Belong |
ルイジアナ州ニューオーリンズの濃密な暑さの中で生まれたBelongは、ターク・ディートリッヒとマイケル・ジョーンズの共同プロジェクト。デビュー・アルバム『October Language』は、伝統的な曲の構造を超えて、メロディーの形象が曖昧になり、テクスチャーが華麗に音の海に彫刻される場所へと向かう。
Belongは2002年にニューオーリンズのウェストバンクで活動を開始したが、October Languageが制作されたのは2004年のことだった。このアルバムは、ディートリッヒの寝室で組み立てられ、分解された。しかし、曲のインスピレーションは壁をはるかに越えている。このアルバムには、彼らの故郷であるニューオーリンズが凝縮されており、陽光と色彩に包まれながらも、汗と腐敗と豊かな悲しみが漂う。アルバムは、摩耗し、朽ち果て、破壊されたものの美しさを表現しようとするものであり、地鳴りのような音の可能性の広大さと人間の条件の希望に満ちた研究でもある。
ターク・ディートリッヒは以前、テレフォン・テルアビブのジョシュア・ユースティスとベネリ名義でコラボレートしており、ナイン・インチ・ネイルズの「The Frail (version)」のリミックスは、高く評価されたNINのEP『Things Falling Apart』に収録されている。ユースティスは、アルバムのタイトル・トラックでスライド・ギターを弾いているほか、『October Language』の制作にも少し参加している。
ベロングことマイケル・ジョーンズとターク・ディートリッヒのデュオによる3作目のフルアルバム『Realistic IX』は、彼らの特徴であるアシッドに洗脳されたソングクラフトの拡張及び発掘でもある。抽象的なギター、メトロノミックな靄と催眠の移り変わるグラデーションの中で、メロディーは表層近くまで押し寄せてくる。メロディーは水面近くまで押し寄せ、形を変えてからフィードバックの流れの中に沈んでいく。他の場所では、要素は濁りと微小音の黄昏へと消え去り、電気は無限の夜へと解き放たれる。
クランキーからリリースした前作『コモン・エラ』から13年が経過しているが、このデュオの稀有な相乗効果はその間にまったく衰えていない。ジョーンズとディートリッヒのモーターリック・ドローンとリミナル・エモーションの斜に構えた状態へのこだわりは、進化を続け、ますます触覚的で非現実的な、魔女の時間に曇った窓から垣間見える魅惑的な輝きを放ち続けている。
『Realistic IX』/ kranky
アンダーグラウンド・ミュージックのファンにとって、ロンドンのWarp、そして、シカゴのkrankyは、二つとも度外視することが出来ないレーベルである。アンダーグラウンド・ミュージックのメッカであり、作品の売上は別としても、90年代から新しい音楽を率先して紹介してきた。
現在のストリーミング世代において、アンダーグラウンド・ミュージックの役割というのは何なのだろうか。少なくとも、レコードマニアのような嗜好性により地下音楽を蒐集する意義は、2000年頃よりも薄れていることは事実である。なぜなら、現在はいかなるアンダーグラウンドミュージックも、デジタル・プラットフォームで簡単に試聴することができるからである。
少なくとも、レコードマニアとして言及するなら、こういったアルバムは十数年前くらいには、ショップで入手することはおろか、試聴することさえ出来なかった。そこで活躍したのが、MP3等を紹介するサイトや、それらの音源を配布するアンダーグラウンドのサイトであった。これらのサイトの多くは、ブログ形式で運営され、地下音楽の紹介という重要な意義や役割を担っていた。つまり、それが2000年代の著名なブロクメディアの台頭した理由であった。結局のところ、デジタルプラットフォームとストリーミングサービスの普及は、「音源としての希少性」という最後の牙城を曲りなりとも壊し、商業性をも破壊した。音楽ファンとしては喜ばしい反面、複雑な心境を覚えることがある。これらのサイトの多くは、逆に商業音楽を宣伝することにより、生き残ったという印象もあるが、結局、アンダーグラウンドミュージックを紹介する意義は、依然よりも希薄になっていることは事実かもしれない。そんなことを昨日、主要なサイトのウェブアーカイブの変遷を確認しながら、考えるところがあった。
