【Review】 NIKI 「Buzz」 LAのシンガーソングライターによる注目作

NIKI 『Buzz』

 

Label: 88rising

Release: 2024年8月9日



Review

 

今週最後に紹介するのは、インドネシア出身で現在ロサンゼルスをベースに活動するシンガーソングライター、NIKIの最新作『Buzz』です。ニューヨーク・タイムズの特集で紹介されたほか、イギリスのDIYでも取り上げられた現在最も注目を受けるシンガーソングライターで、世界的なブレイクの予兆は見えている。新世代のベッドルームポップ/インディーポップの新星の登場です。

 

前作アルバムでは、高校生時代のヤング・カルチャーを織り交ぜた若い年代のポップスを制作したが、最新作『Buzz』では、ベッドルームポップやインディーポップをベースにし、R&Bやファンクのテイストを織り交ぜている。もちろん、アルバムの音源という単位でも良作であるには違いないが、TikTokやInstagramの現代的なデジタルカルチャーを反映させていることに注目だ。曲ではソーシャルメディアの影響を織り交ぜ、軽やかで耳障りの良いポップスは今、多くのリスナーの需要に応える内容である。また、同時的に、beabadoobeeにも近いソングライティングで、その中にはバロックポップや古いファンクからの影響もあるが、NIKIの場合は、ソフィスティポップに近い爽やかな質感を持っている。夏の暑さを取り払うのに最適な13曲で、NIKIは並み居る現代的なシンガーソングライターの中で力強い存在感を示そうとしている。

 

全般的には現行のインディーポップの範疇にあるソングライティングが際立っているが、それと同時に、西海岸のビーチ周辺のリゾート的な雰囲気も漂う。アルバムのタイトル曲「Buzz」はAORをベースにし、ギターロックやベッドルームポップのテイストを添えている。また、スポークンワードを部分的に取り入れるという点では、現代的なソングライティングの範疇に属する。耳障りの良いギターロック/インディーポップという側面ではヒットの要素が凝縮されているが、同時に88rinsingのストリート系のアパレルを扱うファッションブランドとしての要素も度外視することが出来ない。NIKIのポップスは、アパレルショップのBGMに最適であり、スタイリッシュな感覚に縁取られている。それほど音楽に詳しくないリスナーにとって「Buzz」は刺さる何かがあるに違いない。そして西海岸のストリートを肩を切って歩くようなクールな感覚もシンガーの曲の特徴である。

 

アルバムにはアジア的というよりも、サンセット・ブールバードのようなカルフォルニアの観光地の空気感に浸されている。ヤシの木の間をはしる大通りをスポーツカーで流すような感覚。時間の移ろいとともに、西海岸の海の向こうに陽が沈んでいく様子、時には情景……。それらのロマンティックでリラックスした感覚は、ハリウッドスターが出没するかもしれないスポット、あるいはシネマカルチャーを反映させたロサンゼルスの名産地の空気感を体現している。

 

「映画配給会社の最大手、パラマウントのテレビ・スタジオが今週末にも閉鎖され、また、会社の従業員の何割かが解雇予定であり、制作中の映画がテレビ・メディアのCBSの管轄に入り、さらに、同社の社長のクレメンス氏がすでに会社を離れる準備をしている」と、昨日報道されたような映画業界の難しい事情があるにせよ、NIKIは、そういったシネマ・スターのいるであろう街角で、現代的な産業の動向を軽やかに笑い飛ばすかのように歌い、涼やかな目で見守り続ける。''スターなんてどこ吹く風''という感じなので、どちらかと言えば、アンチ・ヒーローのような立ち位置を取り、涼やかなボーカル及びポップソングを披露するのである。これが現代的なリスナーに支持される要因ではないかと思われる。つまり、歌手は、トレンドを見ているようでいて、そこから少し距離を取っているのである。ただし、NIKIという歌手が単なるソーシャルメディア世代の範疇を出ないティーンネイジャー風のシンガーソングライターであると侮るのは早計かもしれない。「Too Much of A Good Thing」は、 レニー・クラヴィッツのようにファンクとロックを融合させたスタイルで本格派のミュージシャンの気配を漂わせる。この曲はロサンゼルスのR&Bのニューエイジを象徴付けるような素晴らしいナンバーである。


