【Review】 Oscar Lang [pieces] 最初期のオスカー・ラングのベッドルームソングを収録

Oscar Lang [pieces] 

 

Label: Self Release

Release: 2024年9月6日

 

 

Review

 

イギリス/ロンドンのシンガーソングライター、Oscar Lang(オスカー・ラング)は、個人的には一番好きなミュージシャンの一人である。日本の大型レコード店では、「ギターロックの鬼才」と紹介されることもあった。


それには大きな理由があり、ラングは一般的に、これまでのミュージシャンとしてのキャリアの中で、作風を一度たりとも固定したことがなく、柔軟性のあるソングライティングや作曲をおこなってきたからである。最初期は、サイケデリックなギターロック、ローファイ、スラッカー・ロック、そして、Dirty Hitから昨年発表された最新作『Look Now』では、ザ・ヴァーヴの影響下にあるポスト・ブリット・ポップから、ビリー・ジョエル調の古典的なピアノ・バラードに至るまで、広汎にわたる音楽性を発揮し、毎度のようにリスナーに驚きをもたらしてきた。


[pieces] はアーティストの駆け出しの頃の録音を集めたもので、ベッドルームでの作品を中心に構成されている。オスカー・ラングのファン向けのマニアックなアルバムだろうと思いきや、意外なことに、先週発売されたアルバムの中では一線級のクオリティを誇っている。既発の2作のフルレングスとは異なり、70年代のUKのフォークミュージックからの影響や、昨年のアルバムの素晴らしいピアノバラード曲がどのように完成へと導かれていったのか。オスカー・ラングの最初期のデモソング集を聴くと、その音楽的な変遷を捉えることが出来るかも知れない。


特に昨年のアルバム『Look Now』で初期の集大成をなしたピアノバラードと、メロディー構成の天才的な才覚は、この一、二年で突発的に出現したのではなくて、若い時代からのピアノの演奏の経験の延長線上にあったことが痛感できる。オープナー「could november everything」を聞けば、ラングのメロディーセンスと作曲そのものをピアノの演奏と結びつける才覚は、活動最初期から傑出していることが理解出来る。そして彼は、それを70年代のビンテージのUKフォークと結びつけている。早書きの作品なのかもしれないが、ここには、この後、ソングライターとして一歩ずつ成長を続けるオスカー・ラングの出発点を見出すことが出来るはずである。

 

現在では商業的なロックや、ポピュラーソングなど、ライブでの聞こえかたを意識した作曲も行うラングであるが、瞑想的なピアノバラードが最初期のソングライターの音楽的なテーマであったことが伺える。そして、やはり、このアーティストの作曲の基礎となるのが、ピアノとギターであったことが分かる。「holding u」では、ジョン・レノンのデモトラックのようなフォーク・ソングを意識しているし、さらに、「confused」においては、デビュー・アルバムの頃のサイケフォークの片鱗を把捉出来る。これはデビュー作でアコースティックからエレクトリック・ギターに作曲の方向性が組み替えられたことで、実際的にオスカー・ラングの音楽の印象が華やかになったのである。「im doing great」では、エド・シーラン以降の作曲からプロデュースまでを独力で行うという現代的な音楽の制作プロセスを受け継いだ上で、それを次世代のポピュラーシンガーとしてどのように組み上げていくのか。その過程や変遷を捉えることが出来る。


そして、音楽的なバリエーションの多彩さは後付けのものではなく、最初期の時代からしっかりと備わっていたことが分かる。現在では、ハイファイに変化したオスカー・ラングの音楽は、最初期にはテープ音楽のようなローファイの側面の影響も内包されていたことは、「too scared」を聞けば明らかである。もちろん、デビューアルバムのサイケデリックな音楽性の片鱗を同曲に見出すこともさほど困難ではない。同様に、続く「hope full-e」では、ローファイ/ミッドファイの影響をとどめている。また、直截的に二作のフルレングスに登場することはなかったが、オスカー・ラングのソングライティングには、ネオソウルからの影響も含まれていることが『pieces』を聴くとはっきりする。Samphaを彷彿とさせるメロウなイントロからミッドファイの影響を絡めたポップソングには新旧のUKロックやフォークの多彩な側面が反映されている。


デモソング集なので、脈絡がなく、とりとめのないように思える本作。しかし、アーティストの音楽的な興味がどのように変遷していったのかを断片的に捉えるのに最適で、意外とオリジナルアルバムのような流れを持ち合わせていることに大きな驚きを覚える。「just 2 b with u」も同様に、オスカー・ラングのソングライティングに、ローファイやスラッカーロックの影響がちらつくことを示している。ただ、それは単なる荒削りな駄曲に終わらず、ホーンセクションのアレンジを見るとわかる通り、この時代にはプロデューサー的な才覚が立ち表れていることに驚く。アルバムの最後に収録されているラフなデモソング「fadein」もオルタナティヴフォークとして聞かせる一曲で、この歌手らしい独特の雰囲気が音楽からぼんやり立ち上ってくる。それはまだ完全な形にはなっていないかもしれないが、以降の良質なポップソングやロックソングの萌芽は、これらのベッドルームの録音の時代から目に見える形で出現していたのである。



80/100