国境を越え、インディーズ・ミュージックの伝説的なミュージシャンが集い、『We Are The World』のようなクリスマスのためのアルバムを制作した。シンプルに言えば、このホリデーソングは、平和とは外側ではなく、内側からもたらされる。そんなことを教えてくれることだろう。
Dean Wareham(ディーン・ウェアハム)は、Galaxie 500を結成し、1988年から90年にかけてRough Tradeから3枚の傑作アルバムを発表。彼の次のバンド、Luna(ルナ)はエレクトラとベガーズ・バンケットに7枚のアルバムを残している。一方、Britta Philips(ブリッタ・フィリップス)の最初の音楽活動は、ジェム(ジェム&ザ・ホログラムズ)の歌声だった。その後、Ben Lee(ベン・リー)のバンドでベースを担当し、2000年にはLunaにベースとして参加した。
Dean&Britta(ディーン&ブリッタ)はデュオとして数枚のアルバムを録音したほか、Noah Baumbach(ノア・バームバック、米国の映画監督、アカデミー賞にノミネート)のために2本の映画音楽を担当している。『The Squid & the Whale』、そしてもう一作は『 Mistress America』。
Sonic Boom(ソニック・ブームは、伝説的なイギリスのバンド、Spacemen 3(スペースメン3)の共同創設者であり、その後、Spectrum(スペクトラム)や実験的なE.A.R.を結成し、MGMT、Beach House、Panda Bearなどのレコードをプロデュースしている。Panda Bear(パンダ・ベア)とのコラボレーションによる画期的なアルバム『Reset』(2022年)などが有名。
ディーン・ウェアハムとソニック・ブームの友情が始まったのは今から30年以上前のこと。1989年8月、ロンドンのクラブ「サブタニア」で行われたスペースマン3の最終公演の後、バックステージで彼らは出会った。その後も連絡を取り合い、時折ライヴステージを共にする機会に恵まれた。2002年、ソニック・ブームが「Sonic Souvenirs EP」のためにディーン&ブリッタの6曲をリミックス、初のコラボを実現させた。それ以来、彼らはツアーを共にし、多くの曲でコラボレーションしてきた。『A Peace of Us』はトリオとして初のフル・アルバムである。
インディの青春の集合体の砦として、60年代初期のポップ、ガレージ、カントリー、ジェームズ・ボンドのサウンドトラック、クリスマス・キャロル、そしてエレクトロニカからインスピレーションを得たコレクションに命を吹き込んだ。ディーン・ウェアラムは、DJの友人クリスの言葉を思い出している。「愛と憎しみ、喜びと心の痛み、ノスタルジア、後悔、期待、フラストレーションなど、音楽を通してクリスマスのあらゆる感情を体験することができるはずだ」
ホリデー・アルバムへの挑戦は大きな意味を持つ。長年にわたるいくつかのカヴァー・チューン、パンデミック時のクリスマス・スペシャル、そして最終的にはL.A.のディーン&ブリッタとポルトガルのソニック・ブームとの共同セッションによって拍車がかかった。トリオ全員がボーカルを担当し、ギターはウェアハム、ベースとキーボードはフィリップス、エフェクトとミックスはソニックが担当した。「ビング・クロスビー...オン・アシッドみたい」とブリッタは付け加え、トラックリストは、ホリデーが複雑で悲劇的なものであることを思い出させてくれる。
ホリデーソングの陽気な雰囲気にはよくあることだが、このクリスマス・アルバムにはほろ苦さが漂っている。ウォーリアムはデヴィッド・バーマンの最後の曲のひとつ「Snow Is Falling In Manhattanーマンハッタンに雪が降る」を歌っているが、この曲は、ディーンが "ホリデー・クラシックになる運命にある "と信じている。その歌詞は、バーマンの悲劇的な死を予感させる。"歌は時の中に小さな部屋を作り/歌のデザインの中に宿り/ホストが残した亡霊がいる"
クリスマス・ブルースは、ウィリー・ネルソンの「Pretty Paper」で再び表面化する。ここではブリッタとソニック・ブームのデュエットで、彼らの脈打つシンセを多用したプロダクションが、この曲を明るいホンキートンクではなく、暗いナイトクラブ向けにアップデートしている。
