Aaron Parks(アーロン・パークス) Litte Big Ⅲ
Release: 2024年10月18日
Review
ニューヨークのジャズ・ピアニスト、Aaron Parks(アーロン・パークス)は、ECM(ドイツ)のリリースなどで有名な音楽家。今回、彼は13年振りに名門ブルーノートに復帰している。『Little Big Ⅲ』は、2018年の『Little Big』、2020年の『Ⅱ』に続く連作の三作目で、三部作の完成と見ても良いだろう。今作は彼の代表作『Arborescence』と並び、代表作と見ても違和感がない。軽快なシャッフルのドラムとアーロン・パークスの静謐な印象を持つピアノが合致した快作。
アーロン・パークスのピアノの演奏は旋律とリズムの双方の側面において絶妙な均衡を併せ持ち、今作にかぎってはバンドアンサンブル(カルテット)の醍醐味を強調している。エレクトリックジャズをバンドとして追求したように感じられた。例えば、オープニング「Flyways」はピアノとドラムを中心に組み上げられるが、軽快さと心地よさのバランスが絶妙だ。パークスのLyle Mays(ライル・メイズ)を彷彿とさせるフュージョンジャズに依拠したピアノのスケール進行がエレクトリック・ギター、エレクトロニックの系譜にあるシンセサイザー、しなやかなドラムと組み合わされ、聞いて楽しく、ビートに体を委ねられる素晴らしい一曲が登場する。ギター、ピアノの組み合わせについては、ロック的な響きが込められているように感じられた。
「Locked Down」は、パークスの主要な作風とは異なり、シリアスな響きが強調されているように思える。この曲では、ドラムの演奏が主体となり、ピアノは補佐的な役割を果たしている。ドラムのタム、スネア等のエフェクトもクロスオーバ・ジャズの性質を印象付ける。そして都会的な地下のムードを漂わせるゆったりとしたイントロから、中盤にかけて瞑想的なセッションへと移行していく。特に、2分20秒付近からパークスの見事な即興的な演奏に注目したい。またジャズのコンポジションの基本形を踏襲し、エレクトロニックの文脈が曲の最後に登場するが、パークスは華麗なグリッサンドを披露し、前衛的なエレクトロとドラムの演奏に応えている。
三曲目に収録されている「Heart Stories」はアーロン・パークスらしいジャズ・ピアノを中心とした曲で、彼の代名詞的なナンバーと言えるかもしれない。この曲でも、ライル・メイズの70年代の作品のようなフュージョン性が重視されている。ライブセッションとして繰り広げられる心地よいリズム、心地よい''間''を楽しむことが出来る。表情付けやアンビエント的な効果を持つドラムのプレイと組み合わされるパークスの演奏は、落ち着いていて、ほのかな上品さに溢れている。曲の序盤では、ピアノからギター・ソロが始まるが、音楽的な心地よさはもちろん、無限なる領域に導かれるかのようである。特に、二分半頃からフュージョンジャズのギター・ソロは瞑想的な空気感を漂わせる。基本的に、この曲ではブラシは使用されないが、リバーブなどのエフェクトでダイナミクスを抑えつつ、スネアの響きに空間的な音響処理を施している。4分付近からはピアノソロが再登場し、以前のギターとの対話を試みるかのよう。また、作曲の側面から言及すると、「複数の楽器によるモチーフの対比」と解釈出来るかもしれない。曲の最後ではブルーノートのジャズライブで聞けるような寛いだセッションを録音している。
「Sports」は、エレクトリック・ベースで始まり、ライブのような精細感に溢れている。イントロではファンクの要素を押し出している。しかし、その後に入るドラムが見事で、断片的にアフロ・ビート等のアフリカの民族音楽のリズムを活かし、スムースなジャズセッションに移行していく。ピアノの旋法に関しても、アフリカ、地中海等の音楽のスケールを使用し、エキゾな雰囲気を醸成する。分けても、ピアノとギターがユニゾンを描く瞬間が秀逸で、ジャズの楽しさが見事に体現されている。この曲は、演奏者の息遣い等を演奏に挟み、痛快なイメージで進行していく。更に、曲の中盤では、ギターソロが入り、ロック/プログレジャズのような要素が強まる。以後、カリブの舞踏音楽「クンビア」のような民族的なリズムを活かし、闊達なジャズを作り上げる。4分頃からはベース・ソロが始まり、三つの音域での自由な即興が披露される。この曲でも、それぞれの楽器の持つ音響性や特性を生かしたジャズの形式を発見出来る。ロンドンのジャズバンド、エズラ・コレクティヴをよりスマートに洗練させたような一曲。
「Little Beginnings」は規則的な和音をアコースティックピアノで演奏し、それをモチーフにして曲を展開させる。イントロのミニマリズムの構成を基にして、このアルバムのアンサブルの三つの楽器、ギター、ベース、ドラムの演奏が複雑に折り重なるようにして、淡いグルーヴを組み上げていく。しかし、それらのリズムの土台や礎石のような役割を担うのが、アーロン・パークスのピアノである。この曲の中盤からはフュージョン・ジャズの領域に入り込み、それぞれの楽器の演奏の役割を変化させながら、絶妙な音のウェイブを描いている。曲の後半ではローズ・ピアノの華麗なソロが入り、イントロの画一的な音楽要素は多彩的な印象へと一変する。アウトロでのローズ・ピアノの刺激的なソロは、このプレイヤーの意外な側面を示唆している。
また、今作にはニューヨーク・ジャズとしての要素も含まれているが、同時にロンドンのアヴァンジャズに触発された曲も収録されている。この辺りのプログレッシヴ・ジャズの要素がリスニングに強いアクセントをもたらす。「The Machines Says No」は、繊細かつ叙情性のあるギター・ソロで始まり、落ち着いたバラードかと思わせておいて、意外な変遷を繰り広げる。その後、Kassa Overallのような刺激的で多角的なリズムの要素を用い、絶妙な対比性を生み出す。旋律の要素は叙情的であるが、相対するリズムは、未知の可能性に満ちあふれている。この曲もまた従来のアーロン・パークスの作曲性を覆すような前衛的なジャズのアプローチである。
その後、アルバムの音楽性は、序盤のフュージョンジャズの形式に回帰している。「ジャズのソナタ形式」といえば語弊があるが、つまり、中盤の刺激的なアヴァンジャズの要素がフュージョンと組み合わされている。「Willamia」は、フォーク/カントリーとジャズとの交差性というメセニーが最初期に掲げていた主題を発見することが出来る。実際的にジャズの大らかな一面を体感するのに最適だろう。「Delusion」は、閃きのあるピアノ・ソロで始まり、スネアやタムが心地よい響きに縁取られている。音楽的な形式とは異なるライブセッションの要素を重視した聞き応え十分の一曲。アルバムは続く「Ashe」で終了する。そして、この最後の曲では、アーロン・パークスらしい落ち着いたピアノの演奏を楽しめる。ポピュラーとジャズの中間にあるこのバラード曲には、ジャレットのライブのように、パークスの唸り声を聞き取る事もできよう。
アーロン・パークスの13年ぶりのブルーノートへの復帰作『Little Big Ⅲ』では、ジャズという単一の領域にとらわれぬ、自由で幅広い音楽性を楽しむことが出来る。2024年の良作のひとつ。
86/100
「Ashe」