【Review】 Lex Amor. 『forward ever.』 

Lex Amor. 『forward ever.』 

 

Label: Modern Oak

Release: 2024年10月4日



Review


Lex Amor(レックス・アモール)は、ノース・ロンドンを拠点に活動するラッパー/DJである。詳しいリスナーならば、Wu-Luの「South」にコラボレーターとして参加し、曲の最後でラップしているのをご存知かも知れない。レックス・アモールは端的には言えば、Little Simzの次世代のラッパーである。アモールのニュアンス、ラップ自体は繊細で、ナイーヴな感覚を持ち合わせている。

 

レックス・アモールのラップは、トラックメイクの前面に出てくるというより、背景となるエレクトロニック・サウンドにじんわりと馴染むといった感じである。最近のロンドンでは、トラップ/サザンヒップホップの「エレクトロニックとヒップホップの融合」という手法を受け継いで、イギリスのダンスミュージックと結びつけている。レックス・アモールのヒップホップもまた、ダブステップやドラムンベース、UKガラージといったベースメントのEDMと密接な関係を持つ。ジョーダン・ラケイの系譜にあるEDMに加わるセンス抜群のラップは、次世代のヒップホップの象徴とも言える。また、実際的に、ギターやベースの生演奏が加わるという点では、Ninja Tuneのサウンドの系譜に位置づけられる。様々な観点から楽しめるヒップホップだ。

 

『forard ever.』に関してはどうだろうか。大掛かりな枠組みを設けず、さりとて分かりやすいサビを作るわけでもなく、淡々とラップを続けてグルーヴを作り上げ、音楽をマイスターのように組み上げてゆく。全体的には、エレクトロニックのトラックにラップするというシンプルな内容である。しかし、トラック制作に関して非凡なセンスがあり、メロウでダークな質感を持つラップ、細かなビートの組み合わせ、 それからレゲエ/レゲトンの系譜にあるフロウが際立っている。さらに、ボーカルやホーンをサンプリングし、組みわせて、心地よいビートを生み出す。

 

実際的に近年のヒップホップアーティストは、エレクトロニックのプロデューサーとしても優れている場合が多い。レックス・アモールも同様である。オープニング「SUN4RAIN」を聞けば、いかに彼女がプロデューサーとして傑出しているか、お気づきになられるだろう。そして、レックス・アモールのヒップホップは、ECMのニュージャズのように、エレクトロジャズの影響も含まれている。これが、全般的な音楽として、ネオソウルのようなメロウさと甘美的な感覚を作り出し、切なさを漂わせるラップと重なりあう。「SHINE IN」は、ワールドミュージックやニューエイジのイントロを起点にして、グリッチ・サウンドをベースにしたUKドリルを展開させていく。しかし、しっとりとした感覚を持つネオソウルの系譜にあるアモールのリリック捌きが独特なアトモスフィアを作り上げる。その雰囲気を一層メロウにしているのが、ダブステップ/フューチャーベースの系譜にあるビートやホーンのコラージュ、コーラスの配置である。これらの多角的なヒップホップは、アシッド・ジャズのような瞑想的な雰囲気を呼び覚ます。決してヒップホップが軽薄な音楽ではないよとレックス・アモールは示唆するわけだ。


このアルバムを聴くと、インストゥルメンタルのEDMは今後、大きな革新性や工夫を凝らさないと、時代遅れになりそうな予感もある。なぜなら、リトル・シムズを筆頭に、ヒップホップ界隈のアーティストのほとんどは、平均的な水準以上のプロデューサーとしての実力を兼ね備えているからである。これは、はっきり言うと、インストゥルメンタルを専門とするエレクトロニック・プロデューサーにとっては、かなり脅威なのではないかと思われる。特に、ハードコアやガラージ、ドラムンベースをヒップホップと掛け合わせることは、ロンドンのラップミュージシャンとしては、ほとんど日常的になっていることが分かる。それらのダンスミュージックの知識とセンスの良さがNY/ブロンクスの古典的なDJのように試されるといった感じである。

 

「BEG」は、EDMとしてそれほど新しくはなく、古典的なドラムンベースを踏襲しているが、やはりというべきか、レックス・アモールのラップが入ると、それらの古典的なダンスミュージックは新鮮なエモーションを帯びる。そして、アモールのラップに関して言及すると、現代的なレゲエ/レゲトン等を吸収した歌唱法を披露していることに注目である。そして、リリックを曲の中に能うかぎり詰め込むというよりも、歌わない箇所をうまく活かし、いわば乗せる部分と聞かせる部分を選り分けているように感じられる。これは、ダンスミュージックのインストゥルメンタルの箇所の魅力を知っているから出来ることだろう。

