【Weekly Music Feature】  Liela Moss 『Transparent Eyeball』 

Liela Moss



ロンドンのシンガーソングライター、Liela Moss(リエラ・モス)は4枚目のスタジオ・アルバム『Transparent Eyeball』のリリースを発表する。


デューク・スピリットのメンバーとして知られるリエラは、ソロ活動やコラボレーションを通じて影響力のあるアーティストとしての地位を確立してきた。リエラの催眠術のような、しばしば激しい音楽スタイルは、SPIN、NME、Clash Magazine、Uncut、MOJO、Record Collector、6 Music、Radio Xなどが支持し、世界中のテイストメーカーや音楽ファンから大いに称賛されている。


2008年の「My Name is Safe In Your Mouth」、2020年の「Who The Power」、2023年の「Internal Working Model」、そしてデューク・スピリットとの5枚のアルバムにより、「Transparent Eyeball」はリエラの新時代を築き、より大胆なサウンドの方向へと進んでいる。


プロデュース・デュオのIYEARA(マーク・ラネガン、ヒューマニスト)と協力し、リエラはドラマチックで脅威的なサウンドを作り上げた。スペイシーで、グリッチーで、息をのむほどスタイリッシュな「Conditional Love」の洗練されたプロダクションとリエラのパワフルなヴォーカルは、このアルバムで何が期待できるかを垣間見せてくれる。


リエラはアルバム制作について以下のように回想している。「このアルバムは、20年間曲をレコーディングしてきた中で最も自発的なプロセスだった。プロデューサーのIYEARAとは、もし2曲でしっくりくるものができたら、全部をアルバムにして、私が歌うことにしてもいいかなというような会話をした」


「できる限り自然体でいることを心がけながら、私は音楽の雰囲気から生まれたセリフや言葉を吐き出したが、それは私の一般的なこだわりというテーマで統一されている。権力闘争に憑りつかれている我々人間たちは、どうすれば争いを解決できるのだろうか。私は、人間関係における不寛容が、そもそもそのような境界線を刺激する恐怖よりも、どれほど大きな害を深く引き起こしているのかについて考えていた」




Liela Moss 『Transparent Eyeball』 - Self Release (A Bardge Of Friendship)
 
 


 
 
リエラ・モスは三作目のアルバム『International Working Model』で実験的なポップスをもと
に聴きごたえのある作風を確立したが、それほど派手な印象をもたらしたとは言い難かった。 モスは、Bjorkに近いハスキーな声質を持ち、音域やビブラートの伸び等、歌手として申し分ない資質を兼ね備えていたが、端的に言えば、彼女は才能を持て余していた。それは間違いなく、ポップという側面にこだわっていたから、その才能を発揮しきれない部分があったのである。


しかし、今回、IYEARA(マーク・ラネガン、ヒューマニスト)をプロデュース・チームに招聘し、「A Bardge Of Friendship」という制作チームの助力を得て自主制作盤としてリリースされた『Transparent Eyeball』では、KASABIANのデビュー当時のようなエレクトロ・ロックへとドラスティックな音楽的な変換を図り、見違えるような印象をもたらすことになった。カサビアンはデビュー当時、自分たちを『ギャングスタ』と名乗っていたが、それに近いイメージだ。そのセンセーショナルで毒気に満ちた印象は、デビュー時のビョークやベス・ギボンズに匹敵する。
 
 
4作目のアルバムは、シンプルに言えば「歌手としての変身」を意味する。この新作を聴けば、三作目までのリエラ・モスのイメージは一瞬で吹き飛ぶ。まるで嵐のようなポピュラー/ダンスロックが走り抜けていき、一般的なリスナーは口をポカンと開けたまま、その音楽に圧倒されてしまうかも知れない。実際的にレコーディングルームの雰囲気が収録曲に乗り移ったか、もしくはマーク・ラネガンがよく知る「ストーナー」の手法をダンスミュージックのアシッドの感覚を結びつけたかのようである。アルバムは奇妙な緊張感に満ちていて、そしてライヴステージ向きのサウンドを徹底して強調している。アンセミックなフレーズを散りばめ、扇動的であることを最優先し、リエラ・モスはアグレッシヴなヴォーカルを披露する。3作のフルレングスの制作やライブにおいて、彼女はそのための布石は十分に作っておいた。まるで内側に溜め込んだエネルギーを一挙に開放するような感じで、覇気のあるヴォーカルを披露する。
 