このコレクションは、通常のクリスマスの定番曲は避けているが、クラシックなインディー・ヘイズのファンは、「Peace on Earth / Little Drummer Boy」(ビング・クロスビーとデヴィッド・ボウイが1977年にTVでデュエットするために作られた曲)に新しいお気に入りを見つけるだろう。「私たちが一番好きなのはマレーネ・ディートリッヒのドイツ語版で、それが出発点だった」とウォーリアムは言う。この曲は3人が一緒に歌う。ウォーリアムのテナー、ソニック・ブームのバリトン、そしてフィリップスの落ち着いたコントラルトを聴くことができる。
「コラボレーションが燃料であるなら、平和と相互理解が火であることは間違いない。クリスマスは子供のためのものだしね」とディーンは言う。
ソニック・ブームはこう付け加える。「あるいは、私たち皆の中にいるインナーチャイルドのために。すべての人に善意を。来る年への期待と不安。そして暗闇の中の光。このお祭りが始まった場所」
『A Peace Of Us』 Carpark
ジョン・レノンとは異なり、ルー・リードは明確にはクリスマス・アルバムというのを制作したことがない。しかし、よく調べてみると、『New York』というアルバムで、ベトナムからの帰還兵へ捧げた「X'mas In February(季節外れのクリスマス)」という深い興趣のある曲を歌っていた。ルー・リードは、その人物像を見ても、それとなくわかることであるが、一般的に見ると、少し回りくどいというべきか、直接的な表現を避けて、暗喩的な歌を歌うことで知られている。
彼は、ジョン・レノンのような典型的なホリデーソングを歌うのを避け、反戦というテーマをかなり慎重に扱ったのである。もうひとつ重要視すべきなのは、リードは単なる左翼的な曲を歌ったわけではない、ということである。彼は、自分の幸福ではなくて、他者の心の傷や仕合わせのために歌を捧げたということを忘れてはならない。そう、ルー・リードは、スーザン・ソンタグが指摘するような他者の痛みのために歌をうたったのだ。祈る必要はないのだが、時々、エゴを離れ、他者や大いなる存在について思いを巡らすことはそれほど悪いことではない。
ディーン&ブリッタ、ソニック・ブルームのクリスマス・アルバムは、直接的な反戦のテーマこそ含まれていないが、内的な平和のメタファーを歌うことで、リードのクリスマスソングに準ずる見事な作品を完成させている。同様に、ジョン・レノンの「War Is Over」のようなスタンダードな選曲から、17世紀のイングランド民謡「Greensleeves」、あるいは、18世紀のオーストリアの教会のクリスマス・キャロル「Silent Night (きよしこの夜)」を中心として、クリスマスソングの名曲をいくつか取り上げている。三人とも、インディーズ・ミュージック界の名物的な存在で、そして、音楽の知識がきわめて広汎である。このアルバムでは、驚くべきことに、ロックからクラシック、フォーク/カントリー、オールディーズ(ドゥワップ)までを網羅している。
アルバムは、デヴィッド・バーマンのカバー「The Snow Is Falling In Manhattan」で始まるが、ディーンが空惚けるように歌う様子は、ルー・リードの名曲「Walk On Wild Side」にもなぞらえても違和感がない。Galaxie 500の時代から培われたインディーロックのざらついた音質、そして、斜に構えたような歌い方、ソニック・ブームのプロデュース的なシンセサイザー、Wilcoのような幻想的なソングライティング、これらが組み合わされ、見事なカバーソングが誕生している。あらためてわかることだが、良い曲を制作するのに多くの高価な機材は必要ではないらしい。
カバー・アルバムやコンセプト・アルバムというのは、一般的な楽曲制作よりもハードルが高いので、うかつに手を出せない。それはなぜかというと、作曲的な知識はもちろん、編曲の能力が必須になるからである。クラシック音楽の観点から言うと、カバーソングというのは、変奏曲(Variation)の一形式であり、きわめて難易度が高い。そしてカバーは、原曲とまったく同じものになってはいけないが、原曲の筋書きを書き換えてもいけない。つまり、制約や禁則が意外と多いので、作曲のマイスターでも編曲には手こずることがある。
クリスマス・アルバムというと、基本的には、懐古的なサウンドがテーマになる場合が多いが、ディーン&ブリッタ、ソニック・ブームの狙いはおそらく、ホリデーソングの新しい側面を提示することにあったのだと思う。そして、原曲を忠実に解釈した上で、今まで知られていなかったクリスマスソングの面白さを提供してくれている。特に、ウィリー・ネルソンのカバー「Pretty Paper」は、シンセサイザーをフィーチャーしたエレクトロ・ポップで、ニューウェイブ・サウンドを参照し、原曲とは異なる曲に生まれ変わっている。編曲も見事であり、オーケストラのパーカッション(ティンパニ)がこのカバーソングにダイナミックな効果を及ぼしている。
