【Review】 Godspeed You! Black Emperror 『No Title As of 13 February 2024 28, 340 Dead』

Godspeed You! Black Emperror 『No Title As of 13 February 2024 28, 340 Dead』




Label: Constellation

Release: 2024年10月4日

 

Review  

 

単にバンドというよりも、アートグループといった方が最適なカナダの伝説的なポストロックバンド、Godspeed You! Black Emperror(以下、GY!BE)は、ギタリストでソングライターであるエフリム・メニュクを除いては、メンバーを固定せずに30年余り活動を続けてきた。当初の編成は弦楽器を含む9人編成だった。現在のラインナップは、二本のヴァイオリン、コントラバス、グロッケンシュピール、テープループ、16mmのフィルム撮影者を含む9人編成である。93年頃に結成され、翌年には限定33枚のカセットテープをファースト・アルバムとしてリリースした。99年にはNMEのカバーストーリーを飾り、世界的にその名を知られることに。プロジェクターをステージの背後に置き、音楽と同期させ、映像的なライブパフォーマンスを行うことでも知られている。

 

MOGWAI、Sigur Rosと並んで、ポストロックの代表格とされるGY!BEであるが、当初はハードロックバンドとして認知されていた。うろ覚えであるが、カナダかイギリスのメディアは、このバンドを当初、Led Zeppelinと比較していた。それはハードロックの中に、ストーリーテリングの要素が含まれ、また、90年代としては画期的なスポークンワードのサンプリングの映像的な試みが取り入れられる場合があったからである。分けても、Kranky(国内ではP-VINE)から発売された『Lift Your Skinny Fists Atennas to Heaven』(2000)では、アルバム全体が映画のような趣を持つコンセプチュアルな作品だった。また、演奏がない箇所が時々10分近くに及ぶという側面では、同年代のアルバムとは似て非なる革新的な内容であった。さらに、この音楽性は実際的に、ケンタッキー州ルイヴィルのRachel'sの『Handwriting』(1995)という黎明期のポストロック・アルバムに準ずるものであった。ストリング等のオーケストラ楽器は、1995年の時点でロックのアンサンブルと共存していたということだけは指摘しておくべきだろう。

 

カナダのGY!BEに関しては、幻惑的なハードロックギターを自前の室内楽のストリングスと重ね合わせて、それらをダイナミックなロックソングとして昇華するという点で際立っていた。同時に、このバンドは、ロックミュージックの瞑想性や70年代前後の英国のハードロックバンドが持ち合わせていたサイケデリック性や幻惑的な雰囲気をギターロックを中心に構築してきた経緯がある。また、主要な音楽性と合わせて、政治的な暗喩を交えることもあり、啓示的だと言われることもあれば、旧約聖書の黙示録になぞらえられることもある。つまり、アンサンブルに関しては、Led Zeppelinに比肩するが、歌がなくインストゥルメンタル主体の構成である。


時々、語りのサンプリングが導入されることもあるが、それは飽くまで主体となる音楽のサイドストーリーに過ぎない。その分、ギターのコイルの電気信号の増幅によって暗示的な物語性を増強するというのが他にはない彼らの特性である。だからこそ、プロジェクター映像の同期が演出として生きてくる。彼らの代表作『Lift Your Skinny-』では、轟音のギターがストリングと組み合わされると、MBVのようなシューゲイズに近くなる場合もあったが、基本的なサウンドは、ハードロックやプログレッシヴロックのプリミティヴな響きにあると言えるだろう。また、ドラムに関しては、オーケストラのドラムを使用する場合が稀にあり、現代的なロックやパンクのようなタイトなドラムの録音とは対称的である。聞き方次第では、バタバタというトロットのようなヒットにも聞こえる。GY!BEのドラムは、ジャズやロックのように、リズムを強化するためではなく、ギター、ベース、ストリングスがもたらす幻想性を強める役割を司る。リズムの強化にとどまらず、曲全体に漂う幻惑を湧き立てるような演出的な効果を担うのである。

 

 

近年では、テーマやモチーフそのものが大掛かりになり過ぎて、作品として収集がつかないというケースがあった。つまり音楽自体がベクトルとして外側に放射されていることは確かだったが、それがアンサンブルとして交わる点がなく、科学的な反応を起こすまでには至らなかった。要は、多人数の編成によるアンサンブルがタイトにまとまる瞬間が稀だったのである。確かに、音楽からは長大な大河劇のようなドラマを、アンサンブルを通じて構築しようというコンセプトを感じることが出来たが、それが上滑りに終わってしまうというか、分散的な音楽に終始し、着地点を見失っていたことがあった。しかし、今作では、未来志向の音楽性でなく、それとは対象的に原始的なロック性を中心に据えたことで、強固なアンサンブルの骨組みが出来上がり、そして、音楽そのものがイントロからアウトロまでスムーズに移行していく。 このアルバムは祝福的なギターロックで始まり、アンプリフターの特性を生かしたファズサウンドが気持ちを湧き立てる。近年の暗鬱な音楽性はどこへやら、晴れやかな序曲がファンファーレのように鳴り渡る。


