【Review】 Joan As Police Woman 『Lemon Limes, and Orchids』

 Joan As Police Woman 『Lemon Limes, and Orchid』



 Label: PIAS

Release: 2024年9月20日

 

 

Review

 

 

ニューヨークのシンガー、ジョアン・アズ・ポリス・ウーマンは、ポピュラー、ソウルをメインテーマに起きつつも、クラシック音楽に通底するミュージシャンである。かつて、十代の頃、ボストン大学公共楽団でヴァイオリンを演奏していた。しかし、古典音楽はすでに気の遠くなるような回数が演奏されており、すでに最高の演奏は時代のどこかで演奏済みで、それ以上の演奏を出来ることは難しい、という考えを基にオリジナルソングの制作を行うようになった。当初はエレクトラでバイオリン奏者として活躍した後、ソロシンガーに転向した。以後は、ソロ・アルバムを多数リリースしてきたが、彼女は同時にコラボレーションを行ってきた。エルトン・ジョン、ルー・リード、スパークルホース、シェリル・クロウ等を上げれば十分だろう。ソウルシンガーでありながら、ロックやインディーズバンドとの交流も欠かさなかった。

 

主要なチャートにランクインすることもあったジョアン・アズ・ポリス・ウーマンはこの最新作で、純粋なポピュラー・ミュージックを制作しようとしている。それはまたジャズやソウルが含まれたポピュラーとも称せる。これまでのソロ作、及び、コラボレーションの経験を総動員したようなアルバムである。少なくとも近年の作品の中では、象徴的なカタログとなるかもしれず、古典的なソウル(ノーザン・ソウル、サザン・ソウル)、ゴスペル、ファンクソウル、そして現代的なポピュラーやロックの文脈を交え、聴き応え十分のアルバムを制作している。ファンク・ソウルのテイストが強く、リズムは70年代のソウルに根ざしている。そこにヒップホップ的なビートを加えて、モダンなソウルのテイストを醸し出すことに成功している。ファンクの性質の強いビートは、主に、プリンスが登場する以前のグループのサウンドを参考にして、グルーヴィーなビートを抽出している。「Long For Ruin」等はその象徴的なトラックで、ハスキーボイスを基に、ファンクのギターやゴスペル風のコーラスを背景としながら、しんみりとした感じとまた雄大さを兼ね備えたブラック・ミュージックの真骨頂を示している。

 

同様に先行シングルとして公開された「Full Time Heist」はサザン・ソウル/ディープ・ソウルのビートを基に、聴きごたえのあるバラードソングを作り上げている。オーティス・レディングのような深みを持つこの曲を取り巻くクインシー・ジョーンズのアーバンコンテンポラリーの要素は、やはりピアノの演奏や渋みのあるゴスペル風の深みのあるコーラスと合わさると、陶酔的な感覚や安らいだ感覚を呼び起こす。特に、細部のトラック制作の作り込みを疎かにしない姿勢、そして、ファルセットからミドルトーンに至るまで、細かなボーカルのニュアンスを軽視せずに、歌を大切に歌い込んでいるため、聴き入らせる何かが存在しているのかもしれない。

 

また、それとはかなり対象的に、「Back Again」では、70,80年代以降のファンクソウルを踏襲し、ディスコビートを反映させ、キャッチーなヴォーカルを披露している。懐古的なナンバーであるが、ポリス・ウーマンは一貫して現代的なポピュラーの要素を付け加えている。また、デスティニーズ・チャイルドのダンス・ナンバーに近い「Remember The Voice」等などを聞くと分かる通り、古典的なソウルだけがポリス・ウーマンのテーマではなく、一大的なブラックミュージックの系譜を改めて確認しなおすような狙いを読み取ることもできる。

 

 こういったポピュラーな良曲が含まれている中で、フルアルバムとして精彩を欠く箇所があることは指摘しておくべきかもしれない。しかし、それはソングライターとしてポピュラー性を意識したことの証であり、音楽的な表現が間延びしたり、選択が広汎になりすぎたせいで、そういった印象を受けるということも考えられる。そんな中で、タイトル曲は、チャカ・カーンが追求した編集的なソウルミュージックの系譜を捉えなおし、その中でニューヨークで盛んなエクスペリメンタルポップという要素を付け加えている。

 

ただ、全体的にはエレクトロニクスを追加し、リズムを複雑化したとしても、全体的なサウンドプロダクションは、古典的なバラードに焦点が絞られているため、やはり上記の主要曲と同じように静かに聞き入らせる何かが存在している。 エレクトリック・ピアノとシンセサイザーの組み合わせの中から、ボーカルの力によって何か霊妙な力を呼び起こすことがある。これまでの音楽的な蓄積を踏まえて、エルトン・ジョンのような親しみやすいバラードを書こうという意識がこういった良曲を生み出す契機となったのかもしれない。それに続く「Tribute to Holding On」は、ソウルミュージックとして秀逸なナンバーである。ポリス・ウーマンはハスキーな声を基に、シンプルなバンド構成を通じて、サザンソウルの醍醐味を探求しようとしている。バックバンドの演奏も巧みで、カスタネット等のパーカッション、ヴォーカルの合間に入るギター等、ポリス・ウーマンのヴォーカルを巧みに演出している。これらのバンドサウンドは少しジャズに近くなることがあり、それらのムードたっぷりな中で、アーバンソウルの系譜にある渋いボーカルを披露している。ニューヨークの夜景を思わせるようなメロウさがある。

 

従来から培ってきたソングライターとしての経験の精華がアルバムのクローズ曲「Help Is On It's way」に顕著に現れている。ジャズピアノをフィーチャーし、良質なポピュラー・ソングとは何かを探求する。この曲はまた現代的なバラードの理想形を示したとも言えるかもしれない。


 


80/100

 

 

Best Track 「Tribune To Holding On」