Interview(インタビュー) Masayoshi Fujita -Erased Tapesとの出会い、最新アルバム『Migratory』について-
Masayoshi Fujita ©Erased Tapes |
「自分のルーツである日本やアジアの音楽に興味がありますが、単にそれを取り入れるのではなく、自分の中で解釈し、表現していくというプロセスに重きを置いています」 -Masayoshi Fujita
兵庫県を拠点に活動するヴィブラフォン/マリンバ奏者、藤田正嘉さんの音楽と出会ったのは、このサイトを初めてまもない2021年のことでした。以来、彼の演奏からもたらされる瞑想的な倍音の神秘性に魅せられてしまったのです。この年、私は、日本のアンビエントシーンのアーティストを宣伝したいと思い、2019年のアルバム『Stories』を拙いながらもご紹介しました。その日、私は、夕暮れの東京を歩いていて、数羽の美しい鳥が夕空の向こうに去っていくのをぼんやり眺めていました。そのイメージはなぜか今も脳裏に灼きついています。そして、最新アルバムに渡り鳥のテーマが込められているのを知った時、不思議な興味を掻き立てられた。
藤田さんの演奏の素晴らしさを最初に見出したのは、ロンドンの実験音楽を得意とするレーベル、Erased Tapesの創設者であるロバート・ラス氏でした。ヴィブラフォンが魅力的な楽器だからという理由だけでなくて、彼の楽器の扱い方、幽玄で重層的なサウンドの描き方に、ラスさんは心から魅了されたといいます。
マサ(敬称略)は、まず最初にドラムを習い、その後、ヴィブラフォンを徹底的に練習して、ジャズやエレクトロニカに影響を受けた独自の楽曲を制作し、プレイするようになった。ヴィブラフォンのアンビエント・ベース/エレクトロニックな録音作品を''el fog''という別名義で発表するうち、藤田さんはヴィブラフォンの音色そのものに惹かれていったのだそうです。伝統的なヴィブラフォンのスタイルや奏法にこだわらず、楽器の新たな音響の可能性を探し求めて、金属片や箔などを使って演奏し始めました。その結果、生まれたフレッシュなサウンドは、楽器本来の音響性の特徴をなんら損なうことなく、ヴィブラフォンのスペクトルを敷衍させた。それ以降、アコースティック作品の作曲を始め、2013年初頭にはMasayoshi Fujita名義で初のソロアルバム『Stories』をリリースしました。
2015年のErased Tapesからのデビュー作『Apologues』では初めてリード楽器以外の楽器、ヴァイオリン、チェロ、フルート、クラリネット、フレンチ・ホルン、アコーディオン、ピアノ、スネア・ドラムを使い、友人が演奏し、彼自身がアレンジした。ドイツの電子音楽家ヤン・イェリネクとのコラボレーションは、イギリスの雑誌『The Wire』の推薦により、世界中の実験音楽ファンから注目を浴びるようになった。
以降も、英国のミュージックシーンと深い関わりを持ち続けた。レコード・ストア・デイ2016では、藤田と英国のエレクトロニック・プロデューサー、ガイ・アンドリュースの即興セッションをマイダ・ベイル・スタジオで収録した27分のBBC録音作品『Needle Six』を共同リリースしました。
BBCラジオ3のレイト・ジャンクションの一環として録音されたパフォーマンスは、両者のミュージシャンの魅力を紹介し、普段の各々の準備を放棄し、斬新なアプローチを採用して展開される、予測不可能で説得力のあるサウンドを記録する、という当番組の伝統性を引き継いでいました。
その後、2018年に高評価を得たアルバム『Book of Life』をリリースし、ヴィブラフォン・トリプティークを完成させた。ベルリンでの13年間の暮らしを経たのち、自然の中で音楽を制作したいという長年の夢を実現するため、兵庫県の香美町に転居し、スタジオを構えました。2021年5月28日、彼は続くアルバム『Bird Ambience』において未知の音楽性を示すことに成功しました。
この作品は音楽的なアプローチに変化をもたらすことになった。これまで藤田さんは、アコースティックなソロ・レコーディング、エル・フォグという別名義のエレクトロニック・ダブ、ヤン・イェリネクら同世代のアーティストとの実験的な即興演奏を共有していましたが、この新しいアルバムにおいて、彼はこれらの異なる側面を初めて明確なビジョンにまとめ上げることに成功しました。また、彼の代表的な演奏楽器であるヴィブラフォンから、ドラム、パーカッション、シンセ、エフェクト、テープレコーダーと並んで、「マリンバ」が主役となったのです。