 
 
本作の音楽は、Portishead、Trickyのトリップ・ホップ、Primal  Scream、New Orderのダンス・ロックの文脈をかけ合わせ、それらを全体的に実験的なポップとして組み上げる。ただ、オープナー「Prism」を聴くと分かるように、基本的にはシンプルな8ビートのロックで構成され、これらはアルバム全般を通じてほとんど崩れることがない。
 
 
トラック全体の波形にディレイを施し、アコースティックのドラム演奏を元に、力強いグルーヴを作り出し、そして、現在の歌手の印象であるスタイリッシュな感覚を徹底して押し出す。ボーカルに普遍的なソウル/ダンスからの影響を取り入れ、トリップ・ホップやダブの系譜にあるドラムのエッフェクティヴな効果、『Dummy』の作風に代表されるエキゾチックなシンセの断片が組み合わされ、堅牢なポップ/ロックソングが出来上がる。音楽的な手法としては複雑でハイレベルだが、表向きに現れるのはカサビアンのデビュー当時のようなシンプルなロックである。
 

「Dark Kitchens」は、ポピュラー/ロックとして優れているだけではなく、今年のダンスミュージックの中でも傑出していると私自身は思った。インダストリアル・ノイズを80年代のマンチェスターのエレクトロに織り交ぜ、ハードコア・テクノとポピュラー・ミュージックを劇的に融合させている。


全体的にはハードコアテクノなのだが、その中に、ビョークやセント・ヴィンセントのシネマティックなポップス、シアトリカルなポップスの影響を織り交ぜ、渦巻くようなグルーヴを背景に、モスはクールな歌を披露している。前作ではインディーフォークの系譜にある柔らかい印象の曲も制作していたが、その面影は最早どこにもない。人が生まれ変わったかのように、全盛期のアニー・クラーク、ギボンズ、ビョークに匹敵する凄まじい迫力のヴォーカルを披露する。
 
 
 
 
「Dark Kitchens」


 
 
アルバムの中盤では、多彩な印象を持つエレクトロニックがポピュラーと結び付けられる。IYEARAのプロデュースは個性があり、ジェフ・バーロウのようにリズムトラックに徹底して注力し、細部のリズムの作り込みは精密機械のようである。そしてドラムテイクがボーカル・トラックよりも前面に出てくることがある。
 
 
 
「3-Conditional Love」はアルバムのもう一つのハイライトとなる。Primal Scream、New Order、Underworldのダンサンブルなシンセサイザーのフレーズをポーティスヘッドのサンプリング・ドラムと掛け合わせ、それらを、Florence+The Machineのゴシック調のポピュラーと結びつける。しかし、サビの部分では、80年代頃のポピュラーを意識したアンセミックなボーカルを披露し、それらがスペーシーなシンセによって強調される。ライブで映えるようなナンバーである。
 
 
「Reward」は、メロとサビを変拍子によって対比させた一曲である。St.Vincent(アニー・クラーク)の系譜にある曲調であるが、ロックというよりもメタリックな印象を徹底して押し出した過激な雰囲気を擁するナンバーだ。同じように、編集された多重録音のリズム・トラックにインダストリアルなノイズを配し、Trickyのようなヒップホップに傾倒したグルーヴを生み出す。
 
 
曲の土台となるリズムやベースがしっかりと作り込まれていて、単体でも成立しているからこそ、リエラ・モスは安心感を持って歌をうたえるし、ヴォーカリストとしての存在感を際立たせることが出来る。この曲では、女性のソプラノの音域からアルトに属する音域を変幻自在に歌いこなし、アルバムの中で最も自由闊達に歌うリエラ・モスの高い表現力を体現している。
 