 

続く「GRIP」も同じくダンスミュージックを主体とする楽曲だが、レックス・アモールのラップは、ほとんど囁きやウィスパーに近い。これはオーバーグラウンドのヒップホップとは対象的に、もの憂げな側面を押し出した、大胆なラップのスタイルである。従来までは、アグレッシヴな側面ばかりが取りざたされることもあったが、どのようなアーティストもナイーヴな側面を持っている。それをストレートに伝えることもまたヒップホップの隠れた魅力の一面なのかも知れない。そして、リズムの複雑化というのが、近年のロンドン界隈のヒップホップの主題である。続く「A7X」は、Stormzyの系譜にあるシンプルで聴きやすいUKドリルの楽曲であるが、リズムの構成が緻密に作り込まれているし、なおかつフューチャーソウルの音楽性がSF的な雰囲気を帯びる。音楽的な世界観としてはSZAに近いが、それほど過剰な音楽性になることはない。ストリートの空気を吸い込んだシンプルなヒップホップのスタイルが貫かれている。

 

「SUMMER RAIN」は、ギターのアップストロークの演奏をコラージュしたEDM。この曲もジョーダン・ラケイの系譜にあるスタイリッシュなヒップホップである。そして、他の収録曲とは少し異なり、ポピュラーの歌唱が織り交ぜられていることが、楽曲そのものの楽しみや面白さを倍増させている。つまり、これはラップの進化のプロセスを示していて、今後のヒップホップは、曲の中でポピュラーのボーカルを部分的に披露するというスタイルが台頭してくるような気配もある。(もちろん、ポピュラーのコラボレーターを参加させるというのも奥の手になるだろうか)これは、例えば、ポピュラーアーティストがスポークンワードを曲で披露するのとは真逆の手法であり、ポピュラー音楽に対するラッパーからの回答とも言うべきだろう。


もうひとつ、このアルバムの最大の魅力は、全体のアンビエンスを形作るオーガニックな感覚にある。「1000 Tears」は、ゆったりとしたBPMのダブステップの系譜にあるヒップホップだ。もちろん、現代的なネオソウルの影響も含まれるとは言え、ボーカルアートのような要素がひときわアーティスティックな印象を帯びる。ヒップホップやラップはおそらく、その表現性を極限まで研ぎ澄ましていくと、ボーカル・アートに近くなるのかもしれない。この曲では、ELIZAのボーカルの協力を得て、「ラップのコラージュアート」という未知の領域へと差し掛かる。ボーカルのサンプリングを活かして、それらをトラックの随所に散りばめるという手法は、ラップにおけるアクション・ペインティングの要素を思わせる場合がある。これはまた、バスキアの事例を見ても分かる通り、ヒップホップというジャンルがストリートで発生し、そしてアートと足並みを揃えて成長してきた系譜をはっきりと捉えることが出来るだろう。


現在、多数のプロデューサーが取り組んでいる「ジャズとヒップホップのクロスオーバー」という主題は、すでにシカゴ等の地域で盛んであったが、ロンドンでも今後の主流となっていきそうな気配がある。「AGAIN」では、ジャズの抽象的なニュアンスを捉え、グルーヴ感のあるEDMにテイストとしてまぶすという手法が見出される。そして、これらは現代的なロンドンのダンスミュージックと結びつくと、アーバンでスタイリッシュ、洗練された印象を帯びるのである。この曲は、ヒップホップがジャズに最接近した瞬間で、それらの表現法はニュージャズに属する。今後、こういった手法がどのように変化したり、成長していくのかを楽しみにしたい。

 

レックス・アモールの音楽性がすべてが完成したといえば誇張表現になるだろう。もちろん、その中には発展途上の曲もある。しかし、現代の女性ラッパーとしては、抜群のセンスが感じられる。全般的には、アンニュイとも言うべきヒップホップに終始しているが、クローズ「SUPER BLESSED」だけはその限りではない。アンダーグラウンドのダンスミュージックとヒップホップを結びつけ、本作のクライマックスで強烈な爪痕を残す。レックス・アモールはフューチャーベースを主体としたヒップホップにより、ロンドンのラップの現在地を示している。

 

 

 

82/100