【Review】 Kate Bollinger 『Songs of A Thousand Frames of Mind』

 Kate Bollinger 『Songs of A Thousand Frames of Mind』


 

Label: Ghostly International

Release: 2024年9月27日

 

 

Review

 

ヴァージニアのシンガー、ケイト・ボリンジャーのソングライティングは、基本的に前作のEPの頃からそれほど大きな変更はなく、最初のフルレングスに受け継がれている。フレンチポップやイエイエのおしゃれさ、そして、夢見るような感覚を織り交ぜた軽快なポップスで、そのソングライティングの文脈の中には、懐かしのチェンバーポップやバロックポップが含まれている。口当たりが良いポップスで聴きやすく、実力派のシンガーであることは疑いがない。

 

ケイト・ボリンジャーは、作曲を行う際に音楽がもたらすイメージを大切にしているという。つまり、音楽が映画のようにイメージとして流れれば理想的というわけである。個人的には、ボリンジャーの音楽が呼び覚ますのは、映像のイメージというよりも、映画のサウンドトラックに近いものがあり、音楽に付随してストーリーのようなものが組み上がっていくという感じである。


おそらく歌手が理想とするのは、「Nouvelle Vague」のようなフランス・パリの最盛期の映画作品のサウンドトラックである。つまり、映像のストーリーの本筋を補強するような役割を持つのがボリンジャーの曲ともいえ、その点で、このデビューアルバムはある程度成功したと言えるのではないか。また、デビュー・アーティストとしては、平均以上のものを体現させている。そして新奇なポップスとは正反対に、懐古的なポップスという側面では、Clairoのような歌手に代表される現代の米国のポピュラーのトレンドの波に上手く乗っていると言えるだろう。つまり、流れに逆らわないで、身を任せているのが、このアーティストの音楽を魅力的にしているのだ。


同じ系譜に属するSSWとして、Dominoに所属するMelody's  Echo Chamber(メロディーズ・エコー・チャンバー)がいる。いずれの歌手もフレンチポップやチェンバーポップの影響下にあるポピュラーを披露するという点で共通しているが、ケイト・ボリンジャーの場合は、先鋭的な側面は控え目で、アーティスト自身が影響を受けたというニューヨークのマルゴ・ガリヤンのジャズ/オーケストラとポピュラー音楽の融合という命題を次世代に受け継ぐ歌手である。


ケイト・ボリンジャーの作曲は、60、70年代の古典的なポップスの文脈に則っているが、シンガーの魅力はそれだけにとどまらない。オルタナティブ・ロックやアメリカーナといった現代的な米国のポップスの潮流を捉え、親しみやすいポップソングに昇華している。例えば、ラナ・デル・レイが、2024年のグラミー賞の頃に「カントリーのような音楽が今後の主流になる」と発言していたが、それは一側面では的を射ている。ただ、もうひとつの主流がクレイロの最新アルバムを見ても分かる通り、「チェンバー・ポップ/バロック・ポップ」ではないだろうか。これは、10年くらい、マニアックなパワーポップバンドが、冗談交じりにこれらのジャンルをなぞらえることがあったが、どうやら主流のポピュラー音楽の一部となりそうな予感がする。



◾️バロックポップ/チェンバーポップの系譜  ビートルズからメロディーズ・エコーズ・チェンバーまで  



オープニングを飾る「What's About A La La La」は、ピアノのイントロからノスタルジアたっぷりのチェンバーポップ/バロックポップが展開される。この曲はビートルズのリバイバル、もしくはフレンチ・ポップのリバイバルともいえ、ボリンジャーがイエイエのフォロワーであることを伺わせる。アコースティック/エレクトリックを組み合わせた軽快なインディーロックのバックバンドの演奏の助力を得て、ときには懐かしいハープシコードの音色を交え、普遍的なポピュラー音楽の形を示している。アウトロの古いラジオから聞こえてくるようなMCもなんだか茶目っ気たっぷり。


そうかと思えば、続く「To Your Own Devices」は一転して、南国のリゾート地の波の上を漂うような心地よく癒やしに充ちたアメリカーナ/ヨットロックに変遷する。声はウィスパーボイスに近く、包み込むような温かさがある。ヴェルベット・アンダーグラウンドの「Sunday Morning」のような懐古的なフレーズを織り交ぜて、懐かしい米国のポップスを巧みに体現させる。


続く2曲は軽快なフォークソングやネオアコースティックとして楽しめる。映像的な側面では、のどかな草原の光景を脳裏に呼び覚ます。


「Amy Day Now」はアコースティックギターで始まり、フレンチポップの影響を織り交ぜながら、フォーク・ミュージックの理想的な形を探求している。さらに「God Interlude」ではニール・ヤングの系譜にある古典的なフォークソングを継承している。こういった若手シンガーが父親以上の年代??の音楽家を手本にしているのに驚く。しかし、この点にも、現代的な米国のポップスの潮流が力強く反映されている。さらに正統派のポップスに属する曲もある。