一般的なリスナーとしてのアンダーグラウンド・ミュージックの希少性が2000年代頃よりも薄れてしまった、という点を踏まえて、今後、これらの音楽はどのように聴かれるべきなのだろうか。もしくは、どのように紹介されるべきか? 結論を出すのは早計となるだろうが、少なくとも、「商業主義の音楽とは別の基軸を持つ音楽が併存する」という事実を示さねばならない。音楽は、その固有性、多様性、特殊性が存在する余地が残されているからこそ、長い時代「文化」や「リベラルアーツ」として親しまれてきた。要するに、単一の形式にとどまらず、亜流(オルタネイティヴ)が存在するからこそ、長く生きながらえてきたのである。もし、商業主義しか、この世に音楽が存在しないとなると、それはすでに多くの多様性が失われていることの証左となる。つまり、それ以降、音楽という分野そのものが衰退していくことが予測される。この難しい局面に対抗するべく、アンダーグラウンド・ミュージックが存在している。そして間違いなく、未来の商業音楽の流行は、アンダーグラウンド・ミュージックが支えている。そして、前にも述べたように、メインストリームとアンダーグラウンドの持つ役割はそれぞれ異なる。さらに、一方の役割を拒否するとなると、もう一方が滅びゆく運命にあるのである。
belongに関しては、昨日まで名前すら知らなかったが、伝説的なシューゲイズプロジェクトと見ても違和感がないようだ。そして、このシューゲイズというジャンルはこれまで、オルタナティヴロックの系譜にある音楽と見なされることもあったが、ニューオリンズの二人組の音楽を聴くと、どうやらそんな単純なものではないということが判明したのである。例えば、MBVのギタリストであるケヴィン・シールズは、シューゲイズというジャンルに関して、それほど快く思っていないらしく、忌避することもある、という話を仄聞したことがある。おそらく、それは「ギターロックの系譜にある音楽」と看過されることを嫌がっているからではないだろうか。
ただ、ブリットポップのような水かけ論となるが、シューゲイズというジャンルが存在しないか、もしくは商業的なキャッチフレーズに過ぎないかといえば、それも考え違いである。そもそも、シューゲイズというジャンルは、Jesus & Mary Chainの音楽性とMBVの音楽性を比較対象として比べて見ると分かる通り、80年代後半のスコットランド/アイルランドのネオ・アコースティックやギター・ポップ、ロンドンのゴシック・パンク、さらには80年代のマンチェスターのアンダーグラウンドのクラブ・ミュージックが複合的に掛け合わされて生み出され出来上がった。さらに言及すると、マンチェスターのサイケデリックなエレクトロの要素が色濃い。
つまり、シューゲイザーは、クラブ・ハシエンダ(Factory Records)のベースメントのクラブミュージックがハードロックとして再構成されたと見るべきなのだ。つまり、クラブミュージック色が薄いシューゲイズは、このジャンルから少し逸れた音楽であると指摘できるのである。
ルイジアナのBelongは、13年ぶりの復帰作「Realistic IX」において、アンダーグラウンドミュージックの隠れた魅力を掘り起こしている。すでにヒップホップのミックステープや、オルタネイトなロックバンドのローファイなテープ音楽のような作品は、年々探すのが難しくなっているが、「Realistic IX」は、そういった失われつつあるカルチャー性を見事に復刻させる。そして、このアルバムを聴くと、シューゲイザーは音楽性に磨きを掛けていくと、最終的にはアシッド・ハウスやノイズに近いアヴァンギャルド・ミュージックに変化することが分かる。このアルバムに、ポピュラー性とか聴きやすさといった商業性を求めることは穏当ではないだろう。アルバムの全編には、アシッド・ハウスのビートが駆け抜け、そして、苛烈なギターノイズが無尽蔵に暴れまくる。しかし、MBVのような蠱惑的な陶酔感を呼び起こすのである。