 
ラディカル(急進的)な印象を持つ本作の序盤であるが、後半とのつなぎ目に、バラード調の落ち着いた曲が収録されている。「Something I Left Behind」は、バンド時代からおよそ21年のキャリアを振り返り、歌手として新たな決意表明を行うかのような勇ましさに充ちたナンバー。他の収録曲と同様に、リズムトラックに力が注がれているが、この曲は音楽性が異なる。


例えば、Pearl Jam、Alice In Chains、Soundgardenといったグランジの急峰の音楽の旋律的な要素を踏襲し、ポップスの枠組みで展開させ、最終的には、ブリストルのトリップホップの形式と融合させる。例えば、ロックという解釈を差し置いても、サウンドガーデンのクリス・コーネルの曲は、ポピュラーソングとして傑出している場合があるが、そのことをつくづく考えなおさせるような一曲である。グランジは、ハードロックやメタルの側面ばかりが取りざたされるが、間違いなくポピュラー音楽の要素を含んでいたことを、リエラ・モスは示唆するのである。
 



ここまでを聴くと、前作から別のシンガーになってしまったようなイメージを抱くかもしれない。しかし、前作から大きく飛躍した作風であることは事実であるのだが、以前の作風を生かした曲も収録されている。そして、これらの近年のBjorkの系譜にある実験的なポップスがアルバム全体のブリッジの役割を果たす。謂わば、アルバムの最終盤の結末に向けた伏線ともなる。


「Blue」、「Stciky」の2曲は、実験的なポップスにゴシックのテイストを加え、前衛的な作風に取り組んでいる。しかし、一貫して、それらの前衛性はリズムやビートの構成を中心に展開される場合が多く、メロディーという側面では、むしろどこかで聴いたことのあるような一般的なフレーズを尊重している。これはアヴァンギャルドに傾倒しすぎると、理解出来るリスナーが限定的になってしまうため、あえて分かりやすい余地をどこかに残しているものと推測される。前者では、Yves Tumorの系譜にあるノイズを含めたミクスチャーとしてのハイパーポップ、そして後者では、Bjorkのエクスペリメンタルポップの系譜にある音楽が繰り広げられる。
 
 
中盤のグランジ、トリップ・ホップ的な暗鬱さは終盤においても維持され、本作に通底するサブベースのような役割を担っている。「Freedom Likes Goodbye」では、同じように、トリップ・ホップのリズムが強調され、ヴォーカリストとしてのワイルドなイメージを決定づける。そして、リエラ・モスは、嘆きの歌をコーラスを交えて紡いでいく。アルバムの終盤には、強い印象を持つ曲が必要となるが、その点は、「Red Future Begins」でクリアしている。この曲では、ドラムンベースとフューチャーベースのリズムを組み合わせ、近年、ヒップホップに主役の座を受け渡した要素を、ロックのフィールドに取り戻すことに成功している。そして、クローズ「Superior」では、エレクトロ・ロックの真骨頂を提示する。しかし、KASABIAN、St. Vincentの系譜にあるスタンダードなロックソングではあるが、その中でリリシズムを巧みに織り交ぜる。これが、ダイナミックなドラム、それからアンセミックなボーカルと組み合わされる。


Liela Moss のニューアルバム『Transparent Eyeball』は印象深い曲が複数収録されている。ただ、アルバムの最後で少しトーンダウンしてしまったイメージを受ける。対照的に、うっとりさせるような曲を最後に収録しても面白かったのではないだろうか? もちろん、少なくとも、リスニングの際に感じた不足感は私自身が本来の魅力を見つけられなかったことによる。何度も聴いていくうちに、新しい発見があるかもしれない。未知のポテンシャルを持つアルバムである。
 
 
 
 
「Something I Left Behind」
 
 
 
 
 
96/100 
 
 
 
Liela Moss  『Transparent Eyeball』は自主制作盤として発売中。ストリーミングはこちらから。 
 


1. Prism
2. Dark Kitchens
3. Conditional Love
4. Reward
5. Something I Left Behind 6. Blue
7. Sticky
8. Freedom Likes Goodbyes 9. Real Future Begins
10. Superior