【Review】 Fucked Up 「Another Day」

Fucked Up 「Another Day」

Label: Fucked Up Records

Release: 2024年8月9日



Review


カナダ・トロントのハードコアバンド、Fucked Upの新作アルバム『Another Day』は、昨年発売された伝説的な『One Day』に続くコンセプト作品である。Jade Tree,Matador,Margeと数々のレーベルを渡り歩いてきたファックド・アップは相変わらず今作でも好調な状態を維持している。昨年の一日でレコーディングされた『Another Day』ほどの痛撃さはないかもしれないが、ダミアン・アブラハムの屈強なボーカル、そしてノイジーかつメロディアスなギターリフ、そしてシンセサインザーのアレンジ、さらにはこのバンドらしいスピリチュアルな感覚に根ざしたコーラスワーク等、ファックド・アップの魅力が凝縮されたアルバムであることは変わりがない。

 

やはり、パワフルでエネルギッシュなパンクという側面では、このバンドに叶う存在はいない。今回のアルバムもゴツゴツとした岩のような、あるいは、重戦車のようなアブラハムのボーカル、屈強なギターリフがオープニングを飾る「1- Face」から炸裂する。疾走感と無骨なイメージがこのバンドの代名詞であるが、前作からそうであったようにメロディアスなハードコアパンクという指針のようなものが伺える。もちろん、経験のあるバンドとして新しい挑戦も見出すことができる。最近、The Halluci Nationなどのコラボレーションを通して、電子音楽的なパンクに取り組んでいたことからも分かる通り、このアルバムがそれ以前に録音されたものであるとしても、電子音楽とハードコア・パンクという現在のバンドの音楽的なディレクションを捉えることができる。それはやや、ノイジーでハードな印象であることは確かであるが、それと同時に旧態依然としたパンクの文脈に新しい要素や意味をもたらそうとしているのだ。

 

しかし、実験的なハードコア・パンクという方向性を選んでもなお、彼らのアンセミックなパンクの要素は健在である。2曲目の先行シングルとして公開された「2- Stimming」は、イントロでは、スコットランドのバクパイプの音色を元にして、Dropkick Murphysの次世代のハードコア・パンクが組み上げられる。この曲は、アルバムのハイライトで、バンドの新しいアンセムソングが登場したとも見ることができる。この曲ではボーカルのアンセミックな響きはもちろん、コーラスワークやシンセサイザーの演奏を効果的に用いながら精妙な感覚を表そうとしている。その精妙な感覚はノイズや轟音によってかき消されることもあるが、ナイスなナンバーであることに変わりはない。続く、「3- Tell Yourself You Will」でもテープサチュレーションのような効果、そしてシンセサイザーを駆使して、近未来的なハードコア・パンクを構築している。メインボーカルとサブコーラスの兼ね合い、つまり、このバンドの対比的なボーカルとコーラスが絶妙な心地よさを生み出す。それらのボーカルを主体としたハードコア・パンクは、やはりバンドの副次的な魅力である疾走感のある楽曲のスタイルに縁取られている。

 

新しいパンクの形式を選びながらも、ポップパンクの王道のスタイルの影響下にある曲も含まれている。「4- Another Day」はグリーン・デイの系譜にあり、あらためてパンクとしての簡潔性やシンプルさを体現している。この曲では、ややボーカルアートのような趣向性も凝らされているが、パンクソングそのものの楽しさや痛快さといった彼のサウンドの中核にあるものを抽出している。それは実際、快哉を叫びたくなるほどの痛快さを持って聴覚を捉える。「5 - Parternal Instinct」は、イントロはメタル的な雰囲気から、ミドルテンポのパンクソングへと以降していく。このバンドのヘヴィネスの要素は、もしかするとメタル由来のものであるのかもしれない。そしてここでも、アブラハムのボーカルは、ポップパンクのアンセミックな響きに焦点が絞られている。ヘヴィネスという要素の他に、曲のわかりやすさや、ライブで映えるソングライティングをファックド・アップが心がけていることが伺える。そして曲の後半でもややヘヴィ・メタルに触発されたギターリフを元にヘヴィな質感を持つロックへと移行している。