このアルバムではもうひとつ、シューゲイザーの要素と合わせて、ニューヨークの原始的なプロトパンクからの影響が含まれている。冒頭を飾る「1- Realistic」は、シューゲイザーのお馴染みのフィードバックノイズを生かしたギターで始まり、中性的なボーカルサンプリングで色付けをしている。アナログシンセ/サンプラーのレトロなマシンビートが、背景の4つ打ちのビートを形成している。これらの反復的な楽曲構成が、80年代のエレクトロに象徴されるようなサイケなクラブミュージック、アシッド・ハウスのエグみのある性質を生み出す。ギターサウンドには最初期のSonic Youth(サーストン・ムーア)からの影響もあり、前衛的な響きを帯びている。
「2- Difficult Boy」では同じようにフィードバック・ノイズを発生させ、うねるようなグルーヴを作り出した上で、一曲目と同じように、中性的なボーカルのサンプリングを導入し、甘美な感覚をもたらす。これらは、ギターロックによって構成されたアシッド・ハウスとも呼ぶべきだ。
一つのフレーズを元にし、ギターのピックアップから発生するトーンの変容を発生させ、ロックによるドローン・ミュージックを構築していく。ギターの音色に関しても、相当なこだわりを感じさせ、Stiff Little Fingers-「Suspect Device」、Swell Maps-「International Resque」の系譜にある、ザラザラとして乾いたファズ/ディストーションのプリミティヴなギターの質感を重視している。つまり、1970年代の最初期のガレージ・ロックのように、ストレートでリアルなギターサウンドが、フィードバックノイズによりシューゲイズ風の音作りへと組み替えられている。
「3- Crucial Years」は、ノイズ/クラブ・ミュージックとして聴くと圧倒される。ギターのフィードバックとアナログシンセで発生させたグリッチ音をビートに見立て、原始的なデトロイトのハウスや以後のアシッド・ハウスの魅力を再訪している。これらは、現在のクラブ・ミュージックから見ると、サンプリングで済ませてしまう要素を、実験音楽としてゼロから組み上げている。実際的に、これらのDIY的な試みは、この音楽にリアリティをもたらしている。荒削りなノイズは、最終的に、アシッド的な陶酔感をもたらす。そして、とっつきやすいわけでもないのに、何度も聞き返したくなるような得難い中毒性がある。これぞ実験音楽の醍醐味である。
「Souvenir」
中盤に収録されている「4- Souvenir」「5 - Image of Love」では、オールドスクールのシューゲイザーに回帰している。
ただ、belongが志向するのは、ケヴィン・シールズの作り出した中毒性のあるギターサウンドの再現にある。打ち込みで録音したマシンビートのシンプルさと、ギターのフィードバックノイズから発生する倍音を組み合わせ、独特なグルーヴを抽出している。これらは、バンドの演奏では「ノリ」とか言われるものを、たった二つの楽器により生み出しているのが凄い。もちろん、既視感のあるスタイルだが、これらが模倣の域を出ないというわけでもない。サイケデリックなエレクトロニクス、旋律的な側面での融合を起点にして、耽美的な感覚を生み出したMy Bloody Valentineに比べると、この曲では、プリミティヴなガレージロックの性質が強調されている。これはシューゲイズというジャンルに内包される「パンクの要素」を浮かび上がらせる。
