Wishy 「Triple Seven」
Label: Winspear
Release: 2024年8月16日
Review
インディアナポリスの四人組……、いや、五人組は、学生時代にケヴィン・クラウターとニーナ・ピッチカイツを中心に結成された。学生バンドから出発したバンドのソングライティングは、放課後のインディーロック性に根ざしている。EP「Paradise」ではシューゲイズ/ドリーム・ポップと紹介されることもあったウィッシーのサウンドは、デビューアルバムにおいてカレッジ・ロックに近い音楽性へと進化している。デビューバンドらしい初々しさ、そして荒削りなロックソングは、彼らの音楽の魅力のほんの一部分にすぎない。Lemonheads、R.E.M,GBV、Cocteau Twins等、甘酸っぱい感じのインディーロックソングが「Triple Seven」には凝縮されている。
ウィッシーのサウンドの魅力は、洗練されていることではなく、荒削りであること。それから、完成されていないということ。それはバンドの未知数の潜在的な可能性を象徴付けている。バンドのデビュー作は、80年代のカレッジ・ロックのような、わかりやすいフックのあるソングライティングに加えて、若いバンドのはつらつとした感覚を10曲に詰め込んでいる。
「Sick Sweet」は、ネオ・アコースティックギターの後、甘酸っぱい旋律を持つディストーションギターというギターポップ/ネオ・アコースティックの要素が、ケヴィン・クラウターのヴォーカルと合致している。着古されたように思える懐古的な音楽も、彼らの手にかかると、なぜかしれないが、新しい雰囲気に変化するのは驚くべきこと。そして、ピクシーズのジョーイ・サンティアゴの系譜にあるチョーキングをもとにしたオルタネイトなギターは、中西部としてのバンドの姿ーーカントリー性ーーを浮かび上がらせる。80年代のダンスミュージックの系譜にあるシューゲイズの影響は、続くタイトル曲に示されている。彼らは、ダンスビートを基底に、それらをギターポップで彩るというこのジャンルのスタイルの基本に立ち戻っている。
更に、デビューEPの系譜にある親しみやすく口ずさめるメロディーが夢想的な空気感を生み出す。これらは、シューゲイズとドリームポップが地続きであることを、あらためて思い出させてくれる。Lemonheadsの影響下にあるパワーポップのナンバー「Persuation」も聴き逃がす事が出来ない。カレッジロックの範疇にある8ビートのシンプルなリズム、ローファイの質感を帯びる乾いたギター、それからドリームポップのような陶酔感を呼び覚ますボーカルの融合は、彼らがシューゲイズの子孫であるだけではなく、「カレッジ・ロックの末裔」であることを表す。アルバムの序盤で、彼らは、あらためてオルトロックのシンプルな魅力に焦点を当てている。
一見すると、荒削りなように思えるデビューアルバム。しかし、彼らの輝かしいセンスが垣間見える瞬間もある。「Game」では、苛烈なディストーション/ファズサウンドをもとに、韓国のシューゲイズプロジェクト、Parranoulのデビュー作に見られたような切ない感覚を織り交ぜる。80年代や90年代のメタルやハードロックに触発されたギターに、本作の冒頭と同じように、英国圏のネオ・アコースティック/ギター・ポップの要素を織り交ぜることで、Corneliusに近いアブストラクトなエモーションを作り上げる。フレーズの繋ぎ目で何度も移調を繰り返し、抽象的ではありながら甘い幻想的なメロディーを作り上げる。更に同曲では、他曲よりもドラムのプレイが冴え渡り、これらの激しいサウンドのテンションを巧みに背後から補佐しながら、バンド全体の司令塔のような役割を果たしている。ウィッシーが単なる二人のプロジェクトではなく、全体のグループとして録音を行った成果が、こういった一体感のあるサウンドを形作り、目の前に迫ってくるかのような迫力のあるダイナミクスを呼び起こしたのだろうか。
これらのオルタナティヴロックの真髄にあるソングライティングに加えて、ニューヨークやロサンゼルスの都市部のバンドとは少し異なるカントリー性が反映された曲も収録されている。「Love On The Outside」では、カントリーをもとにオルトロックソングを組み上げるという、R.E.Mが行ったソングライティング性を巧みに継承している。ペダル・スティールこそ使用されないが、彼らの持つ素朴な感覚が曲に乗り移り、80年代後半や90年代初頭のUSオルタナティヴロックの原点に立ち戻る。それらは、Pavementのような温和な空気感を呼び起こす場合もある。曲に満ち渡る友愛的な雰囲気は、聴いていると、微笑ましいような温かさが感じられる。