ソニックブーム、ブリッタの両者にとっては、実際的な制作を行っていることからもわかる通り、映画音楽というのが、重要なファクターとなっているらしい。ジェイムス・ボンドの『007』シリーズでお馴染みのニーナ・ヴァン・バラントの曲「Do You Know How Christmas Trees Are Grown?」では、映画音楽に忠実なカバーを披露している。特に、この曲ではブリッタがメイン・ヴォーカルを歌い、The Andrews Sisters(アンドリューズ・シスターズ)のような美麗な雰囲気を生み出す。曲の途中からはデュエットへと移行していき、映像的な音楽という側面で、現代的なポピュラーの編曲が加わる。プロデュースのセンスは秀逸としか言いようがなく、ソニック・ブームは、シンセサイザーで出力するストリングスで叙情的な側面を強調させる。
ロジャー・ミラーのカバーソング「Old Toy Train」では、ディーンがルー・リードのオルタナティヴフォークやバーバンクサウンドの影響下にある牧歌的な雰囲気を持つフォークソングを披露している。Velvet Undergroundのデビューアルバムの「Sunday Morning」、『Loaded』の「Sweet Jane」の延長線上にあるUSオルタナティヴの源流に迫る一曲である。どうやら、彼らがアーティスト写真でサングラスを掛けているのにはそれなりの理由があるようだ。
その後、年代不明のポピュラーの果てしない世界に踏み入れるかのように、まもなく到来するクリスマスのムードを盛り上げる。 「Snow」は、ミュージカルをモチーフにした時代を超えるポピュラーソングで、ブリッタがメインボーカルを歌い、懐かしきオールディーズの世界へリスナーを招待する。フランク・シナトラ、ルース・ブラウンといった往年の名歌手の普遍的な音楽を彷彿とさせるこの曲は、ピアノ、シンセ、そしてボーカルのコラージュによって、美しくも儚いインディーポップサウンドへと昇華されている。クラシックとしての威厳、そしてインディーズミュージックとしてのラフさやユニークさが組み合わされた見事なクリスマスソングだ。
以降の二曲は、古典的な定番曲が選ばれている。「Silver Snowfales」はイングランド民謡、及び、ケルト民謡の定番曲のカバー。特に、シンセサイザーの生み出す魔術的な響きがこの曲のアレンジを決定付けている。また、デュエット形式のコーラスも、中世ヨーロッパのミステリアスな世界観を形作る働きをなしている。この曲のギターは、リュートのように鳴り響き、そして二人のコーラスは、イタリアン・バロックのような古典的な響きに縁取られている。ケルト民謡の持つ神話的な魅力に、古楽のような要素をもたらしたアレンジの手腕は実に見事である。
クリスマス・キャロルの名曲「Silent Night(きよしこの夜)」では、メインボーカルに合わせてバリトンのボーカルがベースラインの役割を担う。さらに続いて、ブリッタのアルトの音域にあるボーカルが掛け合わされる。古典的なオーストリアのクリスマス・キャロルは、原初的な幸福感を失わず、オーケストラパーカッションとともに、サイケデリックな編曲が加えられている。
ビング・クロスビーのカバー「You're All I Want For Christmas」は、最初期のザ・ビートルズのソングライティングに影響を及ぼしたと言われるガールズ・グループ、The Ronettes(ロネッツ)の伝説的な名曲「Be My Baby」を彷彿とさせるバスドラムのダイナミックなイントロから始まり、果てなきドゥワップ(R&Bではコーラス・グループと呼ぶ)の懐かしき世界へと踏み入れていく。この曲では、ブリッタが夢見るかのようなドリーミーな歌声を披露し、AIのボーカルや自動音声では再現しえない人間味あふれる情感豊かなポピュラーソングを提供している。
ブリッタの歌声は音楽の素晴らしさを教えてくれるだろうし、そしてクリスマスのモチーフとなる鐘の音は、まるで雪道の向こうからサンタクロースが橇を引いてやってくる幻想的な情景を端的に描写するかのようである。ソニック・ブームの語る「暗闇に光を」という言葉は、宣伝でもなければキャッチコピーでもない。真心から出た言葉である。赤子、子供から大人、そして老人にいたるまで、彼らはクリスマスソングを介して、大きな夢を与えようというのである。
「Christmas Can't Be Far Away」は、エディー・アーノルドのカバーで、この曲もまたモノクロ映画の時代のサウンドトラックを聴くようなノスタルジアに溢れている。前曲と同様に、彼らは、戦争で荒廃する世界に光があること、そして、善意がどこかに存在するということ、また、信頼を寄せること、こういった人間の原初的な課題を端的に歌いこんでいる。分離する世界を一つに結びつけるという、音楽の重要なテーマが取り入れられていることは言うまでもない。