MBVのシューゲイザーの本質には何があるのかといえば、それは名ギタリスト、ケヴィン・シールズの編み出した革新性である。端的に言うと、「ギターをシンセサイザーとして解釈する」ということにあった。つまり、彼はギターという楽器の未知の可能性に挑戦し、轟音のフィードバックノイズを活かしたトーンの変容に焦点を当てた。これらは、実際にはコードを大きく変更していないにも関わらず、アナログ機材の効果の信号の発生のエラーや、音がピックアップ内のコイルで増幅される過程において倍音を発生させ、最終的には、クラブミュージックのエレクトロのような重層的な音の広がり、同時に、トーンの複合的で色彩的な揺らめきを作り、それがシューゲイザーというジャンルの核心にある陶酔的と呼ばれる印象を生み出した。belongは、この点を体感的に知り尽くしているらしく、エレクトロニックの観点から、この音楽を再検討している。これはまた最も濃密で最もコアなシューゲイズへの旅を意味するのだ。
現在のエレクトロニックは、プラグインやソフトウェアが豊富であり、次から次へと新しい製品が発売される。ミュージシャンも、つい手早く便利な機材を使用しがちと思われるが、しかし彼らは、おそらくアナログの配線を組み、オシレーターを用い、電気信号によるビートを発生させるという、電子工学の基礎に回帰している。つまり、Aphex Twinもかつて大学で電子工学を専攻していて、また、一からプログラミングを組んでいたという話は一般的によく知られている。元々、このエレクロニックというジャンルは、Caribou(ダン・スナイス)を見ても分かる通り、理系の分野を得意とする音楽家が率先して取り組むべきジャンルで、そして、そこには、機械工学及び建築学の設計や図面の要素が入り込む。いや、入り込まざるを得ないのだ。
さらに、belongの音楽的な構築はかなりアナログであるため、時代錯誤の印象を覚えるかもれない。しかし、他方、そこには、リアルな音楽としての魅力や、エレクトロニックの本質的な醍醐味が宿っている。「Bleach」は、グランジ、カレッジロックどころか、それよりもさらに古い時代に遡り、アラン・ヴェガ擁するSuicide、Silver Applesを始めとするニューヨークのアンダーグラウンドミュージックの要素を受け継ぎ、それらを苛烈なノイズミュージックで縁取っている。
続く「7- Jealousy」では、『Loveless』の方法論を引き継いでいるが、しかし、もう一つの重要な要素である感覚的なシューゲイズ、内的な感情を表現するためのギターサウンドに焦点が絞られている。 そして、ここではケヴィン・シールズのボーカルのサンプリング的な側面を受け継ぎ、それを忠実に再現している。この曲に関してはマイブラの復刻という意図も感じさせる。
英国のレーベル”Creation”は、My Bloody Valentineの「Loveless」の制作後、巨額の費用を掛けすぎたため、レコード会社として資金繰りが立ち行かなくなり、破産申請をすることに。後にレーベルはラフ・トレードと同じように買収されることになった。しかし、それほどまでに、このアルバムが、時代を変えるような作品になるとレーベル側は見込んでいたという話である。
一瞬にしてミュージック・シーンを塗り変えてしまうような作品はいつ出てくるのか?? 後の爆発的なヒットを考えると、運に恵まれなかったが、「Loveless」はブリットポップの最盛期において、時代の先を行きすぎた作品だった。そして、シューゲイザーの次世代のバンドやアーティストが活躍しているが、まだまだこのジャンルは、世界的に見ても、生き残る可能性が高いのではないか。そのことを象徴付けるかのように、アルバムのクローズ曲「8- AM/ PM」では、画期的なシューゲイズを制作している。この曲では、やはり「アシッド・ハウスとしてのシューゲイズ」の性質を強調し、アンダーグラウンドなクラブミュージックに昇華させている。
「AM/ PM」- Best Track
84/100
belongのニューアルバム「Realistic Ⅸ」はkrankyから本日発売。アルバムのストリーミングはこちら。
Details:
1.「Realistic」: C+
2.「Difficult Boy」: B+
3.「Crucial Years」:A-
4.「Souvenir」: B +
5.「Image of Love」: A-
6.「Bleach」: A-
7.「Jealousy」:B-
8.「AM/ PM」:S (A+)- Best Track