【Review】 Enumclaw 『Home In Another Life』

 Enumclaw 「Home In Another Life」

 

Label:Run For Cover

Release: 2024年8月30日

 

Review

 

アラミス率いるワシントン/タコマ出身のインディーロック・バンド、Enumclaw(イナムクロウ)がパワフルでダイナミックなロックソング集を引き下げて帰ってきた。『Save The Baby』よりハードロックなアルバムで、ドラムやベース、ギターのミックス/マスターは以前よりも明らかにヘヴィネスを強調している。イナムクロウはファイティングスピリット溢れるサウンドで、生半可なリスナーをノックアウトしにかかる。本作の迫力のあるディストーションギターは、80年代のUSハードロックやメタルの直系に当たり、グランジはもちろん、Dinasour Jr.のJ マシスとルー・バーロウの息のとれたコンビネーションを思わせる叙情的なオルトロックへの愛情が余さず凝縮されている。ワイルドさと繊細さを兼ね備えたロックサウンドに心酔しよう。

 

ワシントン/タコマのバンドの一番の魅力は、大型のハーレーで荒野をひとり突っ走るようなギターサウンドの迫力、安定感のあるドラム、ベース、そして、繊細さとダイナミックさを兼ね備えたアラミスの絶妙なボーカルスタイルにある。これはデビュー・アルバムと同じように、『Home In Another Life』の主眼ともなっている。彼らのロックサウンドは、以前よりも磨きが掛けられ、そして病気のことなど、人生の変化やその中で感じられる恐れが歌われることもある。

 

「I'm Scared I'll End Up All Alone」は孤独に対する恐れがタイトルに据えられ、それらの恐ろしさをかいくぐるようにして、パワフルなハードロックソングが紡がれていく。アラミスのボーカルをバックアップするのは、J Mascisのようなトレモロを活用した苛烈なディストーションサウンドのギター、そして、パンクロックの影響下にあるリズム・セクションである。彼らのサウンドは、驚くほど直情的であるものの、また同時に、グランジ誕生前夜のハードロックバンドがそうであったように、痛快なロックソングの原初的な魅力を呼び覚ます。「Not Just Yet」でも、イナムクロウの志すサウンドに全くブレはない。デビュー・アルバム『Save The Baby』の頃から引き継がれるパワフルなロックが哀愁のあるオルタナティヴの要素と結び付けられ、パンキッシュな響きを織り交ぜ、タイトルの部分でシンガロング性を沸き起こす。以前よりもドラムやギターの音像はコンプレッサーにより極大になり、迫力味とリアリティを帯びることがある。


ただ、『Home In Another Life』は、デビューアルバムのようなハードロック一辺倒のサウンドというわけではない。「Sink」では、Dinosaur Jr.の90年代のサウンドに触発されており、アコースティックギターをメインに、オルタナティヴ・フォーク寄りのアプローチに傾倒している。これがルー・バーロウのソングライティングと同様に、ローファイの要素と結び付けられ、エモーショナルな一面を強調させ、おのずとアルバムの序盤の収録曲の流れに少しの変化を及ぼしている。デビュー作よりも、多彩な音楽を制作しようというバンドの意図も伺い知れる。続く「Spots」ではオーバードライブを掛けたベースを元にして、グランジロックの原点に立ち返ろうとしている。このジャンルは、泥臭い感覚やファッションに象徴される汚れた感覚が特徴であったが、イナムクロウはそれらのグランジの中核にあるサウンドを受け継いでいる。



イナムクロウのサウンドには、オルタナティヴロックやパンク、そしてグランジの他、90年代ごろのエモのテイストが漂うこともある。「I Still Feel About Masturbation」は、これまでにバンドが書いてきた曲の中で最も若く、そして切ない感覚に縁取られている。エモに内在する若さと内省的な感覚を織り交ぜ、バンド特有のパンキッシュなサウンドで彩っている。その他、アメリカン・フットボールやそのフォロワーのサウンドに近い「Haven't Seen That Family In A While, I'm Sorry」では、セッションを基軸に精細感のあるロックサウンドを構築している。この曲もまた、デビュー・アルバムには見受けられなかったバンドの新たな挑戦を刻印している。同じように、中盤のハイライトをなす「Grocery Store」では、エモの系譜にあるロックサウンドが続いている。フェイザーを掛けたギターサウンドに乗せ、アラミスは「サリーの馬鹿らしさ」について歌っている。A-Bというシンプルな構成から繰り広げられるロックサウンドは、90年代のグランジやDinasour Jr.のサウンドの継承の範疇にあるが、と同時に、彼らがデビュー時に話していた「オアシスのようなロックバンドになりたい」という憧れが、ブリット・ポップに近い清涼感のあるサウンドと結び付けられている。実際的に、アルバムの中では最も心を揺さぶられるような一曲である。そしてまたイナムクロウの新しいアンセムナンバーの誕生である。


 

アラミスはこれまでそれほど高い音程を歌ってこなかったが、続く「Change」において珍しく高いピッチを披露している。しかし、それは歌というより、彼の内的な苦悩をを外側に押し出した叫びであり、何か胸を鋭くかきむしられる思いがする。イナムクロウのサウンドは洗練されているわけでもなければ、ヒット・ソングの明らかな予兆があるわけでもない。しかし、にもかかわらず、部分的には惹きつけられるものがあり、夢中になってしまう箇所もある。これはイナムクロウがバンドセクションの中で、不器用でありながらも何ができるかを模索している最中だからであり、その範疇でグループとしての様々な体験を織り込んでいるからなのかもしれない。


そんな中で、ロックソングとして最も心をかき乱される瞬間がある。「This Light Of Mine」は、フロントパーソンの私生活の暗い部分から放たれる強固な光であり、また、内側からメラメラと燃え立つ、抑え難い生命力の輝きでもある。これをかき消すことは誰にも出来ない。それが彼とバンドが生きている証なのだから……。この曲の哀愁のあるサウンドは、90年代のPearl Jam、Alice In Chains、Soundgardenのグランジの核心に接近する箇所もあり、バンドとして新しいフェーズへと到達した瞬間である。もし、これらのワイルドさと繊細さを兼ね備えたサウンドに更なる磨きが掛けられると、ポスト・グランジのバンドとしてかなり良い線を行くかもしれない。

 

 


80/100


 

 

Best Track-「The Light Of Mine」