先月同レーベルから発売された最新作『Migratory』には、実験音楽で活躍する二人のボーカリスト、Moor Mother、Hatis Noit、そしてスウェーデンの笙奏者であるMattias Hållstenが参加しています。前作と同じように、友人から深いインスピレーションを受けたという。タイトルは、アフリカ、東南アジア、日本の土地を旅する渡り鳥のイメージに因んでいます。彼らが下界から音楽を聴き、上空から世界を見る視点が音楽と土地の境界を曖昧にする様子を想像しています。
音楽的にはアンビエント、ジャズが中心となり、マリンバの演奏を通して、サックス、シンセ、笙、ボーカルとどのような化学反応が起きるのかという制作者の試作の変遷を捉えられます。それはアルバムの主要な収録曲「Higurashi」、「Yodaka」をはじめとする日本語のトラックで大きく花開く。重層的で微細なハーモニクスの中には、西洋音階にはない微分音を用いるインドネシアのガムラン、日本の雅楽からのフィードバックを掴むこともできるかも知れません。
--今回のアルバム『Migratory』では「自然」というのがテーマになっているようです。あらためてお聞きしますが、具体的にどのような情景が音楽のイメージを作り上げていったのかあらためて教えていただきたいです。
Masayoshi Fujita: 僕は、何かを見て、それを直接音楽に反映したり、それをモチーフにして作曲するということはあまりないのですが、山の中の豊かな自然に囲まれて暮らし制作していることで、そこで日々自分の中に蓄積されていった景色や情景が、間接的に影響しているとは思います。あと、スタジオから見える山や木々、雲や霧に囲まれた環境で音楽を作っていて、そういった自然の中に違和感なく響く音というのを探っている気はします。
--ロンドンのレーベル、Erased Tapesからリリースを行うようになってから、およそ10年が経過しました。レーベルとの出会いや長年の付き合いについてあらためて教えていただくことは出来ますか。
Masayoshi Fujita: レーベルオーナーのロバートも一時期ベルリンに住んでいて、ちょうどその頃ニルス・フラームのライブで知り合いました。その後、アルバムが完成するたびにデモを送っていたのですが、「Apologues」のデモを気に入ってもらい、リリースする運びになりました。
Erased Tapesはロバートの人柄が色濃く反映されたレーベルで、音楽やアーティストをとても大事にしてくれますし、自由にやらせてくれます。レーベルのチームみんなが家族のような友人のような関係で、とても居心地が良いです。このレーベルに出会えて長く協働できていることを本当にありがたく思っています。
ーー昨年、お母さまを亡くされ心痛であったと思いますが、最新アルバムの音楽には、何かしら個人的な追憶や回想のような感慨が含まれているのでしょうか。
Masayoshi Fujita: 個人的な追憶や回想といったものは、あまり含まれていないかもしれませんね。間接的にはあるのかもしれませんが、どちらかというと現在進行形で自分が興味のあるテーマ、音楽をやっているという感覚です。もっというと、個人的な部分を超えたーー普遍的な部分ーーに興味があるのだと思います。
ーー藤田さんは、これまで実験音楽を数多く制作されてきました。最新アルバムは、終盤の収録曲にある、ひぐらしのフィールドレコーディングを聞くかぎり、個人的にはアジア的でありながら、日本的であるとも感じました。制作全般を通して、日本的な感性やエモーションを表現したいという思いはありましたか。
Masayoshi Fujita: 今回のアルバム制作の過程を通して、「渡り鳥」というイメージが出てきました。それは、架空の渡り鳥がアフリカからアジア、そして日本へと渡っていくようなイメージです。ここ数年、自分のルーツである日本やアジアの音楽に興味がありますが、単にそれを取り入れるのではなく、自分の中で解釈し、表現していくというプロセスに重点を置いています。今回のアルバムもその探求の一環ですね。
ーー他方、この作品には、MOOR MOTHER、Hatis Noit等、実験音楽をメインに活躍する著名なコラボレーターが参加しています。両者ともボーカルのタイプが全然異なります。作品への参加の経緯をお聞きしたいのと、この作品にどのような影響を及ぼしたのか教えていただけますか。
Masayoshi Fujita: Moor Motherは、最初に彼女の曲にヴィブラフォンを弾いてほしいと依頼され、録音しました。その後、そのお返しに「あなたの曲に参加することもできるけど」と提案され、新曲にポエトリー・リーディングを乗せてもらうことになりました。
