当に喜ばしいことだ。
85/100
Best Track- 「Favourite」