「Lonely」は、ジョエルやオサリバンのピアノバラードを受け継いだ落ち着いた一曲で、どことなく切なげなピアノのイントロから見事な歌唱をボリンジャーは披露する。ハイトーンの声は出てこないが、ミドルトーンをベースに無理のない音域でしんみりした感覚を素朴に歌い上げる。こういった細やかな音楽を志すスタンスは、一定の共感やカタルシスを呼び起こすに違いない。

 

最近の女性シンガーソングライターは、明るい曲調にとどまらず、陰のある曲を制作するケースが多い。それはまた、日常的な思いを包み隠さずストレートに表そうというのである。「Running」は、アルバムの序盤の朝昼の光景から夕暮れの時刻に移り変わる印象があり、往年の名シンガーほどではないけれど、切ない感覚を巧みに表現している。アコースティックギターの簡素なアルペジオに合わさる憂いのあるボーカルは、スロウコアのような雰囲気を帯びる。


この点には、Ethel Cain(エセル・ケイン)の作曲性と共通点が見つかるかもしれない。そういった明るい側面だけではなく、陰のある音楽性が、アルバム全体に美麗なコントラストを形作り、絶妙な陰影を作り出す。ポピュラーの表現性はもちろん、ポジティヴな側面だけで終始するわけではなく、とは対象的に憂いや悲しみのような感覚を鋭く表する場合もある。そういった曲の起伏を設けた後、やはり夢想的な雰囲気を持つアメリカーナをベースにした曲が続く。


「In A Smile」は、ヨットロックの夢想的な感覚を交え、さながらビーチパラソルの下がった夕暮れの浜辺に寝転がり、海の上にゆらめく帆船をぼんやり眺めるようなロマンチックな雰囲気がある。シンセがボーカルとユニゾンを描いたり、ギターが背景の雰囲気付けをしたり、ピアノが和声を強調したりというように、作曲の側面でも新人のシンガーらしからぬ円熟味が感じられる。


前曲の雰囲気を受け継いだ「Postcard From a Cloud」は、インディーポップというよりインディーロックに傾倒している。背後のバンドの演奏は、CCR、The Byrdsのような渋さがあるが、ボリンジャーのボーカルはSylvie Vartan(シルヴィ・バルタン)のように華麗。跳ねるようなリズムはブレイクビーツの役割を持ち、親しみやすいボーカルのメロディーにグルーヴをもたらしている。

 

 

デビューアルバムとは思えぬほどの完成度を持つことは明白である。三作目の作品のような経験値を持っている。しかし、これは、既存のEPを聴いていたリスナーにとっては想定の範囲と思われるが、ボリンジャーはプラスアルファをもたらしている。「I See It Now」は、心地良いポップスから泣かせるポップスへと作曲性を変化させている。シンプルなバラードタイプの曲であるが、普遍的なものから独自の音楽性を汲み出そうという苦心の形跡が見出される。


実際的に、同曲は、アルバムの中のハイライトになるかもしれない。この曲で、ボリンジャーは優しさや温かさといったポップスを制作する上で最も不可欠な要素を見事に体現させている。同音進行や四拍子といったバロックポップの核心を受け継いだ上で、多角的な構成要素を設けている。ここには、表向きからは見えづらい歌手の(意外な??)インテリジェンスを見て取れるはず。全体的には、数学的な要素を持った拍の配分で構成されていることに注目したい。


本作にはラナ・デル・レイのようなポピュラーの要素も含まれ、それは小悪魔的なコケティッシュなボーカルという形をとって現れる。そしてボリンジャーの場合も、それらのキュートなイメージが計算づくなのか、それとも天然であるのか分からない点に魅力があり、それらがセンチメンタルな感覚やエバーグリーンな感覚を持つポップスに昇華される。「Sweet Devil」では、メロトロンの音色が押し出され、レトロな感覚が鮮やかに浮かび上がる。そういった古いものに対する親しみは、アートワークと合致し、音楽を上手い具合にかたどっている。


このアルバムは、ボリンジャーのソロ作であると同時に、バックバンドの作品でもあるのかも知れない。本作が聴き応えのあるものに仕上がったのは、バンドメンバーの多大な貢献があったからではないだろうか。

 

 

 

84/100




Best Track-「I See It Now」

 

 

◆ Kate Bollingerのデビューアルバム『Songs of A Thousand Frames of Mind』はGhostly Internationalから発売中。ストリーミングはこちらから。