アルバムの中盤では、他のインディーポップスターと同じように、ギターロックやロックスターへの愛着を象徴付ける収録曲が目立つ。例えば、それは現代的な他のベッドルームポップのアーティストと同じようにヘヴィネスを徹底して削ぎ落とした聞きやすく耳障りの良いロックソングという形に昇華されている。ただ先にも述べたように、トレンドを意識しているからとはいえ、まったくこのシンガーのカラーやキャラクターがないかといえばそうではない。「Colossai Loss」では、エンジェル・オルセン風の「ポスト・プリンス」としてのポップソングが登場し、また、アルバムの前半のハイライト「Did You Like Her In The Morning?」では、内省的なインディーポップへと傾倒している。これらの2曲は一貫して、甘口のメロディーとキャチーなフレーズという現代のポップスの黄金比を駆使しながら、しなやかな雰囲気を持つ楽曲へと昇華させている。そして特に「Did You Like Her In The Morning?」では、バラードシンガーとしての才覚を秘めていることを伺わせるのである。まだそれは涙腺を震わせるほどのものではないにしても、少なくとも良質なポップソングを書こうというソングライターの心意気を感じさせる。

 

ドイツの人気ポピュラーシンガー、クリス・ジェームス(Chris James)のように軽快な感じで始まったこのアルバム。特に中盤において歌手の優れた才覚が見出だせる瞬間がある。「Take Care」は、 ストリングスの録音をミニマルミュージックとして解釈し、その枠組みの中で、Lana Del Reyの系譜に属するポピュラー・ソングを構築しようとしている。この曲に満ちわたるセンチメンタルな感覚と内省的な叙情性は、もしかすると、西海岸のポップスターの再来を断片的に予兆するものなのかもしれない。また続く「Magenets」でも、ティーンネイジャーらしいセンチメンタルな感覚をモチーフにして、キュートな感覚をポップスにより表現している。また、西海岸の歌手らしくローファイやチルウェイヴの反映もある。日本語のトラック「Tsunami」は、ヒップホップの系譜にあるメロディアスな要素を持つこのジャンルの特徴を受け継ぎ、西海岸の夕暮れの感覚や海辺の情景が暗くなっていく頃の切ない感覚を巧みに表現している。アンビエント、チルアウト、ローファイを複合的に組み合わせ、詩的で情緒溢れる音楽を巧みに作り上げるのだ。

 

 

トレンドのポピュラーとしては、「Blue Moon」にも着目したい。音程を暈すという手法は、現代的なポップスの範疇にあるが、その後、ヒップホップのビートを反映させ、ステップを踏むようなグルーヴを作り出す。反面、ポピュラーとしてのボーカルのメロディーはシーラン、スウィフトといったメガスターの作法を踏襲している。ただ、この曲に強い印象を及ぼしているのは、間違いなくヒップホップの系譜にあるビート。 それが曲に強いカラーをもたらす。

 

アルバムの後半では、コンテンポラリーフォークとベッドルームポップの融合というテーマがある。これがオーガニックな雰囲気を持つアンビエント風のシーケンスにより演出されている。「Strong Girl」はポピュラーとしては注目したい曲で、商業的なコンテンポラリーフォークの歌手としての卓越した才覚が示されている。ただ、本格派というより、親しみやすいTikTok時代の歌手としての立ち位置を取っているため、メロディーが聴覚にすんなり馴染んでくる。「Paths」では、Lana Del Reyが示唆した映画的なポップスという手法を受け継ぎ、バイオリンのピチカートをトラックの背後に配置し、モダン・クラシカルの影響下にあるポピュラー音楽を作り上げている。これらは実のところ、ディズニー映画のサウンドトラックで何度も繰り返されてきた作曲の手法であるが、ポピュラーの領域にそれを呼び込もうという姿勢に関しては、2020年代後半の商業音楽の呼び水、言い換えれば、前兆のようなものとなっている。

  


アルバムの後半では、ベッドルームポップの良質なナンバーが収録されている。例えば、この夏の終わりに、週末の友達の車で「Heirloom Pain」が流れてきたとしたら、センスが良いと思うだろう。この曲には繊細なメロディー、それとは対極にあるポップバンガーの要素が併存している。クローズにおいても、スタイリッシュなポップスというNIKIの主要なイメージは相変わらず。カルフォルニアの波のように爽やかなポップソングがアルバムの最後を華麗に彩る。

 

 

 

85/100

 


Best Track- 「Take Care」





Details:

 

「1- Buzz」A

「2- To Much of A Good Thing」A

「3- Colossai Loss」B

「4- Focus」C

「5- Did You Like Her in The Morning?」A


「6- Take Care」 S

「7- Magnets」 A

「8- Tsunami」A

「9- Blue Moon」B

「10- Strong Girl」B

「11-  Paths」A

「12-  Nothing Can」B−