ロンドンのバンド、Whitelandsの雰囲気に近いドリーム・ポップに傾倒した曲も収録されている点に注目したい。「Little White」では、Cocteau Tiwns(コクトー・ツインズ)、Pale Saints(ペール・セインツ)のようなドリーム・ポップバンドの音楽が現代の音楽的な感性に上手く合致していることを表している。彼らは、上記のバンドの音楽性を次世代に受け継ごうとしているらしい。フィードバックを活用したディストーションサウンドの向こうから、おぼろげに立ち上るピッチカイツのボーカルは、バンドの多彩性の特性が反映されているように思える。当然のことながら、この曲には、90年代のUnderworldのような英国のダンスビートからのフィードバックも含まれている。ダンスミュージックのグルーヴをもとに夢想的な感覚を作り上げていく。その手腕はデビューバンドらしからぬ鋭い才覚が含まれていると見て違和感がない。
「洒脱」と呼ぶべきラフに着崩したようなインディーロックソングもまた、デビューアルバムのもう一つの魅力になるに違いない。「Busted」は、彼らがR.E.M、Lemonheadsのようなバンドと併せて、ストロークスのようなガレージロックリバイバルのバンドからの影響を持つことをうかがわせる。これらは、カナダのロックバンド、Colaのようなガレージ・ロックのリバイバルの系譜にあるサウンドと、Wishyらしいカレッジロックの系譜にあるサウンドと結び付けられ、スペシャリティがもたらされる。バンドのメンバーの音楽的な多彩さが見え隠れする一曲である。
また、続く「Just Like Sunday」はブリット・ポップを踏襲しつつ、それらを彼らの得意とするカントリー/フォークの要素ーーアメリカーナーーという形に置き換えている。イントロのアコースティクギターは、オアシスの名曲を彷彿とさせるが、それらをインディアナポリス風の田舎性で縁取る。時折、曲そのものから草原を駆け抜ける微風のようなサウンドスケープが呼び覚まされる。これらの想像力を掻き立てるサウンドは、彼らの思い出と十代の記憶によるものなのだろうか。しかし、それらは最終的に売れ線のナンバーへ移行するのに興味が惹かれる。
若さというのは、その一瞬にしか発揮されず、10年後に戻ってくることはない。10年後に同じような音楽をやろうとしても、なぜか同じものにならないことが多い。なぜなら、人間は同じようでいて、同じであることはほとんどありえないのである。してみると、彼らの数年の記憶、そして、短い期間に内在する人間関係のようなものを、アルバムという記録に残しておくことは、Wishyにとって重要なことだったのではないだろうか。「Honey」は、バンドとしての若さを象徴付ける一曲で、「スタンド・バイ・ミー」のような青春の雰囲気に浸されている。
本作は、夏休みの終わりに、米国の中西部の田舎道でティーンネイジャーの若者たちが笑って戯れあうような素晴らしい空気感に満ちている。そこに何を見出すかは、リスナー次第ということになろう。しかし、それは、夕日を浴びて、彼らの背後の影となり、長い長い一連なりの道を形作っている。「Honey」、「Spit」は、バンドがぜひとも収録しておきたかった曲ではないだろうか。そして、十年が経った時、ふと、自分たちの歩んできた道を振り返った時、これらのデビューアルバムの収録曲は、バンドのメンバーにとって美しいレガシーとなるに違いない。
82/100
WishyのデビューEP「Paradise」の特集についてはこちらからお読みください。
Details:
「1.Sick Sweet」B+
「2.Triple Seven」A+
「3.Persuasion」B
「4.Game」A−
「5.Love On The Outside 」B
「6.Little While」B−
「7.Busted」B+
「8.Just Like Sunday」C+
「9.Honey」A
「10.Spirit」 B+