その後、本作は、「BABY IN A THUNDERCLOUD」で瞑想的なギターロックの領域に差し掛かる。テープループを元に、ベース、ギターの演奏を織り交ぜ、テープサチュレーションを用いた荒削りなロックソングへと移行していく。ほとんど無調に近いギターはマーチングのようなドラムと合わさり、勇壮な雰囲気を帯びる。そして音響派に位置づけられる抽象的なギター、ストリングスのトレモロによって、徐々に曲のテンションが上昇し、バンドアンサンブルのエナジーが強まっていく。近年、鳴りを潜めていたアンサンブルの一体感や音の一つひとつの運びによって次の展開を呼び覚ますような流れが構築されていくのである。最終的には、ロックソングとしての余韻をただよわせながら。かなり古い型のメロトロンでこの曲は締めくくられる。

 

 

アルバムの中で深い瞑想性を呼び覚ますのが続く「RAINDROPS CAST IN LEAD」である。 イントロのテープループが続いた後、エレクトリックギターの演奏が続くが、久しぶりに聴く正真正銘のギター・ソロである。そして、90年代から長らくそうであったように、ミニマルミュージックの構成を踏襲し、それらをLed Zeppelinの音楽性と結びつける。この曲では、同じフレーズを辛抱強く重ね、ストリングの演奏を交え、お馴染みの渦巻くようなエネルギーを徐々に上昇させていく。また、音楽には、カシミール地方の民謡のエキゾチックな要素が含まれ、UKのロックバンドと同じように瞑想的な雰囲気や、エキゾチズムを湧き起こす。それはMdou Moctorのような古典的な民謡の要素である。これが果たしてカナダのウィニペグ族の音楽であるのかについては考察の余地が残されている。また、ミニマリズムを用い、バンドのアンサンブルは最もノイジーな瞬間を迎えるが、その後すぐさま静寂に立ち返り、スポークンワードのサンプリングが導入される。この手法は最近のポピュラーでは頻繁に使用されるが、彼らが90年代に一貫して試作してきた音楽は、2020年代にふさわしいものであったことが分かる。

 

 

前曲で最も激しい瞬間を迎えた後、続く「BROKEN SPIRES AT KAPITAL」、「PALE SPECTOR TAKE PHOTGRAPHERS」は連曲のような構成となっている。実際的に啓示的で黙示録的な音楽性が目くるめく様に展開される。弦楽器のアコースティックのドローンを用い、中東の戦争を予言的に暗示している。さながら西と東の対岸にある二つの勢力が折り重なり合うように、弦楽器のドローン奏法が音を歪ませ、強い軋轢をもたらし、そして世界の不協和音を生みだす。従来、音楽による社会的な暗喩がこれほど的確であったことはない。オーケストラ・ヒット(ドラのようなパーカッション)、テープループが主体の実験音楽であるが、コントラバス(ウッドベース)の強いスタッカートが打楽器の効果を発揮する時、独特の不気味さを帯びる。彼らの実験音楽のアプローチが遂に集大成を迎えたと言うことが出来るだろう。その後、再びバンドアンサンブルに戻るが、7分35秒以降のスリリングな展開は圧巻と言えるだろう。

 

アルバムは「GREY RUBBLE」でエンディングを迎える。ギターのトレモロで始まり、お馴染みの音響派としての方向性が選ばれる。Godspeed You! Black Emperrorの音楽性は一貫して明るくはないが、示唆や暗示に富み、そして茫漠とした霧の向こうにある構造物を垣間見るかのようである。しかし、その暗鬱な音楽性の果てに浮かび上がる祝祭的な音を捉えられるかどうかが、バンドの音楽を好ましく思うかの瀬戸際となる。ロックバンドとしては最高峰に位置し、並み居る平均的なバンドとは格が違う。これは、彼らが、売れるか否かによらず、実験的な音楽性や革新性を見失なわなかったことに要因が求められる。そして何より、ギターという楽器が単に曲を演奏するためのツールではないことは、このアルバムを聴くと一目瞭然ではないだろうか。ギターとは啓示をもたらすための装置で、テクニックや演奏だけに終始するわけではない。そして、一般的に考えられているよりも未知の可能性に満ちた楽器であることが分かる。

 

 


95/100