burrn 『Without You』
Label: Self Release
Release: 2024年10月16日
Review
2005年に東京で結成され、最初期のシューゲイズシーンを形成したburrrn。バンドは2011年に自主制作盤『blaze down his way like the space show』を発表した後、活動を休止した。それから13年が経過し、待望の復帰作『Without You』でカムバックを果たす。しかも、アルバムのプロデューサーにはRIDEのフロントマン、Mark Gardner(マーク・ガードナー!!)を抜擢。
burrrnはボストンのシューゲイズバンド、Drop Nineteen(ギタリストに安江さんを擁する)の東京版とも言える。バンドに何があったのかは定かではないものの、13年の ブランクはむしろバンドの音楽性を煮詰める絶好の機会になったように感じられる。このアルバムはシューゲイズのカルト的な側面を擁しているが、よく聞くと分かる通り、世界水準のロックアルバムである。傑作とまではいかないかもしれないが、熱心なファンの間でマニアックな人気を獲得しそうだ。
burrnのニューアルバム『Without You』にはシューゲイズの基本的な作風が凝縮されていて、『Loveless』の系譜に属している。転調や移調をギターのトーンの変容の中で交えながら、アシッド的な雰囲気を呼び覚まし、ドリーミーなボーカルが全般的な陶酔感を引き立てる。シューゲイズの醍醐味であるフィードバックノイズと幻覚性を呼び起こすMBVの音楽が下地になっている。しかし、バンドの音楽には深い知見があるので、音楽が単なるキャッチコピーに終始することはない。このジャンルの中核にあるネオ・アコースティック/ギター・ポップの要素がバーンのソングライティングの核心をなしており、ギターサウンドの組み立て方やマンチェスターの80年代のエレクトロのビートの引用し、ポンゴ等のワールドミュージックの一貫にある楽器も取り入れたりと、念入りな工夫が凝らされている。しかし、サウンド自体はそれほどマニアックにならず、耳にすっと入ってくる。聴きやすいサウンドと言えるのだ。これはシューゲイズのマスタークラス、マーク・ガードナーさんのプロデュースの功績と言えよう。
ロンドンのWhitelandsのギタリスト/ボーカルのエティエンヌは、このジャンルが「誰でも出来る」と言っていたのだったが、それが彼の天才たる所以である。シューゲイズはギターの音響の特性やフィードバックに関する広汎な知識を必要とするので、少なくとも素人が手を出すようなジャンルにはあらず。むしろ他のジャンルを卒業したバンドがやるべき音楽であり、感覚的にこういったジャンルの音楽を確立するのは至難の業。しかし、バーンは、このアルバムで、シューゲイズのトーンの変調を活かし、独特なグルーヴを出現させている。ただ、バーンの音楽は、他のシューゲイズバンドと同じように、ダンス・ミュージックに特化しているというよりも、ドリーム・ポップの要素が色濃い。アルバムの冒頭を飾る「Vague Word」では、カヒミ・カリイ等の渋谷系シンガーを彷彿させるスタイリッシュなボーカルが際立ち、これらがノンビートに近い希薄なドラム、そして抽象的なギターのアンビエンスと掛け合わされる。一見すると、シンプルに思えるが、実際的にはかなりの深い見識に裏打ちされたサウンドである。これは軽さやポップさという側面をバンドサウンドとして計算しつくした結果と言えそうだ。
二曲目の「Your Sweetness」では天才的なメロディーセンスが遺憾なく発揮されている。ラフでローなサウンドは、Bar Italiaの最初期のサウンドに近いが、ロックではなく、ポップという側面がburrrnのサウンドに個性味をもたらしている。甘めのメロディーは、渋谷系の直系に当たり、スコットランドのネオ・アコースティックの音楽性を活かし、エレクトリック/アコースティックのギターのユニゾンの多重録音を強調させ、陶酔感のあるシューゲイザーを作り出している。バンドアンサンブルに加えて、男女ボーカルのユニゾンというMBVのコーラスの要素が登場する。さらにシューゲイズの転調という側面を活かし、曲のセクションごとに移調を繰り返し、独特なトーンの揺らぎと抽象的な音像を作り出している。これは見事としか言いようがない。
このアルバムには、ボーカルやドラムの音像を曇らせる、シューゲイズの「暈しの技法」が取り入れられていて、それはThe Telescopesのようなカルト的なロック性に縁取られている。他方、アルバムの中盤に登場する「Band Doll」のような曲には、ローファイやスラッカーロックの要素が出現し、リスニングの際に強固な印象をもたらす。ノイズやフィードバックを強調させたサウンド、それとは対称的なダウナーでスロウテンポの楽曲が並置されることで、かなり危ういところでバランスを保っている。これは経験が乏しいとハチャメチャなサウンドになる恐れがあるが、burrrnはスレスレのところで絶妙な均衡を保っているのに驚きを覚える。この曲では、シューゲイザーの天国的な音楽性がバンドアンサンブルによって組み上げられる。プロデュース的なサウンドに陥ることなく、精細感溢れるバンドサウンドを追求しているのに注目だ。
シューゲイズの音楽はときどき、シリアスになりすぎたり、ダークになりすぎたりすることがある。これは時々、リスナーとして気が滅入りそうになることがある。しかしながら、このアルバムでは、アートワークのかなり不気味なイメージとは異なり、明るい光に満ち溢れたエネルギーが発露する瞬間もある。「Flirtation」は、burrrnがワールド・スタンダードに到達した瞬間であり、特に他の曲では存在感をあえて消しているドラムのビートの刻みの迫力が押し出されている。ボーカルは他曲と同様に多重録音だが、表向きに現れる精細感のあるボーカルワークを聴くとスカッとする。少なくとも、「Flirtation」はロックソングとして秀逸で、爽快感に満ちあふれている。特に、マーク・ガードナーのプロデュースはこの曲に洗練性を付与している。
東京のオルタナティヴロックバンド、 burrrnは、The Telescopes、Bar Italiaとおなじようにサイケデリックの音楽性をエッセンスとしてまぶすことがある。日本語で美しさを意味する「Birei」は、まさしく曲名とぴったり合致し、ギターサウンドのアーティスティックな側面がフィーチャーされている。それは轟音のディストーションギター、そしてフィードバックノイズというこのジャンルの基本的な要素を踏襲している。この曲でも、ファンシーな印象を持つボーカルが際立つ。表面的なサウンドはハードロックであるが、その背後にぼんやりと煙のように揺らめくのは、Throwing Muses、Breedersのような、4ADの最初期のコアなオルタナティヴサウンドなのだ。
burrrnのロックのアウトプットは広汎であり、間口が広い。「Always Alright」ではヨ・ラ・テンゴのようなギターロックに挑戦し、「Destruction」では、デモソングのようなラフなミックスが強調されている。こういったギターロックやオルタナティヴロックのコアな魅力をいくつも提供した上で、本作のクローズ「Lovers Interlude」では、70年代のバーバンクサウンド、あるいはLa's(ラーズ)のようなフォークロックが登場するのだから手がつけようがない。
もしかすると、このアルバムは定期的に作品をリリースしていたら完成しえなかったかもしれない。しばらくプロジェクトと距離を置いていたからこそ、音楽にパワーが溢れ、奇妙なパッションが込められている。2024年のトクマル・シューゴの最新作と並んで、世界水準のロックアルバムの登場!!
86/100