 

シャウトに近いアブラハムのボーカルは、バンドのメロディアスなパンクの助力を得ることによって、エモーショナル・ハードコアの領域に差し掛かることもある。「6- Divining Gods」は、前作アルバムの音楽性と地続きにあると言えるかも知れない。このバンドの屈強なハードコア・パンクと清涼感のあるメロディアスパンクの要素が劇的に合致し、見事な一曲が生み出された。そしてボーカルそのものにも旋律的な要素が立ち現れる時、いくらか近づきにくいボーカルは、むしろどことなくユニークで可愛らしいような雰囲気に変わる。ハードコアバンドとしての表向きからは見えづらい親しみやすさが込められている。メタリックなギターも当然ながら、最もハードで激烈なスクリームに近いボーカル、さらに激しいディストーションとタイトさを重視したドラムというこのバンドの持つプレイスタイルが掛け合わされた時、ファックド・アップの「エモーショナル・ハードコアとしての一面」が立ち表れてくる。つまり、夏の蜃気楼のように立ち上る純粋な叙情性により、迫力のある瞬間を出現させるのである。

 

エモーショナル・ハードコアとしての要素は、続く「7- The One To Break It」にも引き継がれている。ここでも叙情的なリードギターをいくつか重ね合わせ、メタルコアとエモーショナル・ハードコアの中間にある際どいサウンドを追求している。そして同じように、ボーカルとコーラス、そしてタメを意識した巧みなドラム、さらにリードギターを複雑に重ね併せて、精妙な感覚を作り出す。いうなれば最もハードでノイジーな曲の中に、それとは対比的な静謐な瞬間を見事に生み出すのである。これについては、パンクロックのノイズ、及び、それとは対象的なサイレンスという二つの側面をよく知るベテランバンドとしての音楽的な蓄積と勘の良さのようなものが感じられる。このアルバムの中では、最も素晴らしい一曲なのではないかと、個人的には思った。

 

このアルバムには形骸化したパンク・ロックに新しい風を呼び込もうという狙いを読み取ることができる。それはカットアップコラージュのような現代的な編集的なサウンドであったり、実際的に録音現場での楽器の組み合わせや、リズムやグルーヴという演奏者しか分からない領域に至るまで、精巧に作り込まれていることが分かる。 問題を挙げるとするなら、それが脚色的なサウンドになり過ぎ、パンクの持つ簡潔性を削ぎ落としているということだろう。これが一般的なパンクファンからはちょっと近づきづらさを覚える要因となるかもしれない。

 

しかし、個人的には、このバンドの持つ特異なヘヴィネスには癖になるものがあると思う。実際的なライブバンドとしては、高い評価を獲得しているファックド・アップのメロディアスな要素とは別の魅力は、「8- More」のような得難いヘヴィ・ロックに求められるのかもしれない。また、友愛的なパンクの要素を押し出そうとしていることも、アルバムの主要な特徴となっている。

 

この世界の本質は、憎しみでもなく、ましてや分離でもなく、友情で繋がること、無条件の愛によって一つに収束する、ということなのである。ファックド・アップは、苛烈な印象を持つハードコアパンクサウンドによって、それらのことを伝えようとしているのではないだろうか。「9- Follow Fine Feeling」はまさしく、そんなことを表していて、彼らの友愛的なパンクの一面が導き出されている。このアルバムを聴いて、あらためてパンク・ロックの素晴らしさに気づく人も少なくないだろうと思われる。真実の伝道師、ファックド・アップは、クローズ曲「10- House Light」においてもやはり同じように、パンクロックの結束力や友情という側面に焦点を当てている。

 

 

 

Best Track- 「7 The One To Break It」

 

 

 

 

84/100

 

 


Details: 

 

「1- Face」B

「2- Stimming」A+

「3- Tell Yourself You Will」A

「4- Another Day」B

「5 - Paternal Instinct」C

「6- Divining Gods」B+

 「7- The One To Break It」S

 「8- More」B

 「9- Follow Fine Feeling」B+


前作「One Day」のレビューはこちらからお読みください。