仕合わせなクリスマスが間近に迫ってくるのを予兆するかのように、彼らのカバーソングはより音楽の持つ核心的な領域に入り、そして楽しげな感覚を引き上げる。それはボーカル、コーラス、パーカッション、ギター、シンセ、パーカッション、シンプルな構成によって繰り広げられる。ほとんど難しい晦渋な音楽は登場しない。音楽の持つシンプルさを彼らは熟知しているのだ。特に、アルバムの終盤の楽曲と合わせて、「He’s Coming Home」は、素晴らしいハイライトである。バンジョーやスティール・ギターの演奏を基に軽快なムードを作り出し、ブリッタがアンドリューズ・シスターズやカレン・カーペンターのように、懐かしく泣けるようなクリスマスソングを巧みに歌い上げている。この曲の原曲の歌詞は、おそらく、制作者から見た他者の人生の一部分が切実に歌われており、それがゆえに重要な説得力と実感を持ち合わせている。
「He’s Coming Home」
「Little Altar Boy」はカーペンターズのカバーではないかと思われる。ある意味では「オルタナティヴ三銃士」と言えるディーン&ブリッタ、ソニックブームは、この曲を古典的な風味を残しながら、原始的なシンセポップへと再構成している。比較すれば、カバーとわかるが、実際的に楽曲の雰囲気は全く異なっている。いわば、ローファイ、スロウコアを始めとするニッチなインディーズ精神がこのトラックから、ぼんやりと立ち上る。さらにドアーズのレイ・マンザレクのようなレトロなシンセが、フラワームーブメントの最中に発表されたローリング・ストーンズの『Thier Satanic Majesties Request』のようなサイケ・ロックのアトモスフィアを作り出す。
「If We Make It Thought December」は、おそらくマール・ハガードが歌った曲で、クリスマスベルとフォーク・ミュージックが組み合わされたカバーソングである。ただ、この曲はブリッタがメインボーカルを取り、バンジョーのアレンジによる楽しげな雰囲気を付け加え、原曲にはない魅力を再発掘している。カバーアルバムでありながら、トリオの音楽的な核心を形成するメッセージ性は強まり、最後の二曲でディーン&ブリッタ、ソニック・ブームの言わんとすることがようやく明らかになる。
ビング・グロスビーとデヴィッド・ボウイの1977年のデュエット曲「Peach On Earth/ Little Drummer Boy」では、ドゥワップの歌唱法を用い、Velvet Undergroundから、Galaxie 500、ヨ・ラ・テンゴのオルタナティヴのムードを吸収した雰囲気たっぷりのロックソングへと昇華している。コーラスワーク、そしてアコースティックギターの演奏を中心に、オーケストラのスネアを使用し、ボレロのようなマーチングのリズムを取り入れ、見事なアレンジを披露している。
カバーの選曲が絶妙であり、また、オリジナル曲の魅力を尊重しながら、どのように再構成するのかという端緒が片々に見いだせるという点で、『A Peace Of Us』は多くのミュージシャンにとって、「カバーの教科書」のようなアルバムとなるだろう。本作のクローズには、ジョン・レノン/オノ・ヨーコの名曲「Happy X'mas(War Is Over)」が選ばれている。こういった名曲のカバーを聴くたび、ヒヤヒヤするものがある。(原曲も持つイメージが損なわれませんようにと祈りながら聴くのである)しかし、これが意外にマッチしているのに驚きを覚える。 分けても、サビにおける三者の絶妙なコーラスは、繰り返されるたび、別の音域に移り変わり、飽きさせることがほとんどない。そして、ジョン・レノンの全盛期のソングライティングに見受けられる瞑想的な音楽性は、このトリオの場合は、幸福感を強調した瞑想性へと変化している。
このカバーを聴くと、ジョン・レノンは、特別なミュージシャンではなく、むしろ一般的なファンや子供が気安く口ずさめるようにと、「Happy X'mas(War Is Over)」を制作したことが理解出来るのではないか。音楽は特別な人のためのものでもなければ、特権階級のためのものでもないことを考えれば、当然のことだろう。果たして戦争のない時代はやって来るのだろうか??
「Snow」
■ Dean & Britta - Sonic Boom 『Peace Of Us』は本日、Carparkから発売。ストリーミングはこちら。