彼女が参加した「Our Mother’s Lights」は、当初はボーカルを入れることは想定していなかったんです。どこかアフリカからアジアを飛ぶ鳥のイメージがあったので彼女のイメージに合うんじゃないかと思い、ヴォーカルを入れていただいたところ、想像以上によくて別次元に昇華してくれました。
Hatis Noitさんとは、以前からアジアの音楽やルーツについて話していたこともあり、僕から一緒に曲を作る提案をしました。まずはスタジオ近くでヒグラシの音を録音し、彼女に送り、彼女がそれにボーカルをつけ、その上に僕がまた少し音を重ねて完成しました。二人とも声という要素でこの作品の幅を広げてくれているのと同時に、渡り鳥というテーマにも深みを与えてくれています。
ーーこのアルバムには、個人的には、ニューエイジ、アンビエント、ジャズに至るまで非常に多彩な音楽性が含まれているように感じました。とりわけ、以前の作風よりもクロスオーバー性が強まったという印象を受けました。制作者として、その点はどのようにお考えでしょうか。
Masayoshi Fujita: 前作『Bird Ambience』は、楽曲ごとに音楽性が異なり、アルバムとしての統一感に欠ける部分がありました。あの作品は、それまで自分が試みてきた様々なタイプの音楽を全て取り込んで一緒くたにするというアイデアのもと作ったので無理もないのですが、次作品はさらに方向性を絞ったものにしたいという思いがありました。今回は、アンビエントの方向性に絞りつつも、参加アーティストの影響もあり、クロスオーバーな要素も加わったと感じています。
ーーまた、その中で、個人的にはスティーヴ・ライヒの系譜にあるミニマル・ミュージックの影響も見出すことが出来ました。藤田さんにとって、ライヒはどのような存在でしょうか。また、演奏者として、この数年、どのようなプレイヤーを目指してきたのか教えていただければと思います。
Masayoshi Fujita: 正直に言うと、僕はスティーヴ・ライヒの音楽をあまり聴かないので、直接的な影響は少ないかもしれませんね。ライヒはマリンバをよく使うので、連想されることは多いですね。もちろん知識としては知っていますし、曲も色々聞いたこともありますが、あまり個人的に感銘を受けたという曲は少ないでしょう。「Music for Pieces of Wood」という作品は例外的にとても好きなんですが………。でも、僕が直接的に影響を受けたミュージシャンでライヒの音楽から影響を受けた人は多いと思うので、間接的には少なからず影響は受けているかなと思います。
また、一演奏者としては、自分にしか表現できないヴィブラフォンやマリンバの音を追求し続けたいと思っています。確固たる自分の音を持った演奏者でありたいですね。
ーー 最後に、藤田さんは、長年のベルリンの生活を終えられて、現在、関西で活動されていらっしゃるようですね。ドイツと日本の暮らしの違いであるとか、それぞれの国の魅力などについて実体験を元に教えていただけますか。また、以前と比べて日本の印象は変わりましたか。
Masayoshi Fujita: ドイツから、兵庫県の北部に移住しました。違いは多くありますが、日本はやはり自分の故郷であり、根を下ろして長く生活しながら音楽を作りたいという夢がようやく実現した感覚です。今住んでいる場所は、私にとって全く新しい土地でとても自然豊かなところでなので、日々新鮮な発見があります。
田舎暮らしには、まだ慣れない部分もありますが、ゆっくりと新しい生活を築いていっている最中です。帰国前と比べて日本の印象が変わったというよりは、もっと深く日本の自然や文化を知り、感じられるようになったと思います。なんとなく知っていると思っていたこと、想像していたことが具体的に見えてきて、さらに奥深い魅力も発見していっているという感じでしょうか。
◾️アルバム情報 Masayoshi Fujita 『Migratory』 - Erased Tapes
Tracklist:
Tower of Cloud
Pale Purple
Blue Rock Thrush
Our Mother's Lights (feat. Moor Mother)
Desonata
Ocean Flow
Distant Planet
In a Sunny Meadow
Higurashi (feat. Hatis Noit)
Valley
Yodaka
Listen/Purchase: https://idol-io.ffm.to/Migratory